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チートスキルを生むチート!!  作者: 入江九夜鳥
北のバグ
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1-3 アニエス・アマーハイの人生が大きく変わった二晩の出来事 前編

メインヒロインの登場です。

今回と次回は主人公アキラではなく、ヒロインの視点となります。

以降もちょくちょく視点変更がありますのでご注意下さい。

1-3



 †



 薄暗い洞窟の中に横たわって、わたしは力なく天井を眺めていた。


 いや、その表現は正しくはない。

 正確にいうなら、ただ目を開いていただけだ。顔が向いていた方向がたまたま上だったから、そこを眺めていただけだ。


 この時のわたしは、もう視線を周囲にさ迷わせるだけの気力すら失っていたのだ。悲しみが極まると涙すら流れない。

 

 この洞窟は盗賊団のアジトで、わたしがいるのはその一番奥で、手足には枷。枷には鎖、鎖には杭が付いていて、その杭は洞窟の壁に打ち込まれていた。


 つい昨日の夜、眠りにつくまでわたしの人生は何と言うことも無い、きっとどこにでも転がっている農村の娘のそれだった。


 家族と共にさほど広くはないが食うに困る程でもない田畑の世話をし、農作物を育て、きっと同じ村の誰かと結婚して子を設ける。

 そして何年かに一度ノーストの街に行くだけで、ほとんど村を出ることも無く一生を過ごすのだと漠然と思っていた。


 でも違った。

 私の人生はたった一晩で変わってしまった。


 村の外れにあったわたしの家は盗賊団に襲われた。

 たった七歳だった弟のアランとお父さんが殺されて、狂乱し抵抗した母も殺された。

 わたしはその時縛り上げられて暴れることすらできず、外に担ぎ出される。父が私の結納金のためにと貯めていた僅かな貯えと、母が大切にしていた指輪まで奪われ、家には火をつけられた。


 殺される家族の顔。

 そして盗賊たちに運ばれながら目にした、遠くに我が家が焼け落ちていく光景は脳裏に焼き付いて、生涯忘れることはないだろう。

 そしてわたしはこうして、生きる気力すら湧き起らない状態で横たわっている。


 盗賊団たちの隠そうとしない声は、いやでも耳に入ってきた。


 私が脅し程度にいくらか殴られただけで済み、未だ凌辱されていないのは伝手のある奴隷商に売られるからだ。どうりで顔ではなく身体を殴られるのだと思ったら。

 

 この際顔の形が変わるほど殴ってくれれば、その商談もご破算になるだろう。そうすれば少しは溜飲が下がるかもしれない。


 だが、そんな自虐的な願いも叶いそうにない。


 わたしは学がないが、それでも人を拐して奴隷にするのが重罪であると知っている。そうと知って売っても買っても捕まれば鞭打ちなんかじゃ済まないはずだ。 


 盗賊団の男たちもそんな話をしていた。

 だがその奴隷商とやらは裏の――つまり、まっとうでは無い類の商人で、わたしを売る相手もまっとうではない目的でわたしを購入するつもりらしい。

 

 そして盗賊たちとその商人はわたしを売って大儲け、という次第だ。


 わたしに聞かせるつもりは無かったのだろう。だけど犬人族は兎人族程ではないが、耳が良い。この時ばかりはそれを恨みたい気持ちで一杯だった。


 絶望に染まりきって、まともに回らない頭で考える。


 神様、わたしたち家族はなにか、こんな酷い目に合わなければならない程の罪を犯していたのでしょうか?

 わたしや両親はまだしも、たった七歳のアランも、殺されなければならない程の罪人だったのでしょうか?


 もしそうではないのだとしたら。

 この理不尽が神様の御意思ではなく、この盗賊団たちの罪でしたらどうか、天罰を下してください。

 その対価にわたしも地獄におちて構いません。


 どうか、神様。

 真面目に働いていた父と、優しかった母と、幼く何の罪も無いはずの弟の命を奪ったこの罪人たちに、どうか天罰を。








 神様に願いが通じたのかどうかはわからない。


 けれど後から思い出してみて、この時もし本当に神様に願いが通じたのだとすれば、洞窟内に鳴り響く鳴子の音がその返事であったのだと思う。






  †



 カランコロンという音を聞いて、周囲が慌ただしくなった。

 盗賊の長である巨漢が周囲に指示を出す。どうやら今の鳴子の音は、洞窟の外に何かが近づいているという合図らしい。


 盗賊たちは私の見張りとして一人を残し、全員が武器を持って出て行った。


「なんだ、森猪でも出たか? だったら晩飯が豪勢になるな」


 見張りとして残った一人はそんな暢気なことを呟きながら武器の手入れをしていたのだが――わたしは直ぐに異常に気付いた。


 犬人種は耳も良いが、それ以上に鼻が良い。

 外から血の臭いが漂ってきている――たぶん、この盗賊たちの血が。


「…………」


 絶望に染まりきって固まっていた思考が動き出す。わたしは外の方を見た。

 そんな私につられたのか、見張りの男も外の方を見る。


 曲がりくねった洞窟の外は、ここからでは見ることはできない。

 けれど純人種であってもかすかに聞こえるはずだ、硬い金属同士がぶつかり合う音と、そして悲鳴。


「な、なんだ!? 今のはお頭の声か!?」


 男がわたしの身体を持ち上げた。杭から鎖を外し、武器を構える。

 

 そして薄暗い洞窟の、ランプの影からやってきたのは黒い髪の若い男だ。

 手には抜身の剣を下げている。


「ああ、二人残っていると思ったらそういうことか」


「な、なんだてめぇ! 追手か!? 外にいた奴らは――お頭はどうした!?」


 唾を飛ばして盗賊の男が問い掛ける。その必死さとは真逆に、黒髪の男は気負った風でも無く答えた。


「俺はアキラ。追手とかじゃなくてただの通りすがり。外にいた奴らは……コーザーとかいう奴含め残りは死出の旅路中」


 一瞬何を言われたのか、私も後ろの男も判らなかった。このほんの数分かそこらで、外に出て行った盗賊たちがみんな殺されたのだと理解するのに数秒が必要だった。


「な、なんだと!? 嘘つくんじゃねぇ! お頭がてめぇなんかにやられるわけがねぇ!!」


「別に嘘でもなんでもないんだけどな」


 ぽりぽりと頬を掻きながら、困った様な声。

 だからこそ言葉に真実味を感じてしまう。


「くそっマジか……てめぇ、武器を捨てて手を挙げろ! この女を殺すぞ!」


 ぐいっと、首筋に剣の切っ先を突き付けられた。ちくりとした痛み、そこから血が滲み流れた。

 けれど黒髪の男は変わらず、困ったような顔をしているばかりで、手にする剣を捨てることも手を挙げることもしようとしない。


「おい、聞こえないのか!? この女の命が惜しくば――」


「いや、っていうかそもそもさ。俺通りすがりだから」


「は?」


「別にその子を助けに来たとかじゃないから。殺したければ、別にどうぞ、としか」


 今度はまた別の意味で、黒髪の男の言っている言葉の意味を理解できなかった。


「え、ちょっ……え? この女見捨てるの?」


「うーん、まぁ。可哀そうだけど、自分の命晒すほどじゃないよなーって」


「お前人としてそれどうかしてるぞ!?」


「人質に取っている本人に言われたくねぇよ……」


 全く同感だ。けど、もしかしたら。

 わたしは黒髪の男に向かって叫んだ。


「わ、わたしはどうなっても良いから――コイツを殺して!!」


「おい、黙ってろ!」


「…………」


 剣の腹を喉に当てられたが、わたしは臆することなく叫んだ。


「家族の仇なの! 小さな弟まで殺された! お願いだからこいつらを……!!」

 

「うるせぇ、黙れ!」


 わたしと盗賊の男の叫び声が洞窟に響く。

 そして黒髪の男がとった行動は――


「はぁ、全く……もう、めんどくせぇったらありゃしねぇ」


 手にした剣を、地面に突き立てることだった。


「えっ……」


 絶望的な想いが再びわたしの胸に広がる。

 両手を広げてこちらに見せて言う。


「ったく。見捨てたら夢見がわりぃったらありゃしねぇよもー。おい、盗賊野郎。いいか、見ての通り俺は武器を捨てた。このままゆっくり俺は後ろに下がるから、お前も洞窟を出て逃げるといい」


「は? 何を言って……」


「もう味方はいないぞ、お前」


「…………」


「俺はこのまま洞窟を出て、街に行く。そこで役人にこの洞窟の話をする。お前らこの辺で暴れまわっていたんだろ? 直ぐに討伐隊が来るぞ。口封じに俺を殺すか? 武器が無いとは言え、お前俺に勝てるのか? それに俺が街に行こうと行くまいと、もう討伐隊が結成されてるかも知れないよな。ちょうど一仕事終えたばかりなんだろ?」


 たった一人で、お前、討伐隊を相手できるのか?

 それよりも盗賊なんてやめて、さっさとよその街で素性を隠して生きる方が賢明じゃないか?

 今ならまだ間に合うんじゃないか?


 そんな言葉を投げ掛けられて、男が呻く。 

 そうだ、ちょっと考えればすぐわかるはずだ。外にいる人たちが全員殺されたとあっては、もう盗賊団としての活動などできない。なら黒髪の男の言うとおりにするのが賢いというものだ。


 だけどそれは、この生き残りをみすみす逃すことになってしまう。

 お願いだからその剣を手に取って。そしてわたしのことを構わず、この男を殺して!


 そう叫ぼうとした時、黒髪の男がわたしの方を真っ直ぐに見ていることに気が付いた。そして――わたしの気のせいかも知れない。僅かに、ほんの僅かにだけど、頷いたように見えた。


「じゃあ、後ろに下がるぞ」


 そう言って、黒髪の男がゆっくりと後ろに下がりだす。その姿が洞窟の曲がり角にさしかかり、もう少しで見えなくなるというところで、再び声がかかった。


「俺が見えない位置に行ってもいいのか?」


 言葉の外に、武器をとりに行くかもしれないぞ、と。


「くそ!」


 結局それを選ばざるをえないのだ。盗賊の男もわたしを押して前に進みだす。わたしたちが一歩進めば黒髪の男が一歩下がる。


 それを繰り返し、わたしたちが曲がり角に差し掛かったところで。


 両手をこちらに見せて武器を持っていないことを示している黒髪の男が口を開く。

 洞窟の入り口からの逆光で顔が見えない。けれど、その口元が笑っているようだった。

 

「全くもうさ。立て続けに同じネタってどう思うよ。いやほんと、我ながら考えなしに洞窟入ってくるんじゃなかったって、今は心から反省してる」


「……なにを言ってんだ、お前」


「もうちょっと手札を増やしておくべきだったよな、ってさ」


 背後から(・・・・)、ひゅん、と空気を切り裂く鋭い音がする。


「う、ぐぁああッ!?」


 盗賊の男が叫んだ。拍子にわたしの鎖を手放し、突き付けられた剣の切っ先が逸れた。何が起きたか判らない、が、これこそ好機だった。黒髪の男がこちらに向かって駆け出していた。視線が交わり、その意思を今度こそ間違いなく、はっきりと受け取った。


 わたしは身を地面に投げ出す。

 盗賊の男は手を伸ばし、一度は手放したわたしの枷に繋がる鎖を握っていた。

 けど、盗賊の男はわたしになんて構うべきではなかった。そんな余裕があったら、黒髪の男に備えるべきだった。


 黒髪の男が走りこんで、拳を振るう。


「【雷掌(スタンブロウ)】――ッ!!」


 薄暗い洞窟内に、紫電が瞬く。

 雷光を纏う拳が、盗賊の顔面に炸裂した。




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