第2話 ゴーレム技師のお仕事
しばらくは1日おきに投稿できそうです。
よろしくお願いします。
いつまでも崩壊した店内にいるわけにはいかないので、散乱した商品をどかしながら破壊されたドアから外に出ると。
「…………」
そこはうちの店同様、地震の被害を受けた店舗の並ぶ大通りではなく、帰宅手段を絶たれた難民で溢れかえる駅前でもなく。
「ど、どこここおおおおぉぉぉぉ!!」
360°広がる限りない荒野のど真ん中に、半壊した俺の店はあった。見渡す限り砂と岩の世界。空気も乾燥しているのかあまりの衝撃に俺は咽て2、3度咳込んだ。
「だ、大丈夫ですか? ええっと……」
「ありがとう、大丈夫。俺も名前言ってなかったね。立花宗司っって言うんだ。宗司が名前ね」
「タチバナ=ソウジ、さん。不思議な名前ですね。どこか異国の出身ですか?」
「うん、それなんだけど。一つ聞いていいかな?」
「はい、わたしに分かることであれば」
「ここって、日本の大分県、じゃ無いよね?」
「ええ、この辺りはデュー・ガルドの大国『フレア』の辺境ですね。近くには『レイン』という村があって私の家もそこにあります。ニホン? オオイタケン? それは聞いたことないです、ごめんなさい」
「そっかぁ、いやいいんだ、そんな気はしてたから」
デュー・ガルド、フレア、レイン。知らない地名ばかりだ。それにこんな一面世紀末みたいに広がる荒野も、少なくとも日本国内には無い。なにより。
自分の体を砕いて屋根の修復をしている巨大ゴーレム。先ほどより幾分かスマートになっているが、力強さは変わらず器用に屋根の修復を続けている。
動悸と共に口からため息を漏らす。ああ、間違いない。
「ハイナちゃん、どうも俺はこことは違う世界から来たらしい」
「……はい?」
うん、その反応は正しいよな。
「俺はさっき言った、日本の大分県ってところに住んでいたんだ。覚えてる限りだと大きな地震があって、そのあと気が付けば俺の店ごとこのデュー・ガルドに転移してきたらしい」
俺はあまり本は読まないが、これでも日本の若者だ。最近はこういった異世界転生や転移といったアニメやラノベが人気だというのは知っている。商品発注する際に多少は情報収集もするからな。
だがまさか自分が、それも店ごと巻き込まれるとは思いもよらなかったけど。
「どうりで、こんなところにお店があるのも変だと思いました」
雑草すら疎らにしか生えていない一面の荒野だ。こんな立地、例えばガソリンスタンドとかならともかく模型店などあってもどうしようもない。
それにしても、異世界から来たと言ったのにこの子あまり驚く様子がないな。ひょっとしてよくあることだったりするのだろうか。
「ゴーレムってのは俺の世界にはないな、物語にはよく出てくるけど。たぶん、魔法か何かで動かしてるんだよね」
「はい、ゴーレム技師はゴーレムの造型とそれに魔法でどのように行動させるか決めて刻み込むのがお仕事なんです。用心棒とか、番兵とかが主な用途ですね」
「ふぅん、それってすごい特別な技術とか必要そうだけど、いっちゃあ失礼だけどあんまり景気はよさそうじゃないね」
「そ、それはその……。わたしのゴーレムを見て貰ったらわかると思うんですけど、造型が苦手で。ゴーレムの性能は造型の出来に左右されるんです。なので小さいのなら大丈夫なんですけど大きいのは偶にわたしの言うことを聞かないこともあって」
なるほど、ゴーレム=岩の塊ってイメージだったから巨大ゴーレムもあんな無骨な形をしてるんだと思ったけど、ただハイナちゃんが不器用なだけだったのか。こんな巨大なものが製作者の言うことを聞かないってのは致命的だな。
「だから、わたしにはほとんど仕事が来る事も無くて。ゴーレムも本当はもっと魔力を刻むのに都合のいい素材を使う必要があるんですけどお金が無くて買えなくて。それで今日はこの辺りの荒野で素材になりそうなものを探しに来てたんです……」
すっかり落ち込ませてしまった。ちょっと込み入ったことを聞きすぎたかもしれないな。
「ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「大丈夫です! わたしが未熟なのは本当ですし、今は確かに大変ですけど必ず立派なゴーレム技師になるってお父さんとも約束したんです!」
なんて親思いの良い娘なんだ……。俺自身、あまり両親との関係が良くないからか余計にハイナちゃんの言葉が胸に沁みる。
「そういえば中を見たときに思ったんですけど、何のお店なんですか?」
「プラモデル、って言っても分かんないか。自分で組み立てる玩具の人形のお店かな」
「人形!!!」
不意にハイナちゃんがずずいと身を乗り出してきた。大きく目を見開いて、碧色の瞳をキラキラと輝かせている。
人形が好きな女の子は多いのだろうが、すまない、うちに置いてるのは男の子向けばかりなんだ。まぁ、老若男女関係なく大人気な漫画のフィギュアなんかも置いてあるけど。
「あの、あの! お店の中見せてもらってもいいですか!」
「もちろん」
ハイナちゃんを連れ立って、俺は店の中に戻ってきた。助けられたときはちゃんと確認してなかったが改めてみると酷い有様だ。
プラモデルを並べていた棚は軒並み倒れていて商品を押し潰しているし、ショーケースや作業スペースを仕切るガラス板も割れてしまっている。電気もつかないから暗くてよく見えないが、店の奥も同様に酷い有様だろう。
「これが、人形?」
ハイナちゃんは、比較的綺麗な箱を拾って眺めまわす。
ほう、『HLCEツィーレンガルバーン』じゃないか。それを選ぶとはいいセンスだ!
「中に小さい部品が入っていて、それを自分で組み立てるんだよ。俺の世界ではプラモデルって言うんだ」
「ぷらも、でる……」
箱を開けて、ビニールに包まれたランナーを眺めて再びハイナちゃんの頭上にはてなマークが浮かぶ。
初めて見るんじゃ、まあそうなるよな。
「部品を一つ一つ切り取って組み立てると、その説明書に載ってる人形になるんだよ」
説明書はには組み立てたガルプラと一緒に、劇中の細かい設定も載っていて資料としても大いに役に立つ。もちろん写真のガルプラを組み立てたのは所謂プロモデラーと呼ばれる人達だから、ただ組み立てただけじゃそこまで立派にはならないんだけど。
「すごいです! これすっごくカッコいいです!! ソウジさんの世界にはこれの本物があるんですか!」
「さすがに本物はないかな。あくまで物語の中の存在だからね」
様々なプラモデルに目移りしながら、ハイナちゃんはどんどん店の奥に入っていく。微笑ましいなぁ、孫に連れられて買いに来たおじいちゃんの気分ってこんな感じなんだろうな。それにしても女の子でここまで興味を持ってくれるのは珍しいな、これは素質がありそうだぞ。
「ソウジさん、これもプラモデルなんですか?」
そう言ってハイナちゃんが持ち上げたのは、ガルプラとは違うが数年前から大きなお友達に大人気の『マテリアルエッジ:ガール』の中でも最新作、『ハルピュイア』のプラモデル。
もともとは『マテリアルエッジ』というメーカーオリジナルのロボットのプラモデルだったが、それを所謂美少女に擬人化したことで本家を差し置いてアニメ化するほどの大人気となった。それがマテリアルエッジ:ガール、通称『ME:G』シリーズだ。ハルピュイアはその中でも設定上、高速飛行と攻撃性能に特化した機体でシリーズで唯一差し替えながらも高速飛行形態への変形を搭載したME:Gだ。二つに結んだ長い水色の髪の毛に、まるでスクール水着のようなボディスーツを着た美少女の姿になっているだけに人気も爆発。発売日当初は個人店である俺の店にまで行列ができるほどの騒ぎだった。
「うん、それもプラモデルだよ。作るのは他のよりもちょっと難しいけど」
確かハルピュイアもサンプルで貰ったな。店がこの有様じゃ壊れちゃってるかもしれないけど。
「お、パーツはいくつか外れてるけど無事だな」
俺はショーケースの残骸から、奇跡的に倒れただけだったハルピュイアの完成品を持ち出してハイナちゃんに手渡した。
「はい、組み立てるとこうなるんだ」
「うわぁ、可愛いですね!」
ハイナちゃんは瞳をキラキラ輝かせながら、ハルピュイアに着いた埃を指先で払っていく。可愛さとカッコよさが両立したME:Gを、ハイナちゃんはとても気に入ったようだ。
「良かったらそれ、あげるよ」
「ええっ!? 悪いですよこんな上等なもの!」
「気にしなくていいって。ハイナちゃんは俺の命の恩人だし、それにハルピュイアもこのままここに置いておくより気に入った子に持っててもらった方が嬉しいと思うし」
「わかり、ました。大切にしますね」
ハイナちゃんは、本当に嬉しそうにハルピュイアを両手で抱きしめて満面の笑顔を浮かべる。そこまで喜んでもらえるなんて、製作者冥利に尽きるってもんだ。うんうん。
マテリアルエッジ:ガールはもちろん、アニメにもなったあのシリーズですね。
その中でもハルピュイアの元ネタになった彼女は私のお気に入りです(*'ω'*)