3-2 ヒビキ遺跡
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流石に日が暮れかけた時間から遺跡に突撃するわけにも行かないので、遺跡の手前にある定営地で野営する。
定営地とは遺跡とか迷宮の内外で、野営の定番地となっている場所のことだ。水源や安全が確保しやすい場所にできることが多い。
特に有名だったり利用者の多い迷宮や、あるいは街道沿いなんかだと、ここぞという定営地があるんだそうだ。
まぁ、自然発生的なキャンプ場ってところだな。
前に泊まった奴らの遺したカマドなんかがあるので、地味に便利だったりする。
そして当然、定営地には人が集まる。
ヒビキ遺跡だったら、ノーストの街の低級冒険者たちだな。
ここを攻略すれば六級と認められるのだから、その前後の冒険者パーティが多く集まることになる。
となれば、そこで情報交換するって話になるわけだ。
「一般的な話だけど、遺跡なり迷宮の攻略ってのは一度でするもんじゃないんだよ」
焚火の前で、クロエが言う。
現在日は完全に落ちて、携帯食ながらも食事を済ませた後の時間だ。
手にするマグカップからはお茶の湯気が立って、鼻孔を楽しませてくれている。
クロエが話しているのは俺たち――と、他の冒険者のパーティが二組八人。
どちらも七級冒険者のチームなのだという。それぞれから見張りを一人ずつ立てて、他の奴らはこの中で最も経験の多いクロエに話を聞きたいとやってきたのだ。
彼らは俺たちより一日早くやって来て攻略を開始していたが、思った程に捗らずにヒントを欲していたという。
その彼らに対する答えが、今のクロエの言葉だった。
「アタシも偉そうなこと言える程の経験がある訳じゃないんだがねぇ。アンタらも七級ともなれば、当然ノーストのギルドで、ヒビキ遺跡について可能な限りの情報を仕入れているはずさね」
調べるべき情報は色々とある。
特にヒビキ遺跡は既に完全攻略されているにも拘らず、六級への壁としての需要が高い。
当然生息している魔物や危険な区域、罠の種類、果ては地図まで情報は出揃っているわけだ。なんならギルドの六級以上は最低でも一度は攻略しているので、彼らに酒でも奢ればいくらでも喋ってくれることだろう。
それでも攻略失敗の報告が後を絶たない。つい先日も死亡例があった。
それはなぜか。
「結局、見るのと聞くのじゃ大違いってワケさ」
事前情報を仕入れることで危険度は下がるが、皆無になる訳ではない。魔物の弱点を知れたとして、その弱点を上手く突けるかどうかはまた別の問題だ。
雰囲気に飲まれるということもありうるし、街道以上に不意打ちの危険も高くなる。
特にヒビキ遺跡に挑戦するのは、この遺跡が危険区域初挑戦である者が多い。そこで思ったのと勝手が違うことに戸惑っているうちに、やらかす訳だ。
「だから、今日が一日目ってなら攻略が上手く進まないのは当然だし、むしろ生の情報が手に入って良かったと思うべきだよ」
そんな諫めるような慰めるようなクロエの言葉に、新人冒険者パーティのリーダー二人はそれぞれの反応を示した。
片方は真剣に頷き、目を輝かせて聞いている。
もう片方は――なんというか、アレだ。つまらなさそうに唾を吐いて、いらつきを隠そうともせずに腰かけていた岩から立ち上がる。
「……つまり結局アレっしょ? 才能ねー奴らがお互いに慰め合ってるだけっしょ?」
コイツ今の話を聞いてて、どうしてそう解釈できるのかな?
「俺らそういうの、カンケーねーし。一級までマジ止まらねーから」
「そーそー。ま、初めてのダンジョンで戸惑って、一日ムダにしたのはまー、アレだったけど? それで俺ら、超成長したってことじゃん? じゃ、もうムテキっしょ! ヒビノ遺跡攻略したも同然ってことでヨロ!」
他のパーティメンバーまでゲラゲラ笑ってやがる。
しかしクロエは肩を竦めて、「そうかもね」と言うだけだった。
彼らが行ってしまうと、もう片方のパーティのリーダーがクロエに詰め寄った。
「く、クロエさん! どうしてあいつらに言い返さないんですか!? アナタの方がランクも上で、経験だって積んでいるのに」
そして多分、戦闘力という意味でもクロエが上だろうな。
今日一日見ていて思ったが、クロエはギルドで俺やアニエスに訓練つけてくれた中級冒険者たちと遜色のない程には強い。
クロエのスキル構成は、
【肉体強化Lv3】
【見切りLv2】
【獣瞳Lv2】
【格闘Lv3】
【棍棒術Lv2】
となっている。
魔術系遠距離系が無いものの、身体強化と感覚強化スキルに支えられる、戦闘技能系スキル。しかも力任せじゃなくて、一つ一つの技が丁寧なのだ。
見た目ガサツそうなのに。
一方で戦いの仕方が雑でガサツなのがウチの犬娘である。
まーつい最近から戦い始めたばかりだしね。今後に期待して大目に見ていただきたい。
アニエスのことはさておき、クロエはあっちでゲラゲラ笑ってる新人どもにも、決して遅れは取らない。むしろ一対一なら負けることは万に一つもないのではないか。
なんせ【鑑徹】であいつらのスキルとか調べたし。何ならパーティ全員四人がかりでも負けはしないんじゃないかな。
だけどクロエはいっそ微笑ましそうに彼らを見やって答えた。
「確かにキミの言う通りさね。アタシの方がランクが上で、経験もあるだろうさ」
「だったら」
「けど、ランク上って言ってもたった一つだけだし。それにアタシはアイツラのことを知らない。もしかしたら本当に天才で、明日遺跡を攻略してしまうのかも知れないし……冒険者なんてやってると、ごくたま~に居るのさ。天才ってのが、本当に」
殆ど初見でダンジョンを攻略するようなのが。
曰く、そういう奴等は本当に階段を駆け上がるように冒険者ランクを上げていくそうだ。
「そして残念ながらアタシも、多分アンタラも天才ってのではないんだよ。だから遺跡を一度じゃ攻略できないし、何度も挑まなきゃならない」
凡才と言われて、口をへの字にする冒険者くんたち。
だがクロエは、更に続けた。
「だけどアタシが最初天才だって思ったやつらは、大体が調子に乗っちゃうんだよね。実力が全ての冒険者だったら尚更ね。そしてギルドの初心者講習会で、口を酸っぱくして言われただろ?」
それで彼らは、はっとした顔をした。
「……冒険者は、調子に乗った奴から死んでいく」
「それさ。アタシが天才だって思った奴らは割と多いんだよ。けど、ある日姿を消して戻ってこなかった奴、死亡が確認された奴が殆どさ。命の代わりに腕とか脚とか無くして引退した奴もいる。アタシなんかより、よっぽど才能があったのにね」
そして六級や七級で死んだなら、どんな天才だって認められたり称えられたりもしないのだ。
「アタシは死ぬよりも、生きて帰りたい。依頼ならまだしも、必要のない無理はしないし、必要なら今からだって尻尾丸めてノーストの街に帰るさ。アンタラはどうする?」
「俺たちは……」
問われて、彼らは互いの顔を見合わせた。
人数は五人。まだ着ている皮鎧も傷みが少なく、本当に経験が浅いのだろう。きっと七級に上がったのだってつい最近だ。
だが。
あるいはだからこそ、というべきか。
「俺たちは、明日も遺跡に入ります。けど、奥までは行かずに浅い位置で探索しようと。それで経験を積んでから、また攻略しに来ます」
「それが良いさね」
リーダーくんの言葉に、満足そうにクロエが笑った。
†
翌朝。
朝食を食べてから、俺たち三人は地図を片手に打ち合わせをする。
「つまり、探索は最小限で良いってことだね?」
「ああ。可能な限り真っ直ぐここを目指す」
俺たちの目的はヒビキ遺跡の攻略ではない。
そこに潜んでいるはずの、バグを退治することだ。
俺が指さす場所――ヒビキ遺跡の西側最奥。
神殿跡地と呼ばれる場所。
俺が感じているバグの居場所だ。
もっとも、遺跡攻略ってのは冒険者ギルドが神殿に置いたアイテムと、遺跡に生息する魔物たちの素材を回収することを言うらしいから、結局のところやることはあまり変わらないんだが。
それから俺たちは武器と防具の点検を改めて行い、消耗品の再確認をして、出立の準備を終えた。既に他の二組のパーティはヒビキ遺跡に突入している。
彼らに遅れること半時間ほど。
俺たち三人も、ヒビキ遺跡へと侵入を開始する。
†
ヒビキ遺跡は、ノーストの街から徒歩で一日、北に進んだ場所にある海沿いの遺跡だ。
名前の由来は最奥の神殿に、潮騒が鳴り響くことから。
「二千年くらい前の、実際に人が住んでいた宗教都市だったのではないか……っていわれてるね」
学者たちが色々と調べたところ、どうも地殻変動だか地震だかで、地下水脈の流れる位置が変わったのではないかという。それで生活に不便となって、人々が移り住んで滅びたのではないかということらしい。
「人々が住んでいた……なるほどですね」
アニエスが納得したように頷く。
事前に調べていたことだし、地図を見てもそうだろうと思っていたが、この遺跡は、確かに都市のような形状をしているのだ。
外周を囲む防壁、その内部にはレンガで作った家々らしきものの廃墟がある。石畳を割って生えている木々に飲まれているが、ある程度の規則正しさがあるのは見て直ぐにわかった。
一番分かりやすいのは、東西を貫く大通りの存在だろう。
西側最奥、海の直ぐ傍に神殿があって、俺たちが入ってきた東門から真っ直ぐ大通りが伸びているのだ。その中間で南北を繋ぐ大通りが交差する。
ヒビキ遺跡は、その二本の大通りと神殿によって五つに分割されていると言える。
神殿エリアと、北東・北西・南東・南西エリアだ。
俺たちは今、北東エリアの路地を警戒しながら進んでいるところだ。
「明らかにこれは、当時の権力者によって計画的に造られた都市だよな」
「その権力者ってのが、どうも神殿関係者じゃないかって言われてるね」
と、そんな会話を交わしていたところに、俺は【感全界析】にひっかかる存在に気が付いた。
「クロエ、アニエス……上から来るぞ」
傍らには見上げる程の巨大な樹。その張り出した枝から――
「広がれっ!」
俺たちの頭上から、巨大な影が落ちてきた。
樹擬大蛇。その体表が樹皮の擬態となっている、木の上に生息する大蛇だ。枝の上から下を通る獲物向かって飛びかかっては全身で巻き付いて動きを封じ、丸呑みにしてしまう魔物である。
この個体は全長で五メートル程もあって、人間であっても十分飲み込むことができるだろう。
シャアア、と牙を剥きだしにして、こちらを威嚇してくる
「気をつけな! こいつ毒持ちだよ!」
クロエが叫ぶ。
蛇独特の動きで地を這う大蛇は、その身を飛ばす様に伸びあがってアニエスを狙った。
後ろに飛び退きながら、アニエスは剣を振るう。そうして牽制したところに、後ろからクロエの鉄棍が横薙ぎに襲い掛かった。
分厚いゴムの塊を殴りつけたような音。
事実蛇というのは、全身が強靭な筋肉の塊であり、それは天然の衝撃吸収素材でもある。今の一撃は大きなダメージとはなっていないようだ。
だがそれでも、標的はクロエに移ったようだ。
牙を剥き出しにクロエに襲い掛かる。
しかしクロエも、この遺跡の攻略者だ。慌てることなく、連続の突きを放って相手を突き放す。
大蛇はその鉄棍の突きを掻い潜る隙を伺い、するすると避けて――
「おおお! 喰らいなっ!!」
裂帛の気合とともに、脇から救い上げる一撃をクロエは放った。
しかし、それは俺から見ても見え見えの攻撃だった。魔物だって馬鹿ではない。今までの攻防で、大蛇はクロエの攻撃の間合いを見切っている。
だからその一撃を、大蛇は余裕をもって躱すことができる。
ハズだった。
上体を反らすようにして大蛇は鉄棍の先端を、ギリギリの位置で避けた。
だが、次の瞬間にはその皮と肉を切り裂かれている。
あれがクロエの【創刃】か。
ほんの一瞬だが、鉄棍の先端に魔力が凝集し、薄い刃を形成した。
その分だけ間合いが変化し大蛇の皮膚を切り裂いたのである。
大蛇がシュルルという威嚇音を上げた。或いはそれは驚愕の悲鳴だったのか。喉元を真っ赤に染めた大蛇は、突然の激痛による混乱の中、ただ闇雲に目の前の敵に向かって飛びかかる動きを見せた。
しかし狙われたクロエは、最後まで冷静さを失うことは無かった。
慌てずにバックステップで間合いを取ると、機を窺っていた俺たちに視線で合図を送る。
同時に、俺が投擲した短剣が三本、大蛇へと飛翔した。
突然の側面からの攻撃だったが、それでも大蛇は咄嗟の動きで躱してみせる――が、それは既に織り込み済みだ。
投擲した短剣は、当たらなくても良かった。
【雷光魔術Lv5】による、【|雷撃付与《エンチャント:サンダー》】が仕込まれているのである。
そして血液は伝導体――つまり、電気を良く通す。
短剣が大蛇の傍を通過した瞬間その刀身に帯びた強力な雷撃が反応し、超至近距離での落雷が発生。三条の雷光が迸り、大蛇の身体に絡みつく。
如何にしなやかで強靭な筋肉を身に纏っていても、それが骨と筋肉と神経で構成されているというならば、大電流を流せばどうなるかは分かり切っている。
全身をのけ反らせるようにビクンと大きく痙攣し、致命的な隙を見せるのだ。
「はぁぁ!!」
そして止めに、水流の刃を纏ったアニエスの剣が大蛇の首を一刀の元に刎ね飛ばした。
「いやぁ、コイツは美味しい臨時収入だねぇ」
戦い終って周囲に他に敵がいないことを告げると、クロエはほくほく顔を見せた。飛んで行った蛇の首を拾い引きずって来る。全長五メートルもあるだけあって、頭もクロエの倍くらいの大きさだ。
「そうなんですかクロエ?」
「そうなんですよアニエス。肉は売れる。皮も売れる。頭も牙の所に毒腺があって、それが薬の原料になるから売れる。内臓以外捨てるところが無いから実入りが良いんさ」
言いながらナイフを取り出す。
「ああ、色々教えるって契約だったね。だったらアニエス、やってみるかい?」
「えっ、わたしですか……やります!」
ナイフを受け取り、慣れない手つきながらも切れ込みを作り、蛇の腹から内臓を抜いて処理をする。皮を剥くのは俺も手伝った。意外とあれ、簡単にずるっと剥げるんだな。
顎をカチ割って毒腺も回収しておく。解体した部位は【無限収納】に放り込んでおいた。お肉は今夜の晩飯候補である。蒲焼きかなぁ……ウナギのタレと米が欲しくなりそうだ。
「このヒビキ遺跡は、地図で見たように五つのエリアに分かれている。んでそのエリアごとに魔物たちが住み分けしてるんさ。神殿に行くには南門から入って南西エリアを進むのが一番早いけど、あそこは群れる上に強い魔物が多い。北側エリアだったら単体行動の魔物が多い。結局遺跡まで一気に進むのであれば、このコースが一番簡単さね」
クロエの言葉を信じて正解だったらしい。
何度かの魔物との遭遇はあったけれども、そのどれもが単体との遭遇戦だった。
俺の【感全界析】とクロエの知識があれば事前にどの魔物か分かって、対策もとれるので苦戦も何もない。
俺たちは順調に進み、昼になるころには北東エリアを踏破した。




