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「花に寄す/マリーゴールド・2

新書「花に寄す/マリーゴールド」2の1(ジョゼ)


道場の事件の次の年、俺が14になったばかりの、夏の事だ。

ゴールダベル鉄道祭が、ゴールラスで行われた。転送装置網が完成してから、主流だったゴールダベル鉄道は、人の行き来は、シーズンの観光用のみの運用になり、普段は貨物だけだった。が、ここの代名詞でもあり、百年目の祭りということもあり、やたら盛大に行われた。

昔の列車と同じデザインの車両を走らせる企画で、石炭の代わりに魔法動力を使い、季節の花で飾った、古めかしい車両が、来賓を乗せて、ゴールドルを出発した。ゴールラスまで来て、また別の客を乗せて、折り返す予定だった。


だが、予定通りには行かなかった。


この日は、文字通りお祭り騒ぎだが、15歳以上の者は、手伝いがあるから、基本はもてなす側だった。俺は14だったが、駅での準備はオネストスの旦那の担当で、叔父が手伝っていたので、午前中だけ、マリィと一緒に手伝った。

「あんたも、行ったら良かったのに。」

と、花籠に紅黄草の花を詰めながら、マリィが言った。

紅黄草は、防虫効果がある、と、大昔に、南から持ち込まれた物だったが、ここいらの気候には合わず、自然に増えて益や害になるほどじゃ無かった。それなりに綺麗な花なので、芋やビール、小麦に及ばないが、そこそこ重要な品だった。南では防虫だけでなく、慰霊祭に使う、由緒のある花らしいが、香りが独特で、それを押さえたのが、鑑賞用の改良品種だ。

「男の子達、アレスの丘の上から、列車を近くで見るんだ、と、息巻いてたわよ。席取りで。」

アレスの丘には、特別席が設えられていた。列車の走りを、近くから見下ろすためだ。だが、俺は、ランスロの家にいく予定だった。彼の母親が、来賓用の特別な菓子を、余分に焼いてくれるので、それを貰いに行きたかったからだ。ギゼラは、父親が駅務めで、今日はとにかく多忙だ。彼女の母親は、病弱で、よく倒れるので、こういう、人手が全部出払った日は、俺とは別の意味で、忙しい。

「冒険より、菓子なわけ?」

「別にいいだろ。」

と話していた時に、作業場所に、オネストスの旦那が現れた。酔ってる訳でもないのに、顔が真っ赤だった。

「うちのバカ息子はどこだ?」

と、不機嫌丸出しで訪ねた。俺は、

「今さっき、ラスロスの所から紅黄草を届けて貰いました。後は分かりません。」

と答えた。旦那が礼を一言、踵を返すのと同時に、マリィが俺を、手にした花束で軽く殴った。

「せめて、どっちか、聞きなさいよ。」

そう言われても、旦那が「バカ息子」と言う時は、長男のジェネロス坊っちゃんだ。次男のコンスト坊っちゃんは、春から騎士の学校に行ってるし(休暇で帰省していたが)、物凄く優秀な子だった。一緒に行った、ピウファウム家の双子の弟ベルストゴールと、ナウウェル家の末っ子のアダルの、二倍くらい出来る、と校長が言っていた。

ただ、ジェネロス坊っちゃんは、別に馬鹿ではない。ちょっとばかり、自由なだけだった。軽いが明るいし、コンスト坊っちゃんより、(皮肉かもしれんが)父親似だった。

横で聞いていた、ドリスとリリアが、まあ、同い年に、特別な馬鹿がいるんだから、旦那様も、あんまりねえ、とか言った。

二人はマリィと同い年で、ジェネロス坊っちゃんは三人と同い年だ。つまり、この四人は、クラマーロと同い年だ。

特別な馬鹿、クラマーロは、しばらく大人しかったが、馬鹿につける薬は、たとえ王都にすら無かろう。春にクラリモンドがベルラインに行き、ラタトールがいきなり父方の屋敷に引き取られ(跡取り息子が急死したからだ)、母親と二人になってから、再び、馬鹿をぶり返し始めていた。ラタトールの父親が、彼を引き取るのと引き換えに、クラマーロに縁談を世話しているが、当然、うまくいかない。今日は、何度めかの紹介の相手が来ていて、彼女と一緒にいるはずだ。(俺の目から見ても、だんだん、紹介される女の「質」は落ちていた。)

「あたし達も、そろそろ行きましょうよ。折り返し前に、駅前広場に花籠を運んどかなきゃ。ジェネロスはサボりだろうから、ジェコブかテセウスに言って…。」

と、マリィが言った時だ。ジェコブが、ジェネロス坊っちゃんと、慌てて作業場に飛び込んできた。

「大変だ、大変な事に。」

「アランが。アランが。」

と、口々に叫んだ。旦那も慌てていた。

「大変な事をしでかした。」


アランは、ナゥウェルさんの次男で、年は俺より一つ下だ。この近辺には珍しい、金髪碧眼に、色白で気弱な、大人しい奴だ。上のアロフや、末のアダルみたいに格闘技もやらない、非力な痩せっぽちだ。頭は良い。極めて普通の性格の奴で、大変な事をしでかしそうには、見えない。


当然ながら、しでかしたのは、クラマーロだった。


アレスの丘からは、すぐ下に鉄道が見える。飛び降りたら、乗れそうなほどだ。もちろん、そんな馬鹿はいない。

アランは、利口だったが、列車に飛び乗った。

彼は、仲の良い小作の子の、コリントスとミロストと一緒に、丘の最前列にいた。クラマーロの前にいたのだが、席を巡り、コリントスとクラマーロがもめた。

後から来たコリントスが、アラン達を見つけて、前に行って、クラマーロの連れと、ミロストの間に、入り込んだ。クラマーロがルールは守れ、と言った。だが、コリントスが遅れた理由は、間接的にクラマーロのせいだった。

前の日に、クラマーロがピウファウムさんから借りてるメイドともめて(またか)、彼女が怪我をした。突き飛ばされて擦りむいた程度だが、当然、もうクラマーロの所には行きたくない、と言った。

クラマーロは、婚約者候補の接待があるから、女手はないと困る。それで、ピウファウムの奥様が、別のメイドをやったのだが、ピウファウム家にも遠方から来客がいて、足りなくなった人手を、ナウウェル家から借りた。コリントスの姉だ。彼の祖母と母まで駆り出され、弟妹はまだ幼いので、せめて祖母が戻るまで、面倒を見ていた。それで遅れた。それは会場係が知っていたので、前に通した。

後でマリィから聞いたが、メイドの件は、貸し出す時に、

「メイドには、直接話しかけない、用事が有れば、クラマーロの母親か、小作(彼らも借り物だが)の男性を通す。」

というルール(凄い条件だ)を作っていた。クラマーロがそれを破って、「何か訳のわからない話」(メイド談)をしてきて、うまく返事できなかったら、突き飛ばされた、という話しだ。コリントスにすれば、ルールやマナーは、「お前に言われたくない」という所だ。

二人の口論に、止めに入ったミロストをクラマーロが殴った。ミロストはアランより痩せて小柄だったので、柵を越えて落ちそうになった。それをアランが助けようとしたのだが、クラマーロが追撃の蹴りを入れた脚が、アランにも入ってしまい、二人は、折悪しく、差し掛かった列車に向かって落ちた。

ミロストは、崖下には落ちたが、列車にはぶつからなかった。軽傷で済んだ。アランは、うまい具合に、カーブで減速した列車の、干し草の山に紅黄草が飾ってある車両の上に、落ちた。そのまま干し草に埋まっていれば良かったが、立ち上がり、丁度張り出した木の枝にぶつかり、地面に叩きつけられた。

これでも奇跡的に、アランは死ななかった。ただし歩けず動けず、話せず、何も出来ない。それが、長く続く、と医者が言っていた。

俺はアランの見舞いに行った。怪我はしていたが、清々とした寝顔は、単に眠ってるみたいに見えた。退院した後の姿は見ていない。ナウウェルさんは、庭の奥の一棟を改造し、退院後は、すぐ匿われた。

この時の、夫妻の態度は立派なもので、特に奥様は聖女のようだった。オネストスの旦那と、奥様は、しきりと感心していた。

「やっぱり、教育があって、育ちの良い人は違うな。自分達なら、鎌を振り回していた。」

育ちはともかく、確かにこういう場合だと、軽傷ですんだミロストや、直接争ったコリントスを責める場合もある。だが、そうはしなかった。二人とその家族に、たいそう優しい言葉をかけ、彼らには責任はない、と明言した。いつもは朗らかなピウファウムの奥様でさえ、コリントスと自分のメイドに怒鳴ってしまう一方で。

ただ、クラマーロに関しては別で、罵倒はしなかったが、町を出て欲しがった。ピウファウムさんだけは、「よその土地に出すのはどうか。」と言っていたが、旦那がたの意見は「追放」でまとまった。

ヘパイストス校長が、ベルラインの知人の学校に、適当なのがあるから、特別に預けては、と申し出たが、聞き付けたクラリモンドが、

「ベルラインに来るなら、承知しない」

と強硬だったので、一度は諦めた。まあ、知人が敵になってしまうかもしれないのに、薦める校長も、人が好いと言うか。

しかし、心労続きで、母親が倒れてしまい、ベルラインの病院に入院させるついでに、と言うことで、クラリモンドはしぶしぶ承知した。

ただし、クラマーロが行くのは、私立の全寮制の男子校で、郊外にあり、外出はほぼ禁止という、厳しい所だった。まず接点はない。


そして、この時に、水の権利を、ナウウェルさんが買い取った。屋敷はクラリモンドにも権利があるから、直ぐに処分はせず、市で管理した。


みんな、口々に、「ナウウェルさんが買い取ってくれて、本当に良かった。」と言ったが、アランが気の毒で、心から喜ぶ、と言うわけにも行かなかった。

子供をあんな目に合わせた奴に、金を持たせて都会に出すのはどうか、という声もあった。

しかし、買い取りの代金は、信託にされ、クラリモンドとクラマーロが、定期的に受け取った。ラタトールの所は、縁切りを条件に、すべて放棄した。


楽しいはずの祭りは、悲惨な事になった。おかしな悪評で、伝統ある鉄道は、観光列車としても廃れ、とうとう貨物のみになった。


事件の後、俺は現場以外の、線路回りの掃除に参加した。線路沿いに、紅黄草の花輪がたくさん落ちていた。ラーヤナ家のメイドが、なんだか、故郷のお葬式の後のようだ、と言ってしまい、周囲にたしなめられていた。


マリィとドリス、リリアは、教師のブリタニア先生と、小さい子供達を宥めて回った。なぜか、ジェネロス坊っちゃんも一緒に回っていた。

ランスロは、母親と一緒に、作業に当たった者の食事を準備した。ギゼラは、父親が事故を起こしたと、勘違いして倒れた母親を、必死で看病した。叔父夫婦は、行ったり来たり、あちこち忙しくしていた。


コンスト坊っちゃんと、ベルストゴール、アダルの三人は、休暇を終えて、養成所に戻った。アダルは、兄を心配していたが、

「騎士になるのだから。」

と、ナウウェルさんが予定通り返した。だがアロフは、王都の学校に行くはずだったが、地元に残り、父親の仕事を学んだ。ナウウェルさんは、家業はアランに継がせ、アロフには勉強させたいと思って(聖職者にしたかったようだ、とオネストスの旦那から聞いた事がある。)いたみたいだが、予定が代わった。


事件後は、眠れなくなったり、食欲がなくなったり、反対に馬鹿食いしたりと、子供中心に影響があった。子供って年じゃないが、俺もしばらくは、紅黄草を見るたびに思い出してしまった。


だが、農村は、季節が代わると、気持ちもすっかり切り替わる。その秋は、「色つきビール」というのが流行り、旦那の所では、赤みの強いオレンジの物と、コーヒーみたいな濃いのが、良く出た。

オレンジのビールは、都会では

「黄金のマリィ」とか呼ばれているらしい。


それが、紅黄草の別名と知った時は、俺はすでに、花を見て、事件を連想する事もなくなっていた。



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