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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦火 -傀儡といしの蜃気楼 七年前-

作者: 遠野月

  戦火 -傀儡といしの蜃気楼 七年前-



 頭の上に火が走った。


 その火は一つ、二つではなく、何十、何百もの火で、薄暗い空を焼き尽くすようにして、後ろから前に向かって飛んでいった。


 ラトスは、頭上を通過していった数百もの火矢を追うようにして、駆け出した。


 前方には、隊列を組んだ数十人の敵兵がいる。

 それを見据えて、ラトスは腰に佩いていた二振りの剣を抜き放ち、上体を低くしながら走った。

 

 土を蹴る音。

 辺りから響く金属音。

 怒る声。泣き叫ぶ声。発狂する声。

 潰れる音。

 砕ける音。

 言葉にもならない声。嗚咽。声。音。声。音。声。音。


 それらは前後左右からひびき渡り、頭と身体を通過していく。

 渦巻く音の中で、ラトスはひたすらに土を蹴り上げ、走った。


 隊列を組んでいた敵兵は、前列の十人ほどが槍を構えて、ラトスに向けて切っ先を向けている。この人数に対して、真正面から挑むのは自殺行為だ。敵兵たちの表情は歪んでいた。これから多人数で一人の人間を血祭りにする喜びと、戦場の狂気と恐怖で、ぐちゃぐちゃになったような表情だった。

 ラトスは彼らの表情を見ながら、槍の切っ先が届く寸前で思いきり土を前方に蹴り上げた。そして、直角に進路を変え、横に飛ぶように走り出した。

 得物を目の前で失った敵兵たちは、突き出していた槍をばらばらと持ち上げて、横に逃げていくラトスを追いかけようとした。


 直後、ラトスは切り返すように反転し、自身を追いかけ始めた敵兵に襲いかかった。

 上体を出来る限り下げ、一番前にいる兵士の足元に飛び込む。


 足元に潜り込まれた兵士は、慌てて槍を下に向かって突き出した。

 だが、そこにはもう、ラトスの姿は無かった。


 ラトスは、彼の後ろに回り込みながら、太腿の付け根を切り裂いた。

 そして、さらに後ろに控えていた数人の兵士のそばを掻い潜り、脇の下や、足首、手首を次々に切り裂いていった。


 斬られていった兵士たちは、状況が呑み込めず、しばらく追いかけていたはずの男の姿を探すために辺りを見回していたが、やがて痛みに気付いたのだろう。自身が斬られたところを見ると、顔を引き攣らせて、この世の終わりを見たかのような悲痛な声を上げ始めた。


 逃げるラトスを追いかけようとしていた、やや後方に控えていた別の兵士たちは、前方で複数の兵士が断末魔を上げ始めたので、一瞬身体を凍り付かせた。

 だが、それがラトスをさらに有利にさせてしまった。

 兵士の間をすり抜けながら、人間の急所を次々に切り裂いていくラトスに抗える者はすでにその場にはおらず、あっという間に数十人の兵士たちは、一人の人間によって壊滅した。


 「相変わらずの手際だ」

 ラトスの背後から、大きな声が聞こえた。

 血に濡れた二振りの剣を振ってから、ラトスは振り返る。そこには大きな声に似あう、身体が大きな男が立っていた。大男の手には、長い槍があって、その槍は刃も柄もすべてが血に染まっていた。


 「ここも、もうすぐ終わりだ」

 「そうだな。この戦いで、しばらく戦争は無くなるだろうさ」

 大男はラトスの言葉に答えながら、辺りを見回した。

 薄暗い空を焼き尽くすように飛んでいた火矢は、さらに増している。その火の辿り着く先は、ラトスたちが今攻めている要塞だった。要塞は城壁に囲われていたが、城壁の内部にはすでに火の手が上がっていた。


 「だが、平和になるわけじゃない」

 ラトスは吐き捨てるように言った。

 足元には、今自分が切り伏せた兵士たちが倒れている。その周りには、敵も味方も血と土に汚れて、倒れている。幾人かは生き残っているが、それらも手を差し伸べる前に動かなくなってしまうだろう。


 平和になるわけじゃない。戦いに勝った後も、人と人は、文化と文化は、国と国は、剣の刃と、恐怖と、憎悪と、悲痛と、血と、泥と、腐ったような涙で戦い続ける。

 勝者などない。

 英雄もない。

 どんな戦いにも、そういう輝かしいものは無い。


 輝いているように見えるのは、鈍く輝いた鋭い金属の下で切り刻まれた敗者がいるからだ。


 それを見てきたラトスも、この大男も、きっと、今後も平和には生きられない。

 地獄に蓋をしても、それは無かったことにはならないのだ。


 「でも、もう終わりだ。そうだろう?」

 「……ああ」

 ラトスは苦い顔をして、答えた。


 要塞の城門が開いたのか。前方から歓声がひびいた。

 その歓声を聞いて、ラトスは空を見上げた。


 要塞から立ち上がる火によって、昼のように明るくなった空が見える。その只中に、薄っすらと月が上っていた。その光は弱く、寂しそうにも見えた。

 この月が明るく見えるようになるのは、何日後だろうか。


 要塞の火が消えてからだろうか。

 戦争が終わってからだろうか。

 戦場の兵士たちの心が癒えてからだろうか。


 それとも、そのすべての人が、死んでからだろうか。


 「俺は、もう。傭兵をやめるぞ。ミッド」

 ラトスは淡く光る月を見ながら言った。その言葉に、ミッドと呼ばれた大男は、何も言わずに頷いた。


 歓声とうめき声が混ざり合う中で、二人はただ黙って、消えてしまいそうな月を見上げ続けるのだった。

本編「傀儡といしの蜃気楼」の七年前の話ですが、これを読まなくても、本編は楽しめるように頑張る予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄まじくラトスさんが強い。 ラトス無双なのですね。 そして相変わらずお見事な戦闘描写。 ちくせう。 背中にやっぱり追いつけない。 「輝いているように見えるのは、鈍く輝いた鋭い金属の下で切…
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