白い戦車
俺の住む町で、仲間が大量に死んだ。俺のお袋も、兄弟も死んだ。赤ん坊の俺だけが生き残った。
ネズミが大量に発生した。俺の仲間がいなくなった町に、ネズミの天国ができた。人々が捨てた残飯に群がるネズミは、丸々肥えて旨そうだった。俺はお袋の乳の代わりにネズミの血と肉をすすって育った。
ネズミをたらふく食って育った俺は、ある時町を出ることにした。町のネズミは食べ飽きた。もっと肉の引き締まった山のネズミが食いたくなったのだ。俺はもっと山に近い町に移り住んだ。
山の町に来た始めの年の春、若い新参者の俺は気の立った男どもの格好の餌食となった。俺は町の男どもに毎夜殴られ、追われ、噛みつかれた。
男どもの騒がしさが一段落した頃、俺はガキを産んだ。黒っぽいのと白っぽいのが三四個、俺の腹から出てきやがった。ガキどもは俺がいなければなにもできない癖に、やけに根性がある。俺の機嫌が悪いのもお構い無しに、俺の腹に吸い付いて乳をむさぼる。化け物みたいに貪欲で、それでいて一人では排泄すらできない無力な奴ら。それが俺の腹を裂いて出てきたのだから、本当に不思議なものだ。
ガキどもが腹が減ったとうるさいので、俺は狩りに出かけた。そう言えば、俺は山の町に旨い物を食いに来たのだ。このガキどもにも、旨い物を食わせてやろう。残飯で肥ったドブネズミやクマネズミではなく、肉の引き締まったヒメネズミを食わせてやろう。
寝ぐらから出るとき、ガキの一個で白いのが俺の方を不思議そうに見つめていた。暗い穴の中から光を放つ眼は、左右で違う輝きを放っている。片眼は金色、片眼は青く光っている。このガキ、いい眼をしているではないか。
来るのか来ないのかはっきりしろ。俺はガキに怒鳴った。白いガキはのそのそ穴から出てきた。それに続いて黒っぽいのが二三個転がり出てきた
俺はガキどもと共にネズミ狩りに行った。ガキどもはぶつかり合い転げ回りながら俺についてくる。短い脚をよちよち動かし、必死に走る様はとても愉快だ。
ガキどもがふざけている間、俺は存分に狩りをした。ドブネズミに比べて弾力のあるヒメネズミの肉を噛み締める。口腔に血の芳香が広がる。旨い。今度は尻尾を咥えたままネズミを泳がせる。腕で囲い、逃げ場を無くす。必死で逃げようとするネズミを、殴り、噛み、踏みつける。実に愉快だ。ガキの何個かが俺の真似をしてネズミを玩んでいる。まだガキどもの歯じゃネズミは食えないらしく、遊び飽きたら逃がしてしまっていた。ガキが遊び尽くして逃げる気力も残っていないくたびれたネズミが、鼻をひくひく、荒く息をして転がっている。俺はそのネズミを噛み殺す。
そんな風にネズミ狩りに夢中になっていた俺は、ふと異変を感じた。ガキの数が何となく減っている気がする。はて、ガキは三四個いたはずだが、何か違う。しばらく思案して俺は気付いた。そうか、白いガキがいない。
俺はあわてて周囲の臭いを嗅いだ。白いガキの臭いを見つけ、それを追った。どこだ。どこにいる。俺は何故か、穴を出る時に見たガキの眼を思い出した。金と青の二色に輝く瞳。あのガキを、俺は探さなくてはいけない。
俺は走った。いや、走れなかったかも知れない。残りのガキがはぐれないように気を使わねばならなかったからだ。
しかし、白いガキは案外すぐに見つかった。でもそれは俺に残酷な現実を見せつけた。白いガキは、アライグマ捕獲用の檻に捕まっていた。
出して。お願い、ここから出して。嫌だよ。怖いよ。
白いガキが鳴いている。畜生が。黙ってろ。ピーピー泣くんじゃねえ。うるせぇ。俺がこんな檻壊してやるから、静かにしろよクソガキ。
ダメだった。どんなに爪を立てても、牙を立てても、檻はびくともしない。
夜が明けると、俺は残りのガキを連れて寝ぐらに戻った。
許せよ、白いガキ。俺はお前を見捨てる。
白いガキを見捨てたあと、俺のガキがどんどん減っていった。白いガキがいなくなった日の朝、黒いガキが一個車に轢かれた。次の日、子供が数人寝ぐらに群がって残りのガキを連れ去っていった。そして昨日は、連れ去られたガキの片方がビニール袋に入って捨てられていた。
俺のガキは全て無くなった。
なんのことはない。ガキならまた産めばいい。俺はまだ若い。来年でも再来年でも、何回だってガキを産めばいいじゃないか。
でも、なんでこんなに悔しいんだ。どうしてこうも寂しい気分になるんだ。うるさいガキどもがいなくなって、これでまた自由気ままに過ごせるじゃないか。なのに、どうしてこんなにもやもやするんだ。
もやもやむしゃくしゃしたって腹は減る。俺はまたネズミ狩りに出かけた。
ネズミのいそうな植え込みを嗅ぎ回る中で、俺はある家の庭に迷いこんだ。やけにだだっ広く、所々獣の毛が落ちている。周囲には山奥の獣の臭いが立ち込めている。山の近くとは言え、町の中でこんなに獣の臭いが濃いのは変だ。俺はしばらく辺りの様子を探っていた。
突然、イヌに吠えられた。この家で飼ってるイヌだろう。俺はイヌが嫌いなので、振り返ってイヌを睨み付ける。
なんだテメー。やんのか?
俺はイヌを威嚇した。いや、威嚇しようとした。でもそれより早く、俺は逃げ出した。
イヌ大きすぎだろ。俺が見たイヌは確かにイヌだ。でもイヌじゃない気がする。全身が白っぽい灰褐色の毛で覆われたそのイヌは、立ち上がれば人の背丈を越すほどに大きかった。
これは、逃げなきゃヤバい。捕まっておもちゃにされたらひとまりもない。
俺はイヌが立ち上がっても届かない高さの庭木の上まで逃げた。ここから塀に飛び移ればこの庭から脱出できる。俺は塀に一番近い枝まで歩いた。
その時、俺はふと家の窓の方を見た。俺はそこに、見たことのある光を見つけた。金と青の二色の光が、窓の中で輝いていた。
白いガキだった。俺が見捨てた白いガキが、窓の中にいた。
部屋の中はよく片付いていて、殺風景に感じる。その殺風景な部屋に、長い髪の人が現れる。
ルーク、おいで。
長い髪の人は優しい声で白いガキを呼んだ。白いガキは嬉しそうに返事をし、長い髪の人に近づいていった。
お母さん。
白いガキ、いやルークは、長い髪の人に甘えるように体を擦り付けた。
お母さん。俺は口の中でその音を転がした。
白いガキが生きていた。そして新しい家族と幸せにやっている。それが嬉しかった。だが同時に言い様のない寂しさが俺を襲った。
俺はもう、白いガキのお母さんじゃないんだ。そしてもうあのガキは俺のじゃない。ルークっていう、洒落た名前のついたよそのガキだ。
庭木の下から、さっきの大きいイヌが吠えてきた。そうだ。俺はこのクソデカいイヌから逃げようとしてたのだ。
枝から塀に飛び移る瞬間、俺はもう一度窓の方を見た。長い髪の人とルークが戯れているのが見えた。
あばよ、ルーク。もう二度と会うことはない、俺のガキ。
(終)
部活の仲間に酷評された作品です。思い入れのある作品なのでここで供養します。