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花に寄す/マリーゴールド・5

新書「花に寄す/マリーゴールド」5(ジョゼ)


ケルザン近郊には、古代の遺跡がある。エレメント信仰の時代の神殿、と言われていたが、最近の研究で、もっと新しい時代の、劇場か闘技場だった、とわかった。今では円形劇場跡、と呼ばれていた。


女子学生は、リゼ・シモンジャと言った。南コーデラ系の名前だが、容姿は北西コーデラ系で、色白、金に近い、くすんだような明るい茶色の髪に、髪より明るい茶色の目をしていた。やや長身で細身、警察に捜索願いが出された時の服装は、青いドレス、と揃いのコートだが、見つかった時は、紫色に見えた。


血のせいだった。


彼女は、ベルラインの女子校の学生で、卒業旅行に、遺跡の近くの宿に、友人の女性五人で泊まっていた。遺跡では、庭園の一部をライトアップしていた。その見物に繰り出したが、混雑で、一人はぐれた。はぐれた時の集合場所は決めていたが、リゼはいつまでも現れない。宿舎にも戻っていなかった。

道に迷っただけにしても遅い、と、四人の友人は、警察に届けた。

ちょうどその頃、ナドニキは、遺跡の横の公園で、茂みに倒れているリゼを発見し、パニックになっている人々の対応に追われていた。

リゼは、左足に火傷をしていた。スカートが焦げていた。足に向かって、小型の花火でも打たれたみたいな怪我だった。死因は絞殺で、細い透明な紐が、きつく巻いてあった。背中から短剣で(刃の短い両刃)何度か刺し、胸や腹からも刺していたが、それらの刺し傷は、死後に付けられた物だ。顔には刃物の傷はないが、殴ったようで、アザが出来ていた。

火薬(?)で狙い、殴り、絞め殺してから刺した。性的暴行の跡はない。

目撃者の話によると、遺跡の金管バンド演奏が始まる直前に、南入り口の案内所で、「白すみれ亭」(はぐれた時の待ち合わせ場所の、広場に面した大きな店)への近道を聞いていた。案内所の係りは、複雑な道ではないが、暗いのでどうか、と思ったが、男性が一緒のようだったから、近道を教えた。

男性は、ラッシル風の毛皮の大きな帽子に、赤茶色のマフラーをして、顔は半分隠れていた。つるっとした特殊な生地で出来た、本格的な防寒服を着ていた。雪の季節に、ラッシルを旅する格好だが、タルコース領の冬の寒さは誇張されて広まっているので、南からきた人なんだろう、と係りは思った。その男は、リゼの後ろにいて、何か彼女に、ボソボソと、「刺々しく」言っていたが、彼女は気にしていなかった。バンドの音やら歓声やらで騒がしく、よく聞こえずに、喧嘩みたいな会話をしているパートナー達は大勢いる。彼女が礼を言って近道を進むと、やや遅れて、男もついていった。この事からも連れと思ったらしいが、リゼは、女友達と来ていて、ここに知り合いはいない。


ケルザンは、ヒンダとラッシル、東方の移民の多い地域で、民族の派閥があり、早い話が、比較的、ガラは悪かった。ご近所トラブルや夫婦喧嘩で、刃物が飛び交う事もある。しかし、こういう、「理由なき殺人」のような、恐ろしい事件が起きる土地柄ではなかった。

田舎者の俺は、悲惨な事件に言葉も無かったが、地元出身のナドニキと、上司のアオラス課長、重犯罪課のドウィク課長も、こんな事件は初めてだった。だいたい、年末の聖コーデリア祭から新年にかけては、犯罪は減る。イベントがあれば喧嘩は付き物だが、これは、誰も予想していなかった。

俺は、上司からの説明の後、徹夜のナドニキと交代し、そのまま聴き込み、丸一日たって、ようよう警察署に戻った。そこでウェルナー班長から、

「ゴルドー、帰宅くするついでに、娘さんたちを、宿舎に送れ。ロッドン、ご両親を向かえに、駅に行け。」

と言われた。ロッドンは、先に出ていたので、出勤したてのナドニキが、自分が行く、と言った。

奥から、女性が四人出てきた。三人が黒褐色の髪で、一人が金髪だ。被害者とよく似た、青いコートを着ている。

「あ!」

「え!」

俺と金髪の女は、同時に叫んだ。

「クローディ、知り合いなの?」

黒髪の一人が声をかけた。クローディ、多分、クローディアか、クロディーヌか。どっちにしても、そんな名前に知り合いはいない。

金髪のクローディは、クラリモンドだった。彼女とは、五年くらい会ってない。当然、成長していたし、髪の色も変わっていた(前はクルミみたいな色だった。色を抜いて、明るくしたようだ。)。しかし、つり目ぎみだが、くっきりとしたチョコレートみたいな目に、すうっとした鼻筋と、つんとした口許は、昔のままだった。顔は面長になっていたが。

「ジョゼなの?まあ、本当に?見違えたわ。」

彼女が俺を覚えているのは、不思議と言えば不思議だ。彼女は一応、旧家のお嬢様で、俺はオネストスの旦那の小作の子、名前だけでも驚く。

「知り合いか?この人たちは、被害者…シモンジャ嬢の、お友達の女性たちだ。」

とナドニキが言ったこと。俺は、ああ、うん、と言ったが、説明に困った。

確か、うろ覚えだが、ヘパイストス校長の計らいで、クラマール家とは関係のない家に養女に行った、とか、そう聞いた気がする。おかしいのは兄のクラマーロだけで、クラマール家と縁を切りたがった理由はわからない。だが、校長先生がそこまでするなら俺が知っている以上の、訳ありだろう。ゴールラスでの昔馴染みと言ってしまっていいのかどうか。

クラリモンドは、

「私、家族を無くして、しばらく、ゴールラスの親戚の家にいたの。ゴーシェ叔父様に引き取られる前、学校に入る前よ。その時の知り合いの、息子さんよ。」

と答えた。

俺は了解した。クローディアかクロディーヌ、それが今の名前で、姓はゴーシェ。新しいクラリモンドだ。

宿舎に送る間、女性たちは、だいたい無言だった。友人が殺されたのだから、それは当然だ。俺とクラリモンド、いや、クローディにも、会話らしい会話は無かった。

去り際に、彼女が一言、

「『静けさ』に感謝するわ。有難う、本当に。」

と言った他は。


それから二ヶ月後、春になろうかという季節、俺は、ベルラインにいて、クローディと付き合っていた。


リゼ嬢を殺した奴は、一年前、に同じ手口で、クロイテス領のリベレット(首都のプラティーハ近郊の、毛織物で有名な街)で、若い女を、一人殺していた。資料室通いが趣味のアロキュスが、気付いて上司に相談した。すると、ベルライン近郊のブベライド、ダベストでも、未解決の類似事件が見つかった。

リベレットで殺されたのは、マティナ・ラロワという、18歳の女子学生。ブベライドは酒場で働く14歳の(違法だが、歳をごまかしていた。北の貧しい地区の出身)メデナ・バロク、ダベストでは、「街頭に立っていた」、年齢・身元不詳の「ローゼ」と呼ばれていた赤毛の女性。

メデナとローゼは身寄りもなく、遺族もいないため、資料室の記録になって、終わりのはずだった。マティナは、堅気の職工の娘だったので、親が届けを出していた。三人とも、人通りのある公園の隅や、朝の散歩コースの外れのような、発見されやすい所に、遺体を放置していた。ローゼのような職業の女性は、仕事内容がばれたら逮捕される。客もだ。このため、仮に行方不明になっても、警察に届けるような隣人はいない。特にタルコース領では、買い手より売り手の罪が重くなる場合が多く(クロイテス領も、もともとそういう所があったが、今の伯爵になってから、改まった。)、裏通りの住民は、「芋づる式」になるのを嫌がった。行方不明事件の中に、他に被害者がいたかもしれない。

この事件は、伯爵様も重視して、ベルラインに捜査チームを組んだ。俺とアロキュス、ナドニキは、それに選ばれて、ベルラインに行った。


クローディは、リゼと仲が良かったので、犯人逮捕を熱望していた。それで、話をする機会が増え、気がついたら、付き合っていた。

とはいえ、クローディは、とても真面目な女だったので、一緒に「夜明かし」した事はない。(同僚達は、そう思ってなかったが。)


この話は、ゴールラスの方には、知らせていなかった。田舎者が恋人の話を故郷でする時は、結婚の時だ。まだ19の俺は、そこまで考えていなかった。年上で、仕事を持っている、クローディもそうだったろう。

それに、クローディは、いい思い出のない、ゴールラスを嫌っていた。俺は、今は警官だが、いつかはゴールラスに帰るだろう、と思っていた。その時、相手としてクラマーロの妹、では、叔母が卒倒するだろう。


改めて考えて見ると、叔母には一度くらい、卒倒を我慢してもらっていたら、どうだったろうか。


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