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1-14 愛妻家

 上の兄貴に電話して家を建てる相談をすると、その場ですぐ調べてくれて大きくはないが評判の良い設計事務所を紹介してくれた。建てるとき一部屋分払うと言われたが、それはさすがに断った。


「なんか思った以上に手間掛けさせてるみたいで悪いな?」


「今まで長にいがしてくれた事に比べりゃ何でもないよ。それに会社の経営に参加しなかった事は後悔してないけど、全部押し付けちゃったから出来る事があれば頼りないと思うけど何でも言ってくれよ」


 一瞬の間のあと、兄貴はちょっと声を上げて早速頼み事をしてきた。


「悪い! 親父から言われてたから遠慮してたんだが、俺からも夕夏さんにお祝いとお礼を贈らせてくれないか? 兄として弟をここまで成長させてくれた人にやはりお礼をしたい! もちろん高価や派手じゃないモノにするから受け取ってくれる様に伝えてくれないか?」


「ははは……親父にも言ったけど、まあその気持ち分かるから宜しく頼むよ。ホント俺が言うのも何だと思うけどさ」


「ん! ありがとな。もう一人の弟にも言っとくからな」


「まあ、お手柔らかにね」


 家族っていいな。そろそろ、おふくろに報告しに行かないとな。



 電話を切ったあと夕夏に紹介された設計事務所の話と兄貴達の贈り物の件を話し、最後にじいさんとおふくろの墓参りの話をした。


 夕夏は素直に兄貴達の気持ちを喜んでくれて、墓参りは初出勤前最後の休みに三人で行くことにした。


 翌日、設計事務所に電話すると既に連絡があったらしく、所長は話を伺いに来たいと言われ、柚葉にも聞かせたかったので今夜来てもらうことにした。


 柚葉が帰って来るとやはり喜んで、是非話が聞きたいと言うので夕食を早めに取って待つことにした。



「わざわざ来て頂いてすいません」


 他の社員に任せず自ら来た設計事務所の所長は、名刺を見ると社長でもあった。


 ソファに案内して座らせると所長が意外な話から切り出した。


「今回の話なんですが、失礼だとは分かっているのですがお聞きしたいことがありまして」


「なんでしょう?」


「昨晩、私の知り合いから連絡を頂いたのですが、あの大企業の後継者の方からのお話で、家を建てたい方がいるから頼まれて欲しいと言われました。それは誰かとは、はっきりした事は知らないようでしたが、ただ同じ苗字から一族の誰かではないかということでした」


 そりゃ、そうだ。兄貴達がいち設計事務所を知ってるわけないから、部下に評判のいいところ探させて、その際、気を効かせて俺の事伏せてくれたんだな。


「私どもの事務所は、その方のグループ会社でもありませんし、その一族の方が住まわれる程の邸宅など扱っておりません。かといって転売目的などの小さいご商売などされるとも思えませんし。正直な話、乗っ取りでは?とも考えたのですがウチのような小さい会社などにそれほど価値があるとは思えず、直接何の為にどんな家を建てたいのか伺おうと思いまして」


 その結果こうなるのは当たり前か。これは兄貴の責任でもないし、せっかく伏せてくれたけどちゃんと話をした方がいいな。


「夕夏。悪いけど正直に話した方がいいと思うんだけどいいかな?」


「仕方がないとあたしも思いますわ。せっかくお義兄様が伏せてくださったのに申し訳ないのですが……」


 柚葉はやっぱりお金持ちはメンドクサイなぁという顔で「うん、うん」と頷いていた。


 既に夕夏の『お義兄様』発言で眉を動かせていた所長に、その後継者は俺の実の兄だと伝えた。


「兄は気を効かせて誰かと言う事を伏せてくれたのですが、混乱させてしまったようで申し訳ないです」


「し、しかし、その様な方が何故私どものような小さい会社に…」


 所長は俺が大企業社長の直系であることに驚き、余計に戸惑わせてしまっていた。


「もう『その様な方』じゃないからですよ。まあ縁を切った訳ではないし直系には変わりはないんですけど、我が儘を言って妻と娘と普通に暮らしてるんですよ」


「では、なぜ御社関係の建設会社などに頼まれなかったのですか?」


「どこと指定した訳じゃなくて、ただ普通の一軒家を建てたくて、それを兄に相談したら評判の良い所長さんの所を紹介してくれました。豪邸を建てたい訳ではないですし、これからは家族も増えますので、みんなで暮らせる良い家が欲しいだけなのです」


 所長は少しほっとした様子になり確認をしてきた。


「そうですか。評判の良いと仰って頂いたのは嬉しいのですが、本当に私どもの様なところで宜しいのですか?」


「夕夏。俺はいいと思うけど夕夏は?」


「あたしはお義兄様から紹介して頂いた会社ですから良い会社だと思いますけど」


 柚葉の様子は既に『そんなのいいから早くどんな家ににするか話をしようよ』と訴えているようだった。


 妻と娘がいいというなら俺に不満などあるわけはなくその旨を所長に伝えると頷きながら持ってきた資料を並べ始めた。


「所長さん。最初にお願いしたい事があるんですけどいいですか?」


「なんでしょうか?」とまた緊張した様子で聞かれてしまい、柚葉の俺もお金持ちという立場はホントにメンドクサイと心から思った。


「とりあえず、所長さん。普通にしてもらっていいですか? 父や兄たちとは仲はいいですが俺はウチの会社とは関係ないですよ。兄たちだって個人的な話で、何か言ってくる事はありません。だからただのお客と思って下さい」


 夕夏と柚葉が笑いを堪えているのが良く分かる。大株主なのに関係ないとか言い切ったからね。


 しかし、不信という訳では無さそうだが、所長さんはまだ合点がいかないという様子だった。


「本音を言うと俺は自分の素性が周囲にバレたくないんですよ。嫁も娘も普通の家庭を望んでますから。そこでお願いなんですが、会社の人たちにも内緒にして欲しいのです。苗字が同じだから、縁者なのは隠せないと思いますが、出来れば遠縁のちょっとお金持ちなだけの普通のサラリーマンと説明してもらいたいのですが」


「その点は心配ありません。他の者には電話があると言っただけで、どのような方からとは話してませんから。それに話がどのようなモノかも分かりませんでしたし、失礼ですが万が一、悪い話だった場合も考えて一人で来たのですから」


 話し方で所長は緊張が溶けてきた様子が分かったので本題に入ることにした。


「それでですね、俺は普通のサラリーマンが家族と幸せに暮らせる家をお願いしたいのです。豪邸はいらないですけど金額は上限をつけません。ですが、派手とかではなくて良い家を建てるのにお金は惜しまないという意味と思ってください。場所はこの近くで将来子供が増えたときに、便利な所が希望です」


「それは私どもにとって最高の条件です」


 そう言うと少し悩んでもう一つ質問をしてきた。


「お客様に対して聞いてはならないとは分かっているのですが、もしよろしければ、何故そんなに素性を隠したいと思われるのかお聞きしたいのですが……」


 それは隠すまでもないことなので、きっぱり答えた。


「父親が働いて家族を養う普通の家庭、それが俺自身も含む家族みんなが望む幸せだからです」


 所長は驚いた顔になったあと笑顔を見せ称賛の言葉を言ってくれた。


「それは素晴らしいことです。私も一人の夫として見習いたいと思います。どうかお任せ下さい。ご家族が幸せに過ごせる最高の家を建てさせて頂きます」


 所長は自信を持ってそう約束してくれた。


「パパ、すてきー。パパもホント成長したんだね」


 柚葉……パパにも羞恥心はあるんだよ? 人前で言うなら、せめて前半だけにして欲しかった。



 所長さんは今までの施工例やモデルルームの写真などを見せてどういった感じがいいか確認して後日原案をまとめた物を提出したいとのことだった。


 妻と娘に全て任せることを伝え、条件に合う候補地が見つかった場合も妻と連絡を取り合い、話を進めて欲しいと頼んだ。


「ゆう様も奇特な方ですな?」


 素性がバレたくないという事情もあって、苗字を呼ばれるのはあまり好まなかったので名前で呼んでもらうようにしてもらっていた。


「といいますと?」


「家のことに興味がない旦那様もいらっしゃいますから、奥様に全てを任せる方もおりますが、多大なる関心がおありなのに全幅の信頼を持って奥様に全てお任せになられる方なんて、そうはいらっしゃらないと思いますよ?」


「それは普通の旦那さんならですよ。ウチは知識も知恵も、ついでに才能も妻の方が優れてますからね。自分があれこれ言うより断然良いものが出来ると分かっているのですから任せるのが当たり前じゃないですか。あ、ちなみに娘も俺より優秀ですから相談に乗ってあげて下さいね」


 いつも言ってるので、つい本音が出てしまい所長さんは思わず吹き出していたが慌てて誤魔化すように「素敵なご家族ですね」と言ったが、その時点で既に柚葉は俺に抱きついていたし夕夏は手を握って目をキラキラさせてたのでそれを含めての言葉だろう。



 休日になり俺は夕夏と柚葉を連れて墓参りに向かった。最初はじいさんの墓を掃除して花を供えたが柚葉はやはり複雑な気分の様子で、実の父親の墓とはいえ当時6歳では大した思い出は浮かんでこないのだろうなというのが俺にも分かった。


 夕夏はかなり長い時間祈りを捧げ目を開けて「あの人が許してくれたら嬉しいのだけれど……」と独り言なのか俺に聞かせてるのか分からない言葉を小さく吐いた。


 その言葉に俺は考えさせられたが、じいさんが怒るとはどうしても思えず、夕夏の手を握りしめて「大丈夫だよ」とそれだけ伝えた。


 おふくろの墓はじいさんの墓のすぐ近くだった。

 掃除して花を供えると柚葉は「パパにお世話になります」と声を出しお祈りをしていた。


 夕夏も「絶対幸せにしますので、どうか見守ってて下さい」と小声でつぶやきながら祈りを捧げていたが、俺は親父の様子を思い出すと、どうしても素直に報告出来なかった。


 手早く済ませようと簡潔に今までの事と、これから始まる家族みんなの希望と計画を、祈りを捧げながら報告して、それを笑顔で見てくれてる姿を想像しようとしたが、おふくろが俺に指を指しながら爆笑している姿しか思いつかなかった。



 初出勤日の朝、夕夏はお弁当を作ってくれた。毎日柚葉にも作っていたのでそんな手間では無かったようだった。


 俺がお弁当を食べる場所があるのかな?などとつまらない事を考えていたのがすぐバレて「無用な心配してないで早く行かないと遅刻しますよ」と小学生扱いされた。


 実際に小学校に通ってたときは車で寝てる間に着替えを済まされ、ただ運ばれるだけだったので現在やっと小学生レベルになれたと納得してしまった。



 一流企業において28歳の大卒でもない中途採用者は、縁故など誰かが便宜を図ったとしか考えられないと思っていたので、最初は風当たりも強いだろうと覚悟して臨んだ。


 配属された部署を案内板で確認して向かったが、小心者の俺は口から心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。


 屋敷でダラダラしてたときはどんなパーティーで誰が居ようとも緊張などすることは無かった。それも考えてみれば当たり前の話で巨大企業を所有する一族の直系である自分は他者より圧倒的上位にいて、しかも周りに無関心なのだから緊張などする訳もなかった。


 配属された部署はいくつかの課に分かれていて、それぞれの課にはかなりの人数がいた。採用辞令に書かれていた課を探して課長に挨拶をすると当然ながら中途採用のしかも営業初心者を歓迎する風ではなかったが、邪険にされることもなかった。


 始業時間になると課の人達に紹介され数人の部下がいる女性主任の下につくことになった。


 課長の紹介内容に少し緊張したが課長自身も誰の紹介で入社したとは知らなかったため、ただ『この会社の社員の知人の息子』程度だったことに安堵した。まあ、当然お偉いさんの誰かとは思われたようだが、まさか社長のとは流石に思わなかったようだ。


 主任も最初は何も出来ない初心者の俺に対する態度に緊張が見えた。不思議に思ったがやはり『誰の』の部分が気になっているようだった。


 周りをよく見ると誰もが同じことを思ってる様で、自分の立場が想像以上に人から羨まれるのだと知った。この際はっきり言っといた方が今後ずっと燻らせるよりいいと思い、またもや何も考えずにバカ正直に発言してしまった。


「みなさんは自分の努力で入社したので俺みたいなコネで入った人を面白くないと思われのは分かってますが、採用時に一切の特別扱いはなく自分の努力のみが評価だと言われてますので一生懸命頑張りたいと思ってます。どうか宜しくご指導願います」


 この発言に好意的に思ってくれた人もいたがまだ不信の目は多かった。

 まあ、これからだと思い直すと多少でも好意的に見てくれた人がいたことに感謝できた。


 初の会社勤めというより、同僚や上司とどう接すればいいかに四苦八苦しながら午前中を終えた。


 お昼の休み時間、親睦を深める目的で上司である女性主任以下の皆で食堂に向かっていたが、あることに思い当たり俺の体の中に戦慄が走った。


 頼む、頼む、頼む。俺の取り越し苦労であってくれ……


 俺はこんなに真剣に祈ったのは初めてだった。しかしときは待ってくれない。食堂に着き、俺は運命の最後の瞬間に一縷の希望を信じてその行動にでた。


「夕夏……ある意味信じていたよ」


 フタを開けたお弁当のご飯の上にはしっかり誰にでも分かる大きさの、愛を意味するモノが描かれていた。


 それをしっかり確認した女性の同僚が「あららー。奥様に愛されてるのねー」と冷やかしながらも好意的に話しかけてくれた。


 ここまでくればもう全く怖いもの無しだな。


「ははは……ウチでは嫁が絶対の女王様ですよ。逆らうなど考えられないですからね」


「いいなー。私もそんな旦那さんが欲しいな」


すると男性の同僚も話に入ってきてくれた。


「うちのなんか余り物オンパレードなんだから。愛情持って作ってくれてるんだから感謝しないと」


「大丈夫です。自慢ではないですが、感謝以外したことないですよ」


 上司の女性主任も、笑いながら俺を気遣って話に乗って来てくれた。


「あー……私も早く結婚してそんなお弁当作ってみたいわ。まあ、もうそんな年じゃないけどね」


「俺の嫁は主任より年上ですよ?」


 主任はまだ20代に見えたのでそう答えると、全員が一様に驚き、そんな献身的な嫁に素直に従ってる夫の関係を羨ましがられた。


 そして俺でも実感できるほど周りと打ち解けてきて、自分が勘違いしている事に気づいた。


 勿論『誰の』を気にしてる人もいるだろうけど、皆は俺自身の事を気にしていたのだ。『誰の』であろうと優秀なのかとか協調性があるかとか、一緒に働く人がどんな人間なのか気になるのは当然のことだ。初っ端から考えなしの発言をしたことを後悔したが、自分がバカなのを思い出すとこれも勉強と思い直した。



 就業間際に主任が「後日歓迎会を開くから」と言って「出来ればその奥さんに会ってみたい」と言われたが、中学生の娘がいるから難しいかもと答えた。


「え? 娘さん? 中学生って事は奥さんの連れ子だったの!? その年の女の子は難しいんじゃないの?」」


「連れ子ですけど、娘は俺よりしっかりしてますから、世話を焼かせるどころか焼いてもらってますよ」


「いやー、尊敬しちゃうよ。年上の奥さんに連れ子がいるのにそんなに従順なんて……上玉逃した気分。誰かあなたに似た人がいたら私に紹介して!」


 主任……それは絶対やめた方がいいですよ。俺に似てる人は間違いなくダメニートですからね。


次回、夕夏が…

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