2秒前
「例えばの話なんだけどさぁ」
キーボードの上に走らせる手を止めることなく、彼女は話しかけてきた。
話しかける時には、相手の名前を呼ばないと、誰に話しかけているのかわからない。ただ、この状況―――生徒会室に俺と彼女の2人きり―――では、まず間違いなく、今話しかけられているのは、俺だろう。いや、彼女は生徒会が誇る変人会長だ。もし、今話しかけられたのが俺じゃなかったら?―――それはもう、彼女の頭が沸いたに違いない。
「私が男子だったとするじゃん?」
じゃん?といわれても。俺は「はぁ」と曖昧な声を出す。何言ってるんですか、とツッコみたかったがこらえた。たぶん、黙々とキーボードを打ち続けるのに耐えきれなかっただけだろう。でも会長、その書類の締め切りは昨日だと、俺はお伝えしたはずですが。
「そしたらさぁ、私、生徒会ハーレム作りたかったなぁ」
「何言ってるんですか?」
くっそだめだ耐えきれない、ツッコんでしまった…!まじで何言ってんだこの人…もっと他に言うことはないのか!例えば!!その書類の提出が遅れるせいで、今日やるはずだった作業が何もできなかったことへの謝罪とか!!そのせいで明日以降のスケジュールが大変なことになることへの謝罪とか!!ここで律儀にお手伝いをしている心優しい後輩へのねぎらい、いやそんなものより謝罪とか!!
「いや、考えてもみてよ、榎木くん。我が校の女子はレベルが高いよ。私は美女に囲まれてウハウハな生徒会ライフが送りたかったのだよ」
「別に橋本さんは女子のままでいいじゃないですか。要は俺と副会長が男っていうのが問題なのでしょう」
丁寧に俺の所見を述べてから気づく。俺が言うべきはそんなことか?下手に煽るとこの人の演説は長引くぞ。もういっそ黙ってた方がいいんじゃないか?
案の定、彼女はムキになって反論してくる。
「わかってないねぇ、君は!男なら誰しも、一度は美女に囲まれて日々を過ごしたいと思うだろ!!」
「いや、アンタ男じゃないでしょう」
いや!だから!違う俺そうじゃない!!
「だからぁ、男になって美女を侍らせたいんですよぅ、私はぁ」
ついに彼女は、キーボードから手を放して駄々をこね始めた。おいそこの酔っ払い女子高生、その書類終わってんだろうな。「榎木くんもそう思いませんかぁ」じゃねぇよ思いませんよ!
だって、好きな人が、
「俺はアンタが女子でないと困るんですがね」
心の中で言ったつもりだった言葉が、声に出てしまった。とたん静かになる部屋。
…俺はいま何といった?
ちょっと待って、これってつまりそういう、意味にも、受け取られるか?だから違うだろ俺、いや違くないけど、なんか、なんかが絶対違うだろ俺!!
あかん、顔があげられない。慌ててパソコンの画面を、これでもかというほど睨みつけて作業に没頭しようとする。会長、お願いだから黙らないでさっきみたいにうるさくして。ほんと沈黙とか勘弁してください。いたたまれなさすぎる、俺が。
そのままの状態で、何分が経過しただろうか。
あんまりにも静かなものだから、何かが耐えられなくなって、彼女の方をちらっと伺う。
その顔が、あんまりにも真っ赤で、俺が少しだけ期待してしまう2秒前