魔王の血(5/5)
鞭先がするすると伸び、教室の外へ逃げ出そうとしていたナディアの首に巻きついた。
ナディアはとっさに隣のドミトルに抱きついた。だがドミトルはその腕を振り解いて逃げた。
「ドミトル?! ドミトルーッ!」
毎日ニタニタ笑いながらイトカに卑猥な言葉を浴びせていたドミトルは階段を駆け下りた。そのとき、彼は体にまとわりつく細い糸に気付いた。ルリの髪の毛だった。
振りほどこうとしたが、髪の毛は鉄線のように硬い茨に変わってドミトルの手足と首を締め上げた。
「グエ……ゲエエッ?!」
ドミトルは悶え、狂ったように床を転げ回って手足をばたつかせた。その動きはだんだんゆっくりになり、痙攣に変わった。
ルリは鞭をたぐって死に物狂いで暴れるナディアを引き寄せた。
ナディアは泣き喚きながら両手両足をばたつかせた。
「やだ! や゛め゛でえええええ! あああ! あああああ! ああああああああああ! 誰かあああ! お願い、お願い、お願い、やめて! やだやだやだやだ!」
ルリは虫を見下ろすような目でナディアを見て言った。
「イトカをイジメたな。クズめ」
その声はぞっとするほど明瞭だった。
「ああああああ!!」
ルリはナディアの首筋にかぶりつき、血を吸い上げた。
ナディアが物置の奥で見つかったネズミのミイラのようになると、ルリは顔をしかめて唾を吐いた。
「あんたの血はドブみたいな臭いがする」
教室は机と、椅子と、制服と、教科書と、学生鞄と、そして血肉を大量に投げ込んでミキサーにかけた汚いぬかるみになっていた。
イトカはすべてテレビ越しに見るようにぼんやりとそれらを見ていた。
ルリは倒れたイオネラを見下ろした。イトカが入っているトイレ個室にホースで水を流し込み、けたたましく笑いながらずぶ濡れのイトカの写真を撮ったイオネラは、ヒッと悲鳴を上げた。足を切られている。
ルリはサッカーボールのようにイオネラの頭を蹴飛ばした。ちぎれたイオネラの頭はガラス窓を破り、向かいの校舎にぶつかってグチャッと潰れた。
ルリはイトカを見つめた。イトカはルリを見つめ返した。
ルリはいつものルリに戻っていた。なぜ自分にこんな力があるのか、そしてどうしてこんなことをしてしまったのかわからないでいるように見えた。
イトカは思わず血塗れのルリの手を掴んだ。
「逃げよう、ルリ!」
ルリはぼんやりと頷いた。イトカを軽々と抱き上げると、窓から教室の外へ飛び出した。
雨が降り始めている。
壁を飛び越えて学校を出るとき、校門前に停まっている高級車が見えた。ドミトルの迎えだ。
イトカは車の前に立って待っている運転手と目が合った。その男は確かにこちらを見ていた。
学校を出たあと、イトカを抱いたルリは建物の屋上から屋上へと飛び移りながら走り続けた。
レッドライト(*風俗街)地区にある売春宿の屋上に着地した。営業時間前で誰もいない。塔屋のドアを破って中に入り、適当な一室に入った。
イトカとルリは裸になり、シャワールームでお互いを洗った。一年A組の生徒全員と教師の血はなかなか落ちなかった。
ルリは顔を覆って泣いていた。
「イトカは私が怖くないの?」
「怖くないよ」
「私が吸血鬼でも?」
降り注ぐ湯のカーテンの中で、イトカはルリを抱き締めた。イトカは目を閉じ、ルリの髪を撫でながら囁いた。
「ルリが大好き。大丈夫……大丈夫……私が一緒にいるよ。ルリが大好きだもん……」
シャワールームを出たあと、交代でお互いの髪を乾かした。
ルリに髪を梳かしてもらっていたイトカがスマートフォンをつけると、ニュース速報が入った。
『サルキヤの高校で傷害事件 つい先ほどクビチェック市ブラーシェフ高校で多数の死傷者を出す事件があったようです。現在警察が現場を封鎖し調査中です。SNSなどのデマ情報にご注意下さい……』
イトカはルリの手が震えていることに気付き、スマートフォンを切った。
ホテルを出て大雑踏に紛れ込んだ。もう両親も警察も頼れない。今、ルリを守れるのは自分だけだ。そのがむしゃらで無謀な使命感がイトカを突き動かしていた。
(とにかくどこか遠くへ!)
二人は量販店でジャージを買い、血まみれの制服を捨てて駅へ向かった。切符を二枚買い、行き先も確かめずに電車に飛び乗った。
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