1-3 気づいた関係
6/24 加筆、修正しました。
あれから10年経った……
いろんな事があり、現在も柚葉は俺と一緒に生活をしている。
「パパ、ただいまー。ママ、もう帰ってきてる?」
今は服飾関係の専門学校に通う柚葉は19歳になった。
学校から帰って来た柚葉は玄関のドアを開けて中へ入ってくると、ちょうど廊下にいた俺にそう聞いてきた。
「おねえちゃん、おかえりなさい」
「ねーちゃん、おかえりー。ママはまだだよー」
柚葉の声を聞きつけてテーブルでおやつを食べていたはずのチビ達が柚葉に駆け寄り、口に生クリームを付けたまま抱き付いて、俺より先に柚葉の質問に答えていた。
「ただいま。二人共おやつ食べてたんだ? たくさん食べたらダメですよ?」
「パパがこれだけっていったからだいしょうぶだよ」
「パパはけちだからちょっとしかくれなかった」
二人のチビ達は姉の柚葉にそれぞれ答え、それらを聞いた柚葉は「パパも成長したねー」と言いながら、ちょっとニヤついた顔で俺の方を見た。
柚葉が子供の頃、俺はホールのままケーキを出して柚葉に食べさせていた時の事を思いだして赤面した。
「おかえり、柚葉。先生が優秀だったから成長もするさ」
俺は7年前に結婚した。
その1年後、この双子のチビ達が生まれた。男の子と女の子が一人ずつで、俺より柚葉に懐いている。
まあ、頼りないパパより面倒見の良いしっかり者の姉に懐くのは当たり前のことなのだが。
俺の親族が引き起こした問題で柚葉を預かる事になってから、柚葉のお願いで家事を手伝う日々が続いた。
そのうち自発的に片付けや掃除を手伝うようになり、1年後には役割分担をして家事を行うようになった。
その頃はまだ柚葉の為にやっていると考えていたが、2年もすればさすがに俺も柚葉が俺の為に、常識や当たり前の事が出来るように教えてくれているのだと気が付いた。
そうすると、無理難題だと思っていた夕夏のお願いは、自覚のないニートの俺を外に連れ出してくれたり、一緒に料理や食事をして人とのつき合い方を教えてくれていたのだと理解出来るようになった。
夕夏の事を勘違いしていた俺は申し訳なさでいっぱいだったが、謝って感謝を述べようにも本人は不在なので、ただひたすら夕夏が今までしてくれた事を毎日考えていた。
2、3ヶ月に一度は夕夏が戻ってくる。
やっと帰ってきた夕夏を目の前にした俺は、急に考えていた言葉が何も出て来なくなり、顔を合わせるたびにそれを繰り返していたので俺の態度は変に見えたはずだが、夕夏は何も言わずに優しい笑顔を浮かべたままだった。
数日すると夕夏はまた何処かへ出かけてしまった。
夕夏が傍にいないと思うと、どうしようもない程の寂しさを感じるようになり、また夕夏の事ばかり毎日考えていた。
夕夏は優しい。柚葉を守る為だけではなく俺の為にも柚葉を残してくれた。
そして美人で性格も良くてお金では出来ない事をしてくれる。そんな夕夏を好きにならない訳がなかった。
昔は何も先入観が無かったからただ好きだと思うことが出来ていたのに、俺はどこで間違えてあんな勘違いをしたんだろう?
そしてそんな俺のバカな勘違いや間違い全てを正してくれている柚葉。
その二人がいない生活なんてもう考えられない。
どうにか素直に謝ってずっと一緒に居てもらえる様にお願いする事を考えた。
しかし何て言えば夕夏は俺の傍に居てくれるか思いつかないまま一年近く過ぎて、その間は夕夏が帰ってきてもマトモに顔も見れなくなっていた。
ある日突然気が付いたことがあった。
それは、夕夏と俺が半年で別れた理由だった。
じいさんと関係があった夕夏と孫の俺が付き合っていると噂になれば柚葉に可哀想な想いをさせてしまう。
それが理由だったはずだ。
だったら【じいさんが死んでから6年近く経った今なら世間にはその事を覚えてる人はいないのでは?】ということに思い当たった。
そう言えば、もう旅に出る必要はなくウチで一緒に住んでも問題ないと説得出来るのではないかと考えた。
好かれている自信はなく、ただ自分が一緒に居たいというだけの理由しかない俺は上手くいかない時の事も考えたが、夕夏は優しいからもしかして一緒にいてくれるかもという期待もあった。
そして、柚葉と二人で生活を始めてから約3年経ったある日、夕夏が帰って来た。
「あ、ゆうくんただいま。まだ柚葉は帰って来てないのかしら?」
1年ほど前に渡した合鍵を使い夕夏は鍵を開けて、玄関で靴を脱ぎながらリビングにいる俺に声をかけてきた。
待ちに待ったこの瞬間に気が早り玄関まで駆け寄ると「話がある」と言って、まだ片方しか靴を脱いでいない夕夏の手を握り締め、リビングまで引っ張って行き、ソファに座らせた。
キョトンという顔の夕夏の向かいに座り自分を落ち着かせようと深呼吸をしていると、段々夕夏の顔色が変わり「柚葉に何かあったの?」と心配になって聞いてきた。
「いや、柚葉には何もない。学校へ行っててまだ帰ってないだけだ」
さすがに慌て過ぎた事を反省し、まだ不審顔の夕夏の靴を脱がせて、俺がそれを玄関まで置きに行った。
リビングに戻り夕夏の向かいに座り直し、恐る恐る夕夏の顔色を伺った。不審顔だが31歳の夕夏は美人でまだ20代前半にも見える。
決心したハズだが、なかなか切り出せないまま段々恥ずかしくなってきて、マトモに顔も見れなくなったとき「一体どうしたの?」と夕夏の方から切り出した。
「夕夏と結婚したいんだけどダメかな?」
予定と違う!!
焦った俺は建前を忘れて、最終的に望んでいた事が真っ先に出てしまった。
「ぷっ、くすくすくす……」
最初は唖然とした顔で俺を見つめていたが、突然笑いだし、拳を口に当て下を向きながら笑い続けた。
どうしよう……呆れられたかな、嫌われたかな……と、思ったが夕夏は別のことを質問してきた。
「ゆうくん、ホントは何て言いたかったの?」
「じんさんが死んでからもう6年も経つから一緒に住んでもそろそろ大丈夫じゃないかなと……」
今さら、すらすら言えても、もう遅いよ……本音もバレちゃって夕夏が呆れて笑ってるし。
「じゃあ、ゆうくんはこのお粗末なプロポーズは本気じゃないの?」
「それは……そう言いたかったけど、夕夏に好かれてると思えないし……一緒に住めば今までの事も謝れるし、感謝も伝えられると思って。でも夕夏の顔を見たら言おうとしてたこと全部忘れちゃって、つい本音が出ちゃったんだ」
夕夏は不思議なことに嬉しそうな笑顔になった。
「そろそろ何かあるかなとは思ってたけど、まさか『つき合う』とか『一緒に住もう』とかを全部すっ飛ばしてプロポーズが飛び出すなんて夢かと思ったわ。でも、ゆうくんはプロポーズは本音だって言ったくれたよね? じゃあ、そのプロポーズ受けてもいい? 必要なモノは後でもいいから」
「えっ?? あっ! ゆ、指輪? 受けるって? プロポーズを? どういう意味?」
「モチロンYESっていう意味よ。ゆうくんが次にプロポーズしてくれるまで待ってたらおばあちゃんになりそうだもん。だからこれ以上望むのは贅沢かなーって。長い間待ってた甲斐があったわ」
「待たせてたんだ…」
「そうよ。最近パパの様子が一段とおかしくなってるって柚葉が連絡くれたから、今度会いに来たら何かあるかなぁって期待してたら、いきなりプロポーズからなんだもん、ビックリよ」
「え? 柚葉から連絡って??」
「ゆうくん、世の中には携帯電話って便利な道具があるのよ」
そういえば、柚葉はよく俺を見ながら携帯電話をぽちぽち押してたな。あれメールしてたのか。
バイト先に書いた連絡先は屋敷の電話番号だし、柚葉を預かるときにそのバイトも辞めたし、俺には電話で連絡をしたい相手もいないからそんな事思いつきもしなかった。パソコンがあれば必要ないし欲しいとも思わなかったからな。
「だから安いのでいいから婚約指輪は用意してね。子供はいるけど、結婚するのもプロポーズされるのも初めてだから、やっぱり形のあるものが欲しい。あたしだって女なんですから」
「そ、そうだよね! 今買ってくるから」
そう言って俺は部屋を飛び出そうとしたが、ガシッと肩を掴まれ止められた。
「ホント世話の焼ける旦那様なんだから……それは後でいいの。だいたいゆうくんは指輪がどこで売ってるか知ってるの?」
「……知らないかも」
「だから明日一緒に買いに行きましょう。それより柚葉には二人で話します? もうすぐ帰って来るのでしょう?」
「んー……それは俺が話すよ。静かなレストランとかに行って、ちゃんと話したいから」
「柚葉にはちゃんと話をしたいだなんて……もうYESって言っちゃいましたけど、あたしは玄関先で靴も脱がしてもらえないまま連れて来られてかぁ……」
返す言葉がない。これから夕夏とずっと一緒にいられことが出来ると安心したら、ついカッコつけたくなってしまったのがアダとなった。
「まあ、いいわ。じゃあ、明日一緒に指輪を買いに行って、良さそうなお店を探して、ついでに服も買いましょう。せっかくゆうくんがカッコつけたくなったみたいだから」
なぜ、見透かされた!?
「いいの? なんか凄い悪い気がしてきた…」
「いいのよ。だってこれからはずっとみんな一緒なんですから。ちゃんとあたしも大事にしてくれます?」
「これから一生大事に夕夏と柚葉を面倒みるから」
「今なら素直に宜しくお願いします、と言えるわ」
そう言って夕夏は嬉しそうに抱きついてきた。
俺は前代未聞のプロポーズをしてしまったが、初めて幸せだという気持ちを感じた。
そのあと、夕夏はここに来る前に自分で買ってきた材料で夕食を作り始めると、柚葉がちょうど帰ってきて夕夏を見つけるなり抱きついていた。そして柚葉はカバンを部屋に置くと手を洗ってから夕食の準備を手伝い始めた。
柚葉はもう中学生だ。
被服部に入っていて帰りはいつも夕方を過ぎるので、帰るとすぐに夕食の準備をしていた。
食事中も夕夏は何事もなかったように柚葉と楽しそうに会話をしていたが、隠し事の苦手な俺はソワソワしてしまい、柚葉はそれに気付いて何かピンときた顔をしたが何も言わなかった。
翌朝、柚葉が学校に行く前に帰りの時間を確認したあと、午前中はウチで二人の時間をゆっくり過ごし、夕夏が作ってくれたお昼を食べてから街へ出掛けた。
高級ではないが良さそうな宝石店を見つけると夕夏は俺の手を引いて二人で中へ入った。
宝石店など初めて入ったがショーケースの中にずらりと指輪などが飾ってあり目的に合う指輪を探した。
夕夏は店員を呼び、あれこれ見せてもらうと逐一似合うかどうか聞いてきたが、全くセンスのない俺はどれも似合うとしか言えなかった。
「夕夏の好きなのでいいよ。俺、こういうの全く分からないから」
「全く張合いがないわね、ゆうくんは。ホントお金持ちの御曹子とは思えないわ……まあ、ゆうくんだから仕方ないけど。じゃあ、これにするわ。一番可愛いから」
夕夏が選んだ指輪は細めのリングに可愛い台座があり、綺麗にカットされた石が付いていたが大して高くないモノだった。
「こんなに安いのでいいの? 別にいくらでもいいよ。確かこういうのって給料3ヶ月分とかじゃないの?」
夕夏が選んだ指輪は普通のサラリーマンの給料半月分もしない値段だった。
「ゆうくんなのによく知ってたね。別に高いモノが欲しい訳じゃないし、これが可愛くて気に入ったから」
凄い失礼なことを言われた様な気はするが、今までの事を考えると否定は出来ない。
しかも話にはまだ続きがあった。
「それに……ゆうくん仕事してないから給料ないでしょ」
ぐうの音も出ない。
確かに預金は数十億あるし株からの収入で更に増えてはいるはずだが、働いている訳ではないから、給料はゼロだ。ゼロだと何ヶ月分であろうとゼロだからこの指輪すら買えない。
「そ、そうだね。じゃあ、これにしよう」
きっとこのままずっと夕夏に逆らえない結婚生活かな、と思ったが全く嫌な気分ではなかった。
店員に支払いを頼もうとしたとき、ショーケースの中にデザインは同じで石だけが少し小さめの指輪があるのに気が付いた。
「夕夏、これ柚葉に買ってあげていい?」
俺が指を差した指輪がお揃いだと夕夏は気付いたが、なぜか小さくため息を吐いた。
「あなた。本当にあたしを大事にしてくれるんですよね? 柚葉にはお店で報告して指輪までプレゼントしたいって言うのですから」
物凄い罪悪感に囚われたが一応ちゃんと応えた。
「モ、モチロンだよ。心から夕夏を愛してるから」
咄嗟だったので、今まで一度も使った事のない言葉まで出てしまった。
しかし、夕夏はその言葉に満足して笑顔になった。
「ゆうくんの口から愛なんて言葉が聞けるなんて……たまに脅すのもアリね。そうすればもっと早く……冗談よ、あなた。柚葉もきっと喜ぶわ。お揃いですしね」
とても冗談には聞こえなかった。
奥さん、さっきは目がマジでしたよ。
柚葉はまだ中学生だから、将来の為のサイズにして、リングにプラチナの細いネックレスに通してもらった。
指輪を包んでもらい代金を支払って宝石店を出ると柚葉を連れて話をする為のお店を探した。
少し歩くと個人経営の小さなフレンチのお店を見つけた。
準備中になってはいたが店の中にはオーナーらしきシェフがいるのが見えたので中に入って話し掛けた。
その人はやはりオーナーシェフで、事情と今夜の予定を話してこの店を使いたいから予約出来ないかと相談した。
するとオーナーは腕によりをかけ料理を出すから是非使って欲しい、今夜は他の予約もないので貸切にしてもいいから言われた。
予約したい時間を言って料理内容は全てお任せで貸切料金も上乗せして払おうとしたが、オーナーはこちらから言い出したのだから貸切料金までは受け取れないと断固拒否された。
俺は今まで人との交流を避けてきた為、慣れない人からの好意が気恥ずかしくてどう返せばいいか分からず悩んでいると、俺の優秀な嫁が助け舟を出してくれた。
大事な夜だから食材はどんな高価なものでも構わない。それを3人分。俺と柚葉が話を終えるまで夕夏は外で待ち、それから3人で食事を頂く。それは少しでもオーナーの気持ち代を払いたいと考えた案だった。
オーナーは快くその案を受け入れてくれて、前金だけ払い「宜しくお願いします」と感謝を込めて伝えた。
俺には服装のセンスなど無いので嫁に任せたが、スーツ姿で堅苦しく話すのは柚葉にウケが悪そう気がしたので、今回はカジュアルで洒落たモノを選んでもらった。
全ての準備を整え終わり、一旦ウチに帰ってからシャワーを浴びて買ってきた服に着替えるとソファに座って待っていた夕夏の前に立ち、おかしくないか見てもらった。
服を買う前に美容院で髪を切ってセットしたのだが、キメすぎてるのが恥ずかしくなり髪を洗ってしまった。
鏡を見ると短くした髪にはサッパリ感があり、この方がいいという気がした。
夕夏は全身を見渡すと、髪も自然な感じで似合っていると言ってくれたが他にも微妙な感想を言われた。
「ゆうくん、意外とかっこいいのね。普段からそうしてたらモテるわよ。でも、そうだったらあたしみたいな子持ちの年増にチャンスはなかったから良かったわ」
「夕夏以外の女の人と話す機会ないよ。別に興味もないし」
「いろんな会社のパーティーに招待されるでしょう? それはどうしてたの?」
「親父やじいさんが挨拶する時まではいないとマズイけど、それが終わったら料理を貰ってすぐ帰ってた。後のことは兄貴達がいるから大丈夫だし」
なぜか夕夏の顔は嬉しさ半分、残念さ半分と言う感じだった。
「でもゆうくんもどこかの良家のお嬢様をエスコートすることあるでしょう? あの人の直系の孫なんだから」
「やだよ、全部拒否! あんなとこにいる女の人なんて何言ってるか分からないし共通の話題もないし。女の子なんてネットに沢山同じ趣味の人がいるからそれで充分だよ。付き合った女の人なんて夕夏だけだよ」
「えっ? じゃあ、も、もしかして、あたしが初めてだったの? どうりでヘタ…」
凄いことをそこまで言いかけて「なんでもない! なんでもないから!」と叫び手を自分の顔の前で振り続けた。
まあ、そこまで言ったのなら俺が多少意地悪を言っても問題ないだろう。
「そうだ! 夕夏が俺の初めてを奪ったんだ! だから責任取って」
「ど、どうやって?」
夕夏はもう顔が真っ赤だけど遠慮はいらない。
「俺が上手くなれるように毎晩夕夏が教えて」
夕夏は顔を真っ赤にしながら、辺りを見渡し手で何か掴めるモノを探し始めた。
分かりやすい。あれは俺に投げつけるモノを探してるのだろう。
次回、柚葉が…