奇跡といえる星を見つけて
ヌフ・オルレアンで義父母のダヴー伯爵夫妻と逢って話をした後、自分と事実上の娘サラは、あらためて星系探査の旅に出ていた。
本来なら、地球にそろそろ帰還すべきなのだろうが、義父母からサラを結婚させるように、と暗に圧力を掛けられたこともあり、もう一つ探査した後で、とつい先延ばしを図ってしまった。
だが、そうは言っても宇宙船の整備等の必要が出てくるし、物事には限度がある。
そのために、この星系の探査をこの旅での最後、と私達が決めて向かったM86星雲のある星系だが。
「この星は」
「ああ、奇跡と言っていい」
自分と娘のサラは、調べれば調べる程、この星系については半ば絶句していた。
この星には、原人、または旧人とみなされる程度の知的生物が存在していた。
だが、その一方で、その知的生物がいるのは、この星の二つの大陸の内の一つで、お互いの大陸は、この星の文明レベルで言えば、遠く離れている。
それこそ、この星が「大航海時代」を迎えるまで、もう一方の大陸に知的生物がたどり着く可能性は、絶無と言って良かった。
従って、その知的生物がいない大陸に、我々が入植しても大きな問題にはならない。
勿論、その知的生物が進化して、何れは文明を築く可能性は高いが、それは数万年先の話だろう。
それまでの間、人類はその知的生物の観察を行い、文明の進歩を観察できる訳だ。
これ程の星は、米日英等の他の国が隠していない限り、人類が恒星間宇宙に飛び出して以来、初めてのレベルの星と言って良い。
私は、この星の内容を確認出来た、と自分の内心が確信した瞬間、いい機会ではないか、と自分の心の一部にけりをつけることにした。
自分の目の前にいる事実上の娘サラを、父として送り出そう。
もういいだろう。
自分の都合よりも、彼女の内心を優先すべきだ。
「なあ、サラ」
「なあに」
サラは自分に背を向け、星の詳細な観察に懸命になっている。
彼女の表情が見えないのが、自分にとって救いのような気さえしてきた。
「そろそろ、フランス帝国の皇太子殿下の婚約申し入れを受ける気はないのか」
自分の問いかけに、サラは思わぬ返しをしてきた。
「そうねえ。クローンとして許されるのならね」
えっ、サラは自分がクローンだと言った。
私が固まっていると、サラは言葉を更に続けた。
「あなたは分からない、と思っていたのでしょうね。でも、こういうのは本人は察するものよ。表向きの母のオリジナルと私は、生育環境の違いで誤魔化せているけど、本人には分かるのよ」
サラは、私に背を向けたまま、言葉を続けた。
「それを察してから、私は色々と調べた。見事なまでに証拠は消しまくられていたわ。でも、消されているという事が、却って私の内心では証拠になった。最後の決め手になったのが、あなたと私のDNA鑑定結果よ。あなたと私は、全く血がつながっていない。その一方で、エマ母さんとは血がつながり、叔母姪というより姉妹という鑑定だったわ。ああ、心配しないで、その鑑定は、私自身が行ったから。本当に便利よね。調べようと思えば、こんなことさえ本人が、自分で調べられるのだから」
サラの言葉は、私を完全に固まらせた。
「序に、オリジナルの死の真相についての私の推論を言うね。黒幕は、ルイ兄さんね。ルイ兄さんは、オリジナルとあなたの結婚に反対していた。だから、非常手段を講じたのよ。でもね、ルイ兄さんを責めないでね。ルイ兄さんは、貴族としての義務に忠実に考えたのよ。あなたは、貴族には本当に向いていない。今でも、私の妹のエマに貴族の仕事を半ば押し付けて、宇宙を飛び回っているでしょう。あなたと私は楽しいわよ。でもね、貴族としてはどうなのかしら」
サラの言葉に、私はぐうの音も出ない。
「貴族たる者、領地の住民の生活を考えない訳には行かないわ。それこそ、ダヴー伯爵家は、あなたには何も言わなかったみたいだけど、それを数百年の間に渡って貫いてきたから、ヌフ・オルレアンの領主で今でも存在しているの。あなたは気軽に領地の住民のことを軽視して、自分の領地は、フランス帝国の直轄地にすればいい、とでも想っているのでしょうね。そして、オリジナルはあなたに同調していた。それが、ルイ兄さんの逆鱗に触れたのよ。オリジナルを殺せば、貴方の目が覚める、と思ったのでしょうね。もっとも、あなたは全く目が覚めなかったみたいだけど」
サラの言葉は、私を断罪するようだった。
「ただねえ。直接の証拠は全く残されて無いのよね。あるのは、状況からの推論のみなの。だから、私の妄想と言えば、妄想にしか過ぎないわね。一時は、黒幕として両親を疑ったけど、両親の態度からすると、バカ息子の仕出かしたことを推測して、その贖罪のつもりで、クローンを創ることを承諾した、と見るのが自然な話でしょうね。お互いに怖くて、どうにも確認できていないでしょうけど」
サラは、私の顔を全く見ないまま、表面上は星の観察に集中している。
だが、私が気が付けば、サラの足下が微妙に濡れている。
言うまでもなく、サラが零した涙のためだ。
あんなに涙を零していては、星の観察など、実際にはできていないだろう。
「いつ、そう確信したんだ」
サラの本当の内心が気になって仕方なかったが、私としては、いつそれをサラが確信したのか、どうにも気になった。
サラに嘘を吐かれるかもしれない、だが、どうにも自分は知りたい。
「先日、ヌフ・オルレアンに行ったときよ。ルイ兄さんは、私と決して目を合わそうとしなかった。また、非常の手段を講じることも、頭をよぎったのでしょうね。私が、それとなく伯父様は、私と決して目を合わさないのね、とからかっても、それでもルイ兄さんは、私と目を合わそうとはしなかった。恐らく、かつて自分が採った非常手段の重みに、自分の内心が震えていたのよ」
サラは、そう言って、表面上は星の観察に集中し続けていた。
確かにそうだろう。
普通に考えれば、実の妹を殺そうと考えて、実際に行動する等、決して許されることではない。
そして、自分が行動した後、20年近くが経ち、ある意味、その亡霊が、自分の前に現れている。
更に、その亡霊は真実を覚ったかのように、自分をそれとなく責めている。
ルイ義兄さんが、震えてしまうのも、半ば当然だ。
この後、自分はどうすべきなのだろう。
自分が想いを巡らせていると、サラは思い切ったように口を開いた。
「ねえ、お父さん、とまだ敢えて呼ばせてもらうね。
それが自分にとって、もっとも慣れた呼び方だから。
もう少しだけ、星系探査をしていい。
オリジナルと同様に、私も星系探査が心から好きなの。
それが貴族として許されないことでもね。
もう少しだけ、それが許されたなら、皇后にでも何にでもなるから」
サラの言葉を聞いた瞬間、自分の心は固まった。
ルイ義兄さんの考えも、もっともだ。
自分もサラも貴族、政治家には本当に向いていない。
自分の利益を、住民全体の利益よりも優先している貴族、政治家だからだ。
だが、普通の人間としてならば。
「そうだな。もう少しだけ、親子として、星系探査を続けるかな」
自分は、そう言ってしまった。
「そうだね。もう少しだけいいよね」
サラも、そう答えた。
もう少しだけ、本当に便利な言葉だ。
実際にはいつまでのことなのか、は言ってはいない。
だが、それでお互いを納得させてしまう。
自分とサラはもう少しだけ、この生活を続けることにした。
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