プロローグ
※不定期更新
※人を選ぶ描写多いです苦手な方はお気をつけ下さい
月明かりが眩しいほどの真っ暗な夜だった
ピッ……ピッ……と心拍数を告げるベッドサイドモニターの弱々しい音がすぐ隣から聞こえるぐらいの静かな夜でもあった
丈夫なのが取り柄とまではいかなくても健康には自信があったが歳には敵わず、こうして病室の一角に運ばれからもう数日たっていた
独り身ではあるが親族や仲の良い友人が見舞いに来てくれたのは正直嬉しく、すぐに退院出来るだろうとたかをくくっていたが甘かったみたいだ
何となく分かるのだ、もう長くないと
今までの思い出が走馬灯のように浮かんでは消え、眩しいと思っていた月明かりがすでに暗く、心拍数を告げていた機械音も遠くに聞こえる
あぁ、何とも平穏で悪くない人生だ
夢にみた憧れは叶わずじまいであったが人としては満足のいく人生だったであろう
もう眠気を抑えることも困難になってきた、このまま健やかに眠ればきっと苦しむことも無いだろう。そう思い目を閉じれば光も音も何もない真っ暗な空間にぽつりと一人でいるが不思議と孤独感はない
死期前とはこんなものなかと浸っているとボッ暗闇に突然蒼い炎が上がった、何事かと固まるっていると蒼い炎の仲から暗闇すらも黒くいっそ神々しい程の光沢を持つ小柄な蛇が現れた。こちらを見つめる目はアメジストの用な美しくも妖しい輝きをはなつ濃い紫の瞳
こちらがあっけにとられていると蛇(?)はチロリと舌を出し
「やぁ、こんばんは。柳田浩二君」
とまさかの喋り?かけてきた
蛇とは喋るものだっただろうか……いや、そんなまさか……と驚愕に固まっていると空気を読めないのか読まないのか蛇はまだ語りかけてきた
「このまま死んでしまう君の魂に惹かれるものがあってね、良ければこの人生が終わった後に君の夢を叶えてみる気はないかい?」
「私の……夢なんて……」
「あるだろう?この人生では叶えることすら困難だった夢が。子供心に封じ込めていた純粋かつ淀みなく、けれども悪辣で禁忌な願いがさ」
あぁ、その言葉はなんと甘美で蠱惑的な誘いであろうか。もう死ぬと分かっているせいか理性の枷が緩いのだろう、こんな非現実的な状況でも叶えて貰えるという確信がもてるのは今までの味わった事のない不思議な感覚だ
「対価は君の魂の今後の行き先と今の真名。あとは人間としての持つべき理性を少し弄らしてもらうけども……なに、そんな苦痛は感じさせないよ」
蛇がニコリと微笑んだ気がした
きっとこれは悪魔の契約なのだろう。死期の近い者を狙うとは実に理にかなっているし、そして何よりも望む願いが叶うならば答えなどとうに決まっているではないか
もう視点すら定まっているかあやしい眼で真っ直ぐに見つめ、今にも折れ力を感じさせない片腕を伸ばし、届いているかも分からないかすれた弱々しい声で私は願う
「この秘めたる願いを叶えてくれるならば喜んで」
「なら契約成立だ。これからよろしくね、柳田浩二君……いや、名無し君」
蛇が蒼い火と化す、私を包んで更に炎と燃える
燃え上がる蒼い炎に、不思議と熱は感じなかった
「約束しよう、新たな君を。歓迎しよう、新たな僕らの同胞を」
翌日の早朝
柳田浩二であった私は静かに人生を終えた