魔王の血(1/5)
ルリ・レスコが一年A組の生徒二十人を皆殺しにする日の三ヶ月前――
(みんな死ねばいいのに)
イトカ・ベルデッツはいつもそう思っている。
ヨーロッパの小国ローセルマ、サルキヤ地方。その日の学校帰り、イトカは友だち三人とゲームセンターへ寄っていた。
「イケる、イケる……あーっ!」
クレーンゲームのクレーンでぬいぐるみが落としてしまい、イトカは悔しさのあまり地団太を踏んだ。絶対取れると言い切った直後のことだったので、他の三人は大笑いした。
イトカはサルキヤのブラーシェフ高校に通う十六才の少女だ。明るいブラウンの髪は当たり障りのないショートカット。爪は短く、化粧は最低限。校則の見本のような当たり障りのない容姿だ。
ゲームセンターで遊んだあと、四人はコーヒーショップに入った。男友だちのアルタがイトカにキャラメルフラペチーノを奢ってくれた。
「はい。おいしいんだよ、これ」
「ありがと」
アルタは期待した顔でイトカを見ている。
イトカはそれをひと口飲むと、笑って見せた。
「おいしい!」
アルタは嬉しそうな顔をした。
もう一人の男子、ドミトルがにやりとした。
「な? これが嫌いな女子なんかいねえって」
「だよね」
そう言った女子生徒はドミトルの彼女、ナディア。この四人がいつものメンバーで、ブラーシェフ高校一年A組の生徒だ。
四人はしばらく談笑し、帰路についた。
ドミトルは家が金持ちなので電話一本で高級車が迎えに来る。彼とナディアはそれに乗り、イトカとアルタはバス停に向かった。
バス停でイトカと二人きりになると、アルタはそわそわした様子で言った。
「あ、ちょっと忘れもの」
「え? 大丈夫?」
「うん! 先に帰って!」
そう言ってアルタは来た道を駆け戻っていった。
イトカは不思議そうにそれを見送り、一人で家に帰った。旧市街地にあるテラスハウスだ。
夕食の席では両親が決めたイトカの進学先について語り、同じ言葉を繰り返す。「お前はいい子だね」「本当にいい子だから」。
夕食後、イトカが宿題をしていると、スマートフォンにアルタからメッセージが入った。
『窓の外!』
イトカはテラスに出た。下の路上を見ると、アルタが手を振っている。走ってきたらしく息を切らしていた。
驚いたイトカが玄関を出ると、アルタはぬいぐるみを差し出した。
「これ。あげる」
クレーンゲームで取りそこねたぬいぐるみだ。アルタは照れたように笑い、頬を掻いた。
「あのゲーセンに戻ったんだけどもうなくって、それであちこちのゲーセンとか色んなとこ回って探してて。あ、いや、俺が勝手にやったことだから」
アルタの態度を見て、喜んで欲しいんだろうなとイトカは思った。だから精一杯そういう顔をした。
「ありがとう、アルタ」
「うん……じゃあまた! 学校で!」
アルタを見送り、イトカは部屋に戻った。
ぬいぐるみを見ていると胸がもやもやした。別にこんなもの欲しくなかったし、それにキャラメル味のコーヒーも大嫌いだった。
(私はいい子)
イトカは胸がぎゅっと締め付けられて息苦しくなった。
(みんな死ねばいいのに)
でも本当はわかっていた。一番嫌いなのは、みんなに嫌われるのが怖くて本当のことが何も言えない自分自身。
イトカは机の奥から小さな箱を取り出し、ポケットに入れると、両親に気付かれないように家を抜け出した。
自転車で旧市街地を走った。このあたりはファンタジー映画さながらの石造りの町並みが今も残っている。
運河沿いの遊歩道まで来ると、箱から小型ドローンを取り出した。ボディを組み立て、スマートフォンのアプリと同期して離陸させた。
昼と夜の境界が美しいグラデーションを描いている。ドローンカメラの映像をスマートフォンで見ながら、イトカはシャッターを切った。イトカの心にも羽が生えたようだった。今だけは「いい子」の仮面を脱ぎ捨てて、ドローンのように自由になった気がする。
ふと、イトカはスマートフォンの映像を拡大した。遊歩道に少女ががいて、イトカを見ている。
イトカは振り返った。そこに彼女がいた。
明るい茶色の肌に黒い髪をした、背の高い少女。ルリ・レスコだ。同じクラスの生徒だがこれまで話したことはなかった。
ルリは蒼くて暗い空に目をやり、おずおずと言った。
「好きなの? あの空の色」
イトカは目をしばたたかせた。
「えっ? えっと」
「私もなんだ」
ルリは小さく微笑んだ。
「それ、見てもいい?」
「うん」
イトカはドローンを待機状態にし、ルリにスマートフォンのアルバムを見せた。それを見ていたルリは目を見開き、突然大きな声を上げた。
「Swarrow? ロウがアール・アール・オー・ダブリューの!?」
イトカは驚いた。なぜルリが自分のSNSアカウント名を知っているのだろう。
固まっているイトカにルリは続けた。
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