第一話 アイナとの出会い
あのあと、僕のお腹がチャプチャプと音を立てるようになった頃、アイナは満足したのか話を終えた。
僕とアイナは、三人で泊まっている宿に戻ってきたのだがアレクの姿は無かった。
どうせ、女のところに行っているんだろう。
ここの代金はアレクが払ってくれているので文句はないが……。
クソ、別にうらやましくなんか……。
アイナと別々のベッドに入り、眠る。
明日はアイナと二人で行動だ。
アイナと知り合った頃の事を思い出す。
懐かしい。
――――
モンスターに捕まり拷問されてしまった僕は、火事場の馬鹿魔法的な物でなんとかその窮地を脱出したものの、そのときの反動なのか魔法を使えなくなってしまった。
魔法使いから魔法使えないにジョブチェンジなんて笑えない。
それを魔法の先生であるクレアに相談したところ、そういうトラブルに詳しい知り合いを紹介してもらえる事になった。
そうしてクレアと共に町までやってきた僕はいろいろな事に驚いた。
まず、僕の育った村との規模の違い。
人の数も店の数もぜんぜん違う。
この世界に転生してから小さな村と森しか知らなかった僕には新鮮だ。
だけど、町を行き交う人々の姿に違和感を覚える。
コスプレ? いや、この世界にそんな物あるのか?
戸惑う僕にクレアは綺麗な黒髪を風になびかせながら歩き、そして教えてくれる。
頭から獣耳を生やしているのは獣人族。
猫耳だったり、犬耳、兎耳までいるようだ。
獣人族は体を動かすのは得意だけど、魔法が苦手らしい。
確かに、行き交う獣人達は軽装備で身軽そうだ。
ちょっとケモミミもふもふしてみたい。
次は人族。
これは単純に人だ。
魔法も使えるが、獣人ほど素早くは動けない。
僕は人族らしい。僕の大好きなクレアも人族だと教えてもらった。
クレアと同じ人族で僕はうれしくなる。
最後は高貴なる人族。
綺麗な髪と整った顔、とがった耳以外は普通の人族と変わらない。
魔法が得意で、肉体労働などは苦手なようだ。
エルフだ! 僕の胸が少し高鳴る。
まだまだ他の種族もいるらしいが、この町の住人はだいたいがこの三種族らしい。
僕はずーっときょろきょろしっぱなしだ。
ふと、不安になる。田舎物丸だしになっていないだろうか。
隣を歩くクレアまで田舎物に見えていたらすごく申し訳ない。
僕はきょろきょろするのを辞めて、堂々と歩く。
いきなりどうした? とクレアは笑っている。
そして目的地に到着する。
小さいけれど普通の家。
この町の一般的な煉瓦と木でできているごく普通の家。
第一印象はそれだけだった。
クレアが扉をノックすると、中から元気な声が聞こえ赤い人がでてくる。
いや、赤い人じゃなかった。赤い髪なだけだ。
それで全身甲冑だ。
よく見ると髪の隙間から猫耳が覗く。
獣人!
「はーい、あ! クレアじゃん! どーしたの!?」
「あぁ少し困り事だ。こいつの魔法を使えるようにしてやってほしい」
「ん? この子?」
そう言い僕の事を見る女獣人。
すこし恥ずかしい。僕は自分の格好を確認する。なにも変なところはないだろうか。
僕も女獣人を観察しかえす。
髪型はボブで、整った顔立ちがよく見える、二重の大きな目に長いまつげが綺麗だ。
身長は僕とあまり変わらないか少し低い。170cm弱といったところだろうか。
胸も残念ながら僕とあまり変わらない様だ。
僕が獣人を観察し終えたとき、獣人の方も僕の観察を終えたようだ。
「私はアイナ。二十歳のピチピチです! よろしくね!」
「あ、ナキアです。よろしくお願いします」
「ふふ、緊張してるの?もっと気楽にいこうよ!
とりあえず家に入って話そっか!」
僕とクレアは促されるまま家に入る。
家の中は女の子っぽいピンクの家具がこれでもかーって置かれていた。
そして強烈に甘い匂いがする。でも嫌な感じじゃない。
クレアが部屋を見渡して言う。
「もう少し片づけたらどうだ?」
「えー? どこを?」
「ピンクが激しすぎる」
「そんなことないと思うけど、ナキア君もそう思うよね?」
いや、僕に同意を求められても困る……。
無難に答える事にする。
「えっと……そうですね。
ちょっとピンクが多い気がしますけど、
別に個人の部屋でしたら自由にしても
いいんじゃないかなー?と思います」
「つまり、どういうこと?」
アイナに詰め寄られ僕は困る。
「つまりピンクが多いから片づけたまえ。
と、いうことだよ」
クレアがそう言い、アイナは「もー!」などと怒ったりしている。
そして、「座って」と出された椅子もピンクだった。
何というピンクまみれ。
でも女の子の部屋の空気だ。可愛い。
座って本題を話す。
クレアが僕の魔法使えなくなった経緯を簡単に話し、それをアイナが質問しながら聞いている。
僕に直接質問してこないのは優しさだろうか。
二人が話し終わるまでやることもなさそうなので、僕は椅子に座ったまま部屋の中をじっくり見てみる。
ピンクの棚にピンクの食器ピンクの引き出し。全部ピンクだ!
でも、その中で異彩を放つ銀色の全身甲冑に目が止まる。
アイナは獣人なのに、なぜ全身甲冑があるんだろう。そのうち聞いてみようか。
そんな事を考えていたら、名前を呼ばれていた。
何度か呼ばれていたのだろうか、その声は少し強めだ。
「おい、ナキア。何度も呼んでいるのにどうした?」
「あ、いや、すいませ――」
「あー! もしかして私の部屋気になったのー?
もしかしてパンツ探したりしてた?
もーエッチー! やめてよねー」
アイナはそう言って笑っている。
「あ、いえ、本当に違――」
「む、そうなのか? そうなら嫉妬するんだが。
それにパンツなら私がいくらでも見せてやるぞ。
その先はまた宿屋に戻ってからだがな」
やばい。この人達馬鹿だ。
僕はちゃんと否定して、甲冑について訊いてみる。
「あー。あれはね、私の戦闘用の装備だよ」
「でも、アイナは獣人だよね? 何で全身甲冑なの?」
あれ? 二人が顔を見合わせている。
もしかして地雷だった? 聞いちゃいけない事だった?
しばらくの沈黙の後、アイナが喋り出す。
「私もね、ナキア君と一緒でモンスターに捕まった事があるんだ」
アイナの話は擬音が多く、わかりにくかったがその分、臨場感はたっぷりだ。
要約すると、駆け出しの冒険者だった頃に無数の触手を持つ謎のモンスターに捕まってひたすらに犯されたという話なのだがそれを数時間に渡り、物語として語ってくれた。
正直、興奮した。
目の前で喋る美女が触手に襲われた話を語ってくれているのだ、興奮しない方がおかしいとさえ思える。
「で、まだそのトラウマでモンスターを見ると
素早く動けないからもういっそのこと
全身甲冑着てるってわけなの」
なるほど。そうだったのか。ふむふむ。大変でしたなぁ。
そんな雰囲気の顔を作りながら頷く僕。
決して興奮した事を悟られないようにしないと。
「どう? 私の話で興奮した?」
アイナが笑いながら僕の顔を見つめてくる。
ちょ、だめだってほらまたクレアが怒った顔して僕の事見てるじゃん!
僕はキリッとした顔で答える。
「いえ、アイナさんも大変だったんですね」
ふふ、完璧な答えだ。
僕がそう思っているとクレアが言う。
「ここで本題に戻るが、
同じ様なトラウマを持つもの同士なら何かわかるかもしれない、
こいつの魔法が使えない原因を調べて治してやってほしい」
「んー。おっけー、じゃあよろしくナキア君!」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「私のことは普通にアイナって呼んでいいからね!」
「あ、じゃあ僕もナキアって呼んでください」
僕とアイナがそう言うとクレアは席を立つ。
「よし、じゃあ私は別の方法を探しに行ってくる。
治療法が見つかったら連絡する。
それまではアイナに全て任す、しっかり頼む。
あ、あと私の彼氏だから手は出すなよ。アイナ」
そう言って部屋を出ていく背中に向かって、
アイナは「そんな事しないよー」などと言っているが、クレアは少し不安そうだ。
大丈夫、僕はクレア一筋だ。
僕も「クレア愛してる」と叫ぶとクレアは顔を真っ赤にして嬉しそうにドアを閉めて出て行った。
ピンクの部屋に残された僕は、そのあと日が暮れるまでクレアとの事を根ほり葉ほり聞かれた。
いままで恋愛話とは縁のなかったクレアの彼氏と言うことで興味が半端無いようだ。
僕は快く教えてやり、いかにクレアが好きか語ってやった。
その日、僕はアイナの家に泊まることになった。
男の人を泊めるのは抵抗があるらしいが、クレアの話を聞きたい興味のほうが勝ったらしい。
なんというミーハー女。