魔王の血(2/5)
「でしょ!? やっぱり! SNSのドローン撮影コンクールで準優勝した〝アズール〟ってタイトルの写真の! ネットで偶然見かけて。すごく驚いたの。だって私が毎朝通ってる道だったから! それであなたがここで写真撮ってるの見かけたから。大好きな写真だったから、もしかしたらって思って!」
大人しい印象だったルリがこんなにハキハキと喋るのにイトカは驚いたし、ドローンメーカーのコンクールに出した写真を知っていたのにも驚いた。何よりも自分の撮った写真を大好きだと言ってくれたことにびっくりした。
ルリは申し訳無さそうな顔をした。
「あれ……もしかして違った?」
イトカはちょっと戸惑った微笑みを返した。
「ううん。私だよ」
「やっぱり! ねえ、もっと写真を見せてもらってもいい?」
イトカは写真を見せた。ルリは額をつけそうなくらい顔を近付けて来た。好きなものになるとあたりが見えなくなるタイプらしい。
イトカは戸惑っていたが、ルリは自分の「好き」に正直な子だ。自分の写真を好きだと言ってくれたことが嬉しかった。だからイトカは自分も正直になろうと思った。
「実はドローンのカメラマンになりたいの。誰にも教えてないんだけど」
「えぇ? 何で?」
イトカは思い切って言った。
「小学生のころ、ドローンが欲しくてね。両親にねだったんだけど、〝そういうのは教育環境の良くない家庭の子どもが遊ぶものだからダメ〟って。だから自分でお金貯めてこっそり買ったの」
「そうなんだ」
イトカは赤くなって言った。
「だから写真を好きって言ってもらえたの、嬉しかった。ありがと」
ルリが照れ笑いをすると、イトカも嬉しくなって笑った。
「ルリは……ルリって呼んでもよかった?」
「うん!」
「ルリはどう? 家。厳しいの?」
「うちは両親の離婚とか色々あってもうメチャクチャ。だから図書館で時間を潰して、日が暮れてから帰ってるの。家にいたくないから」
イトカは「それならうちに来れば?」という言葉を飲み込んだ。イトカの両親は肌が白くない人々を嫌っていて、移民受け入れに反対している。
ルリは笑顔を見せた。
「私はね、キレイな色が好き! ファッションとかインテリアとか、絵画とか。キレイな色で統一されてるものを見ると〝うわあ〟ってなる。イトカの写真の色も好き!」
〝いい子〟以外で褒められたことがないイトカはどういう顔をしていいかわからず、変な顔をしてしまった。
ルリは不思議な髪の色をしていた。黒髪なのだが見る角度や光の加減によって銀色に見える。そのことを聞くと、ルリは恥ずかしそうに「生まれつきなんだ」と答えた。
イトカはルリの髪を見つめながら、正直な思いを口にした。
「私はその色、好きだな」
「えっ?」
「あっ、ううん! 何言ってんだろね、私!」
イトカはごまかすように笑って手を振った。会ったばかりなのに昔から知っているような気がして、ついあんなことを言ってしまった。
イトカはルリを自転車の後ろに乗せて途中まで送り、バス停で別れた。
次にルリと会ったら何を話そうか、そのことでもう頭がいっぱいだった。
数日後、ブラーシェフ高校一年A組。
「ローセルマの社会主義……崩壊からさんっ……三十年、民主化した今はっ……今っ……主な産業が……」
たどたどしく教科書を読み上げるルリを見かね、教師が止めた。
「あー、もういい。座りなさい」
ルリが着席すると、教師は別の生徒を指名して続きを朗読させた。
イトカは離れた席のルリを盗み見た。ルリはしゅんとしてうつむいている。あの日見せたお喋りな一面が嘘のようだ。
昼休み、食堂でイトカは離れた席で昼食を食べているルリを見た。
あれから二人は夕方の運河沿いで何度か会っていたが、学校で話すことはなかった。イトカはいつもナディアたち四人といたから、ルリは気後れしているようだった。
入学して半年が過ぎ、クラス内のグループはほぼ固まっている。ルリは今も一人ぼっちだ。
「それでサッカー部の意見が二分しちゃってさ……イトカ?」
アルタが話しかけていることに気付き、イトカは顔を上げた。
「ううん、何でもない」
イトカは曖昧な笑みを浮かべ、他の三人に視線を戻した。
着信があり、イトカはスマートフォンを見た。ナディアからだ。
『今日学校終わったあと、ちょっといい? 男子には言わないで』
イトカはちらりとナディアを見た。ナディアはウインクした。
「イオネラがやらかしてさ」
放課後、校舎裏でナディアは切り出した。
集められているのはナディアの取り巻きだ。ナディアは見栄えのする容姿と気の強さでスクールカーストのトップにいる。
「これ見て」
ナディアは自分のスマートフォンを見せた。SNSの誰かのツイートだ。
〝ブラーシュフ高校の女子が煙草吸ってる〟
校舎裏で女子生徒が煙草を吸っている写真が添付されている。柵越しに校外から撮られたものだ。距離がある上に夕方で薄暗く、女子生徒の顔や肌の色まではわからない。
ナディアは一年A組の女子、イオネラ・キヴにきつい視線をやった。
「それがイオネラなわけ。写真だとわかりにくいかもだけど。学校で吸うなんてバカなの?」