3-11 暗躍者
二話連続投稿の一話目です。
二話目は一時間後。
二話目の投稿で、この物語は終幕となります。
†
そしてその帰り――ノーストの道すがら、俺は玄武にそっと告げられた言葉の意味を考えていた。
『それはつまり、アキラ様自身が人の身でありながら、私と同格以上の神格を有しているのと同義です。ご注意を』
「……ああ、薄々気付いていたよ」
気付いていたともさ。
【創造・力】を使うたびに、その力が身体に馴染んでいくのが。
やっぱりあの銀のモヤ、モヤのくせに本当に神様なんだよな。
この力を使いすぎることで、俺が一体どうなっていくのかは分からないが――
「けどま、使わない訳にも行かないだろうなぁ」
今回のバグ退治で、色々ときな臭い事実が露になった。
テン・テルの検証待ちじゃあるが、タダでさえ命がけのバグ退治も、どーにも雲行きが怪しくなってきたと思わざるを得ない。
俺はこれからの苦難を想像して、深々とため息をついた。
「……ところで、ねぇアキラ。どうにかなんない? コレ」
「……なんねぇだろうな。ちんたら歩いて行くしかよ」
「わっ、わたし! が、頑張り……ます……けど……どうにかできません? アキラさまのお力で……」
俺の言葉にクロエは勿論、アニエスまでげんなりとした顔を見せた。
俺だって同じ気分だから無理も無い。
降りて来た時の、クッソ長い階段を見上げて、取り合えず目の前にある苦難に再び、深々とため息を吐いた。
†
アキラたち一行が遺跡の地下でどうにか楽に階段を登れないか様々なスキルを生み出そうとしているころ。
ノーストの街の東隣であるフレンダール王国、その王都フーヴィナンゴにある高位貴族の館、その主寝室で、二組の男女が裸になって、互いの性器を貪りあっていた。
若い少年と三十路の美女。美女と同じ歳頃の男と、若い少女の組み合わせである。
彼らは行為に没頭していたが、少年が、ふと顔を上げた。
弱々しい燭台だけが灯るこの部屋の端。
痩せた、しかし目つきだけは鋭い老人がそれを見て、声を掛ける。
「いかがなされましたか」
「……いや。北のバグが消滅した」
老人はその言葉に声こそ上げなかったが心から驚いた。
一体何が起きたのか。北のバグは、聖獣玄武に取り付けたものだ。それが消滅するなどあり得ることではない。
目の前の少年はよく嘘をつく。自分もよくからかわれる。
だとすれば彼は今、嘘をついたのか?
いや、それは無い。
バグは、彼らにとっての宿願である。
自分をからかうためにそんな嘘をついて、信頼を失うような愚かな少年ではないことを老人は知っている。
ならば彼が今口にしたことは、厳然たる事実なのだ。
「わかりました。では、ノーストに居る手の者に状況を調べさせましょう」
「頼んだよ。……白けたから、僕は寝ることにするよ。後片づけをよろしくゾーイ」
ゾーイと呼ばれた老人は恭しく頭を下げる。
少年は縋り付く女性を文字通り足蹴にし、床に落ちていたシャツを無造作に羽織ると、部屋から出て行った。
「さて、後片づけ……か」
すえた汗、そして色々な体液の匂いが部屋には充満している。
寝台に残された三人のうち、男はこの館の主――貴族家の当主である。
彼が組み敷いて犯しているのは、この館で働くメイドたちである。彼は主として彼女たちに礼節をもって接していた。決してこのような権力を笠に欲望を満たすような男ではなかった。
そして初めは拒絶と拒否の悲鳴を上げていた彼女たちは、いまや性交の快楽に悲鳴を上げている。
この場に他に誰かいたならば、三人の様子を一瞥して正気ではないことに気が付くだろう。目は血走り、口からは意味を成さない快楽の喘ぎ声を張り上げる。
彼らが肉欲に溺れ、狂ったように――いや、狂っているのは部屋の片隅で香として焚いている凶悪な効果を持つ『魔薬』が原因だ。
ほんのわずかな量で、使用者に恐ろしい程の全能感と多幸感をもたらし、心の裡に秘めた欲望をさらけ出し、肥大化させる効果がある。
貴族の男の場合は、愛する娘に対する執着が肥大化した、というところだろうか。
魔薬の他にも色々と時間をかけて仕込んだ。
通常の麻薬も少々。媚薬、興奮剤、多少の精神操作魔術。
最初は悲鳴を上げて泣いていた娘や母親も、今では喜悦の悲鳴を上げて肉欲と快楽に溺れている。実に幸せそうではないか。
その後始末を任されたゾーイと呼ばれた老人は、ローブの内側から、小指の先程度の大きさの、小さな珠を取り出した。
珠の表面で、くるくると白と黒のモザイクの様な模様が蠢いている。
常人であれば、その珠を見るだけでおぞましい吐き気を覚えることだろう。
それは、バグの塊珠だった。
大きさこそ違えど、ヒビキ遺跡で玄武に埋め込まれていたものと同じ物だ。
ゾーイは、その塊珠を、一心不乱に娘を犯す男の後頭部に押し当てる。
「――ギィッ」
男は、突然白目を剥いて動きを止め、気絶した。
涎やら鼻水やら精液やらで顔を汚す娘は、それを見ても何も言わない――魔薬の効果で理性的な思考能力を失っているからだ。
むしろ動かなくなった父親を邪魔とばかりに押しのけて、ゾーイに向かって股を開き、行為をねだる始末である。
それを無視し、ゾーイは続けて娘にも、自慰を続ける母親にもバグの塊珠を埋め込んだ。
「……今は眠ると良い。そして目が覚めれば、我らが神の、忠実なる僕として目覚めるだろう」
他に動く者の無い部屋で、誰に聞かれることも無くゾーイの言葉は宙に溶けて、消えた。




