2-4 ひっかけたりひっかけられたり
†
冒険者ギルドの大扉は、開かれたままだった。
そこから武装した一段が、気炎を上げて出ていく。何か大物を狩りに行くのだろうか。
彼らの後姿を見送って、俺たちは建物の中へと入っていく。
大きな広間と、奥には受付のカウンター。
混雑しているのは様々な依頼が張られている掲示板だ。
「ようこそ、冒険者ギルドノースト支部へ。今日はどういったご用件でしょうか」
入口にいた、案内役らしい男の職員に話しかけられた。
「魔物の素材の買取をお願いしたい。道中で狩ったのがあるんだ」
俺の言葉に、職員は軽く目を見張った。
何か失礼なことを考えられているような気がするが――
「解体はされてますか?」
「いや、実は倒した時そのままなんだ。結構な量になると思う」
「……かしこまりました。ではあちら、奥の方へどうぞ」
案内された場所は建物の裏手。厳つい顔のおっさんが、欠伸混じりに椅子に座っていた。案内されてやってきた俺たちに、怪訝な顔をしてみせる。
「では、こちらにどうぞ、出してもらって良いでしょうか」
言われて俺は、【無限収納】のなかにあった魔物の遺体を取り出す。
……差し出した左手の、何もない空間からずるりと狼の死体が出てくるのってなんかシュールだよなぁ。
「ほう、これは中々良い状態の……」
などと職員とおっさんが狼の遺体を検分しているが、まだあるんだよなぁ。
「えーっと、もっと出すからちょっとそこ退いて」
空いた場所に、更に魔物の遺体をどんどん出して行く。
感知スキルに引っかかった端から狩っていったからなぁ。結構あるな。
角猫に森猪、草軍狼、赤牢蜘蛛、子食い百足、多足兎、赤金蜻蛉、陸モグラ、定番の矮鬼族、豚鬼族といったところか。
どれも最低七、八体はある。草軍狼なんかは群れで襲って来るから、三十頭分くらいになったはずだ。
まぁ猪とか兎とかの幾らかは道中の食糧にしてしまったが。
余りの量に目を丸くしていた職員さんとおっちゃんだが、続く俺の言葉に我に返った。
「後さ、道中で盗賊に襲われたのを返り討ちにしたんだ。その頭目らしいのもあるんだが」
「えっ、あっ、は、はい。見せていただいても?」
流石に首を落とすのはどうかと思ったので、身体ごと持ってきた。
それを見せると職員さんの顔が真っ青に変わる。
「こ、こいつは手配書のコーザー・ザツウオー! 真魔覇王盗賊団を壊滅させたと!?」
「あー、まぁ、そうなるかな?」
俺の後ろに控えていたアニエスが小声で話しかけてきた。
「真魔覇王……アキラ様、酷い名前ですね」
「十四歳くらいだったんだろう」
盗賊団に付けるにしてはハデ過ぎると思うがな。
「ちょ、ちょっと確認してまいります! しばしお待ちを!」
職員さんは慌てて走って行った。
残された俺は、なんとなくおっさんと顔を見合わせて肩を竦める。
「しかしまぁ、派手に狩ったもんだな。あんた見ない顔だが、新人か? それとも余所者?」
「なりたての旅人だよ。それがどうかしたかい?」
何言ってんだコイツみたいな顔された。
畜生、テメェから言い出したのに。
「ここでは冒険者じゃなきゃ素材を買い取ってくれないとか?」
「そんなこた無いんだがな。なりたてってことは、そうか、知らないのか」
呆れたようにおっさんが続ける。
「魔物の素材は確かに部外者――冒険者じゃなくても持ち込みで買い取りはする。が、死体丸ごと持ち込まれるとこっちで解体するから、不要分の始末込みで手間賃が差っ引かれるんだよ」
だから冒険者たちなど、魔物を狩ることが目的ならば現地で解体するのが基本なのだそうだ。嵩張るし重いので必要な部位だけ持って帰るわけだ。
そしてもう一つ。
こっちの方が重要だ、と前置きした上で、おっちゃんは声を小さくした。
「アンタがどうやってこいつら運んで来たかは知らん。収納系の魔道具かスキルかだが、一般的なそれでも、高級なので精々この半分くらいがいいところだ」
俺とアニエスは小高く積まれた魔物の山を見る。軽く見積もって、まぁ二トントラック一杯分くらいか。
その半分……で、一般的な収納系スキルでもかなりスキルレベルが高いってことになる訳で。
「もしかしたら王族とか軍とかだったらありえるかも知れんが。とにかく中々お目にかかれない量だ。騒ぎになりたくないのだったら、もっと小分けで出すようにすると良い」
「……忠告ありがとう。次からはそうするよ」
アニエスもこういう、冒険者の常識を知っている訳じゃないしな。
以後気をつけるようにしようか。
それから暫しの間、部下と一緒に解体や検分進めるおっちゃんやアニエスと雑談をしていたところ、さっきの職員さんがやってきた。
「お、おまたせいたしました。コーザー・ザツウォーの指名手配書を確認できました。他のものの査定と合わせまして賞金をお支払いいたします」
室内へと戻った俺たちは、階段を上がって二階の一室へと案内された。背後に、冒険者たちの視線が突き刺さるのを感じるが無視して階段を上がる。
案内された部屋は小さいながらも応接室といった感じだ。向かい合って座ったテーブルに、また別の職員が持って来た袋が二つ、置かれる。
ガシャリと重たい、金属のぶつかる音がする。
「それではこちらが、お支払いする額です」
促されて袋を除くと、小さい片方に金貨、もう片方が銀貨と銅貨が沢山詰まっていた。
「解体の手数料を引きました総額、三百五十六万と七十五ルドです。お確かめください」
俺はちらりとアニエスを見た。ルドというのがお金の単位として、金貨が一枚何ルドなのか俺は知らないからな。
「? どうした、アニエス?」
「こんな大金初めて見ましたので……いえ、数えます。大丈夫、任せてください」
さっきと違う感じで顔が青くなってるぞ。
「それで、コーザーを倒した時の状況などを教えていただきたいのですが」
と尋ねられたので、訊かれるままに答えておく。
その途中、お金を確認し終えたアニエスが職員さんに尋ねた。
「その、賞金が掛かっているのは分かりますが……それにしてもちょっと高額な気がするのですが、何か理由が?」
職員さんは一つ頷くと、コーザーのことを教えてくれた。
「実はコーザーは、東隣の国フレンダール王国の元騎士なのです。それで王国が多額の懸賞金を懸けていたのですよ」
ノーストは、モーリウ氏族国とやらに所属している国境の街だが、十何年前だかは隣のフレンダールのものだった。まぁモーリウ氏族国が侵略してきたわけだな。
それでノースト周辺を巡って東のフレンダール王国だったり西のドラナルゾ王国だったりと小競り合いが続いているのだが、どうも政治的なアレコレがあって、最近モーリウ氏族国とフレンダール王国の間では緊張緩和の方向に向かっているのだと。
そんなところに、元フレンダール王国騎士団の盗賊が暴れまわっている。
それは非常によろしくない、ということでコーザーに対し、つい最近フレンダール王国が手配をかけたのである。
冒険者ギルドは基本的に政治に対し中立を保つ組織だ。
だから国境を越えても別の国で懸けられた賞金を貰うことができるし、ノースト及びモーリウ氏族国所属であってもフレンダール王国の依頼を掲載したりすることもある。
一種の治外法権というわけだ。
「フレンダール王国のメンツの問題もあって、盗賊団の規模の割に懸けられた額も大きくて話題になったところです」
三百五十万の内、コーザーの懸賞金二百五十万。
十人かそこらの盗賊団にしては破格の懸賞金だったと。
このノーストの街で一般市民の年収がざっと三百万ルドと言ったところらしい。
んでこの程度の規模の盗賊団だったら普通百万ルドも懸けられるかどうかなので、フレンダール王国の本気が伺えるというものである。
雑談ながらそんな話をしていると、職員さんから、
「アキラさんは冒険者にならないのですか?」
と問われた。
「別になってもならなくても構わないんだがな」
こうして冒険者でなくとも魔物の素材を買い取ってもらえる以上、冒険者になることのメリットは少ないだろう。
だが折角なので、この世界における冒険者についてざっと説明してもらうことにした。
職員さんの説明によれば、冒険者は十級から始まり、最高で一級のランクが存在する。
大体五級で一人前、三級で一流と言われる世界だ。一級とか伝説に語られるような功績を残していたりするらしい。
んで冒険者になれば、ランクに応じて下の階の掲示板に張り出された各種依頼を受けることができる。
多くの場合は魔物だったり危険区域でしか取れない素材の採取だそうだ。
時々コーザーの様な犯罪者の指名手配だったりするけれど。
んで、例えば冒険者では無い俺が、依頼に出ている素材を持っていたとしよう。
俺はそれをギルドに買い取ってもらうことができる。だが依頼ではないので、通常の素材としての買取だ。依頼の報酬はギルドの丸儲けになる。
勿論俺が直接依頼人の元に持って行くこともできるが、報酬が満額支払われるとは限らない。口八丁で値切られることもあり得る。そこら辺をきっちり契約で縛り、褒賞を保証するのもギルドの仕事の一つだ。
つまりギルドは冒険者たちの仲介業者としての側面もある訳だな。
他にも組合参加の宿や武器防具屋で割引がついたり。
低ランクだったら魔術や剣術の訓練合宿に参加出来たり。
色々な方面にコネがあって、個別に依頼人を紹介したり。
……万が一の時には遺族に遺品や遺言を渡したりするのも冒険者ギルドに所属することのメリットであると言えるだろう。
一方で冒険者であることのデメリットも存在する。
怪我など特別な理由が無い限り、二か月に一度は自分のランクに見合った依頼をこなすこと。
有名になって名前が売れたり、特殊な技能を持っていれば指名依頼を受けることもある。報酬は勿論割高になることが多いらしいが、ギルド指名の強制だったり緊急の依頼なんかも存在するらしい。
低ランクであれば指名依頼なんて滅多にないのだが。
つまり、冒険者になることのデメリットは冒険者としての仕事に拘束されることだ。
現在の俺の立場として、それはあまりいただけない。
「済まないが今回は見送るよ」
メリットが大きいことは理解したが、取り合えずモノを持って来れば冒険者ギルドは買い取ってくれるのだから、当面資金で困ることは無いだろう。
それに冒険者になるのは、別に今でなくとも良いのだし。
「そうですか。アキラさんだったら、五級くらいまでは直ぐに昇って来れそうなのですが。いやはや残念です。腕の良い冒険者を、ギルドは何時でもお待ちしてますよ」
そんなお世辞を言われて、俺とアニエスは職員さんと別れた。
その背中を見送って、階段を降りて――
「…………」
俺は足を止めた。
冒険者たちが座ってるテーブル横を通ろうとした時、わざとらしく足を突き出されたのだ。アレだ。転校生とかに不良がちょっかいかける時のアレだ。
ちらりと、その足の持ち主を見る。
髭面の中年だ。使い込んだ……というか古ぼけた感じの軽鎧を来た戦士。獲物は槍か。
ニヤニヤと俺を見ているのが不快だが、ここで騒動起こすのもな。
そう考えて別のところを通ろうとしたら、その仲間からも同じように足を突き出された。
コイツラ。
「何か用ですか?」
「いや、なぁに大したことじゃねぇよ。ちょっとアンタラに酒を奢ってもらおうと思ってよぉ」
「相当儲かったんだろ。なんせ二百万首を狩ったんだからさ」
「何故それを、って顔してんな。カンタンだぜ、見慣れねぇツラのアンタラが二階に上って行った。あそこは内緒話する時に使われるんだ。んで、その直後に手配書が剥がされた。ってことはよ、ちょっと考えればすぐわかるよな」
「よ、天才! あったまいいー!」
「お。なんだ美人のネーチャンいるじゃねえか。よぉし、アンタ俺に酌してくれよ酌をよぉー」
ゲラゲラ笑うこいつらの頭を、俺は疑いたくなった。
その推理はご明察と言ったところだが、俺はその二百万首を狩ることのできる実力を持っていることまで頭が回らないのだろうか。
俺は辺り見回した。
俺が絡まれていることに気づいた奴らは多いが、目が合うと軽く苦笑されて肩を竦められて、それでお終いだった。自分でなんとかしろ、ということらしい。
なるほど。冒険者ってのは、つまり力の信奉者だ。
この程度の事自力で抜けることができて当然、でなければさっさと冒険者なんて辞めてしまえ、と。
けど舐められては商売あがったりなのはどの職業も同じだよな。
わかる。超同意する。
リーマン時代、それでヤな客先に頭下げまくったこともしばしばだ。
でも大切なことが一つある。
俺、冒険者じゃないじゃん。
だったら別に、冒険者の流儀に従ってやることも無いな。
よし。
俺はゲラゲラ笑っている野郎どもの顔を見回して、満面の笑みを見せた。
その上で、これ以上ないくらいワザとらしく歩き出して、足を引っかけられてスッ転んだ。
「あ、アキラ様……?」
「お、おい何してんだテメェ?」
笑っていた野郎どもも、キレかけていたアニエスも、周りの冒険者たちも俺の行動を理解できない。
戸惑った空気が流れる中、俺は身を起こして、大きな声で、ワザとらしく言ってやった。
「うわぁ、痛い、痛いよー。冒険者の人にちょっかい出されて手を擦りむいてしまったぁ。ああ、もしかしたら肩を骨折したかもしれないなぁ! なんてヒドイ冒険者なんだ! ボクはただの一般人なのに! 冒険者じゃないのに、冒険者に怪我させられてしまったよお!」
その言葉に、周囲の空気がビキリと凍り付いた。
「ちょ、おま……待て! お前……冒険者じゃないの!?」
「一ッッッ言もンなこと言ったことねぇぇぇぇなぁああ。んんんん?」
微笑む俺。
青ざめる彼。
「俺は偶々ギルドに用事のあっただけの、ただの一般人だ。あー痛いなー、肩痛いなー、どうしてくれるんだろーなーっ」
っていうかどうしてくれようかなぁぁぁぁ?
「お、ちょ……ふざけんな!」
流石に煽り過ぎたか、ちょっかいかけて来た冒険者たちが怒って立ち上がり、周囲に剣呑な空気が漂い出す。
と、そこに待ったの声がかかった。
「どうしたんですかあなたたちは!? ギルド内での喧嘩はご法度ですよ!?」
さっきの職員さんである。丁度いいタイミングだ。
「実は俺が、コイツラにちょっかい出されて怪我してしまったんですよ。冒険者が一般人に、故無く怪我させるのはどうなんでしたっけ?」
「え、アキラさん!? ……えっと、状況によりますが、最低で一か月の資格停止、もしくは罰金。最悪資格剥奪と罰金と刑事罰ですが」
その言葉で、奴らの顔が白黒赤青と面白変色するのな。
一方アニエスは、この時のことを後にこう語った。
「ええ、その時のアキラ様の顔はこう――にンまぁああああーっ、て。きっと詐欺師とか人を騙した時、内心でこんな顔をしているんだろうなって。ええ、はい。とても良い笑顔でした。とても邪悪で。ええ、そうですね。悪魔が笑うとあんな感じではないかと」
それ褒めてないよね。
「へぇ。資格の剥奪。資格の剥奪ねぇ」
「な、なんだと。いくらなんでも、今のでそんな重い処分が下る訳が……」
「示談にして、あげようか?」
「な、なに?」
「払うモン払ってくれれば、今回の事は水に流してやっても良い……と、言ってるんだ。何、被害者が届け出さなきゃ、何も無かったことになるさ。ま、アンタラの心がけって奴次第だけどねぇ」
外野から「タチ悪ぃ」だの「最悪だ」だの聞こえるけど気にしなーい。
「くそっ! 一体いくら払えってんだ!? 自慢じゃねぇが俺たち今は金がねぇぞ」
「そうだそうだ! 金があったらこんなところで飲んだくれてねぇよ!」
ほんとに自慢じゃねぇな。
「最初から期待してねぇよ。それに、金が無いなら身体で支払うってのが、古今東西のお決まりってやつだろう?」
俺がにやりと笑うと、冒険者たちは青ざめた顔で尻を抑え、アニエスがショックを受けていた。
「そんな、アキラ様……そっち側だったのですか!?」
「何言ってんだ。アニエス、お前も一緒にヤるんだよ」
「「「「一緒に!?」」」」
場が騒然となった。
あれ、俺今なんか変な事言ったっけな?
いつも拙作をお読みいただきどうもありがとうございます。
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