第976話 蠢く陰謀
「───クソ...行っちまった...」
『チーム一鶴』が後にした28の世界の月光徒のアジト。
マフィンと同じ轍を踏む可能性がある観点から、28の世界と29の世界を繋ぐ時空の結界を通ることができないチューバは1人立ちすくむ。
ヴィオラやマフィンが生きている時代であればまだ無茶はできたはずだ。
ヴィオラなら『脳内辞書』を利用して暗殺を無効化できただろうし、マフィンがいれば『嘘千八百』の効果で「チューバは『回収』の餌食にならず、死なない」などと口にされれば問題はなかった。
───が、もうその2人はいない。
完全に、チューバの『透明』だけでは対処できないところになってしまっていたのだ。
時空の結界の放つ光の奥では、アイラとオルバの2人が構えているはずだ。
『回収』を無効にする能力を手に入れれば、オルバの『羅針盤・マシンガン』を止めることはできなくなるし、『羅針盤・マシンガン』の対策ができる能力を手に入れればアイラに『回収』で回収されてしまう。
そもそも、先に立っているのは前回とは違ってオルバではないかもしれない。
遠距離攻撃は、オルバの『羅針盤・マシンガン』だけではないのだ。
リューガの『破壊』だってあるし、バトラズやモンガの剣だってアイラを守る程度の距離であれば届くはずだ。
そんな危険な現場に、唯一の幹部であるチューバが飛び込めるだろうか。いや、飛び込めない。
「───あのクソ野郎共め」
そう愚痴を漏らすチューバ。
月光徒は、全壊に等しい被害を受けている。
19の世界にあったチューバのアジトはもう大分前に『ゴエティア』によって破壊されていたし、元はヴィオラのアジトであったこの28の世界も、今日で使い物にならなくなってしまった。
残っているのは月光徒のボスであるステートと、その護衛として滞在していたマフィンのいるアジト1つだけだ。
本拠地ではなく仮拠点ならそれなりにあるかもしれないが、どれもその場しのぎにしかならない。
そもそも、仮拠点には月光徒の重要なものは何一つとしておいていない。アジトが壊されてしまえば、終わりだ。
「まだ、魔女の魂を保管しているボスのアジトが襲撃されてないだけマシと言えるかな...いや全然マシじゃねぇんだけど」
チューバは1人で文句を垂れる。だが、それも仕方ないことだろう。
アジトのほとんどを壊滅させられて、敵を1人だって殺せずに滅ぼされる。
それに、今回の反乱によって月光徒のメンバーもかなり減ってしまった。
戦力として数えられるのは数人くらいだろう。
「全く、つまらねぇことばっかしてくれる」
「チューバ。そう苛まれるのもわかるが少しは落ち着け」
「───ボスッ!」
そこに現れたのは、黒いワンピースに身を包む1人の少女───月光徒のボスであるステートであった。
「『チーム一鶴』の引き起こした被害は甚大なようだな」
「そうですね。ハッキリ言って想像以上です。まさか、あんなちっぽけな集団にこれだけ壊滅させられるとは...」
月光徒の歴史は長い。1000年以上続く組織が、まさか1つの集団にここまで潰されるとは思ってもいなかったことだ。
まだ、寿命のない魔神として生半可な不死を脱却し、どれだけ攻撃されても死なない完璧な不老不死を目指す『ゴエティア』に滅ぼされるなら納得もできる。
だが、月光徒の1000年という時間に比べたらぽっと出の『チーム一鶴』に解体させられるとなると納得がいかないのも事実だ。
「───不躾なのは重々承知の上、一つ質問をいいですか?」
「チューバ、どうかしたのか?」
見た目と相反して、傲慢で尊大な態度で語る低い声のステート。
「ボスは一体、どこまで見えているのですか?ボスの力があれば『チーム一鶴』は一瞬で壊滅できる。それこそ、『チーム一鶴』のいる世界ごと抹消するのだって簡単なはず。それなのに、それをしないってことはまだ余裕があるんですよね?『チーム一鶴』をどうするつもりですか?」
「───そうだな。チューバ、お前には話す必要があるかもしれないな」
そう口にして、真剣な眼差しをステートはチューバの方へ向ける。
その冷酷無慈悲な眼差しを向けられたチューバは唾を飲み込み、再度その口が開かれるのを待つ。
「私は見えている。魔女復活の未来が。そのトリガーとなってくれるのが、『チーム一鶴』なんだ」
「本当、ですか...」
「あぁ、本当だ。ここまで犠牲を払っても尚、『チーム一鶴』を止めないのはそのためだ。もう1つ、もう1つ契機が欲しい。それを『チーム一鶴』は用意してくれるのさ」
ステートはそう語る。静かな口調で、そう語る。
「安心しました。わかってはいましたが、そんなお考えがあったとは」
「───あぁ、安心しろ。安心してチューバは私の命に従え。『チーム一鶴』に圧力をかけることは必要だ。29の世界にも、捨て駒を送れ。そうすれば、道は拓かれる」
「わかりました。私の持つ全てを捨て駒と利用しましょう」
「チューバ、お前だけは行くなよ。お前は捨て駒じゃない。お前もキーパーソンだ」
「───了解しました」
───そう口にすると、ステートは姿を消す。
チューバの胸には、先程のような苛立ちは無くなっていた。そして、誰もいなくなったアジトの残骸を見て、静かにこんなことを口にする。
「───覚悟しとけよ、『チーム一鶴』。お前らなんぞに俺達は負けない。それは絶対だ」




