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1-15 喜びと…そして、揺れる柚葉

 ウチへ帰ると、まだ玄関で靴を脱ぐ前から、おもいっきり心配丸出しの表情の夕夏が様子を聞いてきたので、思わず苦笑してしまったが「まずはウチに上がってから」と言ってソファに移動して腰を落ち着かせてた。


 柚葉も話を聞きたがったので、俺の隣に座らせて、最初は失敗してしまったが特製弁当のお陰で打ち解けることが出来たと話すと「あ、あらそう? そ、それはよかったですわ」と隠しきれないほど夕夏は動揺していた。


 その反応で【あれ】には深い意図はなく、ただの浮気防止だったのは明白なのだが、それに気付いたのは柚葉だけで俺はそのまま話を続けた。


「ホント助かったよ。明日からはちゃんと考えてから発言するように心掛けるよ」


「あなた、無理しないでね。あたしたちの為にごめんなさい」


「これは俺が望んだことなんだから。それはもう絶対言わないように」


「ごめんさいね……そうしたら、あたしも妻として、課長さんや主任さんにご挨拶した方がいいのかしら?」


「それは別にいいんじゃない? あ、そういえば主任は、あんなお弁当を作ってあげられる夕夏に会ってみたいって言ってた。早く自分もお弁当を作ってあげる旦那さんが欲しいって」


「あ、あ、あなた?」


 突然、夕夏があからさまに動揺して、俺に問いかけてきた。


「なに? どうしたの?」


「その主任さんなんですけれど……お、おんなの方なんですの?」


 なにかぎこちない作り笑いを浮かべながら、大した問題でもないことを質問してきた。


「さっき、言わなかった? まあ、男でも女でも仕事が出来るから出世したんだろうから関係ないんじゃない?」


「大アリです! あなた……ま、まさかその方と二人きりで外出したのですか!?」


 夕夏は急に立上ると俺に詰め寄って来て、なぜか詰問してきた。


「そ、そんなこと、初日からしないって。今日は仕事の流れみたいなことと、社内を案内されて説明を受けたぐらいだよ……で、それの何が問題だったの?」


 夕夏は逆に質問されて今その理由を考えている様子だった。そして何かを閃いたようで、さも当然のように答え始めた。


「あなたは女性に免疫がないのですから、その主任さんにご迷惑かけてしまったのではないかと思いまして。少し心配してしまっただけですわ」


「なんだ、そっかぁ。心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、夕夏。他の女性の同僚とも普通に話せたし、明日からはもっと話せるようになるから心配しないで」


「あなた……分かってて言ってます?」


 夕夏はなぜか泣きそうな顔で確認してきたが、俺は夕夏にこれ以上心配をかけないように自信を持って答えた。


「もちろん分かってるよ! だから夕夏に心配かけないように毎日女性とたくさん会話をしてお昼も一緒に食べる様にするよ!」


 俺は自分の答えに夕夏が満足するだろうと思ったのだが、夕夏は「あなたのバカー」と言って走り出して部屋に引きこもってしまった。


「パパ、柚葉はパパがバカなのを知ってるけど、あんまりママをいじめないでね?」



 それでも夕食はちゃんと作りに出て来てくれたが、またすぐに部屋へ戻ってしまった。

 柚葉に「今日はママを構ったらダメ」と強く言われてしまったので、俺は心配だったが寝る時までソファで柚葉に相手をしてもらいながら過ごした。


 夜中、夕夏は柚葉と一緒にベッドに入っていて、小声で何かを話しているのが聞こえた。

そして、俺は結婚以来初めて一人で寝ることになった。


 翌朝、柚葉にベッドの中で何かを諭されたようで夕夏は普通に戻っていた。


 しばらく夕夏を見ていたが何やら楽しげでもあり俺もホッとした。出掛けに「はい、あなた。これお弁当。みんなと一緒に食べてね」と最高の笑顔で渡され、そのまま見送られて会社に向かった。


 夕夏が普通に接してくれていたので安心しきっていた俺が、異変に気付いたのは、やはりお昼の時間だった。


 フタを開けたお弁当には愛がこれ以上ないというぐらい詰め込まれていた。


 ご飯の上には昨日よりさらに大きくなった愛のカタチが描かれていて、彩り豊かなおかずや野菜もすべて愛のカタチに切り取られ、飾られる様に並んでいた。


 夕夏の言う通り、みんなを誘って食堂にいた俺は、別の席にいた女性にまで冷やかされ、流石に恥ずかしくて顔を赤くして下を向いてしまった。


 夕夏……これじゃあ逆効果だよ。恥ずかしくて女性と話しづらくなっちゃった。



 それからお昼時は冷やかされるのが日課になった。しかし、それは馬鹿にしてる訳ではなく夫婦仲が良いのを羨んでいるだけだった。


 主任の結婚願望が段々と露骨に高まり、ついにどうしても夕夏に会いたいと懇願された。


「ゆうちゃん、どうしても会いたい! せめていい男を捕まえるコツだけでも教えて欲しい」


「主任……俺が言うのもなんですがウチの嫁は良妻賢母を地で行く人ですけど、それだけは絶対アテにならないと思いますよ?」


「なんで!? 奥さんはゆうちゃんみたいな、良い旦那さん捕まえたじゃん!」


 既にそこがもう間違ってるんです!


 しかし、特に会わせたくない理由もないので「善処します」と言って夕夏に相談した。


「夕夏、やっぱりどうしても主任が夕夏に会いたいって言うんだけど……」


「あなた……それって、まさか……」


「うん、そう。良い旦那さんが欲しくて夕夏と話がしたいんだってさ」


「ついに恐れていた日が来てしまったのですね……お弁当の効果もありませんでしたか……。しかし、分かりました。あたしも覚悟は出来てます」


 お弁当を見て主任が夕夏に会いたいのだから効果は絶大だったと思うけど……

 そんなに主任の為に良い旦那さんを見つけてあげたかったのかな?


 そして夕夏は傍目にも分かるほど、凄い闘志を燃やしていた。


「まあ、お手柔らかにね」


「それは相手の出方次第ですわ、あなた!」


 何がそんなにおかしいのか柚葉は、また腹を抱えて笑いながら床を転がっていた。



後日、夕夏を主任に会わせる日取りが決まり「二人きりで逢うから誰もついて来てはダメ」と言う夕夏に、柚葉は「絶対ついて行く」と譲らず、しばらく考えたあと『そうね……柚葉にも関係する話ですから一緒に行きましょう』と、柚葉には旦那探しのコツなどまだ必要ないのでは? と思う俺の気持ちを無視して同行が許可された。


 そして当日の待ち合わせ時間になると「あなたを想うあたしの愛は誰にも負けません」と、なぜか俺が関係するセリフと共に、戦場に赴くような勇ましさで出陣して行った。


 数時間後、笑い疲れた様子の柚葉と一緒に夕夏が帰って来た。


「おかえりー。どうだった? ……あれ? 夕夏、どうしたの?」


 夕夏の顔は赤く、恥ずかしがっているのか怒っているのか分からない様子だった。


「あなた……。一生のお願いがあります」


「なに? どうしたの? 俺に出来ることなら何でもするよ?」


 夕夏は下を向きワナワナと震えだすと急に顔を上げ、視線と指を窓際の床の方に向けた。


「あなた、そこでしばらく正座してて下さい」


 柚葉はやはり疲れていたらしく、口を押さえてその場にうずくまり震えていた。



 2ヶ月程経ち仕事にも慣れ始めた。

 まだ仕事中の俺に柚葉から電話が掛かってきた。柚葉は急用でもない限り電話をしてこないので、何かあったのかな?と思い、電話に出た。


「あ、パパ? ママが貧血で倒れちゃっておじいちゃんの知り合いの病院にいるの。場所は……」


「主任! 早退します!」


 場所を柚葉から聞いた直後に早退を宣言し、主任の返事も待たずに会社を飛び出した。


 俺は走った……


 どこまでも走った……


 しかし、途中で電車の方が早いと気付いてしまった。


 月に3万円も小遣いを貰っている俺はタクシーを拾い最寄駅の方へ引き返した。


 電車とタクシーを乗り継ぎ、病院に駆けつけた。一般診察の時間を過ぎていたためロビーにはあまり人がおらず、柚葉と親父がいるのをすぐ見つけられた。


「ゆ、柚葉! 夕夏は!? 夕夏はどこ? 夕夏は大丈夫?」


 俺 は焦りに焦っていたため、柚葉と親父がにこやかにしてるのにも気がつかなかった。


「パパ。ママは貧血って言ったでしょ? だからそんなに心配しなくても大丈夫よ」


「貧血? 貧血って血が足りないのか? 俺の使える!?」


「いや、パパ……普通、貧血ぐらいじゃ輸血しないから。そもそもパパとママは血液型違うでしょ」


「俺の血……使えないのか……」


 こんなことがあっていいのか。こんなに愛し合っているのに血液型が違うなんて……

俺は自分の血の宿命を呪わざるを得なかった。


「だからパパ、聞いてる? 今、ママは病室で休んでるだけで一緒に帰れるから。それに仕事は? まだ終わってないでしょ?」


「あ、ああ……早退した」


「やっぱり……。仕事が終わったら迎えに来てって言ったのに、聞いてなかったの?」


「住所聞いてすぐ来たから……」


「それにしたって早すぎじゃない?」


「タクシー使ったから」


 突然、親父に頭をはたかれた。


 おふくろにもはたかれたことないのに!


「全くお前は! 安月給の分際でタクシーだと!? 貧血と聞いたぐらいで贅沢しやがって」


「自分の小遣いだからいいんだよ。親父こそ早いじゃねーか!」


 屋敷にしろ、本社にしろ、ここは俺の会社より遠いはずだった。


「俺はたまたま本社にいたからな。夕夏さんが貧血で倒れたって聞いてヘリで飛んできたんだ」


「同じじゃねーか!!」


「ふふん、俺はお前より給料高いからいいんだよ」


 くそー! あの忌々しい笑顔が腹立つわ! これが格差社会というやつか。


「柚葉、それで夕夏はどこなの?」


「パパ、教えて欲しい?」


 え? 柚葉はこんな時にそんな事を言う子じゃないのにどうしたんだ?


 よく見ると親父はニヤついている。


「柚葉、お願いだから教えてくれる?」


 すると柚葉までニヤつき始め、なかなか教えてもらえず俺が泣きそうになったとき、やっと教えてくれた。


 二人はニヤニヤしながら手を振っていて、一緒に行かないようだった。

 俺はなんとも言えない心境だったが、二人の様子から夕夏に大事はないと思うことにした。


「夕夏、大丈夫? 心配で飛んできたんだけど、もう具合はいいの?」


 夕夏は寝ないで、俺を待っていてくれた。


「今は大丈夫よ。ちょっと前からおかしいとは思っていたのですけれども、今日急にフラッとしてしまって。たまたま柚葉がいてくれたお陰でお義父様が病院を手配してくださって、あなたにも連絡ができましたけれども……」


「夕夏、ごめんね。具合が悪いのに気づかなくて。じゃあ、もう大丈夫なの?」


「いえ、あなた……それがまだというか、これからもっと重くなるというか……」


「ええ!? じゃあ、入院する? 柚葉は一緒に帰れるって言ってたけど…夕夏はいろいろ頑張り過ぎだから! 家事とか新しい家のこととか。ごめんね。これからは、俺が全部頑張ってやるから!」


「あの、確かにあたしも頑張りましたけど、原因はあなたが頑張ったからというか頑張り過ぎたからというか…」


 やっぱり俺のせいだったんだ……ごめん、夕夏。そんなに気を遣わなくてもいいよ。俺はもっと夕夏のために頑張るから!


「そんなことない! 夕夏は頑張ってたけど、俺の頑張りが足りなかったのがいけないんだ! だから、これからはもっと頑張るよ!」


「いえ、あの……これから頑張られても、とりあえず充分というか困るというか……」


「じゃ、じゃあ、俺、どうしたらいい!?」


「パパには来年以降にまた頑張って頂けたら嬉しいのですが……」


 夕夏の顔が赤くなり、恥ずかしそうにうつむいた。


「夕夏! 顔が赤いよ! ね、熱あるんじゃない!?」


「確かに熱はあります。あなたに熱をあげてしまったのが最大の原因ですから。でも、少し落ち着いて下さいね。大事な今のあたしの体に響いたらどうするんですか?パパなんですからしっかりして下さいね」


 パパ? 大事な体? 確かに夕夏の体は大事だけど……


「えーっと……どういうことでしょうか??」


「しょうがない人ね。まあ、だから好きになってしまったんですから仕方ないですよね。パパ、こっちにいらっしゃい」


 夕夏はそう言うと俺に手を差し伸べた。俺がその手を取るとそのまま引き寄せられて、夕夏は俺の頭を自分のお腹に優しく押し当てた。


「今はまだ聞こえないと思いますけど、ここにはあなたの頑張ったモノとあたしのが頑張ったモノが入っているのよ」


「え? ……ま、まさか??」


「そうよ、パパ」


 そのあとのことはあまり覚えていない。

 有頂天で騒ぎすぎて怒られた事と柚葉に抱きついて、また、親父にはたかれた事だけは覚えているが。


 親父が車でみんなをウチまで送ってくれた。ウチに上がるように言ったが、今日は大事な家族会議をするだろうと言って遠慮して帰った。


 夕夏をベッドに寝かせ、俺と柚葉で夕食を作り始めた。夕夏は大丈夫だと言って起きて来ようとするので、せめて今日は安静にして欲しいと頼み込み、ベッドに食事を持っていった。


 帰宅時はまだ有頂天の最中にいて見落としてしまったが、夕食時に柚葉の様子がおかしいことに長年二人で生活してきた俺は気が付いた。


「柚葉、どうしたんだ?」


 ママの妊娠に喜んでいるのは間違いないのに、ときたま見せる表情が少し暗かった。


「柚葉、なんともないよ?」


「普段なら俺もそこで納得しちゃうけど、今日は違うと言える。俺に言えないことなの?」


 柚葉は気を遣う娘だから、たとえ何か杞憂があっても今日みたいな日にそんな表情を俺に見せることなんてありえなかった。


「パパ……ううん、ホントなんでもない」


「柚葉。柚葉のパパは自他共に認めるバカだ。でも、娘がそんな顔で悩んでるのにそれが分からないほどバカじゃない。どうしても言えないことなら俺も聞かないよ。でも、言えばなんとかなる問題なら話してくれないかな?」


「これは柚葉の……ただの我が儘だから気にしないで」


「柚葉、言ったよね。パパの娘は我が儘言ってパパを困らせてもいいって。それでも言えないの?」


「言ったらパパは柚葉を嫌いになるかも」


 俺は地面が裂けるほどの衝撃を受けていた。柚葉は俺がどんなにバカでも、どんなに頼りなくても、いつも俺を信じてくれていると思っていたからだ。その柚葉にこんな事を言わせるまで悩んでいたことに気付かなかった自分が許せなかった。


「柚葉…俺は柚葉が大好きだよ。とっても大事に思ってる。俺が柚葉を嫌いになるなんて有り得ない。これは絶対に変わらないよ。俺は柚葉にいつでも信じてもらえるパパになりたかったけど、まだ足りなかった。でも、柚葉のためならパパは頑張るから信じてもらえないかな?」


「柚葉…柚葉はいつもパパを信じてるよ! パパはどんな時でも柚葉とママを守ってくれる……でも、新しい家族が出来たらもう柚葉いらないかも……パパのホントの子供じゃないから……」


「柚葉、俺は……」


「パパがそんなことしないの分かってる。でもパパは優しいから柚葉を大事にしてくれてるだけなのかも……」


 柚葉の目からまた涙があふれて流れ落ちた。


次回、母親が諭す…

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