森の中で
次の日早朝、俺は足早には主屋を出た。
向かう先は既に決まっている。だからこそ足に迷いはなかった。その場所に辿り着くまで主屋から僅か20分程、郊外を少し抜けた先の森の中である。
昨日同様、森の中から聞こえるは若い男の荒い息遣い。見たところ今日もまた剣の稽古に勤しんでいるようだった。
昨日、俺が森の中で彼の姿を見つけたのは偶然の事。早朝から郊外周辺の散策に出掛けた矢先にも、俺は森の中で一心不乱に剣を振るう彼の姿を見た。
年は俺と然程変わらないだろうその青年、黒褐色の短髪に汗を浸らせて、白い装束姿(どこかの制服だろうか?)、精悍な顔つきはその青年の純真そうな性格を全面に表しているようだった。
まぁ早朝からこんな森の中で一人剣の稽古に打ち込むぐらいだから、見たまんまの通り真面目な奴なんだろうな。
お世辞なしにすごいと思った。
また同時に劣等感を感じていた。
というのも、視界先で一生懸命に剣を振るい続ける青年とは生前から今現在にかけて生きてきた俺とは全くといって正反対に位置する人物。
俺はこの青年が剣の稽古に勤しむように、何かに対しての努力を全くといってしてこなかったし、況してや何かに必死こいて打ち込める程の熱意もやる気も毛頭なかった。
総じて、生前の俺という人間にはコレと呼べる特技や趣味は#何もなかった__・__#、ただ無意味な時間だけをダラダラと送っていたツマラナイ奴だったに過ぎない。
だからだよ、何度見ても青年の剣には感嘆の言葉しか出てこねぇ…
俺は剣士についてとか剣技についてとかよく分からないけど、あれは間違いなく修練に修練を重ねた末に磨き上げられた者の剣だと言えるだろう。
こういうもんは理屈じゃない。何がどう良いだとかじゃなく、ただ純粋にスゲーと思う。
仮に青年に元々剣の才能があったとして、それでも更に常人の何倍も努力を重ねなければああはなれないだろう。一体どれくらいの努力を重ねたのだろうか?5年、10年?いやもっとか?いやいやもっとって言ったらそれこそまだ物心も付いてない段階じゃねーか!
そんなんありかよ、合法チートかよ、ほんと凄すぎて溜息しかでねぇよ…
ただそれでも、俺に迷いはなかった。
それは多分、俺には既に『迷う』という感情すら消え失せているからなのだろう。
『迷う』ことがないのだから、もちろん『躊躇う』こともない。
『躊躇う』ことがないのであれば、それは必然的に『恐れ』を失ったということになる。
つまり、俺は最早#人ですらない__・__#という事実他ならない。
最早人ですらない俺だからこそ、今から自身が行ってしまうだろう悪行は成立する。
そうさ、俺は…
『今から、青年の持つスキルを奪い取る』