魔王の血(3/5)
イオネラは青ざめた顔でうつむいた。
ナディアは話した。ナディアたちのチアリーディング部は全国大会に向けて予選を勝ち進んでいる。だけどこの一件で参加が取り消しになるかも知れない。
「だからさ、イオネラが疑われる前に犯人が見つかればいいわけ。ウチのクラスにいんじゃん、こういうときに役に立ってくれそうなのが。この写真ならギリあいつってことでイケんじゃない?」
女子たちは視線を交わした。
「あのコ?」
「そ、あいつ。あたしが〝ルリ・レスコがあそこで煙草吸ってるとこ見た〟って言うからさ、みんなも見たって言ってくんない?」
イトカは息を飲んだ。
「罪を被せるの?」
「別にあれならいいでしょ」
女子たちは顔を見合わせ、ナディアに同意した。
「うん。あのコ、なんか見ててイライラするもん。自己中だし」
「別に良くない?」
イトカだけが口を閉ざしていた。ナディアはイトカにすがるように言った。
「ねえ……イトカ、お願い。友達でしょ。助けてよ」
ルリと話したことや一緒に見た光景が次々にイトカの頭をよぎった。
イトカがぎくしゃくと頷くと、ナディアは笑ってイトカの手を握り締めた。
「ありがと。大好き! やっぱイトカは親友だよね」
イトカは引き攣った笑みを返した。
(ああ……みんな死ねばいいのに)
授業後、クラス会の時間になるとナディアが勢いよく手を上げた。
「ちょっといいですか。もうみんな知ってると思うけど、SNSに投稿された写真のことで言いたいことがあります! 私、見ました! 煙草を吸ってたのが誰か知ってます」
担任教師はいぶかしげにナディアを見た。
「ラコヴィツァさん。そういうことは職員室で話しましょう……」
「その時間、レスコが校舎裏から出てくるのを見ました!」
ルリはクラス全体を見回した。一年A組全員がルリを見ていた。
ルリは言葉が詰まって喉から出ないようだった。膝の上で握り締めた拳が震えている。
「わ……私……私、知らない……」
「みんな見たでしょ? その場にいたんだから!」
ナディアが周囲に言うと、女子たちが次々に「自分も見た」と同意の声を上げた。
男子たちは面白そうに、あるいはかったるそうに降って沸いた騒動の成り行きを見ている。
ナディアはイトカに声を向けた。
「見たでしょ、イトカ?」
イトカは息が出来なくなった。クラスの目が今はイトカに向けられている。
イトカはナディアとルリの双方を見た。その両方と目が合った。イトカは今、「どちらかを選べ」と選択を突きつけられていた。
「み……」
「見たんでしょ?」
イトカは首を振り、言葉を搾り出した。
「見てない」
ナディアはきょとんとした顔をした。
「え?」
「私は見てない!」
驚くほどの大声だった。隣の席の男子が驚いてのけぞった。
ナディアは驚き、すがるような笑みをイトカに向けた。
「な……何で?! だってあんた、そいつのこと嫌いでしょ?」
「好きか嫌いかは自分で決めるよ!」
ナディアが怒りを表に出したのは一瞬だった。すぐにわざとらしく泣きながら両手で顔を覆った
「何で……? 何でそんな嘘つくの……」
グループの女子たちが非難めいた目をイトカに送る。
担任教師が心底面倒臭そうに二人に言った。
「あー……とにかく。ベルデッツさんとラコヴィツァさんは職員室に来て。今日はこれで終わり。解散」
ルリは胸を押さえながらイトカを見つめていた。
次の日から一年A組全体がイトカの敵になった。
SNSの件はうやむやで終わり誰も追及されることはなかったが、ナディアの気がそれで済むわけはなかった。
ナディアは美人で気が強い。そして大金持ちのドミトルと付き合っている。男子・女子のカースト頂点二人に嫌われたイトカは完全に居場所をなくした。
ルリは学校をずっと休んでいる。体調を崩して入院したということで、連絡もなかった。
イトカはトイレに入っているときにホースで水をかけられた。
私物を隠された。
教科書が切り刻まれてゴミ箱に捨てられていた。
男子から卑猥な声をかけられるようになった。
廊下ですれ違うときにわざとぶつかられた。
授業中にゴミを投げつけられた。
階段で背中を蹴られた。
加工された顔写真がSNSに投稿された。
食事にゴキブリが入っていた。
いつも誰かがイトカを指差して笑っていた。
そしてその日がやってきた。