わたしは、彼女の。
ずっと、画面の中のアイドルたちに憧れていた。
現実のわたしは、彼女たちとは似ても似つかない存在だったけど。
それでも、いつかきっと――。
***
曲が終わって一息つく。
よ〜し、今日のパフォーマンスも上々!
自慢じゃないが、その辺の技術に関してはわたしがこのグループ内ではトップクラスという自負もある。
……ただ、それが必ずしも人気につながるとは限らないのが、アイドルの難しいところなんだけど、さ。
『みんな〜! エリリンは可愛かったかな〜!?』
思いっきり叫ぶ。媚びるように、されどイヤらしくなりすぎないように!
戻ってくる歓声に少しばかりの満足。
『よ〜し! 今日もテンションは最っ高! サービスしてあげちゃおう!』
そして、投げキッス! 会場のテンションをさらに盛り上げる!
『じゃあみんな〜! またエリリンを見に来てね〜!!』
……けどここは長々と続けるところじゃない、さっとマイクを手放す。
そう、わたしの役目はお客さんを盛り上げること……。
正直、前座に近い。
まあ、わたしが一番そういうのに向いてるのはたしかなんだけどさ〜。
チラリ、と左を見やる。
ウチのグループ『青空クインテット』ではトップ人気を誇る、不動のセンター……ミキ。
今もそつなくファンを盛り上げている。
……あいつに勝てる日、来るのかなあ。
ライブ後は物販&握手会、ここも気が抜けない。
初見のファンを取り込むならここだし、常連さんにはきちんとサービスしないとね!
「今日も見に来てくれてありがとっ♪」
そしてまた一人のファンを見送る。
やっぱりなぁ……5秒だけだとできることにも限界があるよなぁ……。
そう思いつつ、次のお客さんに目を向ける。
……女の子だ、なかなか珍しい。
うちのファンはほとんど男だからなぁ……と思いつつ迎える。
黒髪セミロングのその娘は、長い前髪が野暮ったいけど、磨けば光りそうな感じ?
……っといけない、今は集中しないと!
いつもの営業用スマイルを浮かべ、手を差し出す。
すると、コチコチに緊張しているのがわかる手つきで、わたしの手を握ってきた。
彼女は一瞬硬直した後、気を取り直したかのように――。
「が、が、頑張って! く、くだしゃい!」
……あ、噛んだ。ちょっと可愛い、かも。
「ありがとっ♪」
彼女が硬直したぶん時間がなく、それだけしか言えなかった。
その子は緊張か羞恥か、ともかく真っ赤になってフラフラ去っていった。……大丈夫かな。
しかし、ありがとうの一言しか言えなかったのは反省点だ。
貴重な女の子だし、せっかくわたしのところに来てくれたんだから、ぜひファンになってほしかったんだけどなぁ……。
もっとうまい方法はなかったものか、と思いながら、わたしは握手会を続けた。
***
わたしが地下アイドルを始めたのは高校1年生のとき。
子供のころからずっとアイドルに憧れていて……小学生の時分にはすでにあちこちの事務所のオーディションを受けていた。
ダンス教室にボイストレーニング、その他もろもろ熱心にやっていた。ウチの両親がそれなりに裕福で、かつ放任主義だったのも幸いした。……かわりに、応援も特段してくれなかったけど。
けど、いくらオーディションを受けてもなしのつぶてで。中学生になってからはますます熱心に取り組んだけど、結果にはつながらなかった。
どうもわたしには『華』が足りないらしい。……どうすればいいってのよ、そんなの。
子供のころの憧れは、しょせん憧れに過ぎなかったのかな……。
そう思って、高校では一度アイドルを目指すのをやめたりもした。
友達もできはじめていて、そのままでもきっと充実した高校生活を過ごせただろう。
……けど、あたしは出逢ってしまった。
地下アイドルという輝きに。
偶然見つけたメンバー募集の張り紙は、わたしに「夢を諦めなくてもいい」と言っているようだった。
地下アイドルの運営だけあって、大手プロダクションとは比べ物にならない小ささだけど、きちんとオーディションを受けて、無事に合格した。
それからは必死に活動した。
トレーニングはもちろんのこと、節制し、SNSなどでもファンを増やすために活動する。
定期的なライブに握手会、できることはなんでもした。
そんなことをしていたら、せっかく高校でできかけていた友達がだんだん離れてもいった。
……けど、わたしは構わなかった。
かつて憧れた彼女たちとは比較にならないほど小さい存在だけど、わたしは今、たしかにアイドルなんだ、と。
……でも、それから1年経って。
わたしは、アイドルをやめようかと悩んでいる。
***
その日は、曇り空だった。
ダンスレッスンを終え、水分補給をしていると、ミキが声をかけてきた。
「……ねえ、エリ。ちょっといい?」
用件は、なんとなくわかっていた。
「……なによ」
「あなた……やる気あるの?」
……ついに来たか、と思った。
たしかにわたしは最近、あきらかにやる気を欠いている。
最低限のことはきちんとやっているけれど、一緒に活動しているメンバーがそのことに気付かないはずもなかったから。
「……その話か〜」
「ええ、その話。……実際のところ、どうなの?」
「……悩んでる」
誰だってそうだ。
わたしたちみたいな地下アイドルは、決して儲かる仕事じゃない。
学生のうちはともかく、実際にこれで食べていくのは厳しいだろう。
だから、いずれは決断しなければならないのだ。
……諦めるか、あるいは犠牲を払ってでも夢を追い続けるのか、を。
「最近さ? 将来の展望が見えないっていうか、なんというか」
そう、わたしにできることはすべてやってきた。それだけの自負はある。
……けれど、現実にはわたしはいまだにグループの右端。
そして、わたしのファンの数は頭打ち。
努力だけではどうにもならない……『華』というもの。
その決定的な欠如が、わたしを追い詰めつつあった。
「それで? どうするつもり?」
ミキはかなりストイックなやつだけど、決してわたしを責めてるわけじゃない。
こいつなりに心配してくれてるんだ。
だからこそ、彼我の差が身に染みる。
ミキは努力家なだけでなく、ウチのセンターを張るほどには華のある奴だ。
ひょっとして……と。そう思わせる魅力がある。
対してわたしは……。
そんなことを考えつつ、わたしは言った。
「……脱退も考えてる」
……その、一言を。
『青空クインテット』だって、余裕があるわけではない。
わたしみたいなやる気のない奴は出ていった方がいいのかも……。
最近はそんなことばかり考えていた。
他のメンバーも固唾を飲んで見守る中、ミキは言う。
「そう。……ユニット名、変えなきゃならないかもね」
そして、追い討ち。
「少なくとも今のあなたは……アイドルにふさわしくない。私はそう思う。……あなた、向いてないかもね」
***
「……はは、きっついなぁ……」
誰もいなくなったトレーニングルーム。
さっきのミキの一言は、まさに正論だ。
今のわたしには、そもそもアイドルである資格すらない。
最初から向いてないって言われても、しょうがないのかもしれない……。
「わかっては、いたんだけどね」
ただ、さっきのはミキなりの優しさだ。
壁を乗り越えるだけの強さがないのなら、もうこの世界を去れ。
幸せは、アイドル界だけにあるのではないのだから、と。
「強いなぁ……」
本当に、強い奴だ。
本気でメジャーデビューを目指し、全力を尽くしている。
そして、その結果をすべて受け止める覚悟もある。
ウチではやはり別格だ。
……今のわたしじゃ、あいつの足を引っ張るだけかもしれない。
外は曇っていたが、まっすぐ帰る気にもならず、あてどなく走り始めた。
走っている最中も、考えが頭をグルグルと巡る。
そもそも、わたしがアイドルを目指したのは、憧れていたからだ。
……その輝きに。
幼少期、引っ込み思案だったわたしはよくいじめられて泣いていた。
自分のことが、嫌いで嫌いでしかたなかった。
けど、ある日テレビで見たアイドルは……このうえなく輝いていた。
光を、もらった気がした。
それから、わたしはテレビでアイドルを追っかけて過ごした。
何か嫌なことがあっても、彼女たちの励ましがあれば立ち向かえるような気がして。
……事実、そうだった。
内向的だったわたしにも友達が増え始め、いじめられることもなくなっていった。
アイドルさえいてくれれば、どんな困難にも負ける気がしなかった。
……それで、思ったんだ。
自分もこんな風に、人に光を与えられる人になりたい、と。
「……はは」
自嘲ぎみの笑いがこぼれた。
今じゃ見る影もない。
毎日毎日、決められたレッスンと仕事をこなす毎日。
高校生活のほとんどを犠牲にしてまで、打ち込んできた。
その甲斐あってだんだんファンも増えた。
……けど。
わたしは誰かに光を与えられているのか?
わたしは誰かの特別になれているのか?
……そんな疑問が止まらない。
わたしは地下アイドルになった当初、規模は小さくても、かつての憧れと同じように、人にとって特別な……光を与えられる存在になりたかった。
けれど、今はどうだ?
たしかにファンはいる、けどそのうちの1人でも自分だけを特別に思ってくれている人がいるのか?
わたしが引退したら悲しんでくれるかもしれない、けれどそれは一時的なもので、すぐにまた別のアイドルを応援しはじめるんじゃないのか?
……悪い想像が、止まらない。
わたしの憧れは、どこにいってしまったのだろうか。
「……クソッタレ!」
アイドルにふさわしくないからと、今まで控えていた下品な言葉が飛び出した。
それと同時に、ついに雨が降り始める。
「はは……は」
雨にうたれながらうずくまる。
もうどこにも走っていけないような、そんな気がした。
***
「あ、あの〜……。大丈夫、ですか?」
そう、声をかけられた。
どっかで聞いたような声だな……とぼんやり思う。
けど、自暴自棄になっていたわたしは。
「……うるっさい!! 放っておいて!!」
ふだんなら絶対に言わないようなことを叫んでいた……。
「す、すみません……」
シュン、としたような雰囲気で、人影が通り過ぎていこうとしている。
さすがに悪いことをしたかな……と思い、顔を上げると。
バッチリ、目が合った。
……あれ? この子、どっかで……。
と、思ったのもつかの間。
「……え? ……エリリン!?」
その驚きの声で思い出した……!
あの時、握手会で会った子だ!
うわ〜マジか、この子、あの後も何回か来てくれてたのに、よりによってそんな子に暴言吐いちゃったよ……。
……っていうかこれ、アイドル生命の危機?
イヤだ、自主的な引退ならともかく、自分のイメージを暴落させたあげくにクビとか、わたしの矜持が許せない……!
「ちょっとあんた! こっちに来なさい!」
そうと決まれば行動は迅速に!
とりあえず話し合って……なんとか! なんとかする!
その女の子を、とりあえず橋の下に引っ張っていく。あそこならまず人に聞かれたりはしないだろう。
「わ、わかった! わかりましたから! そんなに引っ張らないで……」
……なんかゴメンなさい、やつあたりしたあげくにこんなマネまでして。
ええと、何から切り出そう……。
そう、まずは……。
「あんた……『エリリン』って言ったってことは、わたしのこと知ってんのよね?」
……ダメだ、切羽詰まったわたしは妙な迫力を発しているらしく、余計におびえられている……。
でもとりあえず突っ走るしかない!
「は……はい、そうですぅ……」
ゴメンなさい! と心の中で叫びつつ、このまま押し切ることを選択!
「わ・す・れ・な・さ・い! 今日のことはすべて忘れるの! いいわね?!」
「……は、はい」
……気の弱そうな子だから、たぶんこれで大丈夫だろう。
ダメだったら……その時はその時だ。
はは、わたしサイテーだな、ファンの子を怖がらせるなんて……。
でも、ふだんは完璧なはずの自制が、なぜか今はできない。
「あ〜……。失敗したわ。こんな時に限ってわたしのことを知ってる奴が通りかかるなんて……」
心の声がすべて飛び出してきてしまいそう。
わたしこんなダメな奴だったかな……。
けど。
目の前のこの子は、予想以上に優しい人柄だったのか。
「あ……の、なに、か、あったんです……か?」
などと尋ねてくる。……震えながら。
「ああん?」
……あ、ダメだ、つい素のガラ悪いところが出ちゃってる。
でも彼女はさらにおびえながらも、言葉をつむいだ。
「な、何かあったのなら……! 私、で、よければ、話を聞き、ます!」
その一言に、心の堤防が決壊した。
「……そーよね。あんたには聞かれちゃったんだし、全部話しちゃっても一緒、か。……どうせ、あんたに言いふらされたらわたしは終わりなんだし」
きっと、誰かに聞いてほしかったんだ。
わたしのくっだらない悩みを。
ふう、とため息をつく。
わたしの言葉に対し、彼女はキッと鋭い目付きになると。
「は、話したりなんか! しません!」
と言ってくる。
……でも、残念ながら信用できない。人が裏で何をやってるかなんてわかりっこない。
なんせ、『理想のアイドル』を目指してたはずのわたしだって、本性はこんなものなんだから……。
「どーだか。あんただって裏で何をしているか……」「私!!!」
思ったより強い口調にビクッとする。……おとなしそうな子だったから意外だ。
……そして、彼女は堂々と宣言する。
「私! と、友達とか……いないし! こ、コミュ障なので! 誰かに話すような真似は、しない、以前に! できま、せん!!」
その言いぐさは、あまりにも、あまりにも、予想外で。
「……ふっ! ははっ! あはははははっ! あんた、それそんな大声で言うこと!? っていうか、しない、じゃなくて、そもそもできないから安心って、あんた……! あははははっ!」
ダメだ、笑いが止まらない!
こんなこと堂々と言い放つ子がいるだなんて、想像もしたことがなかった。
……でも、その笑いは、最近していた醒めた笑いとは違って。
なぜだか暖かく、わたしの心が溶けていくような気がした……。
なんとか落ち着いたので、口を開く。
「……あんたってバカねー。わたしもなんだかあんたの前で取り繕ってるのがアホらしくなってきたわ」
『理想のアイドル』でもない。
さっきまでの自暴自棄になっていたわたしでもない。
素の、普通の女の子としてのわたしが、久々に表に出てきていた。
「……ご、ごめんなさい?」
再びオドオドした雰囲気に戻ったこの子。
彼女の前だと、わたしはなぜだか自然体でいられる気がした。
「ふふっ、なーんであんたがあやまんのよ。……でもそーね。木のうろとかにグチを吐き出すのはよくあることよね?」
ひどいこと言ってゴメンね?
でも、ちょっとだけ……。
「いい? あんたはこれからただの人形! わたしの話をとにかく聞き流しなさい! いいわね?」
話を、聞いてもらいたいんだ。
それから、わたしはすべてを話した。
画面の向こうのアイドルに憧れて、自分もそれを目指したこと。
一度は諦めかけて、でも諦めきれずに地下アイドルを始めたこと。
でも最近、行き詰まりを感じていること……。
……彼女は、真剣な瞳でしっかりと聞いてくれた。
きっと、いい人なんだろうな。
……そして、人に話したことで、自分の考えがまとまった。
決意も、固まった。
わたしは、アイドルを――。
「あ、アイドル! やめない、で、くださいっ!!」
わたしの言葉は彼女の叫びにさえぎられた。
……さっきまでは黙って聞いてくれてたのに、突然何を言い出すの……?
……もういいや。彼女には、全部ぶつけてしまおう。
「……は? あんた、話聞いてた? あんたみたいなファンがいくらいても、わたし自身がもう――」
「いいから!! 私の、話、も!! 聞け!!」
その、地の底から吹き上げるような叫びに。
わたしは、心を奪われた。
……そして、彼女は語りはじめる。
「……私、こんなだし。周りの連中は、クソばっかだし。正直、人間なんてみんな、薄汚くて醜くて、どうしようもない存在だと思ってた」
……そんなこと、思ってたんだ。そのおとなしそうな顔の裏で。
「今は、違う。エリリンが私に、見せてくれた。……世の中には、あんなに輝ける人もいるんだって!! エリリンは!! 私を救ってくれた!! 私にとっては……私にとっては、星なんだ……!!」
その、あまりにもまっすぐすぎる言葉は。
わたしの心を、射抜いた。
「あんた……」
……わたし、この子にとっての光に……なれてたの?
……けれど、どうしても素直には信じられなくて。
「……でもあんた、聞いたでしょ。わたしも、完全無欠のスターなんかじゃない。悩んで、どうでもいいようなことで苦しんで。あんたの言葉を借りれば、『どうしようもない存在』だよ? そんなの幻想――」
ああ、ダメだ、ここまで言ってくれた子に対して疑うようなことを言っちゃ。
けれど、失望されてしまったのではないかという恐怖がどんどん膨らんで……!
「それが!! どうした!!!」
「……は?」
……彼女の叫びは、またまたわたしの不安をたやすく消し飛ばした。
「だって……、だってエリリンも、人間、なんでしょう? 私と何も違わない……、決して特別でもない、どうしようもない存在……。今、話を聞いてそう思ったのは事実……」
そう、わたしは決して特別なんかじゃない。
「でも! 特別じゃなくたって! エリリンが私にとっての星だってことは変わらない! 私と同じ、どうしようもない存在でも! 輝くことはできるんだって教えてくれたのが……エリリンだから!! だから、私はあなたを――!!」
……特別なんかじゃないけど。
それでもわたし――。
この子に、光を与えられたんだ。
***
「……な、なんか、ごめん、なさい。勝手な、ことばっかり、言って」
数瞬の間の後、彼女は元の様子に戻っていた。
「アイドル、やめるのは……エリリンの自由。私、が、口を出す、ことじゃない。……だけど、これだけは、言って、おきた、かった」
……けれど。
彼女はたしかに、わたしを救ってくれたんだ……。
ふっ、とほほえみがこぼれる。
久しくしていなかった、穏やかな笑顔。
ああ――。
「田中恵理」
「……?」
「わたしの、本名。……あんたには、特別に教えてあげる。“田中”って、ダサいからあんまり好きじゃないのよねー。でも、『エリリン』ってずっと呼ばれるのもなんだし?」
――あなたの名前を、教えて?
「わ、私、私は……四ノ宮、遥……」
しのみや、はるか。
「四ノ宮遥……ねえ? わたしよりずっとアイドルっぽい名前じゃない。ズルい!」
「そ、そんなこと、い、われても……」
「あははっ、そうよね!」
……とっても、いい名前だと思う。
遥か彼方の空を思わせるような――。
さて、と。
「アイドルをやめる件……、あんたの演説に免じて、もうちょっと考えてあげるわ。……だから、……また、見に来なさい、よね? ……遥」
なんだか、悩んでいたのがバカらしくなってきた。
今までわたしがやってきたことはムダじゃなかった――。それが、わかっただけでもいいんだ。
「あ……うん」
その返事を背に。
わたしは急いで走り去った。紅潮した頬を、彼女――遥に、見られないように。
わたしの胸は、これ以上なく高鳴っていた。
***
「わたし、続けるわ」
開口一番、そう伝える。
……それが、心配してくれた仲間への礼儀だと思うから。
場所はダンスレッスン教室。
ミキはいつも一番にやって来て、自主練をしている。
わたしはそこで、決意を伝えた。
「……ずいぶん、いい顔になったじゃない」
ミキは満足げに笑う。
「……心配かけてゴメン」
さすがにちょっとバツが悪い。
「……別に? やめるならやめればいいし、続けるなら続ければいい、ってだけの話だもの」
気を遣ってくれているのだろう。相変わらず身内には甘い奴だ。
「わたしさ、気付いたんだよ」
こいつには、聞いておいてほしい。
「何に?」
「わたし……アイドルになってやりたかったこと、もう達成してた、ってことに」
わたしは、遥の光になれた。
たった1人の、特別に。
だから、もう満足はしている。
けど――。
「……それで?」
こうなった以上、アイドルを続ける理由はもはやない。
……しかし、やめる理由もやはり、ない。
「でもせっかくここまでやってきたんだ、行けるとこまで行ってみようかと思ってさ」
そう。
「もう夢は叶えたんだから、あとは好きにやろうかなって。だって……アイドルは最高だから!」
理由なんてどうでもいい!
やりたいことを、やる!
……そして、わたしの話を聞いたミキは。
「ふふっ……。あなたらしいわね」
そう、笑って返した。
ミキは続ける。
「……正直なところを言うわね。私は、私に勝てるとしたらエリだけだと思ってる。……あ、他のメンバーには内緒ね?」
「……は? わたしなんか、そんなたいしたこと――」
「あるわ。たいしたことあるわよ、エリは」
ミキは真剣な目付きになり――。
「……あなたはいつか、メジャーにのし上がっていくかもしれない。私はそう思ってるわ。……実際、あらゆる面であなたは私より上じゃない。やめるのがもったいない、と思うくらいには、ね」
「は? 冗談やめてよ、わたしには――」
「『華が足りない』だっけ? でも今のあなた……充分、魅力的だと思うわよ。前に会った時とは別人みたい」
そう言って、ミキはポン、と手を叩くと。
「ああ! ……エリ、好きな人ができたんでしょ?」
爆弾発言をかました……!
「はあぁぁぁ? なんで、わたしがそんな!」
「そうよね。私たち、恋愛はご法度だものね……」
「いやいやいやいや、違うから!」
でも、なぜか頬が熱くなっていって……。
「……ほら、その顔。女の子は恋をすると美しくなるものよ? アイドルとしての魅力もマシマシね」
面白そうに続ける。
「バレないようにするのは大変でしょうけど……その魅力を身に付けたあなたなら、本当に上の世界も夢じゃないわ。目指すかどうかはもちろん任せるけど、ね」
いやいやいや待って待って待って……!
混乱するわたしを尻目に、ミキはとても楽しそうだ。
「私としてもありがたいわ。……強力なライバルがいた方が張り合いも出ますから」
「……そりゃ、どーも……」
そう返すのが精一杯。
ライバル認定されたのは光栄だけど、やっぱりこいつにはかなう気がしない……。
***
(だいたいわたしは恋なんかしてないっつーの!)
心の中でボヤキつつ、ライブの開始を待つ。
他のメンバーにもずいぶん心配をかけていたみたいで、色々と申し訳ない気分になりつつ、わたしは無事に復活を果たしていた。
以前よりグッと魅力が増したと評判で、ファンの数もちょっとずつ増えている。
……いや、でも恋とかじゃないから!
そんなことを考えつつ、舞台に上がる。
観客席最後列には――“彼女”が立っていた。
***
……その日のライブは、自分史上最高のパフォーマンスだったと思う。
やっぱり、遥――わたしの一番のファンが見てくれていると思うと気合いが入る!
その後は握手会。
自分のファンが着実に増えているのが目に見えるのはやはり嬉しい。
そして――。
「が……頑張って、ください!」
彼女の、初めて会った時と変わらない、その言葉に。
「……当然でしょ?」
わたしは、最高の笑みを浮かべながら答えた。
……心なしか、自分の頬が染まっているのを感じながら――。
この2人のエピローグは、7月21日の12時投稿予定です。
下に他作品へのリンクもありますので、興味のある方はお読みくださると嬉しいです。