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第三話 アレク登場

 パンツ泥棒未遂事件からアイナの様子が変わった。

 夜寝るときに露骨に誘ってくるようになったのだ。

 下着が透けそうなぐらい薄い上下の服を着て、

 「あついねー」なんて言いながら布団をパタパタして

 「ナキアもここで一緒に寝る?」なんて言うのだ。


 正直、たまに何度か一緒に寝たくなったことはある。

 だって男の子だもん。

 でも、なんとか今の所はクレアの顔を思い出して耐えることに成功している。

 アイナなんてクレアに比べたら鼻くそだ。

 でも例の引き出しには鍵がかけられてしまった。

 かけられてしまったなんて言うと残念がっているように見えるだろうか。

 うん、断じてそんなことは無い。……無いはずだ。

 僕はそう一人で、心の中の自分と会話して心の平静を保つ。


 そう言えば、杖を持ってローブを着て魔法に挑戦してみたが、僕の魔法が発動する気配は全く無い。

 アイナも「どうしよっか……」と困っている様だ。

 僕はどうしようもないので、とりあえずアイナへの借金返済を始めることにした。


 魔法の使えない僕に魔法使いの仕事は無理だ。悲しい。

 アイナになにか良い稼ぎ方はないか聞いたところ、モンスター狩りを教えてもらった。

 戦闘経験も積めるし、稼げるし、アイナのトラウマ克服も手伝える一石三鳥の案だ。


 全身甲冑フルアーマーを装備した露出度ゼロのアイナと共に町を出て、近くの平原で兎のモンスターをひたすら狩る。

 このモンスターの毛皮は服屋に持っていくと一匹あたり銅貨二枚で買い取ってもらえるらしい。


 ちなみに銀貨一枚は銅貨百枚の価値で、金貨一枚は銀貨百枚だということも教えて貰った。

 えーっと一匹で銅貨二枚だから……僕は計算するのを辞めた。


 狩りの方法は至ってシンプルだ。

 僕がモンスターの前に出て囮になり、その後ろからアイナが槍でぶっ刺す。それで終わり。なんという弱さだろう。すこし兎モンスターに同情する。


 だけどなんで僕が囮なんだろう。

 実はちょっと恐い。もし怪我したらどうするんだろう。

 僕は治癒魔法使えないし、獣人のアイナにも無理だろうし……。


 「全身甲冑のアイナが囮役やれば怪我の心配もなくていいんじゃない?」


 僕がそう聞いたところ「クレアに言っても良いならそうしよっか」と言われてしまった。

 クレアに言うとは、戦い方の事では無くもちろんパンツ泥棒未遂のことだろう。

 僕はおとなしく囮係りを続けることにした。

 



 朝起きて朝食をとり、出かけて狩りをし、昼ご飯を食べて日が暮れるまで狩る。

 そんな生活が続く。



 お昼ご飯はいつもお弁当だ。

 アイナの全身甲冑は胸部分が巨乳用の様で中には広い空間がある。

 そこにお弁当を入れて出かけているのだ。


 アイナになんで巨乳用にしたのか聞いたところ、せめてもの見栄だと言われ僕は黙るほかなかった。

 


 そういえば僕の借金はあとどれぐらいあるんだろう。

 そもそもいくら借金あるのか聞いてなかった。

 でもこの杖だけで銀貨二十枚だったような……。

 僕は少し憂鬱な気分になってしまう。

 もう狩りを始めてから結構な日が経った気がするが僕の手元にあるのは銀貨一枚と銅貨が十枚だけだ……。

 借金を返せる日は来るのだろうか……。


 憂鬱な気分での一日の狩りが終わり町へと帰る途中、綺麗な金髪の少年に声をかけられた。


 「おい、お前達。俺様の前を横切ったな?」


 いきなりそんな事を僕とアイナに向かって弓を構えて言う金髪の少年。

 目が笑っていない。本気で射つつもりだろうか。

 少し離れた所に数人の人影も見える。こいつの仲間だろうか。


 「どうした? さっさと謝罪しろ」


 なんかカチンときた。

 おいおい、僕は狩りの帰りで疲れてるんだ、怒らせるんじゃない。

 僕はできるだけ恐い顔と低い声を出して威嚇してみる。

 

 「あ? なんだコラやんのかてめー」


 僕の全力の威嚇は田舎のヤンキーみたいだった。

 隣の全身甲冑からは押し殺した笑い声が漏れ聞こえてくる。

 ちょっと恥ずかしい。やめて笑わないで!


 「ふむ、お前達が俺様に謝罪する気はないのだな?

 よろしい、ならばこのアレク・ピレモンがお前に正式な決闘を申し込む」


 「よし、受けてたってやろう」


 僕はノリで答えてやる。もうこうなったらヤケだ。

 隣のアイナは「え、まじで?」って言ってる。

 あれ、もしかしてこれ駄目な奴だった?


 「ほぅ……良い度胸だ、ならば着いてこい」


 アレクの仲間かなと思っていた奴らは、ダッシュで去っていった。

 あいつらこいつの仲間じゃなかったのか?


 アレクに連れられて町へと戻る途中、アイナに決闘の事を詳しく教えて貰う。

 通常の決闘においては相手の命まで奪うのは禁止らしい。

 もし通常の決闘で相手が死亡してしまうと生存している方も死ななければいけないとか。ちょっと僕はビビる。

 決闘こえーよ。やばい、ノリで答えるんじゃなかった。


 さらに、『正式な決闘』を両者が合意で行う場合は、負けた方は勝った方の要求を絶対に飲まなければいけない。

 つまり、死ねって言われたら死なないといけないとか。

 おぅ、なんてこった。マジかよ。やべぇ。

 「お前、死ね」って言われちゃうんじゃないの?


 僕の不安を余所に、町の中の闘技場に着く。

 レンガでできている背の高い円形のスタジアム。でかい。

 どうやらここが決闘の場所らしい。

 参加者はコチラ。観戦者はアチラ。と書かれた看板が見える。

 アレクについて参加者用の入り口から中に入り、周りを見渡してみる。

 闘技場の円周部分は観客席みたいで、アレクの仲間が僕を数メートル上から見下ろして下品に笑っている。強い不快感に僕は苛立つ。

 さっき入ってきた入り口には、鉄の柵が降ろされていて闘いの最中に逃げられないように、また仲間が助けられないようになっているようだ。

 アイナが柵の向こうから手を振っている。

 何という気楽な……。


 僕とアレクがスタジアムの中心で数メートル離れて向き合う。

 一斉にアレクコールが鳴り響く。

 なんというアウェー。

 というかいつのまにこんなに観客集めたんだろう。

 謎だ。

 あ、アイナが一生懸命、僕の名前をコールしてくれてる。

 よし、ちょっと気合い入れよう。


 いつの間にかどこからか現れた執事っぽい爺さんが、僕とアレクの真ん中に立って開始の挨拶をする。


 「ここピレモン闘技場にて、

 これよりアレク・ピレモン対えーっと……

 失礼ですがお名前をよろしいですかな」


 「……ナキア・フィニットです」


 「アレク・ピレモン対ナキア・フィニットの

 『正式な決闘』を行いたいと思います。

 異議の有る方はございませんか?

 ございませんね?

 では、立会人はこの私、ピレモン家に代々仕える

 シェスタ・グレイスが務めます。

 それでは、開始!」 


 始まった。始まってしまった!

 僕はアレクの様子をうかがう。

 弓はまだ背中に背負ったままだ。

 アレクは全然動かない。

 ん? なんだ? なんか喋ってる?


 「おい、そこの雑魚。

 お前に俺のだす要求を教えてやろう。

 お前が連れていた女、あれを俺に寄越せ。

 お前にあの巨乳はもったいない」


 巨乳……? 僕は思わずアイナを見る。

 もしかして全身甲冑の胸見て巨乳だと思ってるのか?

 こいつめっちゃ馬鹿じゃん!


 よし、もう全力で魔法撃ってやろう。

 こんな馬鹿はもう黒こげにしてやる。

 右手に持つ杖をアレクに向け、魔力を集中させる。

 でも、魔法はでない。ですよねー……。


 「ククク、どうした?

 俺様にビビって魔法も撃てないのか?」


 ぐぬぬ、別にビビったわけじゃないんだけど魔法でないし僕は言い返せない。

 よし、とりあえず目的を聞いてみよう。 


 「僕からあの女を奪ってどうするつもりだ?」


 正直、パンツ泥棒の件をクレアに密告される危険がなくなるのならあげても良いかなって思ってる。


 「はぁ? そんなのお前の前で豚に犯させて

 お前の悔しそうな顔を鑑賞するために決まってるだろうが」

 

 僕はその言葉を聞いた瞬間、アイナの過去を思い出している。

 アイナの方から悲しい雰囲気を感じる。

 アイナのトラウマ刺激しやがったなこの馬鹿。

 僕の頭が冷え、代わりに心が熱くなる。


 駄目だなこいつ。

 僕の口から勝手に言葉が出ていく。

 

 「おい、金髪馬鹿。お前だれの女に言ってるかわかってんのか?」

 

 言うと同時にアレクの目の前までダッシュし、手に持っていた杖で思いっきりぶん殴ってやる。

 フルスイングだ。

 前世でバッティングセンターで思いっきりボールを打った時のような痺れが手に伝わる。

 ちょっと快感。

 僕のその動きが予想外だったのか、アレクは全く反応できずにそのまま後ろに倒れてった。

 アレクの股間が濡れている。

 

 「まままままいった」


 金髪馬鹿の声は聞こえない。

 無視だ無視。

 僕はそのまま殴り続ける。

 杖のピンクの魔力宝石オーブが割れ、杖が折れても殴り続ける。

 杖がなくなったら素手で殴る。

 頬の内側で歯が砕ける感触。鼻の骨が折れる感触。

 お腹の柔らかい感触。あばらが折れる音。

 ひたすらに殴り続ける。

 血が飛び散って僕のローブが汚れる。

 あぁクソ! なに汚してくれてんだよ!

 僕は止まらない。殴って殴って殴り続けた。

 僕の拳が切れ血が出ても、息があがっても立会人の爺がやってきて止めるまでひたすら殴ってやった。



 立会人が宣言する。声が少し震えている。


 「勝者、ナキア・フィニット!」


 観客たちは黙ったままだ。

 僕は全てを無視して歩き出す。

 アイナに行こうとだけ言うとアイナにローブを掴んで止められる。

 あぁそうか、要求できるんだったっけ?

 もう忘れてたや。


 「僕からの要求は

 アレク・ピレモン本人から僕の女への謝罪だ。

 謝罪の用意ができたら来い。

 酒場で待っている」


 僕はそう言ってアイナと共に闘技場を後にする。

 目の端でアレクの元へ人が集まり手当しているのが見えた。

 クソ、死ねばいいのに。

 アイナは頭部の防具を外し、僕を見て嬉しそうに笑っている。そんなに僕が勝ったのが嬉しいのだろうか。


 少し歩くとだんだん冷静になってきた。

 もう少し違う要求すればよかっただろうか。

 報復とかされたらどうしよう。

 やばい怖い!

 そんな不安に押しつぶされそうな僕に隣を歩く詐欺乳女が嬉しそうな顔で僕に言う。


 「ねぇねぇ、もう一回『僕の女』って言ってよ~」


 なんてこった。

 冷静な今となっては恥ずかしい。

 なんであんなこと言っちゃったんだろう。

 別にアイナは僕の女じゃないのに……。


 ずっと「ねぇねぇ言ってよ~」とうるさいので、もう一回だけ言ってやることにした。

 人通りが途切れた頃を見計らい、狭い路地に腕を引っ張り連れ込む。

 アイナの持っていた頭部の防具が地面に落ち、金属音が響く。

 壁にアイナを押しつけて僕もその壁に片手を付く。

 いわゆる壁ドンだ。

 さらに反対の手でアイナの顎を少し持ち上げる。

 顎クイッだ。

 顔を近づけてキメキメの声で囁く。

 

 「アイナ、お前は僕の女だよ」


 アイナの顔が真っ赤に染まる。

 アイナの体温が上昇しているのが僕にもわかる。

 単純な奴め。可愛いじゃないか。

 僕はアイナを解放し、酒場へと向かう。

 アイナは静かになった。



 酒場に着いてもアイナは静かで僕の顔を見てくれない。

 ちょっとやりすぎだっただろうか。

 これこそ、クレアに報告されるとやばいかもしれない。

 酒場でアレクを待ちながら僕がそんな事を考えていると、さっきの執事の爺と数人の女がやってくる。

 アレクはいない。

 なんだ?

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