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第七話 大会前夜

 ロカリス邸でのダンス大会まであと数日に迫った日。

 僕とアイナはアレクの指導のもと、宿屋の部屋で汗をダラダラ流しばがらダンスの猛特訓をしていた。

 アレクの手拍子にあわせて、ターンする。


 「遅い! ちゃんとアイナを見ろ!」


 僕は怒られてばかりだ。息が上がってきた。

 もう駄目だ。ちょっと休憩。


 床に座ってアイナを見ると余裕の表情を浮かべて僕を見ていた。

 僕はこんなにへとへとなのに……。


 「ナキアはさー、無駄な動きが多いんだよねー」


 「そうだな、俺の動きを見て覚えろ」


 そう言ってアイナとアレクが踊りだす。

 綺麗で優雅だ。


 「二人ともすごいよ」


 僕の素直な賞賛の言葉に動揺したのか、アレクの動きが乱れる。

 アイナとぶつかって派手にこける。


 「いったーい! ちょっとなにしてんのよ! この金髪バカ!」


 「なっ! お前がぶつかってきたんだろ! この詐欺乳女!」


 二人は言い合いをはじめてしまった。

 僕は二人に気づかれないように部屋を脱出する。

 音がならないように部屋の扉をそーっと閉めて、宿の外へと向かう。

 目的地はこの宿に近い所で開かれている露店市場だ。


 太陽が真上から僕を見下ろしている。

 暑い……。

 露店市場に着くと僕はまず露店を軽く見ながら市場の一番奥まで歩く。

 ここの露店市場はなんでも有りだ。

 アクセサリーや食べ物、武器まで売られている。

 それ以外にもなにに使うのか僕には全く見当のつかないものもある。

 奥に歩いていく途中でおいしそうな匂いを放つ串焼きが売られているが一旦、我慢する。

 串焼き屋のおっちゃんが「おいしいよー」と言っている。

 いや、駄目だ。まず我慢して戻り際に買うのだ。

 そうすれば片手が塞がるので、できるだけ無駄遣いせずにすむはずなのだ。

 いや、でも……。串焼きから美味そうに油が滴り落ちる。


 僕は串焼きにかぶりつきながら露店市場の奥にたどり着いた。

 奥と言っても、通り抜けられるようになっているのでこっちから見ればあっちが奥なのだが。

 僕は奥まで来るときに目星をつけていた露店を見ながら戻る。

 一番近いのはアクセサリー屋さんだ。

 あ、あの指輪とかクレアに似合いそうだ。買っておこうかな。値段は……。

 僕はうなだれながら次の露店を覗く。

 ここではいろいろな食べ物が売られている。

 桃のような果物を三つ買う。

 あとでみんなで食べよう。あの二人の口喧嘩が終わっていればだが。


 その後もいろいろな露店を見て回った。

 僕は桃っぽい果物の他に、梅干しを野球の球ぐらいの大きさにした様な木の実を四個購入した。

 ちょっと重い。

 梅干しみたいな木の実を食べながら宿屋へと向かう。

 蜜柑のような、イチゴのような変な味だ。

 でもなかなか美味い。

 串焼きの後の口がさっぱりする。

 すれ違う人たちが僕を見てなにやらひそひそしている。

 あ、食べ歩きは駄目なのかな。

 でももう食べ終わる。

 僕は残っていた実を一気に頬張る。

 通行人が驚いた顔で僕を見て足早に去っていった。

 なんだ?


 僕が露店市場から宿屋に戻るとアレクだけが居た。アイナは居ない。

 アレクに訊いても「しらん」しか言ってくれない。

 もう! せっかくお土産買ってきたのに!


 僕はしょうがなくアレクに桃をあげる。

 アレクも初めて見る食べ物の様だ。

 不思議そうにくるくると桃を手で回して見ている。

 やがて、見飽きたのか皮を手で剥いて一口食べて、捨てた。

 捨てた!?

 おいおい何してんだよ! せっかく買ってきてやったのに……。

 アレクは「おい、これ腐ってるぞ」などと言っている。

 え? 本当に?

 僕も一口食べてみる。

 口に含んだ瞬間、目眩がした。

 納豆に生魚の汁を混ぜたような凄まじい臭いが鼻から抜けていく。

 く、くさい……。

 頑張って噛む。息はしない。一気に息を止めて咀嚼する。

 アレクの言ったことは認めたくない。

 あいつに「せっかく買ってきてくれたのにごめん」て言わせてやる。

 これはこういう味なんだ。大丈夫。

 噛む度に全身の毛が逆立つ感覚がする。

 何回か噛みしめて飲み込――めないよ!

 無理! 僕は桃を吐き出す。

 うん、ごめん。やっぱり腐ってるわこれ。


 僕はアレクに謝った。

 アレクは許してくれた。結構いい奴だ。

 残った一つはそのままゴミ箱に捨てる。

 もったいないが腐っているものを人にあげる趣味はない。

 代わりに梅干しを一つアレクにあげる。

 アレクは、「おぉ、ホシの実じゃないか」等と言って喜んでいる。

 僕はアレクが食べるのを待っているのだけど一向に食べる気配がない。


 「食べないの?」


 「ん? これは家畜用の果物だぞ?」


 なんてこったさっき食べながら歩いて帰ってきたよ!

 僕がアレクにその話をすると、めちゃくちゃ笑ってた。

 辺りが暗くなる頃、アイナが帰ってきた。

 アイナは部屋に入るなり、「臭っ!」と叫んだ。

 窓と扉は既に全開にしてあるのだが……。


 アイナの感じる臭さの原因は恐らくさっきの桃だろう。

 僕とアレクはあの後、部屋の臭さに気づき原因を特定したのだ。

 そうして窓を開け、扉を開けた。

 でも、ゴミ箱には近づけなかった。

 だって臭いんだもん。

 そう説明してやるとアイナが鼻を押さえて、喋る。


 「ナキア、早くそれどっはに持っへいっへ」


 鼻を押さえているせいでちゃんと喋れてないけど大体わかった。

 僕は意を決し、ゴミ箱を持つ。

 涙がでてくる。なんでこんな羽目に……。

 僕はみんなに喜んで欲しかっただけなのに。

 僕は息を止め、ゴミ箱を宿屋の主人に渡しに行く。

 宿屋の主人はすごく迷惑そうな顔でそれを引き取ってくれた。

 よかった。これで部屋に安寧の時が訪れる。

 僕が部屋に戻るとアイナがあちこちの臭いをかいで、怒り散らしていた。


 「もう! こっちも臭い! これもあれも臭い!

 もうやだ、お気に入りだったのに! 家に帰る!」


 アイナは数着の着替えを持って家に帰るようだ。

 正直、僕もアイナの家に帰りたい。

 だってここベッドもさっきの臭いがするもん。


 「僕も帰ろかなー」


 「ナキア臭いから駄目!」


 アレクは反対を向いていて表情が見えないが、笑いを堪えているのか肩が上下に揺れている。

 アイナは部屋から去っていった。

 残された僕は臭い部屋の臭いベッドで臭いアレクと共に臭い宿屋のベッドで眠った。

 眠ってない。臭すぎてぜんぜん眠れなかった。


 翌日、夕方になってアイナが全身甲冑フルアーマーで宿屋にやってきた。

 そうして「酒場で話そう」と鼻を押さえるポーズをしながら言い、僕とアレクは連れ出された。


 酒場に着くとアイナはいくつかの料理を頼み、手に持っている袋から木の実を取り出した。

 あ、せっかく僕が買ってきたのに家畜用のデザートだったホシの実だ。

 アレクは僕の話を思い出したのか吹き出す。

 もう、忘れて欲しい。


 アイナの説明が始まる。

 擬音たっぷりで臨場感あふれる説明だった。


――――

 さすがは高級宿と言うべきか、酒場から戻ってくると臭いは完全に消えていた。

 これならよく眠れそうだ。

 僕は別のベッドで眠るアイナを見る。

 アイナは僕と反対の方を向いて寝ているようだ。

 そういえば僕がアイナの寝言を聞いてからは、一緒に寝ようと誘ってくる事は無くなった。

 すこし寂しい気もする。

 僕がアイナの方をじっと見ているとアイナは起きていたようで、僕を見つめて言う。


 「クレアと別れるならこっちきていいよ」


 僕は「行かないよ」と笑って、眠りの挨拶を交わす。

 明日は戦いになるかもしれない。

 ちゃんと眠っておかないと。

 眠りに落ちる前、アイナが静かに泣いてる気配がしたが強烈に襲ってくる眠気には勝てなかった。


 翌朝起きると、アイナはいつも通り元気いっぱいだった。

 全身甲冑がガチャガチャとうるさい。


 気のせいだったのかな……?

 もしアレクにまたなにか言われたとかだったら僕はアレクを許さないつもりだ。

 でも泣いてた事を全く感じさせないアイナに、僕は昨夜泣いていたのかどうかすら聞けないままロカリス邸へと出発した。


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