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1-16 新しい家族

 俺は心から愛している大事な娘をまた泣かせてしまった。


 柚葉に信じてもらえなかったんだ。

 どうすれば俺は信じてもらえたんだろう。

 やっぱり俺なんて柚葉に信じてもらおうなんて無理だったのかも。


 二人のあいだに無言のときが流れた。


 そのままおそらく数分たったとき、部屋のドアが開き夕夏が仕方ないという顔で柚葉と俺の前に現れた。


「あなた。お願いします、少し黙ってて下さいね」


 夕夏は少し表情をやわらげ俺を見たが、柚葉の方に顔を向けるとその表情を引き締め厳しい口調で柚葉に命令した。


「柚葉、パパの顔を見なさい」


 柚葉は少し怒っている夕夏の顔を見上げるとすぐに背けるように俺の顔の方を向き、一瞬だけ俺の顔を見て下を向いた。


「柚葉! あなた、前にママに言いましたよね! あなたは自分でパパのこと分かってたんじゃないですか?」


 柚葉は何も言えないで、ただ黙って下を向いていた。


「ママはパパを愛しています。あまりにもパパが好きすぎて、たまにおかしくなることも自覚してます。そして今ならパパもママを愛してくれていると言えます」


「それは……ママにパパの子供が出来たからでしょ? でも…柚葉には何もないもん……」


「あなたはパパがそんな程度のバカだと思ってたんですか? 底なしのバカなパパが好きなんじゃないのですか!」


「そうだけど……パパ優しいから……」


「柚葉は、パパがそんなに器用な人だと思ってたんですか! ママはなかなか入れてもらえなかったパパのウチにいつも入れてもらってたのは誰ですか? 11年なんてとんでもない期間を預かると言ってもらえたのは誰ですか? あの時のパパが掃除や片付けをしてくれる人や洗濯や料理をしてくれる人だからってウチに入れてくれるような人でしたか?必要とすら思ってませんでしたよ、この人は!」


「それでも……少しはパパの役に立てたけど……今はもう柚葉がパパにしてあげれることすらないよ」


「柚葉はママの言ってることを勘違いしてます。パパがママを愛しているから柚葉を大事にするなんて器用なことが出来ると思ってるんですか? パパのバカさを舐めてますよ、あなたは。大事だから大事にしてるだけに決まってるじゃないですか!」


 ただ黙って夕夏の話を聞いていた俺は、自分がバカだってことに感謝をしていた。


「他に何かパパが大事にしてるものでもあるんですか? 大金はダンボールに入れっぱなし、株は貸金庫に放置したまま、贅沢にも興味がない、必要もないのに働いている、こんな人が優しいだけのうわべであなたを大事にしてるなんて出来るんですか? 家族が増えたぐらいで柚葉を大事にしないと思うんですか?」


 夕夏はひと呼吸おき柚葉をにらみつけた。


「パパが柚葉とママ以外に大切に……大切にしてるモノがあるなら、柚葉! 言ってみなさい!」



 柚葉は何か言葉を出そうとしていたが、涙をとめる事が出来ずに泣きじゃくっていた。


「夕夏、話をしていいかな?」


 俺はもう我慢出来ず、柚葉にしてもらったことの想いを伝えたかった。


「あなた……いいのですか?」


「俺は柚葉をどれだけ大切にしているか、もう一度伝えたい」


 ただ泣きじゃくる柚葉を優しく抱きしめると、精一杯の気持ちを伝えた。


「俺は柚葉に何かしてあげたいのは柚葉になら何でもしてあげたいからだよ。それはここで預かることになった日にも言ったでしょ? 柚葉は良い子で可愛くていつも素直で……もう言葉では表せないほどの大切な宝物なんだ。一生俺の傍にいても邪魔だなんてありえない。お願いだから俺から離れていかないで」


 柚葉が涙でぐしゃぐしゃになってしまった顔で俺を見上げた。


「だから、柚葉がなにを心配してるか自分で言ってごらん。パパは柚葉の気持ちをちゃんと受け止めるから」


 柚葉は喘ぎながら声を出そうとしたが、なかなか話せなかった。

 俺は、そんな柚葉を抱きしめながら話せるようになるまで待った。


「パ……パ、ごめんなさい。柚葉は……パパの子供でいたくてでもママと子供が出来たらパパが迷惑に思うんじゃないかって……ずっと思っててパパが……ママ、妊娠したの知って凄い喜んでてもう柚葉いらないんじゃないかって……恐くて恐くて……」


 なんてかわいいんだろう。こんな素敵な娘を俺はもう二度と泣かせないぞ。


「柚葉。パパは柚葉のパパなんだから家族が増えたってそれは変わらない。自分の子供だから嬉しいじゃなくて家族が増えるのが嬉しいんだからね? 柚葉おねえちゃん」


 柚葉は【おねえちゃん】と呼ばれたのが恥ずかしかったらしく俺の胸に顔を埋めてしまった。


「ママ。俺さ、これから自分の事パパって呼ぶよ。柚葉のパパだって自覚が足りなかった。そうすればパパはいつでも柚葉のパパでいられる。ねー? 柚葉おねえちゃん」


 早く家族が増えないかな? そうすれば柚葉に俺の気持ちがちゃんと伝わるだろう。



 一応、昨日のうちに電話は入れてあったが早めに出勤して主任と課長を待ち、謝罪することにした。


 課長は当初こそ当たらず触らずのような態度だったが、最近ではその態度も軟化していてバカで愛妻家の俺を他の部下と同じようにからかってくれるようになっていた。


「課長、昨日は本当に申し訳ありませんでした」


「いやいや、君が妻が倒れたって聞いて飛んで行かない方が不思議なぐらいだからな。誰も怒る人なんてこの課にはいないぞ。それにしてもめでたいな。おめでとう」


 他にも既に出勤してた人達から拍手が湧き、それぞれにお祝いを述べてくれた。そして、主任や主任の部下の同僚たちと大騒ぎをしていたら、珍しいことに社長が朝からやってきた。


 今までも、直接話しかけてくることはなかったが、何度か様子をさりげなく見に来てくれていた。


「あ、これは社長、おはようございます」


「課長、おはよう。これは何の騒ぎだね?」


 おそらく親父から連絡があったのだろう、何かに気づいている感じの笑顔で課長に話しかけていた。


 課長は毎日趣向を凝らした愛情弁当を披露する愛妻家に子供が出来たと皆が聞くと、騒ぎになってしまったと詫びていた。


「始業前だから詫びる必要はないよ。そのお弁当は食堂で噂になっているから聞いたことがある。課長、どの子か紹介してくれないか?」


 社長はそう言いながらも騒ぎの中心にいた俺の方をさりげなく見ていた。

課長は俺の方にきて社長に紹介をした。


「君かい? 噂の愛妻弁当を毎日持参してる子は。おめでとう。聞くところによるとウチに来てからまだ2ヶ月足らずらしいが仕事のほうはどうかね?」


「おはようございます。ありがとうございます。はい、優しい上司や同僚に恵まれ足を引っ張らないように頑張っています」


 社長は「そうか、そうか」と嬉しそうに頷くと、あまり長居をして不自然にならないように「これからも頑張って下さい。それと奥様にも元気なお子さんが生まれるように祈ってます、とお伝えしといて下さい」と言って部屋から出て行った。


 突然の社長来訪に皆は驚いていた様子だったが、主任だけは目をキランと輝かせて俺に耳打ちをしてきた。


「だれかなーとは思ってけど、まさか社長自身だったとはねー。ゆうちゃん意外と大物だったりして」


 主任は俺に便宜を図ったのが社長だと気付いたらしい。そして、嘘がヘタな俺はすぐに動揺してしまった。


「な、何の話ですか、主任」


「ふふん。嘘がヘタだなー、君は。まあ隠したいみたいだから内緒にしてあげてもいいけど、条件があるよ?」


 慌てる俺に、主任は何か楽しそうに脅してきた。


「な、何のことか分かりませんけど、い、一応、その、条件を聞いてもいいですか?」


 主任はニヤリとするとズバリ【意味の分からない条件】を言ってきた。


「ゆうちゃんの奥さんと友達になりたい!」


「は?」


 内緒にする条件って言いましたよね?

 何ですかその条件は?


「年上だけど、いやー、かわいかったよ。あの一途さ。美人で頭が良さそうで性格もいいよね。あのときは自分の勘違いに気付くと恥ずかしくて早く帰りたがっててさ、あまり話が出来なかったんだよ」


「ははは……あのあと俺、正座で反省させられましたよ」


 俺は正座でこんこんと説教されたことを思い出し、思わず渇いた笑いがでてしまった。


「あれはゆうちゃんが悪いよねー。まあ、柚葉ちゃんは最初から気付いてたみたいでずっとゲラゲラ笑ってたけどね」


「やっぱりなー。柚葉は俺が怒られてるの楽しそうに見てましたよ」


「携番は教えてくれたけど、恥ずかしくて会ってくれないかもしれないでしょ?  だから、もう一回会って友達になりたいの!」


 それで俺にまた手引きして欲しいのか。


「会わせてくれないと……」


 やっぱり、バラされるのか!? マズイ! 社長に迷惑が……


「ゆうちゃんにセクハラされたって奥さんに電話するからね」


「すぐ会わせます!」


 妊娠初期の夕夏をあまり出歩かせたくないのでウチに呼ぶことにした。


 夕夏に電話をして主任をウチに連れて来ていいか聞くと、ちょっと恥ずかしそうだったが「あたしも友達になりたいですわ」と了承してくれた。


 主任は大喜びになり、今日仕事が終わりしだい一緒に帰ることにした。

後日にすると、それまでのあいだ主任の携帯電話ばかり見張ってしまいそうで、俺の精神衛生上良くないと分かっていたからだ。


 帰りの道中、気を遣わなくていいと言ったが、主任はあれこれ悩みお菓子やケーキを選んで買っていた。


 ウチに着くと夕夏は恥ずかしそうに挨拶を交わした。すでに夕食の用意が出来ていたので、すぐにテーブルにつくことにした。


 主任は食事中に友達になるなら名前で呼ぼうと言い出し、自分は愛希だから【あーちゃん】と読んで欲しいと言った。


 主任は夕夏と柚葉が作った料理を食べながら俺の会社での様子などを話していた。

 途中、手にした魚料理が柚葉の作ったものだと聞いて出来の良さに驚いた。


「この煮魚は柚葉ちゃんが作ったの!? その年の女の子が作れるレベルじゃないよ!」


「パパのために一生懸命練習したからだよ」


「へー……ゆうちゃんは娘にも、こんなに愛されているんだぁ」


「昔は柚葉がご飯作らないと、パパはカップラーメンとかコンビニ弁当しか食べなかったからね」


 そう言うと柚葉は、また悪い予感しかしないニヤリという顔をした。


 ま、まさか……アレを言うのか? それだけは……それだけはーーー!


「パパはダメニートだったからね」


 終わった……俺の人生最大の汚点が……


 柚葉は年中出張でいない夕夏が俺に柚葉を預けていたという設定で俺のダメっぷりを話した。


「意外だなー。ゆうちゃんは会社では几帳面で気配りもよく出来るのに。でも、このご時勢だから子供を自分で養えるぐらいの給料の仕事を見つけるのは大変だろうけど、ゆかっちは転職は考えなかったの?」


 主任の疑問に夕夏は何か言おうと口を開きかけたが、それを柚葉が遮った。


「あーちゃん、それは違うよ」


 今度は夕夏にその悪巧みを考えてるとしか思えない顔を向けると主任にまた話し始めた。


「昔、ママと柚葉がすっごく困ったことになってるときにパパが助けてくれたの。パパは今でも大したことしてないと思ってるけど、それは柚葉たちにはどうすることも出来ないぐらいのことだったんだ。しかも、そのあとまだ6歳だった柚葉のお世話もしてくれた。ママも柚葉もパパが大好きで、どうにか一緒にずっといられないかなって考えて柚葉を預かってもらったんだ」


 もう、その時点で俺と夕夏は気恥かしさで、顔が赤くなっていた。


「それでママに教えてもらって家事を練習した柚葉がパパのお世話をして、無事パパもママを大好きになってゴールイーン!!」


 柚葉……パパとママは、もう上を向けないよ……


「いやぁ、長編大ロマンスだねー。上辺の恋愛結婚とは違うからこその夫婦愛かぁ」


 主任は自分が考えていた以上の俺たちの関係を素直に感動していた。


「だから、あーちゃん。良い旦那さんを見つける秘訣は……」


 そこで言葉を切る柚葉は、期待の目を向けた主任に自信満々で答えた。


「まず、優しいダメニートを見つけることだよ!」


 柚葉、だからそれはイロイロ間違ってるからね。パパ、柚葉の将来が心配だよ。



 食後はソファに移動して、主任がお土産にくれたケーキを出し、柚葉が淹れた紅茶で頂きながら雑談をしていた。


 リビングには俺が珍しく買った比較的高価な家具が増えていた。


 勉強のためにと買い続けていた手頃な値段のお酒が増えて置き場に困ったが、夕夏は夫に妻と楽しめる趣味が出来たことを喜んでいたので、アンティークの飾り棚と温度調節付きのワインセラーを買いリビングに置いていた。


 主任はさすがに興味津々で飾り棚やワインセラーから何本か手に取り銘柄を見ていたが、時折驚いた顔を見せていた。


「ゆうちゃん……これ全部ゆうちゃんが買ったの?」


「全部じゃないですよ。ウチの親父がお酒の会社に努めているならこういうのも飲めって、時々何本かくれるんですよ」


「ふーん……。ところでゆうちゃん。これの値段知ってる?」


 それは親父から貰ったワインだった。


「すいません。それも親父から貰ったモノなので知らないです。元々は就職が決まってから勉強のために買い始めて、最近から飲むようになっただけなので、ウチの会社で取り扱ってるお酒以外はまだ詳しくないんです」


「なるほどねー。ちゃんと勉強した方がいいよ。今後イロイロなことの為にもね」


 そう言う主任は完全にいたずらっ子の顔をしていた。


 主任が帰ったあと、気になったので値段を聞かれたワインをこっそり調べた。


「やられた……親父、ウチは平凡な一般家庭だっつーの!」


 それは俺の年収でも買えなかった。一番安いコニャックですら、俺の給料数ヶ月分の値段で、それらも主任はしっかり見ていた。


 腹が立ってきたので特別な日じゃないときに飲んでやると心に誓った。



 翌日、出勤して主任に挨拶をした。


「主任、おはようございます。とっても勉強になりました」


 主任はクスクス笑いながら挨拶を返してくれた。


「おはよう、ゆうちゃん。何の為に素性を隠して普通に働いてるかは昨日の様子で検討はついたよ。正直に言えば、前からおかしいと思ってたもん」


「え? な、何かやっちゃってましたか?」


「だって、どんな高額の物を見ても、いつも値段に驚くだけだもん」


「え? それって普通ですよね?」


「興味あるモノなら、いつか買いたいとか一度は飲んでみたいとか普通は言うでしょ?」


「た、たしかに……」


「ゆうちゃんは値段や価値を知らないで驚きはしても、いつも『買えるけど今はいらない』って顔に出てたからね」


 それは流石に気がつかなかった。今後は気を付けるにしても……


「……あ、あの、それで、黙っててもらえません? バレるとイロイロとマズいんです」


「ゆかっちの為に黙っててあげてもいいけど、条件があるよ?」


 またかぁ、まあ主任なら無茶は言わないか。


「なんでもどうぞ」


「ダメニートの友達を紹介して!」


 主任、それは無茶です! ダメニートに友達はいませんから!


次回、最終話…

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