ぷろろおぐ 1
†
神様が言いました。
どんな願いでも一つだけ叶えてしんぜよう。
さて、何を願う?
なんてことを考えたこと、誰だって一度くらいはあるだろう。
大金持ちになりたいとかイケメン彼氏が欲しいっていうような欲望ダダ漏れな願いから、身内の病気を治してほしいとか世界平和とか、そんな崇高なものまで。
小さな子どもだったらどうだろう。スポーツ選手になりたい? なんとかライダーになりたい?
小さい時、友達は「パトカーになる」って言ってたよ。警察じゃないのパトカーな。ははっ、かわいらしいよな。
んでさ、小学生くらいになると、こう答える奴、絶対いるよな。
「いつでも好きな時に好きなだけ願い事を無限に叶えて下さい」
ってやつ。
まぁガキの発想だよな。
んで次の疑問が湧くわけだ。
果たしてそれは、アリなのか? と。
制限を解除するという最初で最後の願いは叶った、だからそれで終わり。
それとも、
制限を解除したから、本当に百でも二百でも無限に叶えてくれるのか。
どっちなんだろうな。
神様に聞いてみなきゃわからないけどな。
けどまぁ、アレだよな。
こういうのって神様じゃなくて悪魔の誘いにありそうだよな。
でなきゃ調子コイた願い事をして、神様の怒りを買ってバチが当たるパターンかな。
ま、どちらにしてもロクなことにゃならんだろうな。
†
「……なんてことを思っていた時期が俺にもありました」
「いやいや、現実逃避の果てに自己完結してないで、質問に答えてくれないかな」
呟くと目の前に浮かぶ、銀色のモヤのようなものがツッコミ入れてきた。
なかなかフレンドリーというかなんというか。
この銀色のモヤ、なんと神様だという。
ほかに神様を自称する奴にあったことはないから他の神様がどうなのか知らんがな。
まさか神様が手足どころか顔すら無いとは思わなかったぜ。
だけど、不思議なことに「この不定形のモヤが神様」って部分だけはどういう訳か、わかる。
直感的というか当たり前というか、そうなのだと何故かわかるのだ。
このモヤは人知を超えた、超常的な存在。俺は今、神様と会話しているのである。
「現実逃避もしたくなるさ」
どこにでもいるアラサーのサラリーマンだった俺だが、ついさっき空を飛んだ。物理的な意味で空を飛んだ。
最近腹回りを気にしてジョギング始めたばかりの俺だったが、流石にちょっと太った程度では居眠り運転の暴走ダンプと相撲を取るには貫目不足だったようだ。新弟子検査からやり直さねばならぬ。その機会は永遠に失われちゃったけどな。
もうね、ちょっと自分でもびっくりしたからね。うわぁ、俺飛んでるって思ったもん。
肉体的な意味で割と記録的な飛距離を叩き出した俺だったが、昇天する魂をこの自称神様に捕獲された訳だ。
「〇〇モン、ゲットだぜ!」とか言われてちょっとイラっとした。
いや確かに俺もアレやってたけどさ! しかもリリース直後はよそ見事故の原因でよく報道されてたけどさ!
まさかゲットされる側になるとは思ってなかったよ!
しかも神様にゲットされるとはな!
んで、軽い状況説明の次に言われた言葉が、
「チートスキルをなんでも一つあげるから、異世界転生して世界を救ってくれないかい」
というものだった。
「ん? 今なんでもするって」
「言ってないからね。……そこ、舌打ちしない」
「ちっ、ダメか」
「少しは隠す努力をしようか」
おふざけはさておき。
「ま、突然言われて混乱するのもわかるけどね」
「大体どうして俺なんだよ。どこにでもいるアラサーリーマンだぜ」
「キミを選んだのに理由はないよ。しいて言うなら直感かな」
「勘かよ」
死んで神様に拾われるとか、一体どんな確率だ。
どうせだったら生きて年末巨大宝くじが当たる方がよっぽど良かった。
「宝くじの方が良かったかい? けど死んだらお金なんて意味ないよね?」
「うぐっ……」
ぐうの音もでねぇ。
それ考えりゃ、生きてン億円より死んでももう一回の方が良いのかも知れんのか?
だけどどっちもちょっとお試しってわけにも行くまい。
ならどっちが良いかなんて比べようもない。
ここは素直に九死に一生を拾ってもらったことを喜んどこう。
聞けばこの神様、異世界の創造神らしい。
ただし創造神といっても、下っ端というか見習い……いや、いっそ学生扱いなんだとか。
なんだそりゃ、と言いたくなるが、神様の世界にも専門学校があって、こいつはそこの学生なんだとか。
んで他の同級生と一緒に実地訓練――創造神の実地訓練なので異世界を創り運営するっつー課題をやっているんだと。
我ながら何を言っているのかわかんねーが、俺の理解できる言葉に当てはめるとそういう例えになるらしい。
「だけど、その僕たちが運営している世界の、僕が担当している地域でトラブルが起きちゃった」
それを『バグ』と、神様は呼んだ。
「割と順調に進んでいた世界運営なんだけど、どうもバグが生まれているみたいなんだ。君にはそのバグを直接現地に行って取り除いてもらいたい」
「アンタが直接行くわけにゃ」
「それが出来れば苦労は無いし、キミを拾うことも無かったよ」
ですよね。
「僕にはそのバグ対応以外の仕事もあるし、何よりこの身のまま世界に入ることはできない」
「入ることができないっていうと?」
「僕や他の創造神たちは世界に対して大きすぎるんだ。物理的な意味では無くて、もっと抽象的な意味でね。無理に入ろうとすると世界が破裂しちゃう――とまではいかないでも、天変地異で世界がぐちゃぐちゃになってしまう可能性がある」
俺の頭の中(と言っても今の俺は肉体を失った魂状態なのだが)では、プラモとか鉄道模型のジオラマのイメージが浮かんだ。
精巧に作り上げられたミニチュアの世界に、等身大の製作者が入ってしまえばそりゃ山とか踏み潰しちゃうか。
だから創造神たちが世界に何らかの意志を反映させたいときは、現地住民に神託を下すか、神威と神意を宿した使徒を遣わすかのどちらかが主な手段となるんだそうな。
んで、その使徒とやらに俺が選ばれた、と。
異世界に記憶を持ったまま転生。
俺はその異世界で好き放題生きてヨシ。
ただし条件として神様の言うところのバグとやらを、可能な限り早く取り除かなければならない。
「可能な限りって、いつまでに? もし放置していたらどうなる?」
「んー、現地時間でいうところの三年以内かな。このバグ、なんというか世界に染み込んでいくんだよね」
バグ自体は現地に存在する生命体が突然変異を起こしたものらしい。その存在そのものが世界にとっても異物というか毒物というか、存在するだけで世界そのものを変質させてしまうのだという。
その変質度合いが一定値を超えてしまうと世界そのものの崩壊に繋がりかねないのだという。
「つまりアレか。バグってのはその世界にとってのガン細胞ってことか。んでアンタは俺というメスを使って外科手術しようってわけだ」
「中々いい例えだね。その通りだよ。そして手術はガンが転移する前に行われるのが望ましいよね」
なるほどね。
俺はおもむろに手を挙げた。
「はい神様、質問です。もしその話、俺が断ったらどうなりますか?」
「誓っていうが、別にキミの死に僕は関わっていない。キミは勝手に事故にあって死んだ。それをたまたま僕が拾った。だからキミが断るというなら、キミはそのまま死んで、輪廻転生の輪に戻るだけだ。生まれ変わる先が元の世界か、別の世界か、あるいは僕らの創った世界かも知れない。知的生命体かもしれないし、そうでないかも知れない。そこに僕は関わらない。いずれにせよ今のキミは死んで無くなって、僕は新しい使徒候補を探すだけさ」
なるほど。
そういうことなら、断る理由は何もない。
むしろ進んでこちらからお願いしたいくらいだ。
それにまぁ、俺の人生なんというか実に特筆するべきことのない人生だった。
孤児だったので親の愛情は知らないし、奨学金で大学まで出たけどその返済で生活は苦しいし、それを理由に彼女無し歴=年齢なのは、まぁ自業自得だと思うけど。
生きるために働かなきゃならないのはそうなんだけど、そこに生きがいが見いだせない人生だったわけで。
それをリセットするチャンスをくれるというなら願ったりだ。
当面の目標まであるとなれば言うことなど何もない。
「分かった。受けるよ」
「話が早くて助かるね」
俺は手を差し出し、神様と握手を交わし――
「なんだいキミは。突然ボクの尻を撫でたりして」
尻かよ。
輝けるもやだからどこが手なのか判らなかった。
握手のつもりが単なるセクハラだったとかもうね。
「そういうの嫌いじゃないから!」
「おいバカやめろ」
そもそもお前、性別とかあんのかよ。
「必要だったら生やすし開けるよ」
「何をだよ」
「そりゃナニをだよ」
「やめろ。マジでやめろ」
童貞に未練はないが、初めての相手が性別不定だなんていくらなんでもあんまりだ。




