そして2人の10年後。
蛇足的なおまけです。
手が届く、だなんて思ってもいなかった。
“彼女”はただ、私に光を与えてくれる存在で。
――それだけで、充分だったのに。
***
「……はふぅ」
ひとつ、息を吐く。
さすがに疲れた……。
と、そこで。
「やっ、おかえり〜」
……同居人が出迎えてくれる。
「……ただいま」
誰よりも愛しい、彼女が。
「お疲れみたいだね?」
「うん……疲れたよ……。コミュ障引きこもりに大勢の前で話をさせるだなんて、あいつらはいったい何を考えてるんだ……!」
「はっは! そりゃ話題の美人作家サマだからね〜。なるべく表に出すのがプロモ的に有効なんでしょ」
……そう、私、四ノ宮遥は現在、作家のはしくれを名乗らせてもらってる。
でも美人ではないと思う。
美人っていうのは……。
「ん? どした?」
チラリ、と向けた視線に気付かれる。
職業柄、やはり敏感らしい。
……見れば見るほど、惚れ惚れするほどの美人だ。
10年前は短かった髪を伸ばし、『美少女』から『美女』へと正当進化を遂げたように見える。
鋭い目付きは健在だが、最近はその中にも妖艶さが混じってきていて、特殊な層からのファンも多いらしい。
それでいて、性格は人懐っこいままで。
多少口が悪くて気性が荒いところはあるけれど、私の――。
「もぉ〜、またボーっとしちゃって〜。国民的アイドル様が目の前にいるってのに、失礼だぞ〜?」
うりうり、とほっぺたをいじられる。
「……ごめん、見惚れてた」
正直にそう言うと。
「あう!? え? あ……そ、それならしかたないな〜!」
途端に照れ始める、このめちゃくちゃ可愛い生き物は。
私の彼女にして、国民的スターでもある――田中恵理(芸名:四ノ宮エリ)だった。
***
きっかけは10年前、お互い高校生の時だった。
当時、私はただのオタク高校生だったが、彼女は違った。
会いに行けるアイドル……いわゆる、地下アイドルと呼ばれる存在だったのだ。
私はちょっとした偶然から、彼女のファンになって。
さらなる偶然から、私は彼女の悩みを知るに至った。
……で、恵理曰く、『遥のおかげで救われた』とのことだが、その辺はよくわからない。私はただ自分の言いたいことを言っただけなんだけど……。
ともかく、そこで私達は、『アイドルとファン』から、いわゆる友達……と言われるものになったんだと思う。
……特殊な関係性だったし、そもそも私、他に友達が全然いないから、本当に友達という言い方で正しいのかどうかわからないけど。
これはひそかな自慢なのだが、どうやら私には見る目があったらしい。
私が応援していた『エリリン』……恵理は、その圧倒的な努力とちょっとの運、そして何よりその魅力をもってスターダムを駆け上がっていった。
地下アイドルからそこまで成り上がるなんて、なかなかできないことのはず。
もちろん、今の地位に至るまでには様々な苦労があって――、私は、ファンとして、そして友達として、彼女を支え続けた。……大好きだったから。
そして、彼女がついに国民的アイドルにまでのし上がった後。
私は、彼女に、――告白された。
今でもはっきりと覚えている。
夕日で赤く染まった部屋。
……それ以上に真っ赤になった恵理。
『遥………………わたしの、恋人にならない?』
その瞳の揺らめきは、私の心をたやすく射抜いて。
その瞬間、ストン、と腑に落ちた。
私も、彼女と恋人になりたい。
……ファンで、友達で。
彼女の笑顔に胸が高鳴るのも、一緒にいない時でも彼女のことばかり考えてしまうのも。
ただ、『アイドルとしての彼女』が好きだからだ、って思ってた。
……でも、違った。
ファンなのは間違いない。友達なのも嘘じゃない。
けど、それだけじゃなかった。
――きっと、私は彼女のすべてが欲しかったんだ。
***
「……こら! またボーッとしてる!」
おっといけない、過去の回想にふけりすぎたようだ。
この可愛い彼女は寂しがりやで、構ってあげないとすぐスネる。
「ごめんごめん。……ちょっと、昔のことを思い出してて、さ」
「昔のこと?」
「そう。……恵理に告白された時のこととか――」
「やめてやめてやめてやめてー!! 恥ずかしいからやめて、っていつも言ってんじゃん!」
「いや〜、忘れられないよ。恵理、あの時めっちゃ可愛かったもん」
「だからやめてってば〜!」
じゃれあいながら、幸せを噛みしめる。
なにしろ、国民的アイドルと付き合おうというのだから、それなりの苦労はあった。
……まあ、同性なのが幸いして、最終的に「ルームシェア中の親友です!」で押し通せたらしい。……というか、恵理がそれでゴリ押ししたとか。
とはいえ、何かと危険な関係であることは間違いないので、色々と気を付けてはいる。
なにせ――。
「そ、そーいえばさ! 遥のデビュー作、また重版したらしいじゃん! おめでとう!」
露骨な話題そらしだが、実はこのデビュー作、『はるかのヒカリ』というのが……。
「あ〜、うん、アレね……」
モデルにしているのが私と恵理の関係だったりするのだ。
私小説じゃないので、当然、相当な脚色を施しているし、あくまでフィクション……なんだけど。なにせベースがベースなもので……。
そしてその、アイドルと恋愛する小説を書いたのが、国民的アイドルとルームシェア中の親友……となれば、邪推されるのは必定で。
なんであんなもの書いちゃったかなぁ……と今では思うんだけど。
当時から趣味で小説を書いていた私は、私達の関係を小説にしてみたかったんだ。
で、書けたものがいい出来で、せっかくだから……と、某出版社の新人賞に送ってみたら……まさかの受賞。
作品のリアリティと、女性同士の恋愛という難しいテーマをうまく描ききった……とかなんとかで評価され、これがなかなか売れてしまい。
作家として一躍デビュー、というわけだ。
……まったくもって予想外の展開だった。
二作目以降がなかなか売れなかったり……と苦労もしているけれど、まだなんとか作家を名乗ることはできている。
……収入はかなり不安定だし、ぶっちゃけ恵理に頼ってるところもかなりあるんだけど。
でも、良かったとも思う。
かつて、私の心に刻み込まれた輝き。
彼女が放っていたその光。
……自分も、もしかしたら彼女のように。
人に光を与えられる存在になれたかもしれないのだから。
***
今夜はもう遅く、夕食はそれぞれ済ませているので、今はリラックスタイム。
二人でダラダラとテレビを眺めながら過ごす。
……と、恵理が出演しているドラマのCMが流れ始めた。
「お、これ、恵理が今度出るって言ってたやつじゃん」
そう聞くと、恵理はなぜか苦虫を噛み潰したような顔になって。
「……そーね」
そっけなく、そう答える。
……これで、何かあったと気付けないほど浅い付き合いじゃない。……というか、私の可愛い彼女は、いちいちわかりやすいのだ。
「……なんかあった?」
問うと、彼女はふて腐れたようになり。
「……演技がまるでなってない、ってさ。……あのクソ監督め!」
……怖いなあ、相変わらず。けど――。
「たしかに未熟なのは認めるけど……だからってあの言い方はないじゃん?! くっそぉ、あのハゲめ……いつか絶対に見返してやる……!」
聞きながら、私は思わず笑みをこぼす。
「……ん? な〜に笑ってんのよ遥。わたしが怒られたのがそんなに楽しい?」
「そうかもね?」
「あんた〜!」
「あははっ、冗談だって!」
「あんたねえ……、冗談にしては面白くないわよ、それ」
……嬉しい。
「……恵理は変わんないな、って」
そう。
とても努力家で、どんな壁も自力で打ち壊していくような強さを持っていて。
「恵理のことだから、きっと演技もどんどん上手くなるんだろうな、って」
どれだけ距離が縮まっても、ずっと、私の憧れのままでいてくれる。
「ええ、そうよ! 演技も結局のところ、知識と技術! そんで経験!
今の時点ではそりゃプロの役者さんにはかなわないけど……。
いつか絶対トップ女優になって!
クソ監督にあのハゲ頭を下げさせて、『お願いだから出演してください……』って言わせてやるんだからぁ〜!!」
……けれど、そんな強い彼女も、時にはもろくて。
「……そういうところ、好きだよ。……恵理」
愛しくてたまらない。
私はそっと、彼女の頬にキスを落とした。
……途端に真っ赤になっていく彼女は、やはり可愛くて。
「ん……なっ! 遥! 不意打ちはやめなさいって言ったでしょ!」
「ごめんごめん、『大好き』って気持ちがあふれ出しちゃって」
「〜〜〜〜〜!! …………っとに口が軽いんだから! あん時のコミュ障なあんたはどこに行っちゃったわけ!?」
どうしてもどうしても、愛しくてたまらない――。
***
そのまましばらく、イチャイチャしながら過ごす。
……と、今度は別のテレビドラマが始まった。
「あ、ミキちゃんじゃん」
そのドラマの主演は、小園ミキ。
恵理――四ノ宮エリと人気を二分する国民的アイドル。
そして……。
「あ〜ん? ミキの奴が出演してるドラマなんてどーでもいいじゃん」
恵理の永遠のライバルにして――親友、かな?
「そんなこと言ってー。……ほんとは気になってるんでしょ?」
彼女達がお互いを意識しているのは知っている。
地下アイドル時代のグループメンバーで、彼女もまた、地下から這い上がってきたジャパンドリームの体現者。
顔を合わせればすぐ言い合いになり、傍からは仲が悪く見えるかもしれない。実際、不仲報道とかもあるし。
けど、私は知っている。
恵理が、彼女にだけは負けないようにと努力を重ねている姿。
自分が出演を目指していた番組に先を越されて、こっそり悔し涙を流していたこと。
……でもそんなことはおくびにも出さず、お祝いのメッセージを送り付けた上で、3ヶ月後には自分もその番組への出演を果たしたこと。
たぶん、小園ミキの方もそうなんだろう。
お互いに意識し合っている関係、それは少し――。
ふと気付くと、恵理がこちらをニヤニヤしながら見つめていた。
「ん〜? どしたどした? わたしとミキの熱い関係性にヤキモチ焼いちゃったか?」
そして、ここぞとばかりに私をからかってくる。
……うん、正直、それは否定できない。
彼女達は同じ土俵の上で全力でぶつかり合っていて。
それは、私には割って入れない領域。
けれど、まあ。
「……(ちゅ)」
……それはそれ、だ。
「……っ!? だ〜か〜ら、いきなりはやめろって言ってんじゃん、……って、さっきも言ったよね?!」
「ごめん、嫉妬に狂いそうになって。恵理は私のものなのに……」
「おいこら。誰がいつ遥のものになった?」
「……だから、私のものっていう証拠を残さないと……」
がしっ、とその首根っこをひっつかむ。
そしてそのまま寝室の方へズルズルと引きずり……。
「え。ちょ、待って、わたし明日も撮影が」
「うん、わかってる、大丈夫。……きちんと、見えないところに、私のものだって印をたっぷりとつけてあげるから」
「いやそれ大丈夫じゃない! わたし明日も早いから! 待ってってば!」
心にもないことを……。
「ほら諦めて。私の面倒くさい嫉妬心に火をつけちゃった恵理が悪い」
だって、いつも欠かさずトレーニングを積んでいる恵理の方が力も強いんだから、私に抵抗しようと思えばいくらでもできるはず。
それをしないということは――。
「待って待って待――」
バタン、と扉を閉めると、防音性能のしっかりした寝室からは何も聞こえなくなったとさ。
めでたし、めでたし。
お読みいただきありがとうございました!
このエピローグ、「10年後って時間飛びすぎじゃね?」と思われたかもしれませんが、どうしてもこの2人のその後を描きたかったんです……!
少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。
よろしければ下から感想・評価等いただければ嬉しく思います。
下には他作品へのリンクもありますので、ご興味のある方はぜひ。
……以前からの読者様におかれましては、ここのところ更新が滞っておりまして申し訳ございません。
詳しくは活動報告に書きましたが、続きはもう少しだけお待ちください……!