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悪厄の悪役たる矜持  作者: 陸昼すず
Ep0・名も無き弱者たるには
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1・名無しの生者

この世界に生まれた時からオレには何もなかった


まず名前は無い

生まれたということは親がいたはずだが記憶にないし、今日まで生きてきて今のところアイツやコレとは呼ばれるがオレ個人を指す名前というものは無かった


次は居場所

ココはスラムと呼ばれる底辺層が住み着いている場所なのは周りの奴らが言っていたので何となく分かる。でもそんな中でもオレの居場所はない毎日ふらふらとスラムを渡り歩いて毎晩その時の安全そうな場所で座りこんで眠るから、ここという居場所が無い


最後に力

親もいない、居場所も無いオレにはその日を生きていくだけで精一杯だ。純粋な腕力は枯れ枝みたいなオレの体格についているはずも無く、食べるもの得るためにゴミを漁ったり喉を潤すために泥水すすりながらも意味も分からず生きてきた。むしろ知識という力もない分、動物みたいにただ死にたくないっていう生存本能が働いていたのかもしれない


そんな生活をおくっていたオレはついに倒れた


いや、倒れたではなく夜寝たその場から起き上がれなかったのだ

むしろ良くもこんな生活の中でここまで生きてこれたほうだろう。横に倒れたまま目線だけを上に向ければ空はあんなにも青く明るいのに、目線を戻せばここは酷く灰色で薄暗い場所だ


空腹をこれでもかと訴え続ける腹とは別に身体はピクリとも動く気配は無い。そんな矛盾する身体の動きは知らぬとばかりに考えは霞み、先ほど起きたばかりだというのにもう眠いと瞼を閉じる間際に覆い被さるような大きな何かを見た気がした……




ぼんやりと意識が戻る

先ほどの眠った場所から固い地面はそのままに、だけれども何だか少し暖かい

瞼を開ければ目の前には木の板。そしてお世辞とも綺麗とは言えないがまだまともな布切れ一枚をかけられており、薄暗さは変わっていないようにも感じるが倒れていた場所ではない事が分かる


回らない頭で知らない場所だと警戒心を持ちながらゆっくりと力の入らない身体にムチをうち上半身を起こす

木の板だと思っていたのは見たことの無い長細い箱で、どうやらどこかの室内だということは分かった。奥の壁に引っかけてあるランタンの灯りだけだから部屋が薄暗いのだろう、それ以外にはランタンの側に粗末なベッドが見えるのと簡素な机と椅子がそれぞれ一つあるぐらいの質素な部屋だ


そうして周りを見渡しているとバタンッと左側から大きな音と人影のうつった日の光が射し込んだ


驚いてそちらに顔を向ければ、髪はざっくばらんに切られおり目もとが見えず顎髭も伸び放題な顔の痩せて細い身体で腰を屈め杖をつく年老いた男が立っていた

そんな男がこちらを向き、ついビクリと固まってしまうとそれを見た男の口元がニヤリと不揃いで黄ばんだ歯が覗く程顔を歪め嗤っていた


この出会いがオレの無い無い尽くしの世界が変わった瞬間であった



オレがあの不気味な男こと老人と出会ってから1年ぐらいたった


相変わらずオレの名前は無い

老人はオレのことをオマエやガキとしかオレを呼ばないので名前とゆうものは存在しない

ついでに力もまだ無い

飢えることはなくなったが、満足な食事を得た訳でもないのでまともな成長もせず細く貧相な身体のままだ


ただ、居場所はできた

この老人が住む簡素な部屋の隅っこが今のオレの居場所である。連れてこられた当初にかけられていた布切れに包まり、固い地面とかわりないが雨風凌げる屋根の下で眠れるようになったのは非常にありがたいことである


それから、もう一つ

オレを連れて来た最大の理由でもあるが生きる為に金を得る方法……スリ、盗みを教えてやらせるためである


この老人はこのスラムで生活するようになってからはスリで生計をたてていたが、歳をとり身体が思うように動かなくなったために自分の代わりに働かせる?人手にとオレを拾ってきたらしい


最初の1週間はオレがまともに動けるようになるまで適当に飯を与え、恩を売りつけ、その恩を返すために働けと拒否権のない事を説いた

次に約1ヶ月ほどかけてオレにスリとしての自分の技術と心得を実際に老人を相手に盗めるぐらいまで叩き込まれた


覚えさせられてからさらに1ヶ月ぐらいは実際に盗むのはオレだが老人指導のもと盗みやすい奴と盗みがバレやすい奴、それと盗んだら駄目な奴の実地試験を繰り返して今にいたる


最初は慣れていないため上手くいく訳もなく全く盗めない日もあり、その度に部屋の中で老人に何度も殴られながら罵詈雑言を吐かれ身体中がアザだらけの日々もあったが、初めてスリを働いてから半年もすれば安定して盗めるようになった

来た当初よりもまともな残り物を食事として与えられるようになり、老人は買えず渋々と止めていた酒を毎日飲んでは上機嫌に過ごしている


ただ、酒がきれたり思ってたよりも稼ぎが悪い時などは暴言と共に殴られているのは最初と変わりない


むしろ酒に再び手を出してからは元々の酒癖も悪かったのだろう、杖で殴り叩きつける暴力は頻度こそ減ったが内容はエスカレートしている。そのせいで身体のアザはいつも残ったままだった

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