番外編 MerryChrusimemas! 前編
注。
これはクリスマス番外編です。
本編とは時系列などが異なっており、物語的にもリンクはしておりません。
その分通常以上に作者がやりたい放題でネタなども盛沢山なので、苦手な方はブラウザバックを推奨します。
桶?
†
隧道を抜けたらそこは雪国だった、というのは有名な文学作品の冒頭だが、思わずそれを彷彿とさせる朝だった。
目が覚めて、宿の窓を開けばそこは白銀の世界だったのだから。
「夜の内に積もったか。道理で冷え込むと思ったぜ」
窓を閉めて、俺は【生活魔術】の【温風】を使用した。
冷えきっていた室温が温まり、ようやくひとごこちといったところか。
雪はいまは降っていないが、空模様は薄曇り。
天気が崩れれば午後からまた降るかもしれないな。
窓の下では、厚着した子どもたちがわぁわぁ言いながら雪を投げ合ったり、雪かきをしていたり。屋根に積もった白い雪がドサリと落ちたりしていた。
「ああいう光景は異世界でも変わらないな」
微笑ましい気分になって、俺は着替えると階下の食堂へと降りて行った。
今日は元々休日ということにしていたので、普段よりは遅い時間だ。
食堂に人の姿は少ない。
のんびりしている俺とは違い早くに出たか、天候を見て延泊を決めたかのどちらかなのだろう。暖炉の周辺で雑談している集団がいて、長閑な空気が漂っていた。
【創造・力】を使えば雪などどうにでもなるだろうが、旅の備えで色々入り用になるかもしれないな。
そろそろ俺もアニエスも旅慣れて来たと思うが、そこら辺の経験値はどうにもクロエにはまだ敵わない。
幸いにして軍資金は潤沢だ。
今日明日はその冬旅の備えに充てることにしようか。
そんなことをつらつらと考えながら、俺はアニエスとクロエの姿を探した。
「ああいた。おはよう、ふたりとも」
「おはようございますアキラさま」
「おはようアキラ。随分ゆっくりな御目覚めだね?」
「偶の休みくらいはな」
地球でリーマンやってたころも同じことを言っていた気がするな。
これが三つ子の魂なんとやらということか。多分違うけど。
「それより――ふたりとも何やってんだ?」
既に朝食を食べたらしい二人が手にしていたのは布の端切れと糸と針だ。
「これですか? ああ、アキラさまは――そうですね、ご存知ないんですね」
得心したようにアニエスが微笑む。
俺はこの世界にやって来て、まだ数か月と経ってないからな。
だから知っていて当然の常識とか習慣を知らなかったりする。今回もその類か。
「メリ人形を作っていたんだよ。ほら、そこに飾ってある」
クロエが指したのは、暖炉の上にドライフラワーと一緒に飾られている人形だった。
赤い服に赤いとんがり帽子に白い髪の、どうやら女の子の人形らしい。
「アレがメリ人形さ。年末から数えて一週間前の夜には、『メリの聖夜祭』ってのがあるのさ。それがね、明日なのさ」
年末の一週間前っていったら、
――ああ。クリスマスのことか。
一瞬なんのお祭りか判らなかった。
まあそれも仕方ないか。結局前世では彼女とかいなかったし、その手のイベントは完全スルーだ。
栗酢益なにそれおいしいの? おや妙にチキンとワインが安いな買って帰ろう。そんな感じだ。
当然クリスマスイブなど一切アパートの部屋から出なかったし、残業があればかえって嬉しかったくらいだ。
あの時ばかりは不思議なくらい疲労を感じることなく仕事に打ち込むことが出来たなそういえば。滅茶苦茶効率よかったし、恐ろしいくらい集中していた。
家族持ち・彼女持ちの仕事も肩代わりして、山の様な書類が恐ろしい勢いで減っていくのを見て、普段は嫌味しか言わない部長も心配してコーヒー奢ってくれたくらいで……
「アキラさま? どうして泣いていらっしゃるのですか?」
「いやちょっと目にゴミが……なんでもねぇ」
人間封印した方が良い思い出もある。
(健全な心を維持するためにも)過去は振り返ってはならないのだ。
それにしても、異世界プラクトアースにもクリスマスってあるんだな。このメリ人形なんて、色使いとかサンタと全く同じだし。
「ずっと昔はメリ人形の服は緑だったって聞くよ?」
「わたしも聞いたことがありますね。どこかの商会が冬の雪景色の中でも目立つように派手で目立つ色ってことで赤いメリ人形を販売したら、それが人気になったんだとか」
「そんなところまで似てるのか……」
その商会って、真っ黒い炭酸飲料とか取り扱ってないよね?
女将さんの運んで来てくれた朝食を食べながら、メリ人形について二人から色々教わった。
『大陸』の遥か彼方のある宗教よると、年末から数えて七日前の晩、後に世界を救うことになる聖人が生まれたのだという。
その宗教ではその日を聖日と定めているのだが、何時頃からかはわからないが、聖日に備えて各家庭では、家族の人数分のメリ人形を手縫いするようになったのだそうだ。
「んで、交易品と一緒に宗教はともかく、メリ人形を作る習慣がこの辺りにも伝わっていてね」
「ふーん。中々上手に作れてるじゃないか」
「ありがとうございます。今、アキラさまの分まで作っていますから、少しお待ちくださいね」
「ああ、そりゃ有難い。頼んだ」
「はい! 任せてください!」
気合十分な今のアニエスなら、任せて間違いないだろう。
俺はアニエスの縫ったメリ人形を手に取って眺めた。
赤い服に白い髪なのは変わらないが、どことなくアニエスに似ているな。
犬耳までついているし。
「手縫いだったら家族に似せて作るものなんだよ」
クロエは自分が縫っている分を俺に見せてきた。
アニエスより針仕事が苦手と見えて、若干縫い目が荒いな。
それでも短い髪に尻尾が見えて、確かに顔つきもどことなくクロエに似ている。
「なるほどな。それで、これは一体どういう御利益があるものなんだ?」
「ええと……無病息災、とか?」
「とか?」
なんで疑問形なんだろう。
そう思ったら、クロエが教えてくれた。
「こいつはね。なんていうか……身代わり人形なんだよ」
どことなく遠い目をして、クロエが言う。
「あたしらはこうして、今年も五体満足でいられる。けど、本当は悪鬼羅刹や病魔、不幸なんかがあたしらのことを陰からこっそり見ていて、隙あらば大怪我させよう病気にしようと狙っているわけさ」
「ふむふむ。それでメリ人形を用意して、お守り――というか身代わりにするわけか」
「ええと、何といいますか……ちょっと違いますね」
「違う?」
俺が小首を傾げると、背後で声が聞こえた。
宿に泊まっていた冒険者と、女将さんの会話である。
「おう女将さんよ。メリ人形置いてないかい?」
「あい、あるよ。一つ五百ルドさ」
メリ人形、販売されてるのもあるのか。
自作じゃなくてもそれでいいらしい。
お金を支払って人形を受け取った冒険者は、いかつい顔に似合わずほくほく顔だ。
――ごついあの顔で女の子の姿の人形手に笑みを浮かべてるって、ちょっとした事案じゃないのかあれ。
「おお、良かったぜ。こいつがなきゃあ年は越せねえからなぁ――ここで使って行っていいかい?」
「構わないよ。盛大に行っとくれ」
使う?
盛大にって、なにを?
「よっしゃあ! それじゃあ―――Merryyyyy、 Chrusimemaaaaaaaaas!!」
「!?」
その冒険者は大声で叫び、メリ人形を力任せに握りつぶしたと思ったら大きく振り被り――床に向かって全力で叩きつけた。
ぺしーんと音を立てて床に落ちるメリ人形。
そのメリ人形を、男はブーツで踏みつけた。
「メリィィィィ!? ひどい、なんてことを!?」
「いけませんアキラさま、止めてはダメなのです!!」
「アニエス!?」
アニエスに手を掴まれ、俺が躊躇っている間にもメリ人形に対する男の虐待は止まらない。
「おらこの! おらこのッ!! ふんがっ! ふんぬぅあ!!」
げしっ、げしげしっ!
男の全力踏みつけ!!
踏んで踏んで、踏みにじって、べしっと壁に向かって蹴りつける。
ぱぁーんと音を立てて壁に張り付いたメリ人形を、男の渾身の拳が打ち抜いた。
「ほぉぉぉおおおおお、アタタタタタタタタァ!! ぅわちゃあ!!」
容赦の無い連撃。
十数発の拳を撃ち込まれ、力なく壁からはがれ落ちるメリ人形を掴むと、男は再び床に力一杯叩きつけた。
さらにぐりぐりっと爪先できつめに踏みにじる。
「あ、あああ、メリが、メリが……!」
「おらっ! おらおらっ! ふぬわーーっ!! ……ふぅー、こんなもんだろう」
男は満足そうに額の汗を拭って、人形というよりはボロ雑巾の親戚のようになってしまったメリ人形を女将に渡す。
「あんた、なかなか良いメリっぷりだったじゃないかい」
「まぁな。これで今年の病魔も逃げて行ったってなもんよ!」
わっはっは、と笑い合う女将さんと冒険者。
それを見ていた他の客たちも、
「やっぱあれくらいやらないとな」
「俺も今年のメリ人形買っとくかぁ」
「去年買い忘れて、慌ててたやつがいたな!」
なんて話をしている。
なんか――メリがかわいそうで悲鳴を上げてた俺と、周りの温度が違くない?
クロエなんて、「よっしゃ、あたしもアレくらいはメラなきゃな!」とか言ってるし。なんだよメラなきゃって。メリ動詞かよ。
俺はそちらを指さしつつ、
「……無病息災がなんだって?」
と尋ねた。
たぶんこの時俺は、物凄く形容しがたい顔をしていたと思う。




