2-9 犬マネ猿と遠吠え犬
†
とりあえず路地裏じゃなんだということで、場所を喫茶店に移して自己紹介。
猿人種の女性冒険者は、クロエ・イクスズと名乗った。
一つのテーブルで向かい合って座ると、互いになんとも言えない雰囲気になる。
どう切り出していいか、分からない状態だ。
俺はやってきた紅茶(のようなもの?)で舌を湿らせると、言葉を紡いだ。
ずっとお見合いしてても始まらないし、気まずいからとだんまりしてても意味が無い。
「えーっと、それでクロエさんはお金を貸して欲しいと」
「そ、その通りなんだけどね……は、恥を忍んでお願いする」
深々と頭を下げられる。
要するにこの人は、金に困ってるからと言って強盗働くほど落ちぶれてはいなかった、というだけのことだった。
追いかけられる×路地裏=襲われるってのが定番だと思ったんだがなぁ。
まさかの土下座とは思わんかった。
だが、だからと言って金を貸すかどうかは別問題だ。
「それにしたって二百万ルドだなんて大金。そうおいそれと貸したりするものではありませんし、それに」
アニエスが指すのは、クロエの首輪である。
「その首輪。奴隷の方が身に着けているのと同じ類ですね。魔術具の一種です」
そうなのか。ファッションの一部かと思っていたが、違うのか。
「奴隷の首輪? けどクロエさんは奴隷に見えないな」
「こ、これは止むを得ない事情があって……いや。ちゃんと全部話すのが筋って奴だね」
俺の指摘に、クロエは事情とやらを話してくれた。
出身の孤児院が経営難に陥った。
↓
その借金を何とかしようとしたクロエは賭博に手を出し大負けした。
↓
増えた借金返済のため金を持っている俺たちに土下座。←イマココ
↓
このままではクロエは本当に奴隷になって、孤児院は潰れる。
「なるほど」
聞けば聞くほど、俺、全く関係ない話だな。
俺はカップの茶を飲み干し、自分とアニエス分の支払いで小銀貨を一枚置くと、
「では今回はご縁が無かったということで。貴女さまの今後のご活躍をお祈り申し上げます」
「ま、待って! ほんとにお願いだからちょっと待って! 頼む、この通りだから!」
テーブルを立とうと腰を浮かせた瞬間、それより早くクロエが土下座した。
店の床に土下座。
店員も客も何事かとこっちに注目していやがる。
コイツ一回やって、ハードル下がってやがんな。
「あーもう止めてくれ。こういうの、逆の意味で脅しだろ」
俺は何も悪くないのに、周りから見たら俺が悪役だ。
路地裏で襲ってこなかったのは当然としても、こんな衆目のある場所で土下座するとか、逆にタチが悪いとしか言いようが無い。
それでもなおも帰ろうとすると、クロエは俺の脚を掴んで叫んだ。
「わかってる。わかってるが他に方法が無いんだよ! それに――占い師に言われたんだよ、困ったら初対面だって! 頼む、どうか……!」
……占い師?
俺はしがみ付いたままのクロエを無視し、アニエスに問いかける。
「なぁ、占い師って……その、どうなんだ?」
それだけでアニエスは俺の意図を察してくれた。
こんな人目に付く状態で、「この世界では」なんて言葉を使いたくない。
「ええと。大半が偽物ですし大した力もありませんが、ごく稀に、本当に『視える』方がいると聞きます」
占いねぇ。
元の地球では占いってのは、俺にとっては単に楽しむものだった。
朝のニュース番組とか雑誌で幸運と言われればちょっと嬉しい、それくらいの。
酔って占い師とかに手相を見て貰ったこともあるが、何を言ってもらったかはもう覚えちゃいねぇし。
聞いたことがあるのは、占いってのは一種の統計学なのだとか。
膨大なデータを整理し、この手相を持つ人物はこれこれこういう出来事に巻き込まれると分類される者が多い。
よって同じ手相のあなたもこれこれこういう出来事に巻き込まれるだろうから注意しなさいな、という訳だ。
だが、昔の地球でだって、占いが政治を左右していた時代がある。
亀の甲羅を炙ってできるひび割れの形で政治を進めたり。
何か重大なことを決めた晩に雷が鳴って、天の怒りだとそれを取りやめたり。
有名なところでは『方違え』ってのがあるな。
北の方角へ出かけなければならないが、占いで凶方と出た。
なので前日に西へと移動し、翌日北東へと移動することで凶方を避けるという奴だ。
地球ですら、それが当然という時代や地域が存在したのだ。
ましてやここは異世界プラクトアース。
本当に創造の神様とやらがいて、スキルなんていう超常現象を起こす能力が存在する世界なのである。
偽物がいるにしても、本当の【未来視】とか【占術】とかのスキル持ちがいないとも限らない。
それに、本当に根拠の無いなんとなくだが、その占い師のことが気になる。
「ったく。しゃーねぇ」
俺は一度は離れたテーブルに戻る。
クロエが目を輝かせ、アニエスが怪訝そうな顔をする。
「その占い師について、もうちょっと詳しく話を聞かせて貰おうか」
「わかったよ。でも、情報ってのはタダじゃない。そうだねぇ二百まあああスミマセンスミマセンごめんなさい、タダでいいですから行かないで!」
「ったく。冗談はこれきりにしてくれよ……」
再び浮かせかけた腰を椅子に戻し、俺はため息ついた。
†
それから雑談交じりに色々な話をクロエと交わした。
最も有益な情報だったのは、彼女が六級冒険者で、割と最近ヒビキ遺跡を単独攻略したのだというものだ。
占い師については、突然話しかけられたとしか言い様のない状態だ。
有益な情報は得られなかったし、クロエが言われた『初対面』ってのが俺のことを指すのかどうかもわからない。
俺は改めて、クロエに対し【鑑徹】を仕掛ける。
名前 クロエ・イクスズ
種族 猿人
職業 六級冒険者 【格闘士】
備考 孤児院出身
所持スキル
【肉体強化Lv3】【見切りLv2】【獣瞳Lv2】【格闘Lv3】【棍棒術Lv2】【創刃Lv1】
隠れスキル
【奇運Lv4】
……なんか変なスキル持ってらっしゃる。
更に【鑑徹】を施すと、
【創刃】
レアスキル
魔力を消費し固形化することで、仮初の刃を作り出す。
刃の形状と切れ味と持続時間については消費魔力とスキルレベルと熟練度に依存する。
面白いな、これ。
スキルレベルが低いと瞬間的なものにしかならないだろうけど、戦闘だったら物凄い使えるぞ。応用した上位スキルを創り出せそうだ。
まぁ、それはそれで良いんだよ。
問題はこっちだよ。
【奇運】
不運と幸運が両立し、良くも悪くもとんでもない事態が自分の身に降りかかる。
その結果が良いものになるか悪いものになるかは運次第。
隠しスキル
本人にすら自覚なく存在するスキル。
神による運命の悪戯。
鑑定系レアスキルが最高レベルでなければ存在を認識できない。
神様ァ!
余計なモン仕込んでんじゃねぇ!!
クロエが俺と会ったのって、どう考えてもこの【奇運Lv4】のせいだろ!?
しかも隠しスキルで自分でも気づけないとかタチが悪すぎるわ!!
「あ、あの……アキラさま? 難しい顔されていますが、どうされましたか?」
「イヤナンデモネー」
「すっごい棒読みだねぇ」
無自覚とは言えアンタの事だよ!
と言ってやりたいが、ここはぐっと堪える。
クロエ自身が悪い訳じゃないんだし。
さて、それよりも、だ。
「クロエは、ヒビキ遺跡を攻略したと言っていたが」
「その通りさ。半月と経ってないよ」
会話の過程で、歳も近いし互いに敬語は止めるとなっていた。なのでもう呼び捨てである。
「だったら、丁度いい。俺たちは近日ヒビキ遺跡に行く用事がある。だが、俺たちは冒険者じゃないし、旅慣れてもいない」
クロエも金が無いと言っていることだし。
「というわけで、クロエ。六級冒険者のアンタを雇おう。依頼内容はヒビキ遺跡の案内と、それに付随する雑用全般。そしてそれらを実践で俺たち二人に教えて欲しい」
遺跡や洞窟内で数日を過ごすというのは、今後もあり得る状況だ。
何を必要とし、何をしなければならないのか教えてくれる教師役は是非とも必要だ。
「期間はこれから遺跡攻略まで。報酬は――」
少し迷ったが、まぁ良い。
必要経費と割り切ろう。
それにどうも、何というか、こうなることを見透かされていたようにも思える。
「二百万ル「承るよ旦那様。あたしのことはこれから犬と呼んでくれて構わないよ」」
答えんのはえーよ。
あと低姿勢過ぎるだろ。
「なっ、あなた、クロエ! あなたは猿でしょう!? アキラさまの犬はわたし一人で十分です!!」
目を吊り上げてアニエスが吠えた。
っていうかそこかよ。
犬かよ。いや犬だったね。
あのドМスキル犬扱いされるのがイイんだったよね!
「何言ってんだいアニエス。今時、猿だって犬の時代なんだよ。何だったら犬っぽく吠えて見せるさ。ウー、ワンワンッ、アオーン……なんてね」
「な、あなた! 遠吠えとはこうするのです! ウゥゥゥ――アオオオオーン!!」
「やめろ馬鹿ども」
さっきからこの席、えらい注目されてんだけど気付いてないの!?
あとクロエ!
猿の獣人が犬の猿真似とか意味わからないから。
「アォォオオオーン!!」
やめろっつてんだろうがアニエス!
対抗するんじゃありません!!
大丈夫かな、こんなパーティで。
俺はちょっと、不安になって来たよ。
一応これ、世界の命運懸かった旅なんだけどさぁ、そこんとこわかってんのアンタらさ……。
いやクロエには伝えていないけどさ。
大丈夫かなぁ……。




