2-5 チートスキルで訓練を
†
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
荒い息遣いが聞こえる。
アニエスの――熱い吐息交じりの吐息はしかし、空気に溶けて誰に届くことも無い。
彼女自身にすら。
彼女は今、自分ので煩い程響く心臓の音を聞いていた。
「はっ、おら、中々粘るじゃねぇか……! だがこれはどうかな!?」
アニエスと向かい合う男が、自身の黒く太いソレを容赦なく捻じ込んで来た。
今までのリズミカルな動きと打って変わって、もっと粗く、力任せで、乱暴な一撃。
「あぅッ! くああっ」
深い位置まで抉りこまれたアニエスは呻き声を上げた。
突然変わった拍子に、対応できない。耐え切れず、後手後手になってしまう。
顔を流れる汗を拭う暇もない。
周囲には卑猥な笑みを浮かべた、屈強な男たちが彼女を弄ぶ順が回ってくるのを今か今のかと待ち構えている。
今相対している男も、もう何度目だったか――繰り返し繰り返し、そして代わる代わる蹂躙され続け、もう何時間も経っていた。
こういったことの経験が全くと言っていい程無いアニエスに、到底耐えきれるものではない。
「ははっ、ネェチャンこっちがお留守だぜ!」
「ッ!?」
乱入者――目の前の男に集中し過ぎていた。或いはそれも、罠の一環だったか。
後ろに回り込まれ、致命的な隙を晒していたそこにキツイ一撃を入れられる。
それで、今まで踏ん張っていたアニエスにもついに限界が訪れた。
「きゃあああっ、ダメェ!!」
左腕に装備した盾を掻い潜り、容赦の無い木剣の一撃がアニエスの脇腹を打つ。それで正面に構えていた男が、黒光りするほど使い込まれた訓練用の槍でアニエスを、
チョンと小突いた。
勝負アリ。
今のが実戦だったら脇を切り裂かれ、回復する間も無く喉でも心臓でも突き抜かれてお終いだった。
「言っただろう。立ち位置重要って。一対二なん
だから、互いの位置は絶対重要だ。背後とられちゃお終いよ」
「まぁ、さっきより遥かに良くなってるぜ。ったく、どんどん吸収されちまう」
槍の男がダメ出しするのを、背後から斬りかかった男が宥めるように言った。
「アッチ見てみろよ。ほら、もう三対一で優勢になってやがる」
促される先には、三人の男に囲まれ、それでも楽しそうな笑みを浮かべてその連携攻撃を捌いているアキラの姿があった。
槍の男が、たまらないといった感じで息を吐いた。
「最初はド素人丸出しの動きだったのに、たった三時間でこうも変わるかね……」
彼はぺ、と冒険者ギルドの訓練場――剥き出しの地面の上に、唾を吐いた。
「やってらんねぇ、全くやってらんねぇよ」
その言葉に同意するように、剣の男が、息を整えているアニエスに向かって肩を竦めて見せた。
†
剣が、槍が、弓矢が俺を狙って襲ってくる。
訓練用の木製だ。だが当たればそれなりに痛いということを、俺はこの三時間の間に嫌というほど学んだ。
「――ははっ」
思わず漏れ出る笑い声。
俺は咄嗟に飛びのくと同時に、そこに突き出された槍を手にした木剣で切り払った。追撃で飛んでくる弓を掻い潜り、一歩踏み込む。
その一歩分の前進が、剣を振るう男の間合いを侵した。
それだけで剣の一撃は窮屈なものに……つまり中途半端なものになって、簡単に防ぐことができる。
二撃目に合わせて打ち合い、攻守を入れ替える。
手にした片手剣を一閃、二閃と振るう。ガツンガツンと硬い木がぶつかり合う。
俺は相手との立ち位置をくるりと入れ替えた。目の前の剣士が舌打ち。自身の身体が邪魔で弓が俺を狙えないのだ。
立ち位置は重要――さっきから口酸っぱく言われた言葉だな。
ほんの数瞬だが、弓矢を無効化した。
だが、敵だってボサッと突っ立っている訳ではない。目まぐるしく互いの位置は入れ替わる。
目の前の剣士の圧力が増した。小さく、しかし力を込めた一撃。鍔迫り合いで俺を抑え込み、互いの立ち位置の優劣を入れ替えるつもりだ。
「させるか――」
こんな時には小技もあると便利だ、と教えてくれたのは、今まさに俺の後ろに位置取ろうとしている弓手だ。
俺が振るうのは片手剣。
つまり左手は空いている。
その左手でポケットから小石を取り出した。
感覚だけを頼りに方向を決め、親指で弾く。
特別なスキルを使用したわけではない。
投擲系スキルで放てば巨木にめり込む一撃かもしれないが、ただ、指で弾き飛ばした。それだけだと威力など多寡が知れたもの。
が、人間突然顔に何かが当たれば条件反射で目を閉じる習性がある。
「ッ!?」
槍士がそれで顔をしかめた。
これが本当の殺し合いだったら、そんな無様は晒さなかっただろう。
だが今のこの一瞬では、その隙が大勢を決することになった。
鍔迫り合いに込めていた力を抜いて、相手の剣を受け流す。
くるりと反転し、飛んで来た矢を回避。
そして槍士に向かって剣を振り被り、横薙ぎの一撃を――
槍士が手にした槍で、俺の攻撃を受けようとした瞬間、左手でその槍の柄を掴んだ。
武器を奪われまいと力を込められたところで、左の肘で槍士の顎をカチ上げた。
「うぐっ!?」
隙の出来た首筋に木剣を軽く当てる。死体一人前の一丁上がりだ。
「こんにゃろっ」
剣士が俺に向かってくる。
一人が倒れ、数は二対一なれど一気に優勢が崩されつつある。ここは突撃するという判断は間違ってはいないし、俺だってそうする。
上からの剣の一撃――を、振るう直前に彼は一歩横に避けた。
空いた空間を切り裂いて飛来する弓矢。
剣士の一撃は囮。弓が本命――と見せかけて、それすらも囮。
本当の本命は、矢に対処する俺を襲う、剣士の追撃だ。
身を屈める、左右どちらかに飛び退く、手にする木剣で叩き落とす。
どれであっても、剣士の追撃を躱すことはできないだろう。
だから俺は、
「おっと!」
左手で、ひょいと矢を掴み取った。
「えっ」
俺は驚いている剣士に斬りかかる。
打ち合い、弾き、崩れたところに胴斬りの一閃。死体が二人前に増える。
あとはもう、前衛を失った弓手ばかりだ。
俺は手に掴んだままの矢をダーツの要領で投げ返した。
ちょっと距離がある上手で投げた矢など、それこそ避けるのなど簡単だ。
だからもちろん、避けさせるのが目的だ。
「ああ、くそっ!」
その間に間合いを詰めた俺は、弓を捨てて木製短刀を取り出した弓手を、敢え無く無力化したのである。
†
「ったく……あっという間に上達しやがってお前ら。一体どうなってやがる」
目の前で、槍士の男が悪態をついた。
冒険者ギルドの一階で、俺に因縁をつけて来た当人である。
一般市民に対し怪我をさせた(と俺が逆に因縁をつけ返してやった)ことの罰として俺が望んだのは、俺とアニエスに戦闘訓練を施すことである。
金銭で支払ってもらうこともできたが、どうせあんなイチャモンで貰える額なんて知れたものだ。大体自分でも無茶苦茶言ってる自覚あったし、要らぬ怨みを買うだけ損というものだろう。
奴等を【鑑徹】で調べたところ、五級冒険者のパーティだった。
つまり、一人前と言えるだけの実力のある冒険者である。
道中において俺とアニエスは大量の魔物を狩ったりしていたが、同時に戦闘経験が大いに不足しているのを危惧していた。
このまま我流で戦い続けていくのも良いが、アドバイスをもらえるに越したことは無い。という訳で、因縁付けた挙句にインストラクターとして訓練を施して貰ったわけである。実戦形式で。
「最初の内は全然だったんだけどな」
「ああド素人丸出しだったからな。簡単に勝てた」
「それがあれよあれよと強くなって――いや、巧くなって。あっという間に抜かれちまった」
わいのわいのと先ほどの訓練を振り返る冒険者たち。
俺たちが何をしようとしてるのかと知って、面白半分で参加してくださった野次馬どもである。いつの間にか七、八人の中級冒険者たちと代わる代わる模擬戦をすることになったのだ。
「アキラ様! わたし、強くなった気がします!」
「いいやアニエスちゃん、気がするんじゃなくて、本当に強くなったんだよ……」
「お前、割と最初の方に一対一で負けるようになったからな」
「言わないでくれッ!」
んで、流石にここまでしてくれたってことで、打ち上げでもないけれど昼飯は俺が奢るぜーって言ったら、打ち上げみたいな雰囲気になった、という訳だ。
ギルドの一階の一角は食堂兼酒場になっていて、そこに料理と酒とが運び込まれて、軽く宴会状態だ。
俺とアニエス? 勿論果実水だよ!
昨夜の惨劇を繰り返したくねぇよ!
「しかしあんたら、ほんと凄いな。いくら才能有るからって、あんな……なぁ」
「ああ。あんなメキメキ腕を上げていくって、ちょっと尋常じゃないだろ」
近くに座る冒険者が、半ば冗談、半ば本気で俺に向かって探りを入れてくる。
冒険者とは実力が全ての世界。
ともなれば、強くなることにある程度以上貪欲でなければやっていけないのだろう。
だが俺はその探る視線に向かって、半ば睨むように、半ばおどけるように笑みを深くして一言。
「ま、色々あるんだよ」
強くなることが冒険者の死活問題であるならば、手の内を知られることもまた冒険者たちの死活問題に直結する。
それは俺たちだって変わらない訳で、俺は態度でそれを示したのだ。それ以上踏み込んで来るなよ。マジだよ? と。
空気を読む、というのも冒険者にとって必須技能の一つだ。
男たちは肩を竦めて、それ以上は突っ込んでこなかった。
俺やアニエスが、訓練の最初の頃、コイツラにボコボコに転がされたのには勿論理由がある。
戦闘経験が少ない事。
強力なスキルがあるから、それを使えば取り合えず敵は倒せる。よって、スキルを使いこなせているとは言えない。むしろ振り回されている感じだ。
そして戦闘経験が浅い事。
これがもう、致命的だった。
とにもかくにも、相手のフェイントに引っかかることこの上ない。なまじスキルで身体能力や知覚能力をあげているからごく小さなフェイントにすら過敏なくらい反応し、逆に戸惑われたくらいだ。
そして三時間ほどの訓練で、俺たちはこの場にいる全員を相手に勝てるだけの実力を手に入れていた。
実戦での殺し合いとなればまた話は違うだろうけど。彼らだって奥の手を見せた訳じゃないだろうし。
ま。その辺りは俺たちも同じだ。
魔術スキルは軒並み使用禁止で、身体強化も制限をかけた状態だ。
その状態で、基本的な戦闘能力――というが技術を手に入れたかったのだ。
勿論、おれとアニエスの急成長には理由がある。当然の如く、【創造・力】様々の出番である。
訓練に入る直前に俺は新しいスキルを創造し、アニエスにも渡しておいたのだ。
【一聞百知】
レアスキル。
一を聞いて百を知る。あらゆる訓練、修練、学習による技術・技能・知識などの取得速度に極大補正。
【自己負担】
コモンスキル。
所有するスキルや技能を任意で制限する。訓練での使用時には訓練の効果に小補正。
この二つのスキルを使用することによって、俺とアニエスの訓練は僅か三時間程だったも関わらず、数か月分の濃密な訓練に値するほどの成果を得ることが出来たのである。
特に【一聞百知】は今後も有効にしておいて損は無いな。
敵と戦えば戦うほど、文字通り強くなっていくはずだ。
「まったく、お前らが冒険者やらないって勿体なさすぎるぜ」
「ああその通りだ。アニエスちゃんたちならヒビキ遺跡なんてもう楽勝だろ」
「何言ってんだ、コイツラ冒険者じゃないから、そもそも行く必要がねーよ!」
「そうだった、忘れてたわ!」
酔った冒険者たちがぎゃっはっはっと大声で笑う。
耳慣れない単語に、アニエスが尋ね返した。
「ヒビキ遺跡……ですか?」
「ああ。この街から歩いて北に一日くらい言ったところにある、海沿いの遺跡だよ」
「もうとっくにお宝なんかは取りつくされてるんだが、そこそこの強さの魔物が湧くのよ。そこを攻略できるかが七級冒険者と六級冒険者の壁って言われてるんだ」
説明を聞けば、つまり初心者を脱した辺りの冒険者にとって、一人前になれるかどうかの試金石ということらしい。
ずっと昔からノーストの街の冒険者たちに利用されていて、攻略法や地図なんかも出来上がっている。
けど魔術で作動する罠なんかはまだ生きているし魔物もいる。
広いので攻略するには遺跡内で数日を過ごす必要もあって、つまりヒビキ遺跡をクリアできれば冒険者として必要なことは全てできるようになったという証明になる、と。
「へぇ、そんな場所があるんですねアキラさま。……アキラさま?」
「ヒビキ遺跡、ね」
この街より、北に一日。
俺が感知しているバグの位置も、大体その辺だ。
ちょっと調べてみる価値はありそうだ。




