第六話 追放
僕は一人取り残されて考える。
アレクにダンスを教えて貰うのか?
なんか嫌だ。それとも爺かな。爺ならまだ辛うじてマシかもしれないけど、それでもなんか嫌だな。
僕がそんな事を考えながらアレクの屋敷の前で立ち尽くしていると、中からアレクと爺、メイド達が出てくるのが見えた。
僕はとっさに物陰に身を隠す。
いや、隠れたりする必要はないんだけど。
アレクと爺の話しが聞こえる。
「いままで苦労をかけた。
俺が再びピレモンの名を語るときは
まずお前を召集させて貰おう」
「私の残りの人生は短いですが、間に合いますかな?」
「最大限の努力をするつもりだ、間に合うに決まっている。
あと、みんなにも世話になった。
また俺がピレモンを名乗るときはよろしく頼む」
何の話だろうか。
僕は物陰から顔を出して覗いてみる。
メイド達は泣いている様だ。
アレクはそんなメイド達一人一人に別れの言葉をかけている。
全員に言葉をかけ終わったのかアレクは僕の居る方へと歩いてくる。
僕はあわてて物陰に引っ込む。
アレクがやってきて、僕に気づき少しムッとした顔で僕に話しかけてくる。
「こんな所で何をしている」
「ダンスの練習にって言われて来たんだけど……」
「そうか、そうだったな、すまない。その件なら中止だ」
え? 中止? 戸惑う僕にアレクは続ける。
「俺がお前に正式な決闘で負けた事を知った父上は激怒して、俺をピレモン家から追放させた」
「なんかごめん」
「謝るな。お前のせいじゃない。それはわかっている。
しかし、あの巨乳女から依頼を受けたのはアレク・ピレモンなのだ。
アレク・ピレモンはもう居ない。だから中止だ」
なんてこった。貴族ってややこしい!
じゃあ誰にダンス習えばいいんだろう。
って言うか、こいつまだアイナの事を巨乳だと思ってるのか……。
アレクは僕に別れを告げ、歩き去って行く。
これから、僕はどうすればいいんだろう。
ダンスは教えてもらえそうにないし、一人では狩りにも行けない。
僕はとりあえずアレクがこれからどこに行くのか観察してみる事にした。
アレクを追いかけて、バレないように追跡する。
……だめだった。すぐにバレた様でアレクが怒っている。
「おい、フィニット。なんのつもりだ」
あー……。やばい、もしかして結構怒ってる?
アレクは弓を手に握りしめて僕に詰め寄ってくる。
だがその時アレクのお腹が鳴った。チャンス。
「あー……あのさ、お腹空いてないかなー?って思って……
おいしいお店知ってるんだけど、一緒に行かないかな?」
「それは助かる。ピレモン家が贔屓にしている店はもれなく立ち入り禁止にされているからな」
アレクはそう言って笑っている。
それって笑い事なのか?
僕はそんなことを考えながら、アイナとよく行くご飯屋さんへとアレクを連れていってやる。
このお店のランチは結構なボリュームで、価格は銅貨五枚。
メニューは日替わり定食一種類だけだが超良心的なお店だと思う。
アレクと一緒にランチを食べる。
庶民の食べ物は受け付けないのかと思ったがアレクはおいしそうに食べている。よかった、僕もなんだか嬉しい。
「うむ、ここの飯はなかなか美味いな。
おい、フィニット。ここを教えて貰った礼に奢ってやろう」
アレクは上機嫌だ。僕はお言葉に甘えることにする。
食べ終わって会計だ。二人分で銅貨十枚。
会計は客が食べ終わったら自分でここのマスターの所に払いに行くシステムになっている。
アレクがマスターの所へと向かって行ったがなにか揉めている様だ。
僕はそーっと様子を伺う。
「なぜこれで払えんのだ!」
アレクは金色に光る硬貨を握って怒鳴っている。
マスターは困った顔でアレクに釣りがないからだと説明する。
しまった。アイツ馬鹿だったの忘れてた。
僕は急いでマスターとアレクの間に入り、マスターに銅貨十枚を渡して店を出る。
「アレクって本当に馬鹿だね」
「なぜだ」
「こんな庶民的な店で金貨なんて使えるわけないだろ!」
「金は金だろうが」
「それはそうだけど。
じゃあお釣りで銀貨九十九枚と銅貨九十枚渡されたらどうするんだよ。
そんなの持って歩くだけで大変だろ!」
僕がそういうとアレクは黙った。
想像しているのだろうか、目を閉じてなにか考えているようだ。
アレクが目を開き、口を開く。
「たしかにお前の言うとおりだ。すまなかった。
今の昼食代を返したいのだが俺は今金貨しか持っていない。
宿をとってそのお釣りで返そう。少しついてきてくれるか?」
僕はアレクの提案を受け入れて、一緒に歩いていく。
少し細くなった道で後ろからずっと着いてくる足音に気がついた。
ご飯屋からつけてきたのだろうか。そりゃ、あんなところで金貨出せば狙われてしまうだろう。
僕だって普段から杖はローブの中に隠して歩いているというのに……。
僕が追跡者の事をアレクに言おうとするとアレクは小声で話しかけてくる。
「気づいたか? おそらくその角に三人、後ろに二人いる。
気づかないふりをして歩け」
アレクに言われるがまま歩く。
すこし歩いた先の路地の入り口でアレクが立ち止まる。
前から、いかにも悪者っぽい空気を纏っている三人組が現れた。
同時に後ろからも二人現れる。
前方にいる一人が喋り出す。
「おい、お前等が金貨を持っているのは知っている。
それを置いていけば命は許してやろう」
なんという小物臭。
僕は思わず吹き出してしまう。
悪の小物は僕のその態度に怒ったのかすごい剣幕で怒鳴る。
「なんだ貴様! おい! お前等、もういいやっちまえ!」
隣のアレクが弓を構えて矢を放つ。
小物達は次々に矢に撃ち抜かれて倒れていく。
小物のリーダーは無傷のまま、「覚えてやがれ!」等と叫んで仲間を置いて逃げていった。
僕とアレクは倒れて呻いている小物を無視して再び歩きだす。
アレクの泊まろうとしている宿は宿というか屋敷だった。
さすがにアレクの元居た屋敷よりは小さいが、それでも充分な大きさがある。
アレクに値段を聞いたところ、一人一泊銀貨一枚らしい。
狂ってやがる……。
ちなみにアレクは「そうだ、お前とあの巨乳女も泊まればいい」などと言いだし三人で一ヶ月泊まる分のお金を支払った。
わ、わーい……。
アレクは「お釣りで銀貨十枚手に入れたぞ」などと言って嬉しそうにしていた。
僕は「泊まるなら荷物も必要だし、巨乳女も呼ばなければいけない」等と言って一旦アイナの家に帰ることにした。
家に帰るとアイナが居たので事のいきさつを説明する。
アイナは「それって高級宿じゃん!いくしかないっしょ!」等と喜んで出かけていった。
普段着で。
僕はアイナを追いかけたけれど、追いつけずに宿まで来てしまった。
入りたくない。いまこの宿に入りたくない。
なぜなら宿の中からアレクの叫び声が聞こえているからだ。
「おれの巨乳どこいったんだよぉぉぉぉぉぉ」