1-9 噛み合わない夫婦喧嘩
6/26 加筆、修正しました。
柚葉と夕夏に置いていかれた俺は、急いで服を着替えると慌てて外に出た。
夕夏と柚葉が手を繋いでマンションの前で待っていてくれたので、俺も繋いでもらおうとしたら二人から舌を出されて拒否された。
「冷たいなー。俺も仲間に入れてよ」
しかし、やはり母娘。同じことを言われて再度拒否をされた。
「あなた。バカなとこをとても愛してますけど今日は拒否しますわ」
「パパはバカだからすーっごい好きだけど今日はダメー」
拗ねようかな? 拗ねるぞ? 拗ねてやるぞー!
下を向いてブツブツ言い始めると夕夏と柚葉は笑い出して、二人揃って手を差し伸べてくれた。
そして、俺は人も羨む両手に花を体験させてもらった。
「あなた、どこに行きます?」
「もし柚葉が嫌じゃなかったら、この前のお店に行きたいんだ。夕夏には後で話をするけど、きっかけを貰ったから」
既にどういう流れでどこに就職したかを知っている柚葉は賛成してくれた。
「おかげで大好きなパパが柚葉の為にいい所に就職できたんだもんね」
「二人が行きたいならあたしもいいわ。あなた、あとで詳しく話してくださいね」
お店に着くとオーナーの奥さんが出迎えてくれて「今日は、皆様揃ってのお越しですか。仲がよろしい様子で安堵しましたわ」と、再来店を歓迎してくれた。
店の中は半数ほど席が埋まっていたが、前と同じ席が空いていたのでそこへ案内してくれた。
オーダーは本日のオススメをお任せでお願いした。
「それと、この間のワインとオレンジジュースもお願いします」
「あらまあ、本当に気に入って頂けたのね。嬉しいわ」
料理が運ばれて来るまで間に、このワインを土産として親父に渡したのがきっかけで就職先が決まったこと、夕夏が親父に連絡してくれたおかげで話がこじれないで済んだことなどを話した。
そして、その事に夢中になりすぎて夕夏に気を遣ってあげられなかったことを詫びた。
「だから、本当に夕夏には申し訳無いと思ってるんだ」
「いえ、あなた。お義父様に助けて頂いたことを隠していてごめんなさい。本当なら、隠し事をしてたあたしにあなたを責める資格なんてないのに……」
「それは逆に感謝してる。親父のおかげで夕夏達を助けられたし、俺の所に避難してくれたお陰で二人と家族にもなれた。しかもあれだけ夕夏から穏便にって言われたのに、親父を目の前にしたら俺テンパっちゃってスゴイ啖呵きっちゃてさぁ……」
「だ、大丈夫でしたの?」
「あ、ママ。おじいちゃんがこの前ウチに来たんだよ」
「おじいちゃんって、まさか……お義父様!?」
「柚葉にママと一緒に遊びに来いって言ってたよ」
以前から連絡を取っていて、電話とはいえ結婚の挨拶もした夕夏だが、先代の愛人である自分を屋敷にまで招待を受けるほど親父が許してるとは思っていなかったようで、柚葉の【おじいちゃん】発言にも目を回さんばかりに驚いていた。
しかしそれは夕夏の勘違いで、許すも何も親父や兄貴達は最初から全く怒ってない。
それどころか夕夏達を助けたいから俺のことを気に掛けてるようなもんだ。
しかも親父の本性は柚葉に【おにいちゃん】と呼ばれたいと思っているような痛い人物である。
夕夏と柚葉が屋敷に遊びに行ったら大歓迎されるに決まってる。
「あの、夕夏。その、なんだ。親父達は最初から夕夏達には好意的で自分達で夕夏達を助けたかったけど出来なかっただけで、たまたま助けた俺は頼りなくて、夕夏達が心配だったから手助けしたらしいよ」
「え? え? あたしたちがあなたに迷惑掛けてるからではなくて?」
「そ。俺が頼りなくて夕夏達が心配だったから」
「で、でも、どうして?」
親父は痛い人物で兄貴達は夕夏が美人の出来た人で柚葉は可愛くていい子だったから、って言っていいのかな?
「ま、まあ、みんな思うところがあったみたいだよ。だから、夕夏のおかげで俺の来訪の理由を親父は知っていたから、俺の暴走も笑い飛ばしてくれて助かったんだ」
「それと、柚葉にもまだ言ってないんだけど……総帥の息子として仕事する訳じゃないってのはさっき言ったけど……」
「そうね、あなた。普通に働くにはいらない肩書きですもんね」
「パパは柚葉の為に普通のお仕事を選んでくれたんだもんね」
そう言ってくれると思っていたし、そう言えるのは夕夏と柚葉の二人だけだよ。
「だからそれが周りにバレるとマズイんだけど、もう一つバレたらもっとマズイことがあるんだ」
「まだあるんだー。パパはママより秘密人間なんだね」
そう言いながら柚葉はすでに出されていたジュースに手をかけた。
「俺、その会社の筆頭株主らしいんだ」
ブフォ! x2
柚葉だけじゃなくて、たまたまワイングラスを口に当ててた夕夏までグラスの中に吹いた。
「あ、あの会社って、パパ、誰でも知ってるすごい大きい会社だよね?」
「らしいって、あなた知らなかったんですか?」
「俺が相続した株は、ウチの会社の株だけだと思ってたし、一度も貸金庫から出したことがないから」
なに?
なんで?
なんで二人ともそんなに寂しい目で俺を見るの?
そこは、パパスゴイーとか言ってくれるとこじゃないの?
「ママ、ごめんなさい。柚葉がもっとしっかりパパを教育していれば……」
「いいえ、柚葉。ママの責任です。パパのバカがこれほどとは思わず読み違えてたのですから」
すいません、話を続けていいですか?
「と、とにかくそれがバレると雇ってくれた社長に迷惑がかかるんだ」
「当然ですわ、あなた。縁故入社というだけでもあまりいい顔はされないのに、まして……」
「パパの会社の社長さん、凄い人だねー。普通絶対に雇わないよ。だってパパに社長を乗っ取られるかも知れないんだから!」
二人とも現実をちゃんと認識している。俺はやはり柚葉以下か……
運ばれてきた料理は見栄えも味も素晴らしく、やはりオーナーはセンスの光る人だと思った。
「正直、屋敷やパーティーで何回もフレンチは食べたはずだけど、全くどんなだったか覚えてないんだよね。間違いなくみんな一流のシェフの料理だったはずなのに。でも、ここの料理は一口ごとに感動があると言うか料理に心が込もってると言うか……自分の感性が豊かになる気がするんだよね」
「あたしもあの人に連れられて何度か食べただけですけど、あたしもそんな気がするわ。それに家族が一緒という事もありますけど、あなたが成長したってことが一番じゃないかしら?」
「やっぱりそうかー。それも夕夏と柚葉のおかげだな。あとそれに気付かせてくれたオーナーの料理にも感謝しないとね。」
「それはお互い様ですわ。あたしは孤児でしたから、あなたのお陰で家族一緒の幸せを初めて感じる事が出来ました」
柚葉は二人の会話を微笑ましく感じているらしく、優しげな瞳で俺達を見つめていた。
「ねえ、ママ。披露宴には何人ぐらい友達呼ぶの?」
「来れそうなのは五人ぐらいかしら?」
「パパは?」
「親父と兄貴達は来るらしいから、その家族を入れると……子供を入れて9人ぐらいかな?」
「じゃあ、ここのお店でやれば? その人数ならちょうどいいんじゃない?」
確かにこの店ならその人数でも余裕だが問題もあった。
「無理よ柚葉! パパの家族なら問題ないけど、ママの友達は絶対にフレンチのマナーなんて知らないからパパに恥を掻かせちゃうわ!」
夕夏が慌てて柚葉の提案を否定していると、突然、誰かが話に入ってきたs。
「なんのご相談ですかな?」
俺たちは揃ってその声が聞こえた方を向いた。
話に夢中になりすぎてて誰も気付かなかったが、そこには手が空いたらしいオーナーが最後のデザートを持って立っていた。
オーナーと一緒に来た奥さんもティーカップを並べて紅茶を淹れながら「問題がお有りならご相談に乗りますよ」と俺達の話が半分聞こえたらしくそう言ってくれた。
「実は諸事情で式は挙げないんですけど、友人や家族だけを呼んだ身内だけの小さい披露宴を開く予定なんです。それで娘がここを使わせて頂いたらいいんじゃないかと言ったんですが、妻の友人はフレンチのマナーが分からないだろうと。それに子供も来るだろうし」
するとオーナーと奥さんがクスクス笑いだした。
「そんなものは何の障害にもなりませんよ」
「と、いいますと?」
「お店のメニューにはありませんが、自宅によく私の友人を招きその時はフレンチのおつまみや小鉢、串焼きなどを作っています」
そしてその友人達にフレンチのマナーを知ってる人などいないと言いながら笑っていた。
「よろしければ立食形式の子供から大人まで楽しめるものをご用意しますよ」
(それならみんなが一緒でも楽しめるかも)
同じ事を思った三人がこの提案に乗らない訳がなかった。
「「「是非、お願いします」」」
後日披露宴の日時が決まり次第連絡しますと伝えて帰路についた。
帰りもまた俺を真ん中にしてくれて、二人に手を繋がれウチへ帰った。
翌日からは家事を全て夕夏がしてくれた。
仕事が始まるまで暇な俺は、またネットで調べごとをしていたが、柚葉が帰って来たので俺は部屋を柚葉に開け渡してリビングに向かおうとした。
1LDKだから部屋が一つしかない。いくら広い部屋でも中学生になった柚葉の着替えを見ている訳にいかないからだ。
「パパ。柚葉がパパのお陰でどれだけ成長したか見たい?」
「ママに殺されるから、ごめんなさい」
これは毎日交わされる日課のような会話だ。
「明日こそ見たいってパパに言わせる様に柚葉頑張るね!」
柚葉さん、頑張る方向が間違っていますよ。
俺がリビングに来ると夕夏がテーブルの椅子に座っていた。
誰かと電話で話をしているが、表情がちょっと浮かない。
通話が終わると悩んでいる様子で、ただ漠然と天井を見上げていた。
ソファに座っていた俺は、夕夏の様子が気になって声を掛けた。
「どうしたの? 浮かない顔して」
夕夏が電話をしていた相手は披露宴に呼びたい孤児院時代の友人だった。
そのうちの何人かは子供がいてご主人に相談したが子供を家に残すと世話の問題があり、子供を連れて行くとなると旅費や宿泊費などが厳しくなる。
夕夏の友人たちは皆遠方に住んでいて、一番仲の良かったシングルマザーの友人も、出来るだけ何とかするとは言っていたが多分ダメだろうということだった。
「夕夏、お願いがあるんだけど?」
「あなた、なあに?」
突然の俺のお願いを不思議と感じながらも聞き返してくれた。
「その人達を俺が招待したらダメかな? お世話になった夕夏の友達にお礼を言いたいんだ。俺が今新しい家族と幸せになれたのはその人達のお陰もあるんだから。それに、俺が夕夏の晴れ姿を友達に見せてあげたい」
「でも、あなた……」
「夕夏が嫌だって言うなら諦めるけど、俺は夕夏を絶対に離さないから二度と見せられなくなるよ?」
「あなた……」
「俺の自慢のお嫁さんをみんなに見せたいなんて普通でしょ?」
「あなた……ありがとう」
申し訳なさそうにしてる沈んだ顔は似合わないよ。
「じゃあ、早く連絡してあげてね。お金はクローゼットの中のダンボールに入ってるからいくら使ってもいいよ」
「ダンボール? ……そんなところにそんな大金を?」
「と、とりあえず、お金取ってきてみんなに早く電話して欲しいな!」
「今回は優しい旦那様に免じて不問にしてあげますね」
そう言うと夕夏は部屋へ向かった。
あぶねー。お金をダンボールで保管するのはダメってことだな。次から気を付けよう。
キャーーーーーーーーー!!! x2
何の前触れもなく、突然部屋から夕夏と柚葉の悲鳴が聞こえた。
慌てて駆けつけた俺が見たのモノは、呆然としている二人の姿だった。
「ど、ど、どうしたの二人とも!?」
「あなた……これはいったい何ですか?」
「え? お金だけど?」
「あ、あなた…………いくら……」
「いくら??」
いくらじゃなくてお金だけど?
「パパ……これいくらあるの?」
急に聞かれても数えてないから正確には分からないけど…
「たぶん……9200万ぐらいかな?」
プチン!
そんな音が聞こえた様な気がした。
「あなた! あたしは愛する優しい旦那様がバカなのは知ってます。でも物には限度があります。普通はどんなバカでも大金なら隠します。でも開けたところにそのまま置くようなバカはあなただけです! それと、このダンボールはなんですか?」
「引越し屋からもらったダンボールだけど?」
「ということは5年以上もこのままだったんですか!?」
「だっていちいち銀行行くのめんどくさいし……」
「あなたーーーーー!!!」
「ママやめて。柚葉が謝るから。パパのバカを直せなかった柚葉が悪いの。だからバカなパパを怒らないで。パパのバカを許してあげて」
柚葉さん、それは庇ってるつもりなんですか?
「じゃ、じゃあ夕夏が管理してよ。俺の預金とか株とか。これから働くから必要ないし!」
「お断りです! あなたが働いた給料を管理するのは妻として当然の仕事です。ですが、これは妻の仕事に入りません!」
「どっちもお金なんだから一緒じゃん!」
「違います!!!」
こうしてまだ結婚すらしてない二人の初夫婦喧嘩が始まった。
次回、柚葉が冴える…