世界の果てへ(3/5)
「ハァッ!」
ルリの鞭がゲルゲサの横顔を捉えた。
「ゴヘェ?!」
ゲルゲサはぎょっとして顔に触れた。頬肉がごっそりえぐられている。ルリのパワーが桁違いに上がっている。
「うおおお! ナメんじゃねェーッ」
破れかぶれのゲルゲサは鼻息を吐き出した。
ルリはイトカをかばい、猛烈な向かい風に負けずに踏ん張った。ゲルゲサが息を吐きつくすと、ルリは鞭を放った。
鞭がゲルゲサの全身を切り裂いた。
「グワアアアーッ?!」
全身から血を噴き出し、ゲルゲサはひざまずいた。
それを見下ろすルリの酷薄な目がゲルゲサを恐怖で凍りつかせた。
ルリは言った。
「死ぬ前に言え。お前はどこのどいつだ。なぜ私たちを殺そうとした」
「ヒイッ……! お、俺はマヴロコルダートのモンだ! 殺したらファミリーが黙ってねえぞ!」
イトカはテレビでその名を聞いたことがあった。
「マヴロコルダートってマフィアの?」
「そうだ! マヴロコルダート・ファミリーは吸血鬼《俺ら》が裏から操ってるんだ! ドミトルは表向きのボス、ジョン・マヴロコルダートの甥で、俺はその護衛をやらされてたんだよ! 真のボスの命令で!」
ルリが鼻で笑った。
「で、ドミトルの護衛をしくじったあんたは、せめてカタキを討って真のボスのご機嫌を取るために私たちを追ってきたわけね」
「お前らもう終わりだぞ! ファミリーの吸血鬼に虫ケラみたいに殺されるぜ! お前が殺した二十人と同じようになァ……グエ?!」
鞭がゲルゲサの首に巻きついた。
ゲルゲサは断末魔を上げた。
「グアアアアア!!」
「あんなクズどもとイトカの命を一緒にするな!」
ルリが大きく鞭を引くと、ゲルゲサの首が切断されて落ちた。
ルリのドレスと鞭が髪の毛に戻ってはらりと解け、塵になって消滅した。髪がひとりでに編み上げられて元通りの髪型になる。
「ルリ!」
イトカはルリに駆け寄って抱き締めた。安堵の波が押し寄せてきて膝から崩れそうになり、ルリがイトカを支えた。
「イトカ! 良かった!」
ルリが言った。
「さっきのあれ、イトカの声?」
「え? 声って?」
「目覚めよって言ったじゃない」
「私も聞こえたけど……わかんない」
二人は首を傾げた。
ゲルゲサの背広が残っている。ゲルゲサが変身したときに破れ落ちたのだ。イトカはそれを探った。名刺入れの名刺にゲルゲサの人間としての名と、マヴロコルダートの名がプリントされている。
イトカは青ざめた。
「マヴロコルダート・ファミリーっていうのは本当だったんだ。ほかの部下が私たちのこと探してるかも!」
「イトカ。やっぱり私たち別れたほうが……」
そのとき、ゲルゲサのスマートフォンが着信した。
イトカはちょっと怒った顔をしてルリを見てから、電話に出た。ドスの利いた男の声がした。
「おう、どうだ! 息子のカタキは殺ってくれたか」
「失敗したみたいだよ」
ルリがあわててスマートフォンを奪おうとしたが、イトカはそれをかわした。
電話の相手は搾り出すような声を出した。
「テメエ……?」
「お前らなんかに捕まるもんか! ゼッタイ逃げ切ってやる! バカ! バーカ!」
イトカは電話を切り、呆気に取られているルリに笑った。
「これで私たちは運命共同体ってわけだね」
ルリは口をぱくぱくさせた。
「あ……あう……」
イトカはどこか吹っ切れたような、晴れやかな顔をした。イトカはルリに両手を差し出した。
「一緒に行こうよ!」
「ど、どこへ……?」
「どこでも一緒に行くよ! 世界の果てでも!」
ルリはイトカの手を見下ろした。それから力強く頷いてその手を握り返した。
「うん!」
駅に到着する前にルリがイトカを抱き上げ、電車から飛び降りた。
イトカは今日、何もかも失った。残されたのはたった一人の本当の友達だけ。
ルリの腕の中で、イトカは雨上がりの夜景に目を細めた。世界がこんなに広くて、こんなにどこまでも続いているなんて知らなかった。
(何もかもメチャクチャなのに、みんな失くしたのに……私、今ものすごくワクワクしてる!)