3-1 出発
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まだ朝の早い時間帯。
開いたばかりの門を超えて、俺達三人はノーストの街を後にする。
「しかしあんたのその収納スキル、便利だねぇ。楽でいいわ、羨ましい」
鉄棍を肩に担ぐクロエがぼやくように呟いた。
そういう彼女も背にバックパックを背負っているが、必要最低限の荷物量だ。
俺とアニエスの荷物――たとえば野営用の寝具や調理器具。そして全員分の水と食料は俺の【無限収納】の中だ。
俺達は昨日、喫茶店で契約を交わした後再び街にでた。
俺とアニエスの、旅に必要な雑貨のアレコレを購入するためだ。
アニエスは実家が丸焼けだし、誘拐されたあとずっと行動を共にしていた。
俺はそもそも異世界人で、持ち物らしい持ちモノなんて無かった。
だからノーストの街までの旅路、俺たちは盗賊どもたちの使っていた道具類で野営をしていたのだ。必要に迫られてとはいえ、正直良い気分ではない。
それらを二束三文で叩き売って、殆どのものを買い替え不足していたものを新たに購入したのだ。
「旅をしてここまで来たのに、どうして着替えの一枚すら持っていないのか不思議でならないけどねぇ」
「詮索するのは冒険者のルール違反、ではないですか?」
買物の最中、冒険者向けの服屋にてクロエとアニエスの間で交わされた会話である。
ちなみに着替えが無いので、俺たちは【基礎魔術】の【浄化】を使いまくってここまで着た切り雀で過ごしていた。
魔術でどうにでもなるとは言え、ずっと着替えることができないってのはなんというか……【浄化】したのに奇麗になり切れていないような気がしてくるものだ。
「ま、それもそうだねぇ……おっとアニエス。そっちよりもこっちの方にしときな」
頑丈そうな生地のズボンを押し退けてクロエが手渡すのは、ヒラヒラとしたスカートである。
ズボン同様厚手の生地だがスカートだけあって動きを阻害することは無いだろう。しかしあれで防御力大丈夫なのだろうか。
でもそこに、ガチのビキニアーマーが置いてあるしな。防御魔術が付与されてて、普通に防御力も値段も高いのだかとか。
露出度の高さと防御力が必ずしも反比例するとは限らないわけだが、ま、そのスカートは普通の丈夫な布みたいだけど。
「ですが……」
俺と似たようなことを考えて躊躇うアニエスに、クロエは続けた。満面の笑顔で。
「良く考えてみな。これを着て戦闘するところを。……丈が短いだろ?」
「ええ、それが何か――ハッ!?」
何かに気がついたアニエスが、俺の方を見る。
そして信じられないという顔で、クロエの顔を見た。
「クロエ、あなたは――て、天才……?」
クロエはビッと親指を立て、無駄に良い笑顔を返した。
「……可愛い系にセクシー系に清楚系。何でも揃ってるランジェリーショップ。行くだろ?」
「行きます! 悩殺してみせます!!」
誰をですかねぇ!?
「ちなみに、どんなのがいいと思う?」
「もちろん紐で!」
もちろんじゃねぇよ。
ちょっとは躊躇え。
そして紐は下着じゃねぇ。
もっと慎みを持ちなさいよ君たち。
そんなバカな会話をしたのが昨日の午後。
そうして購入したものの殆どを、俺は【無限収納】に放り込んでおいた。
因みにアニエスも【無限収納】持っていたりする。便利なんで渡しておいたのだ。
流石に年頃の女性の下着なんぞ、預かる度胸は持ち合わせていないな。
必要があれば俺が取り出して渡すとか、どんな顔ですればいいのかなんてわからねーよ。
だから俺はアニエスがどんな下着を購入したのかは知らない。
紐ではないことを祈るばかりである。
「収納系スキル持ちにはわからないだろうけどね。それがあるのとないのでは何もかもが格段に違ってくるのさ」
朝露に濡れる雑草を踏みしめながら、道を歩く。
「重たい荷物を抱えて村から村へ。遺跡や迷宮に潜る。戦闘だってあるし、咄嗟にバッグを落とすこともできないかもしれない」
魔物に奇襲を受けたら荷物を置いて体勢を整えるどころじゃない。
その時大荷物を抱えていて、動きが鈍くなっていた。
それだけの差が、生死に直結する可能性だってある。
身動きが取り易い――実のところ、それは冒険者たちにとって、強力な防御障壁を張る魔術具並に重要な要素なのである。
それに単純な話、水や食料の問題だってある。
現地調達にも限界はあるし、抱えていれる量も限りがある。
それらを多く運べるほど、行動持続期間が延びるのだ。
だから高ランクの冒険者パーティには収納スキル持ちか、その手のアイテム持ちが必ずいる。むしろ彼らの行動力を支える必須技能と言えるだろう。難関迷宮だと、十人単位で半月以上の探索が当然という世界なのだから。
あるいは中ランク冒険者たちが低ランク冒険者に荷運びの依頼をすることもある。
そして低ランク冒険者たちは、その手の仕事をこなすことで冒険者としての技術を学び、他のパーティとのコネを得たりする。
そして上級冒険者たちや商人を相手に、|運び人≪キャリーマン≫と呼ばれる専門家すら存在するのである。
ゲームなんかだったら今どきアイテムの無限収入は当たり前だが、そうではない現実では、荷物抱えて旅をするのも一苦労なのである。
そんな雑談を交えながら進んでいると、
「おっと、こっちに向かってきてるな」
【感全界析】に引っかかっていた魔物が、俺たちの存在に気づいたらしい。その数は四。
「矮鬼族だな。四匹」
「どうする? まだ距離があるなら、逃げるのも手さね」
周囲はまばらに木の生えた、背の高い草の生える草原。少し離れた所でガサガサ草が揺れてるので、そこにいるのだろう。
逃げるのは簡単だ。
今回矮鬼族と戦うことは目的でも何でもない。
ここで消耗する必要は全く無いのだが。
「戦おう。今のうちに、雑魚を相手に連携を確認しておくべきだ」
俺の言葉にクロエが凶悪な笑みを浮かべた。
アニエスも背中に負っていた剣を抜き放つ。
「そうだね、それが正解さね」
「了解いたしました。何時でもいけます」
俺も腰のベルトに納めているナイフと、収納から剣を数本出して地面に突き立てておく。
「俺から行く。後衛二匹牽制後、前衛よろしく」
二人が頷いた。
そしてその三秒後――
「――グキャッ、ゲキャキャキャァ!!」
何が楽しいのか分からないが、けたたましい声を上げて草むらを掻き分けゴブリンが飛び出してくる。
浅黒いというかどす緑というか、薄汚い色、俺の半分くらいの身長。手には錆びた剣、醜悪な目つきに、涎を垂らす口には牙を剥き出しに。
絵に描いたようなゴブリンだ。
しかし俺たちは全く動じることはない。
奴らは奇襲を仕掛けたつもりだろうが、事前に察知していたし、俺もアニエスも、勿論中級冒険者であるクロエだって今まで散々ゴブリンを相手にしてきた。
左の手を振るうと同時に【操剣術】発動。
二条の鋼光が閃いて、投擲したナイフは敵前衛の隙間を縫って敵の後衛に襲いかかる。
|矮人族≪ゴブリン≫|弓士≪アーチャー≫と、|魔術士≪メイジ≫。
「グゲッ!? ゲキャッ!?」
「グゲグゲ! ゲェェッ!」
二本のナイフは狙った位置に寸分の狂いも無く着弾。
ゴブリンメイジの頬に突き刺さり詠唱を阻害。ゴブリンアーチャーの弓弦を断ち切り、その肩を深々と抉った。
奇襲どころか先制攻撃を食らって、敵前衛は攻撃を躊躇った。
そこにアニエスとクロエが突っ込んでいく。
「喰らえ――!」
「ほい、しょっと!」
気合い一閃、アニエスの一撃が目の前のゴブリンを斬り倒す。
クロエの棍がゴブリンの手にする剣を巻き上げ跳ね飛ばし、ブンと振るわれた逆側の先端が無手となったゴブリンの頭を叩き潰した。
その頃には俺の操る空中を疾る剣が、後ろの二匹の心臓を貫いている。
それを見て、アニエスが笑顔を見せ、クロエが呆れたように言った。
「流石ですアキラ様」
「全く……話には聞いていたけど、とんでもないスキルだねそれは」
クロエを雇い行動を共にするにあたって、俺たちは互いのスキルのことをある程度の範囲で教え合っている。でなきゃ連携なんて取れないし。
もちろん【創造・力】のことは教えちゃいないが、それだってお互いさまだ。クロエだって、【創刃】のことは黙っていた。
アニエスは盾と片手剣で前に出る戦士タイプ。
クロエは鉄棍と身軽な動きを駆使し、やはり前衛で敵を翻弄する格闘士タイプ。
俺は前にも出れるが、二人の戦闘スタイルと【操剣術】があるので後衛ということになった。
「しかし惜しいモンだね。この三人にもう一人完全な後衛職――魔術士とかいれば滅茶苦茶バランスの取れたパーティだってのに」
「まぁ現実はそう都合良くはいかないものさ」
「全くさね」
クロエの言葉に、俺は笑って応じた。
昨日の訓練やクロエとの連携の話で、予備戦力の重要性が話題になっている。
この三人で具体例を出せば、例えばアニエスが敵の強力な攻撃で吹っ飛んだとする。
物理的な壁役が減るので、俺が前にでなければならない。
そうなれば敵の後列が野放しになるので、遠距離攻撃だったり補助や回復の魔術だったり使われ放題になってしまう。
そんな時に、敵後列を狙い撃てる味方後列がいれば全く話が違ってくるのだという。
「結局戦闘ってのは、こっちとあっちの邪魔し合いってことだからね。敵の連携や攻撃は崩すし邪魔する。こっちの連携は維持する。その繰り返しさ」
「その後衛が回復スキルを使えれば、吹っ飛んだわたしの前線復帰も早まりますし」
「そもそも補助魔法があるだけで堪え方が全然違うさね。前衛が余裕を持てれば、中後衛も仕事がしやすくなる」
先ほどの戦闘、 もし俺がいなかったとしたらどうだろう。
アニエスとクロエはもちろん、矮鬼族に遅れを取ることなど無いだろう。
だがもっと強敵だったとしたら?
敵前衛二体、敵後衛二体。
前衛を速攻で倒すことができなければ、相手が粘ることができる。いくら殴っても回復する敵前衛。後衛からの攻撃で隙を作らされれば、負けないまでも大きな怪我を負うこともありえる。
「そうして回復薬やスキルの使用し過ぎで、備蓄とか精神面で疲弊すれば大きな失敗もありうる――それが迷宮内ならば文字通り致命になるかもねぇ」
「なるほどな」
故に冒険者たちは、常に慎重な判断を強いられる。
行くべきか退くべきか。
さっきの荷物の問題も重要な判断材料の一つだ。
ここまでの道のり。
倒したてきた魔物の強さ。
目的地までの距離。
行く場合と引く場合の危険度判定。
現在の食糧や回復薬の残量。
肉体的にも勿論、精神的な疲労度も無視できるものではない。
しかし退いてばかりでは進むことはできず、目的は達成することはできない。
どれだけ上級者であってもあらゆる危険を回避などできないのだ。
冒険者とは、危険を冒すことを生業とする者ではない。
どこまでの危険ならば許容できるかを判断できる者のことを言うのだ、とクロエは言う。
「運不運も含めて、その判断が出来ない奴や判断を間違えた奴は……まぁ、こう、ね」
クロエが首を掻っ切る仕草をしてみせた。
するとアニエスが小首を傾げて見せた。
「なんだい、アニエス」
「あの、そのう……つまりクロエは、その。判断を間違えたのですよ、ね? その……ギャンブルで――あっごめっ、その、クロエ! ごめんなさい! そんなつもりではっ」
痛恨の一撃!
クロエは死んでしまっ てないけど、一発で地に手をついて項垂れてしまった。
悪気が無いって、時に残酷だよね。
そんなこんなで雑談を交え、時に魔物と戦闘しつつ、夕方。
日が傾きかけたところで、俺たち三人はヒビキ遺跡へと辿り着いた。
朱い夕日に染まる遺跡を遠目に眺めて、俺は確信する。
今まで漠然とした感覚だったそれが、はっきりと、より強く感じるのだ。
あの遺跡のどこかに――いる。
俺がテン・テルに派遣された理由。この世界を破滅に導く原因。
バグが、いる。




