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山の恵みは神の恵み ~山菜取りは誰でも出来ると追い出されましたが…それ、毒ですよ?~

作者: 渡里あずま

「お前との婚約を破棄する! 山猿は山猿らしく、この家から……いや、山からも出ていけっ」

「……え」

「悪く思うな。婚姻を決めた義母上がいない今、本人達の希望が優先されるのは当然だ」

「ええ、旦那様の言う通りだわ」

「明日は私が代わりに達彦様と婚約するから、お姉様はいらないわ。目障りだから、さっさと出て行ってちょうだい」

「……あの、でも、今日の夕食に出す山の幸は」

「全く、お前は何て浅ましいんだ!? そんなのは、誰にだって出来る! そうやって少しでも居座ろうとする、その根性が気に食わないっ」


 時は、大正時代。

 ハツの仕事は朝から晩まで一日中、山に入って山菜やきのこを採ることだ。それ故、いつものように仕事に行こうとしたハツだったが、昨日から泊まりに来ていた婚約者の達彦と父、そして華やかな着物姿の義母と異母妹・フミにそう言われた。

 ……ハツは、老舗旅館である『かみやま』の娘だった。

 しかしハツは流行り病で、祖母と女将だった母を亡くしている。結果、婿養子だった父が旅館を引き継ぎ、愛人だった義母とその子・フミを屋敷に住まわせた。そしてハツは、使用人同然にこき使われていたのである。


(わたしは『こんなの』だから……屋根のあるところで、住まわせて貰えるだけでありがたかったけど)


 実はハツは、生まれた時から目が悪い。見えはするが、色が解らないのだ。けれど、いや逆にだからこそ触った感触や匂いで山菜と毒草を間違えず採ってきた。


「山の恵みは、神の恵みなの……お客様達の為に、今日も少し神様に分けて貰いましょうね?」


 そう教えてくれたのは、亡くなった母である。

 流石に一日中ではないが、山菜やきのこを採ることは女将の大切な仕事だと、ハツは母から聞いていた。だから仕事自体は嫌いではなかったし、採ってきた山菜は神山家の食卓だけではなく、旅館の食事も彩って訪れた客に好評だった――母達を亡くしてからは、ハツの口に入ることはなかったが。


(……いっそここを出る前に、山菜を食べていこうかしら)


 とは言え、いくら新鮮でも生で食べるものではない。そして先のことが解らない今、いつ食べられるか解らない山菜を採って持ち歩くことなど出来ない。

 残念、とため息をついて最低限の荷物を風呂敷に包み、子供の頃から着続けているせいで脛が覗く着物姿で、家を後にしたハツだったが――しばらくして、不意に後ろから呼び止められた。


「……待て、ハツっ」

「え……いさむ坊ちゃん?」


 振り返ったハツの視線の先にいたのは、この辺り一帯の地主の息子である勇だった。幼い頃は可愛がって貰ったが、義母達が来てからは会えていなかった。


「どうしたんですか? 勇坊ちゃん、そんなに慌てて」

「十四歳になる男を掴まえて、坊ちゃんはやめろ……俺と明石、同級生なんだよ。教室で、あいつがお前と婚約破棄して追い出すって粋がっていて。明日の婚姻式でかと思ってたけど今日、あいつ学校休んでいたから」

「そうだったんですか……ご心配をおかけしました。最後に、勇坊ちゃんにお会い出来て良かったです」


 明石、とは達彦の苗字だ。子爵家だがハツの家の旅館を定宿にしてくれていて、そこから達彦とハツの婚約話が進んだと聞いている。尋常高等小学校は富裕層が通うので、同じ年の達彦と勇が同級生ということもあるのだろう。ちなみにハツとフミは、一つ下の十三歳である。

 納得し、口から出たのはハツの本心だった。学校から直接来てくれたのか、詰め襟姿の凛々しい勇の姿を見られて良かったと思う。

 そう言って、頭を下げようとしたハツだったが――不意に勇に抱き締められて、驚いて顔を上げた。


「最後って、何だよ……ハツ、お前もう、俺と会えなくなっていいのか?」

「それは……でもわたしは、出ていくので」

「ウチに来い! 親父達も了承してる」

「……おじ様達が? でも……」


 義母達が来るまでは、地主である勇達一家にハツはとても可愛がって貰えた。ただ、やはり血のつながった実父の言い分の方が通ってしまい、母達が亡くなってからは疎遠になってしまった。

 ……そして、ハツの初恋の相手は勇である。

 そんな彼らと暮らせるのはもちろん嬉しいが、父達が文句をつけてくるかもしれない。しかしハツの迷いは、次の言葉で吹き飛んだ。


「ウチに来たら、山に入り放題・山の幸食べ放題だ」

「お世話になりますっ……って、いや、あの!」

「よしっ」


 考える前に、そう言って――我に返って慌てるハツを抱き締める腕に、勇は笑いながら力を込めた。

 触れた場所から好きだと、安心しろという勇の気持ちが伝わって、ハツは暴れるのをやめて勇の胸に頭を埋めた。


 ……その後、ハツは地主宅に引き取られた。そして、最低限の食事だけですっかりやせ細っていたのを改善させる為、休息と食事を惜しみなく与えられた。

 とは言え、働かざる者食うべからず精神がある為、しばらくしてハツは短い時間だが山に入るのを再開し、美味しい山の幸を勇達に提供した。

 結果、更に地主宅で可愛がられてますます溺愛されることになり、幸せが循環するばかりだった。



 勇の家の山は、地元の民達に開放されている。だから、山菜やきのこを採ること自体は止められていなかった。

 しかし、ここ数年はずっとハツが一人で山に入っており。

 ハツが追い出された為、旅館の使用人が代わりに採ってきたのだが――見事に、毒草や毒きのこばかり採ってきた。花がついていないもの、あるいは色が地味なきのこだと、余程の熟練者でなければ見分けがつかないのだ。


「ぐ……っ!?」

「ゲホッ!」


 結果、その夜の料理を食べた者達が死にこそしなかったが、下痢や嘔吐で大変なことになり。父達だけではなく客達も被害を受けて、客商売ではありえない失態を犯した『かみやま』は廃業することになった。

 更に、達彦の家族はあくまでもハツとの婚約を考えていた。正確には、華族や著名人に愛された『かみやま』という旅館と、その山の幸に惚れ込んでいた。

 それ故、入り婿である父と愛人、それからその娘であるフミは、山菜一つ採れないこともあって受け入れられず。弟がいたこともあり、勝手にやらかした達彦は子爵家を追い出され、父達共々姿を消すことになった。

 ……その後は食べるものにも困ったが、散々な目にあった為、彼らは生涯山の幸を口にすることはなかった。

 彼らは、自ら神の恵みを失ったのである。

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