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1-8 深い家族の愛

6/24 加筆、修正しました。

 リビングのソファテーブルには柚葉が部活で使っている裁縫道具や縫いかけの洋服や型紙などが置かれていたが、それらを手早く片付けて紅茶の用意をしてくれた。


「おじいちゃん、ウチは誰もコーヒーを飲まないので紅茶しかないけどいいですか?」


「ああ、ありがとう。今日は柚葉ちゃんのバカパパがどんな生活をしてるか、見てみたかっただけだから気は使わんでくれ。まあ、ちゃんと片付いてるようだし柚葉ちゃんと夕夏さんがしっかりしてるから心配はしてなかったんだが、いろいろ手間をかけさせてしまってすまなかったね」


「柚葉って呼んで下さい、おじいちゃん。パパはダメニートでしたけど、今はお掃除やお洗濯も出来る様になりました。それに大好きなパパのお世話だから苦でもなかったですよ」


「そう言ってくれると嬉しいが……しかし、これは予想以上だな。こいつの兄たちがこれを聞いたら怒り狂うかもしれん」


「あ、パパのお兄さんたちにも、いろいろありがとうございましたって伝えてもらえますか?」


「お礼なんか必要ないぞ。あいつらもこんなダメパパの面倒を見させてしまって申し訳なく思っているからな」


 兄貴達までなんかしてくれてたのか。まあ、そうだとしても……みんなヒドくない? 自宅に居ながらにして何なのこの異様なアウェー感は。



 親父は長居をせず、柚葉に夕夏が帰って来たら屋敷に遊びに来るようにと言ってソファから立ち上がった。その際、柚葉に手招きをして耳打ちをした。


「ホントに!? おじいちゃん、ありがとう!」


「ママに伝えて連絡くれよ」


「うん、分かった! おじいちゃん、大好き!!」


 何を伝えていたかは聞こえなかったが親父が「これが『おにいちゃん』大好き、だったら完璧だったのに」と小さく呟いたのは聞こえた。


 親父を見送ったあとリビングに戻ると、柚葉をソファに座らせて今日の事を話した。


「恥ずかしい想いをさせてごめんな。これからは柚葉が先生や友達にちゃんと紹介出来るパパを目指して頑張るから」


 柚葉は俺の言葉に感銘を受けた様子で目に涙を浮かべていたが、出てきた言葉は全く関係のないことだった。


「パパのスーツ姿カッコイイね。柚葉、パパとは結婚出来ないけど、パパ似のいい子をちゃんと作るから大丈夫だよ」


 柚葉さん、話の是非はともかく叔母と甥という血族関係を忘れてませんか?


 親父が柚葉に何を耳打ちしたかは「ひみつー。でもすぐ分かる日が来るから」と嬉しそうに言うので、仕方なくその日を待つことにした。


 夕夏が帰って来るまで家事は全て俺がやろうとしたが柚葉は譲らず、結局いつも通りに二人でこなす事になった。


 柚葉が学校に行っているあいだに自分の役割分の家事を終えて、そのあとネットで自分の会社や扱っている商品、どういった店や小売店が仕入れているのかを調べて学んでいた。


 俺の嫁が出かけてから10日後、予定より数日早く俺がすっかり忘れている問題と新たな波乱を土産に魔王と化した嫁が帰ってきた。


 魔王が帰って来た時はまだ柚葉は学校から帰っておらず、事態を察知すら出来なかった俺は無防備に出迎えてしまった。


「夕夏、おかえりー。予定より早かったんだね。俺は寂しかったから嬉しいけど、もう少しゆっくりしてきても良かったのに」


「ただいま、あなた。ええ、みんなにはそんなに早く帰らないでもっとゆっくりとあなたの話を聞かせて欲しいと言われましたけど、早く帰らればならない緊急事態になりましたからね」


「ど、どうしたの? ウチは何も変わらずいつも通りだったけど?」


 夕夏の迫力に思わず吃ってしまった。


「怪しいですわね、浮気者の旦那様」


 浮気者? ……そうだ、思い出した!

 そういえば夕夏は携帯の事で怒ってたんだ。


「あなた、その顔はすっかり忘れてたという意味ですね?」


「ごめん、いろいろしてたからつい……」


「柚葉とですか!? 確かにニートのあなたがいろいろすることなんて他にないですからね!」


 ヤバイヤバイヤバイ。何も悪い事はしてないけど何か言い訳をしなくては!


「それに携帯電話は何の為にあるか知ってますか? 電話をする為にあるんですよ! それなのにあなたはあれ以来一度も掛けてきてくれないし……三十路を過ぎてダメかもって諦めかけたときあなたの様子が少しずつ変わって……もしかしてと思ったけどまた1年近くも……あたしだって……3年も待ってたのに……」


 夕夏の目にはもう溢れんばかりの涙が溜まっていた。


 悪い事してなくなかった。夕夏が怒っているのを忘れていて、そのことを気にかけて電話もしてあげなかった。俺はホントにダメな男だな。そんな男の為に夕夏はずっと自分の時間を使ってくれてたのに……


「夕夏、本当にごめんなさい。俺は夕夏と柚葉の為に出来ることしようと考えすぎて、肝心の夕夏に気を使ってあげられなかった」


「あたしたちのためって、あなたは何をしてたの?」


 そう責めるように俺に尋ねると、夕夏の涙の泉は決壊した。


「実は俺……就職したんだ。ただの営業サラリーマンだけど。仕事は再来月からだから、その前に会社の事とか良く知りたくてネットばかり見てて……夕夏のこと忘れた訳じゃないけど夢中になり過ぎてた」


 夕夏は驚きのあまりに目を大きく見開き、さらに泉から涙を溢れさせた。


「あなた、まさか柚葉の為に……?」


「きっかけはそうだけど、もっと早くにしなければいけなかった事だし、柚葉の為とかじゃなくて俺が夕夏と柚葉に対して恥ずかしくない人間になりたかったから」


 夕夏の涙はもう止まらなかった。

 俺に抱きつき何も言わずにずっと泣いていた。


 泣き止まない夕夏の靴を脱がせ、抱き上げて柚葉のベッドまで運び座らせた。

 俺はそれ以上は何も出来ず「ごめんなさい、あなたごめんなさい」と俺に訴えながら泣き続ける夕夏を、罪悪感を感じながらただ抱きしめていた。


 泣き止んだときには、泣き疲れてか夕夏は寝てしまっていた。恐らく走ったりしながら急いで帰って来たのだろう。柚葉の大きいベッドにそのまま寝かせた。


 自分の嫁相手でも寝ている女性の服を脱がせる勇気はないので、ボタンだけ外して服を緩め布団をかけてから、部屋の扉を閉めリビングのソファに倒れ込んだ。


 数時間そのまま俺はソファ倒れていたようだった。夕夏の事をずっと考えていて帰って来た柚葉が玄関から声を掛けても気付かなかったが、リビングに入って来た人影に気付き顔を上げると怪訝そうな顔の柚葉が立っていた。


「パパ、どうしたの!?」


 俺は泣いていたらしい。


「俺、自信なくなっちゃった……」


 夕夏と柚葉の為もあるとはいえ、その夕夏に気遣う事も出来ずに泣かせてしまったことを柚葉にそのまま話した。


「それはママと柚葉が悪いんだから! ちょっと待ってて」


 そう言って柚葉は部屋に向かって駆けて出した。夕夏は部屋で寝ていると伝えたので夕夏と話をしに行ったのだろう。


 夕夏は既に起きていたようで、部屋に入ってすぐ柚葉の初めて聞く怒り声が聞こえた。


 数分後、泣き腫らした顔の夕夏はまだ怒っている柚葉に連れられてリビングに来ると「ごめんなさい」と一言だけ言ってその場で黙って下を向いたまま俺の近くまで寄ろうとはしなかった。


 とうとう嫌われちゃったな。まだ結婚もしてないのに……

 夕夏を見ながらそう考えている俺の顔を見た柚葉は、夕夏にさらなる発言を求めた。


「ママ、他に言うことないの!? いくらパパが世界一優しい人でもいつか嫌われちゃうからね!」


 柚葉、嫌われたのは俺の方だよ……


「ママ! 見なさいよパパの顔! どう見てもママを泣かせて嫌われてしまったっていう顔してるでしょ! ママが自分でパパに何か言ってあげて!」


 やはり母娘。俺の考えてることなどお見通しだな。


 そんな事を虚ろな気分で考えていると、夕夏が口を開くのもツラいという様子で話しかけてきた。


「あなた……本当にごめんなさい。そんなことないと分かっていて疑ってさえいないのに……プロポーズされてこれからずっとあなたと一緒にいられることが嬉しくて……出かけているあいだ、ううん3年間ずっとあなたの事ばかり考えていたからこんな程度の事で自分を止められなくなってしまって……嫌われたくないのに」


 そうか……この気持ちはお互い様だったんだね。ごめん、夕夏。待たせたうえに不安にまでさせてしまうなんて。


「ごめん、夕夏。俺も夕夏に嫌われたくないとばかり考えてたから、早く何かしないといけないって焦ってた。俺には夕夏が必要で、ずっと一緒にいたい。夕夏は俺がバカなことをしたら怒ってもいいから俺の気持ちは変わらないことだけは信じて。だから俺の近くまで来てくれないかな?」


 夕夏はまた涙を流したが小さく頷くと俺の前まで来ると俺は夕夏を抱きしめた。

 その姿を見た柚葉は「余計なことしてパパの2号さんになる夢が遠のいちゃった」と聞こえないぐらいの小声で言うと部屋の中へ戻って行った。


 夕夏があまりにも可愛く見えたので思わずキスをしてしまったが、こんな時こんな事していいのかな? と考えてる事が顔に出ていたらしく、夕夏もキスを返してくれた。


 そのあとお互い恥ずかしくてしばらく抱き合ったまま動けなかったが、夕夏が先に顔を上げて「柚葉にお礼をしなくちゃね。あなたの就職祝いを兼ねて今日は外食する?」と無理に笑顔を作って聞いてきた。これから料理を作る雰囲気でもないので俺も賛成した。


「じゃあ、二人で柚葉にお礼を言って食事に誘おうか?」


「そうね……いえ、やっぱりあたし一人でいいわ。あなたはここで待ってて。いい? 絶対来ちゃだめよ」


 理由は分からないが、そこまで言うなら分かったとしか言えない。


「じゃあ、頼むね。準備出来たら呼んで」


「分かったわ」と夕夏は言うと、廊下に落ちていた旅から持って帰ってきた自分のカバンを拾い部屋に入って行った。


 そして30分程して今度は夕夏が柚葉を連れて来た。


 柚葉は恐らく夕夏がお土産に買ってきた見た事のない服を着ていた。すごく似合いで可愛いのだが柚葉は少し俯き加減だったので、柚葉の顔を覗き込むと目元に夕夏と同じような少し泣いた跡があった。


「柚葉、大丈夫か!? 具合が悪いのか? どこか痛いのか?」


 そうだったら食事どころじゃないと慌てた俺に夕夏が答えた。


「あなた、大丈夫ですよ。ハシカみたいなものだから。それに……もしあなたよりあたしが先に死んだらあたしの大事なモノを柚葉のモノにしても絶対恨んで化けて出ないと誓約させられましたし、苦渋の決断でしたがあなたの一番を譲りましたから大丈夫よ」


 俺の一番? ああ、携帯のメモリーか……それが話の発端だもんな。でも、それが苦渋の決断なら夕夏の大事なモノは大したモノじゃないのか?? それにしても……


「何を誓約して大丈夫なのかは分からないけど、ハシカなら病院とか行った方が…」


と、までは言えたが、突然復活したかの様な柚葉の声に遮られた。


「パパ!」


「は、はい。大丈夫か柚葉?」


「パパには絶対感染らないから大丈夫! これ以上感染者が出たらホントに困るから、ぜーったい他の人にはウツさせないからね!」


 そう言い放つと柚葉は顔を赤くしながら玄関から出て行った。


「夕夏。柚葉はどうしたんだ一体? あれか? 柚葉もお年頃だから俗にいう『ツン』状態とか言うやつかな? でも顔も赤かったからやっぱり熱があって具合悪いんじゃないの?」


「あなた、そこまで分かって何故その先はないのかしら…柚葉がまた泣きますよ?」


「その先? 『スーパーツン』とかあるのか?」


「ごめんなさい、あなた。あたしが悪かったわ。柚葉のパパはバカだって失念してました。さあ、早く行きましょう」


 なにか無性に納得いかないが夕夏も俺を置き去りにしてさっさと玄関から出て行ってしまったのでどうしようもなかった。


次回、夫婦喧嘩勃発…

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