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第二話 魔法使いの格好

 アイナの家での生活はピンク色で始まった。

 朝食はピンク色のパンで、ピンクの飲み物と一緒に出てきた。

 どっちもすごく甘い。甘すぎる。

 パンはイチゴジャムを混ぜて生地を作り、焼く前にもう一度ジャムを塗り、焼きあがったあと、ジャムに漬けたぐらい甘い。風味? 食感? そんな物は強烈な甘みの前ではないに等しい。

 飲み物はまだ、だいぶマシだ。

イチゴミルクとイチゴジャムを半々で混ぜたぐらいの甘さだが……。

 なんとか全部食べ終えると、アイナに


「魔法を使ってみてくれるかな?」


と言われ、僕は右手を前にだし魔力を込める。詠唱もする。

 だけどやっぱり魔法は発動しない。

 その様子を見てアイナは「うーん……」と考え込んでいる。

 しばらく経って、何か思いついたのか口を開く。

 どうなんだろう、僕の『魔法使えない』脱却への道は見つかったのだろうか。

 僕が期待の眼差しで見つめる中、アイナのお腹が鳴った。


 「あー……、とりあえずお昼にしよっか!」

  

 なんにも思いついて無さそうだな。うん。

 でも、お腹を押さえて少し恥ずかしいのか照れ笑いしている仕草に少しキュンとした。これは絶対にクレアにもアイナにも秘密だ。

 

 キッチンでピンクの調理器具を使い、料理を作り始めるアイナを僕は眺めている。

 ただ待っているだけというのも暇だし、申し訳ないので手伝いを申し出たが、断られてしまった。

 アイナ曰く「ナキアに料理ができるとは思えない」だそうだ。

 元二十五歳一人ぐらしの男の料理スキルをいつか披露してやると心に決め、僕は代わりに掃除をする事にする。

 ただ待っているだけなんてクズ男の始まりっぽいし、クレアが迎えにきたときに「ナキアは何にもしてくれなかった」なんて言われたくないしね。


 アイナの許可を取り、ピンクの雑巾で家具や床を拭く。

 が、汚れていない。家具も床も全然汚れてない。

 力をいれて拭いてみても雑巾は綺麗なままだ。

 なんだか意地になってきた僕は乱雑に置かれている家具の山の中に突撃する。

 しかしここにも埃の類は全然溜まっていない。

 僕はテレビなどで見る意地悪な姑の様にチェックし、掃除を開始する。

 

 ククク、僕の目から逃げられると思うなよ埃どもめ! そう心の中で呟き、手の届きにくそうな上の方の家具から拭いていく。

 掃除は上から下へ。昔何かで見た掃除の基本を忠実に守る。


 そうして拭き終わると少しだけ雑巾に汚れが付いていた。

 僕は嬉しさのあまり自分の口角が上がっていくのを止められない。

 フハハ、さぁ次はどこだ?

 タンスか。目の前にあるタンスを拭く。

 扉を開け、扉の裏側も拭く。

 さらに目に付いた引き出しを掃除してやる事に決める。

 引き出しを開ける。

 カラフルな可愛らしい柄の丸められた小さな布がいっぱい詰められている。

 何だろうこれ。

 僕は丸められた布を一枚手に取って広げる。

 あ、パンツだこれ。


 赤い布地に可愛らしいハートマークが描かれている。

 僕は急いで元に戻す。が、焦りと動揺でうまく丸められない。

 ここでちゃんと丸められなかった場合、後に問題になってしまうだろう。

 ちゃんと丸めて何事もなかったかのように振る舞う必要がある。

 大丈夫、大丈夫だ。僕は、クレア一筋だ。アイナに興味はない。

 すぐ後ろから声がする。僕の心臓が鼓動を早める。

 やばい。手にはくしゃくしゃになってしまった赤い布が握られたままだ。 

 とりあえずポケットに布をしまう。

 そして、引き出しから一歩で大きく離れ、今掃除してましたよーの空気を全力で醸し出す。


 「ナキアー、ご飯できた……よ?」


 僕は振り返り返事をする。


 「あ、うん。はい。えっと……掃除終わったよ」


 「もしかして、その引き出し開けた?」


 「え!? あ、あああ開けてないよ!」


 「ほんとに?」アイナはジト目で僕をみている。

 

 「ホントダヨ」僕は目をそらしながら答える。

 

 「じゃあいいけど、その引き出しは開けないでね」


 アイナはそういうとキッチンへと戻っていく。

 あー……よかった。

 ギリギリセーフだった。ってセーフじゃない。

 なんてこった。どうしよう。

 僕のポケットの中では赤いパンツがここにいるぞーって主張するかのように大きな膨らみを作ったままだ。

 

 でも僕は気づく。

 アイナがキッチンに戻った今ってチャンスじゃない?

 僕は音を立てないようにそーっと引き出しへ近づく。


 「ねぇ、なにしてるのかな?」


 僕の後ろから静かに怒気のこもった声が聞こえる。


 「そこの引き出しは開けないで

 って言わなかったっけ?言ったよね?」


 やばい、しまった。いつ戻ってきたんだよ!チクショウ!

 でも大丈夫だ、まだ引き出しあけてない。近づいただけだ。


 「あの、いや埃があったから拭こうかなって……」


 「ほんとーに? でももう掃除はいいからご飯食べようよ」


 僕はそのままアイナにピンク色の食卓へと連行される。

 あぁ僕はパンツを戻すチャンスを失ってしまった。


 アイナの作ってくれたお昼はおいしかったのかもしれないが僕の頭はパンツのことでいっぱいいっぱいだった。

 どうやって戻そうか、そればかり考えていた。

 

 お昼ご飯が終わるとアイナに

 「もしかしたらその格好が駄目な原因じゃない?」と言われた。

 上下共に綿素材の動きやすい服。

 なるほど、確かに魔法使いではないね。町人って感じだ。

 僕が同意すると、装備を買いに行こうと提案される。

 しかし僕はお金を持っていない。パンツはもっているけどね……。

 お金が無い事をアイナに告げると、「いいよー貸しといてあげるー」と言われてしまった。

 借金はしたくないんだけどなー……。


 注意事項や、予算を話しながらお店へと向かう。

 ポケットの中身をどうするかしか考えていなかった僕はすべて聞き流してしまった。

 そうしてやってきた魔法使い専門店はこの町では珍しい木造の建物だった。

 アイナの家と比べるとかなり大きい。

 これ、アイナの家の二倍ぐらいあるんじゃないだろうか。

 入り口の扉は木製で、そこには見るからに複雑そうな魔法陣が描かれている。

 もしかして魔法でしか開けられないのだろうか。

 魔法使いの店だしな。あり得そうだ。

 僕に開けられるのだろうか。


 そう考えて立ち止まっていると、隣のアイナが何してんの? みたいな顔で扉を手で押して入っていった。

 あれ、もしかしてこれ飾りだったの?

 僕も手で押してみる。

 あ、開いた。

 なんてこった。少し顔が赤くなる感じがする。恥ずかしい。


 店に入ると太った男がカウンター越しに出迎えてくれる。

 店主だろうか。

 適当に会釈し店内を物色する事にした。

 店の中にはいろんなものが置いてあるようだ。

 入り口近くには樽とバケツが置かれ、その中にたくさんの杖が乱雑に入れられている。

 サイズはお箸サイズの物からバットほどの物まで様々だ。


 「そこにあるのは一本、銅貨五枚だよ」


 店主がそう教えてくれる。

 その値段が高いのかやすいのかわからないが、おそらく入り口近くで乱雑に陳列されていると言うことは安物なのだろう。

 僕はアイナに言う。


 「あの、アイナ。僕これにしよっかな」


 するとアイナは驚いた顔をして答えてくれる。


 「えーそんなの駄目だよ! 

 そんな安物じゃドッカーンってなったらすぐにバキって折れちゃうよ!

 せめて水晶か魔力宝石オーブの付いてる奴にしようよー」


 なるほど。確かにどうせ買うならもう少し良い物の方がいいのかもしれない。

 苦笑いしている店主を無視し、今度はカウンターの奥の壁に掛けられている杖を眺める。

 サイズはバット程度だろうか。

 少し離れているからか、サイズ感が少しわかりにくい。

 カウンター奥に陳列されている物はどれもが杖の頭に宝石のような物がつけられているようだ。

 値段はさまざまで、一番安いので銀貨二十枚。一番高いのは金貨五枚の様だ。

 宝石の大きさや色で値段が変わっているのかな

 一番高い杖には、大きくて綺麗な透明の宝石が付いている。

 透明の宝石が店内の明かりを反射して綺麗に光っているように見える。

 よし、あれにしよう。

 

 「アイナ、僕あれにしようかな」


 アイナは困惑した表情で苦笑いしている。


 「あ、あのさ、ナキアって物の値段読めないの?

 金貨五枚だよ!? バカじゃないの?」


 なるほど、金貨五枚はバカって言われるぐらい高いのか。

 太った店主も苦笑いだ。


 もうどれがいいのかわからないからアイナに選んで貰うことにした。

 

 「えーっと、ローブも買うから杖は安めの奴にしようかなー?」


 そういうとアイナはなにやら店主と話し出した。

 僕はちょっと店の奥のローブを見てみることにした。

 いろいろな色のローブが並んでいる。

 黒、赤、青、緑、ピンク。

 アイナがピンクにしようって言ってきたらどうしよう。断固拒否だな、なんて思っているとアイナから声がかかる。

 どうやらローブのサイズを計ってくれるらしい。


 僕は店主の手招きでカウンターの奥に入っていく。

 カウンターには店主の奥さんだろうか、店主とよく似た風貌の女性が店主と交代するようにでてきていた。

 

 店主は僕に話しかけながらメジャーのような道具で僕の体を計測していく。

 ローブの色は何色がいいか聞かれたので黒色と即答しておいた。

 店主の手が僕のズボンの膨らみで止まる。

 心なしか険しい顔をしているように見える。

 あ、忘れてた。やばい。僕はパンツを持ったままだった。

 店主はもしかしたら店の品をポケットに隠しているなどと思っているのだろうか。

 ざんねんそれは赤いパンツだ。


 もしもポケットの中身を出してもらえるかな?などと言われたらどうしよう。

 僕の不安をよそに店主はメジャーをしまい、別の道具を出す。

 僕のポケットにその道具を向けなんどか頷いた後、柔和な笑顔を浮かべる。


 「失礼しました、

 そちらのポケットに入っているのは彼女へのプレゼントですかな?」


 ハハハ、そんなわけないじゃないですか。ただのパンツですよ。などとは口が裂けてもいえない。

 僕は「まぁそんなものです」と答え適当に笑っておく。

 店主による計測が終わり、僕はアイナの元へともどる。

 アイナは僕に「ピンクのローブにする?」などと馬鹿なことを言っていた。


 アイナがお金を払ってくれ、僕は杖とローブを受け取り身につける。

 ローブの色は黒で杖は銀貨二十枚の物だ。

 この杖に付いているのはピンクの魔力宝石で、反対の先は鋭く尖っている。

 これならモンスターに突き刺す槍としても使えそうな気がする。

 でも絶対に値段とかじゃなく色で選んだんだろうな……。

 まぁいい。お金を貸してくれて感謝だ。

 僕は早めにお金を返そうと心に決め、店を出る。


 店を出てアイナの家に帰る途中、アイナが上機嫌だったのでどうしたのか聞いてみた。

 

 「えへへー? ナキアちゃーん?

 私に隠し事あるなら早めにいいなよー?」


 僕の顔が一気に青ざめる。

 なぜだ。何故ばれた? いや、でもなんで上機嫌なんだ。もしかしてばれてない?

 でも他に隠し事なんてないし……。

 家に着くまでの間、僕は死んだような顔をしていたと思う。


 家に着くとアイナが何かを待つように僕の顔を見てくる。

 僕はしらばっくれる作戦で行くことにした。

 どうしたんですかアイナさん? と聞く。

 もう限界だったのかアイナが僕の体をまさぐりながら「プレゼントはどこだー!」などと言って笑っている。


 プレゼント? そんなものはない。

 あ、もしかして店主と僕の会話聞いてたのか?

 それで僕からアイナへのプレゼントだと思ったのか?

 それはやばい。まじでやばい。何とかしないと。

 僕はアイナの攻撃から体をよじって逃げようとするが上手くいかない。

 あ、そこは違――。やめ――。


 そうこうしているうちにアイナは僕のポケットの膨らみを触ってしまう。

 あ、終わった。

 アイナは「プレゼント捕ったどー!」と言いながらポケットの中身を勢いよく引っ張り出す。


 現れる赤い布。

 凍る空気。

 

 アイナは別に怒るでも叫ぶでもなく静かに笑みを浮かべ、ふ~ん……私はわかってるよ~、まぁ年頃の男の子だもんね~。みたいな空気で僕を見てくる。

 いや、違うから。マジで違うから! ちょっと待ってそんな顔でみないで。


 僕はとりあえず謝る事にする。

 まず謝罪してそれから弁明するべきだろう。

 大丈夫正直に言えば大丈夫のはずだ。


 「ごめんなさい、あのこれは――」


 「うんうん、わかっているよ少年。

 この件はクレアに相談したりしないさ。

 クレアより私の方がかわいいからってそんな――」


 「いや、あの本当に違うんです! 掃除――」


 「大丈夫。言い訳は必要ないよ。私は全部わかってるからね」


 アイナはそう言うと僕の肩をトン、トンと叩き、パンツを直しに行った。

 だめだった。僕への誤解はとけなかった。というか僕の話はほとんど聞いてくれなかった。

 なんてこった!

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