第四話 事後
「こちらお詫びの品でございます。
どうかお納めくださいますようお願いいたします」
爺は僕の元へやってくるといきなりそんなことを言った。
報復に来たのかと思った僕は、アイナを僕の体で隠すように椅子から立ち上がって前にでている。
爺の後ろにいた女が二人、僕の前にやってきてそれぞれ杖とローブを差し出してくる。
僕はそれを受け取らず、強い口調で訊く。
「僕の要求はこんな物じゃなかったと思うんですけれど、
これはいったいどういうつもりなんですか?」
「いえいえ、これはフィニット様の要求に従ったわけではなく、
私がお仕えいたしておりますピレモン家からの謝罪の気持ちでございます」
ん? どういうことだ?
「では、これを受け取っても僕の要求は実行されるんですね?」
「はい、もちろんでございます。
ただし、闘技場でアレク様の身に起こったことにつきましては
他言なさらぬようにお願いしたい所存でございます」
あぁなるほど。アレクがぼこぼこにされて失禁したのを黙ってろって事か。
僕はローブを受け取りながら爺にわかったと伝える。
ローブを受け取ると女は爺の後ろに下がっていった。
血で汚れたローブを脱ぎ、受け取った物に着替える。
色は上品な黒色で、サイズもぴったりのようだ。
心なしかデザインも変わった気がする。ザ・できる魔法使いって感じだ。
肌触りもすごくやわらかく、かなりの高級品な空気をかんじる。
次に杖を受け取る。
ローブの女と同じように杖の女も爺の後ろに下がっていった。
杖には大きくて綺麗な透明の宝石が付いている。
透明の宝石が酒場内の明かりを反射して綺麗に光っている。
あれ、これってもしかしてあのお店にあったやつじゃ……。
僕が杖を見つめながら金貨五枚金貨五枚と頭の中で繰り返して固まっていると、杖を気に入らなかったと思った様で爺が焦った声で僕に告げる。
「も、申し訳ございません。なにぶん急でしたので、
この町で手に入る物の中で最高級の物しかご用意できなかったのでございます。
もし、フィニット様の御寛大な御心にて少しお待ちいただけるのであれば
王都よりもっと良いものも手配できるのでございますが……」
僕の御心は王都からやってくるまだ見ぬ杖に夢中だ。
僕が口を開く前にアイナが後ろから酒場の喧噪に負けない大きな声をだす。
「いいえ、ありがたく頂戴いたします。
心よりの謝罪に感謝いたします」
え、なんで? なんでアイナがお礼言ってんの?
爺もなにが「それではアレクよりの謝罪は改めて行わさせていただきたいと思います」とか言ってんの?
僕を無視した会話が行われ、爺が「ではまたすぐに戻ってきます」と言い残し女達を引き連れ酒場をでていく。
僕は椅子に座りアイナに訊く。
「なんで断るのさ」
「ナキア、落ち着いて」
「僕は落ち着いてるよ」
「じゃあ訊くけど、金貨何枚の杖なら満足なの? 十枚? 二十枚?
そんなに出すぐらいなら暗殺専門の殺し屋雇った方が安いと思うよ。
それに少しってどれぐらいだろうね。
その待ってる間、君は闘技場での事喋らないよね?
じゃあやっぱり殺したほうがいいやってならないかな?
今はさ、すぐに口止めしないともしも酒場で喋られたりしたら
ピレモン家の名誉に傷がつくから殺し屋より買収を選んだだけで、時間かけられるならやっぱり殺されるよ。
それを受け取るって事はもう喋らないって事だから
別に私たちを高いお金だして暗殺する必要も無くなるよね」
アイナのおかげで、僕は命拾いした。
あの会話にそんな罠が仕掛けてあったとは……。
あの爺め。なかなかやりよる。
杖とローブに浮かれている場合じゃなかったんだね。
僕はアイナに素直に感謝を述べ、テーブルに運ばれてきた肉料理を食べる。うまい。
アイナも僕が理解したのが嬉しいのかにやけ顔で料理を食べ、酒を飲んでいる。
そうしてお腹も膨れてきた頃、アレクが爺と二人で酒場へ入ってきた。
元気そうに歩いている姿を見る限り、どうやら怪我や傷は全部治ったようだ。
どうせならもっと殴ってやればよかったか、いやでも後遺症とかあったら後悔しそうだしこれはこれでよかったんだろう。
アレクは僕たちのテーブルの前まで来ると、アイナに向かって謝罪した。
「すまなかった」
たったその一言だけ。
だけどその顔には悔しさが最大限に現れているように見えた。
アイナは酔っているのか「いーよいーよ、まぁ君も飲みたまえ」などと言って酒を飲ませている。
おい、アイナよ。そいつと一緒に飲んでいいのか?
っていうかそいつは酒飲んでいいのか?
ほら、爺が焦った顔してるぞ。
自分で酒を注文し始めたアレクを見てなにかを諦めたように爺が僕に話しかけてくる。
「これで今回の決闘の件について全て終了としてよろしいですかな」
「あぁ、はい。問題ないです。良い杖まで貰ってしまってありがとうございます」
僕はアイナの話を思い出し、少し下手に出ておく。
暗殺とか怖いし、相手も僕が無害だとわかれば殺したりしないはずだ。
爺は僕のそんな態度に驚いたようだが、僕をみて「お互いこれにて関わりがなければよいですな」などと言って笑っていた。目は全くわらっていなかったが。
「どんどん持ってこい! 俺様の奢りだ!」
テーブルではアレクが赤い顔で店員に怒鳴っていた。
アイナは僕と爺にも飲めと言い、酒を無理矢理渡してくる。
爺は苦笑いだが、僕はアイナに渡された酒を一気に飲む。
喉をアルコールが流れていく感覚が懐かしく、また新鮮だった。
うん、うまい。
その後、酒場が閉店になる朝まで飲んだくれてやった。
どうやって帰ったのかわからないが、目を覚ますとアイナの家だった。
アイナは僕の隣で僕に腕枕されて寝ていた。
え……? えぇ!?
やばい、僕はもしかしてやらかしちゃったのか?
僕は急いで空いている方の手だけで自分のズボンの中で眠るもう一つの僕を確認する。
おや。彼は自分の無実を訴えるかのように綺麗だ。
よかった。
どうやら僕は無実らしい。
ふはは、そうとわかればなぁんにも怖くなどない。
僕の腕の中で気持ちよく眠るアイナを起こしてやるとしようと思ったのだが、アイナが体を動かして僕の体に密着しいい匂いがする。
もう少しだけ寝かせてやろうかなと僕は思う。
「昨日は守ってくれてありがと。かっこよかったよ。
本当はナキアがわざと負けたらどうしようって思った。
怖かった。でもそのあと僕の女って言われてキュンってきた
好き。私もナキアが好き。答えてくれなくていい。
でも私は君が好きだよ」
アイナがそう言う。
寝言……だろうか?
それにしてははっきり喋りすぎのような気がする。
あぁでもやっぱり寝言だ。
僕の胸に顔を埋め、照れているのか体温が急上昇している獣人を両手で抱きしめてやりながら僕はそう思った。
僕はいつの間にか眠ったアイナにつられて僕ももう一度眠ってしまう。