1-13 バカップルふたたび
翌日、ルームサービスで遅めの朝食を取り、ウェディングドレスなどをホテルに預けそのまま新婚旅行へ出発した。
まだ何も計画していなかったが、人生に一度しか経験出来ないこの旅行は夕夏も思いっきり贅沢をする事を許してくれて、支払いは全てカードで、値段は考えないようにする、という縛りを決めて国内観光名所が載っている雑誌を数冊買い、すぐ発車する新幹線にそのまま乗り長野、新潟、能登、金沢、京都、広島などを経由して鹿児島まで辿り着くとフェリーに乗って沖縄まで行った。
既に10日程経っていたが親父は「何も問題は無い」と言い、柚葉も「柚葉、毎日快適だよ」と言うのでさらに飛行機を乗り継ぎ北海道まで一気に飛んで、結局出発してから2週間以上も楽しんでしまった。旅の途中、夕夏がいた孤児院にも立ち寄ったが、今は夕夏が子供の頃に年長組だった人が院長を務めていた。
旅先でお土産を送りながら何度も連絡を入れてはいたが、ウチに戻ると荷物を置き、すぐに柚葉を迎えに屋敷へ向かった。
屋敷に入ると俺を知っている執事や使用人達が、また【失礼なお祝い】を口々に述べると親父と柚葉を呼びに行ってくれた。
しぱらく応接室で待っていると親父と柚葉、披露宴で仲良くなった咲良と複雑な気分のような顔をした上の兄貴が一緒に入って来た。
「パパ、ママ、おかえりー」
「柚葉、ただいま。元気そうで良かった……。それで親父……いったいこれはどういうことか説明してくれないかな?」
いつも通り元気で可愛い娘なのだが、素人の俺でも分かる異変が柚葉に起きていた。
髪は潤い滑らかで艶やかに輝いていて、顔や肌はまだ中学生なのだから当たり前だが艶と張りがあり、それは確実に手入れが行き届いていた。
極めつけはどこかの王宮の姫君を思わせるドレス。しかもそれが2人。まるで双子のように柚葉と咲良が並んでいると、兄貴がそんな顔をしている理由が分かる気がした。
「お前に頼まれた通りしっかりちゃんと面倒を完璧にみただけだが?」
親父に聞いても無駄だった。
しかし、柚葉がこの2週間余りの出来事を教えてくれた。
「専属のエステシャンと美容師さんが柚葉と咲良ちゃんを毎日綺麗にしてくれて学校も車で送ってくれたけどちゃんと少し離れたところに降ろしてくれて帰りも同じところに迎えに来てくれてお屋敷に帰るとメイドさんたちが着替えるの手伝ってくれて食事の後はまた咲良ちゃんと二人で家庭教師の先生と勉強してその後はウェディングドレスを作ってくれたデザイナーさんにいろいろ教えてもらっていて今は柚葉と咲良ちゃんはすっごい仲良しで将来一緒にデザイナーになろうねって約束もしたんだよ」
かなり分かりづらい説明だったが、要は大の仲良しになった2人の孫を死ぬ気で甘やかしたことは分かった。上の兄貴の初めてみる俺に対して申し訳なさそうな顔には、『すまない。俺には親父の暴走を止められなかった……』と書いてあった。
「パパ。心配しないでも明日からパパとママと普通の生活するよ。一生分の贅沢させてもらっちゃったからね」
親父の過保孫っぷりに驚いてた夕夏は、笑顔でそう言う柚葉に苦笑してただけだが俺にはもう一つ懸念があった。
「親父…つきっきりで面倒みてくれたことには感謝するけど、仕事はどうしたんだ?」
「お前に心配されるのは心外だが…ちゃんと書類は全部ここに送らせるようにしたし、海外の打合せ相手は自家用ジェットで迎えに行かせたし、どうしても自分が行かなくてならなそうな案件はちゃんと信頼出来る部下を送ってあるから問題ない」
問題だらけだろー!俺が言うのもなんだけど…あんた、自分の代で会社を潰す気ですか!?
「ゆう。頼みがあるんだがいいか?」
兄貴はタイミングを待ってた様で唐突にそんな事を聞いてきた。
「長にいが俺に頼みなんて初めてじゃないか? まあ、今までずいぶん心配かけて世話にもなったから出来る事ならいいよ」
兄貴には迷ってる感じもあったが、少し間を開けると意味の良く分からない質問をしてきた。
「そのうちお前引っ越すだろ? 子供も増えれば今の場所じゃ狭いだろうし」
「まあ、落ち着いたら普通の一軒家を買おうとは思ってるけど?」
「そのとき、もう一部屋多い家にして咲良を一緒に住まわせて柚葉と同じ学校に通わせてあげてくれないか? 咲良も友達がいない訳じゃないが、なにしろ誰の孫かみんな知ってて普通に接してくれる友達が出来たの柚葉が初めてなんだよ。もちろんお前や夕夏さんの意図を組んでウチの娘だと素性がバレないようにするし、苗字が同じなら従姉妹として一緒に住んでてもそうおかしくない。それなら柚葉の友達とも仲良く出来るだろ?」
それだけならさほど離れてない場所にお互い住んでいるのだからそこまでする必要はないのでこれは恐らく建前だと思った。
柚葉はこのままだと、当然ながら咲良に会う為に屋敷へ遊びに来る回数が増える。そうなると親父がまた仕事を放り出して二人の世話を焼こうとする。
しかし親父が自分の娘である孫の咲良を可愛がる姿を見ると面と向かってなかなか何か言うことが出来ない。だから妥協案を考えたのだろう。
〈長にい〉には娘が2人だけで次女は年の近い〈中にい〉の長女と仲が良いみたいだし、財閥は〈中にい〉の幼い長男に継がせれば問題ない。だから長女の咲良には好きにさせてあげようとも思ってるのだろうな。
そこまで分かった自分にも驚きだったが、分かったなら柚葉の為にも答えは一つだった。
「分かったよ。長にいの初の頼みは断れないしな。だけどウチは大黒柱が安月給なんだから、ちゃんと夕夏に生活費送れよ」
俺は意図を察したぞ、とばかりにニヤリとすると、兄貴にもそれが分かったらしく、あからさまに安堵顔になった。
「当然だ。夕夏さんに迷惑をかけるつもりはない。お前の生活に合わせた生活費をちゃんと送るし、咲良も贅沢するつもりはないから安心してくれ」
俺達兄弟の話を聞いて娘たちは「「やったー!」」と手を取り合いながら快哉をあげ、相談もなく決めてしまったので事情を分からない夕夏はキョトンとしていて、その他約一名はこの世の終わりを見た様に暗く落ち込んでいた。
兄貴は「宜しく頼むな」と言って、握手を求める為に俺に近づいた。
「まあ、夕夏に任せれば何の心配もないよ。それに……」
握手を交わした兄貴にしか聞こえない小さい声で続きを言った。
「まさか俺がウチの会社の為に何かしてやれる日が来るとは夢にも思わなかったよ」
二人は目を合わすとお互いニヤリとしたが、それはすぐに爆笑に変わった。
「おじ様、ありがとう」と言う咲良と「感謝するぞ」と言う兄貴、そして「お前は俺に何の恨みがあるんだ」と罵る親父見送られ帰路についた。
俺と夕夏が帰ってきて、咲良とも一緒に住める事になった柚葉は上機嫌だったが、夕夏は不満はないが俺が相談もなく決めたことを不思議と思ってるようだった。
「ごめんね、夕夏。ホントは先に相談しなくちゃいけないのに勝手に決めちゃって」
「あたしには不満や異存はないのですけど、あまりにもあっさり引き受けたのが不思議なの。説明してもらってもいいかしら?」
「あとで説明するつもりだけど、まあ俺が役に立つこともあるって感じかな? ただ夕夏に負担をかけちゃうのは申し訳ないけど」
「柚葉が喜んでるみたいだから、あたしはいいですけど」
柚葉の前であまり説明をしたくないと分かってくれたらしく、今はそれ以上聞かなかった。
「パパ、ありがとう。新婚の邪魔だからダメって言われるかと思ったけど、やっぱり柚葉のパパは柚葉のパパだね」
「あまり意味が分からないけど、柚葉が喜んでくれるならいいよ。それに家を買って落ち着いてからになるから少なくとも数ヶ月は先になるしね」
夕食は初チャレンジだったが最寄り駅構内の立ち食いそばで済ませウチに戻った。
「柚葉、ありがとう。夕夏も俺も凄く楽しめたから、今度は柚葉も一緒に行こうね」
「パパ、絶対に一緒だよ? 例え地獄巡りツアーでもパパと一緒ならママは行かなくても柚葉は絶対一緒に行くからね!」
柚葉さん。それは来世で真っ先に俺を見つける為の布石ですか?
翌日、柚葉が学校に行ったあと旅の疲れを癒すため、俺と夕夏はウチでダラダラ過ごすことにした。
「やっぱりウチは落ち着くね」
「あなた、あたしより若いのに年寄りくさいですよ? 確かにウチは落ち着きますけど。でも、二度と味わえない程の贅沢にたくさんの美しい景色や楽しい想いを味わわせて頂きました。この思い出は一生の宝物にしますね」
「まだまだこれからたくさん作るんだからね」
「ふふ、そうですわね、楽しみにしてますわ。ところで、あなた。昨日のことなんですけど……」
「あ、そうだったね」
親父の孫の溺愛っぷりに総帥と呼ばれている人物の立場を加味した結果、咲良を俺が預かるのが一番角も立たず解決出来ると上の兄貴は踏んだらしいと話した。
「お義兄様も大変ですわね。それじゃあ、あなたは断れませんものね」
「夕夏には負担かけちゃうけど、そういうことだから宜しくお願いします」
夕夏は笑顔で引き受けてくれて、その為に必要な計画も提案してきた。
「そういうことでしたら、早く新しい家を買う為に必要なモノを早く作りましょう?」
奥さん、旅の最中も似たようなこと言っていっぱいしましたよね?
しかもここソファですけどいいんですか?
まあ、絶対断りませんけどね。
家を買う為に必要なモノの作成に勤しんだあと、一緒にお風呂へ入りながら今後の話をした。
「もう数日後には初出勤だけど……家はどうする?」
「あまりそう急ぐ必要もないと思いますけど?」
「家を建てるのはどの位の時間がかかるのかな?」
正直まだ一般常識が足りない俺は、今後の計画を立てるにも夕夏の知識と知恵頼みだった。
「建売ならすぐでしょうけど自分の好きな間取りとか希望して建てたら、少なくとも数ヶ月はかかるのではないですか?」
「好きな間取りかぁ。部屋はどの位必要かな?」
「そうですね……柚葉と咲良ちゃん、子供が出来たときの為とあたしたち……あ、あなた。家を買ってもあなたとあたしは同じ部屋ですからね!」
「念を押さなくてもそのつもりだから」
急に変貌して必死にそんな事を言う夕夏のかわいさに思わず苦笑してしまった。
「笑うなんてヒドいですわ。まあ、いいですけどね」
「ごめん、夕夏があまりにかわいいから。それでどの位必要なの?」
一緒にお風呂に入るのは平気でも、からかわれると恥ずかしがる夕夏は顔を赤らめながら説明を始めた。
「そ、そうですね……部屋が4つか、贅沢を言えば5つとリビングとダイニングにキッチンと言う感じではないですか? さらに贅沢を言っていいのでしたら小さくてもいいですからあたしはお庭が欲しいです」
「それは夕夏の理想のおうちになる?」
「はい!お庭がある家に住めるようになるのがあたしの夢でしたから!」
「じゃあ、兄貴達に聞いて、いちから夕夏の理想の家を作ろう。豪邸なんかは要らないけど、狭っ苦しいのも嫌だから多少は贅沢しても余裕のある家にしよう」
「ホントにいいんですか!? あたしが間取りとか考えても!?」
「だって家事をするのは夕夏なんだから当たり前でしょ?」
「あなた、本当にありがとう。家ができたら住む人が必要ですわね?早速作りましょう、あなた!」
夕夏さん元気ですね? 俺も元気ですが……
俺は、のぼせる寸前までお風呂の入ってるものじゃないと初めて知った。風呂から上がると二人ともソファでグッタリしていた。
「あなた……家を建てるのに必要とはいえ、お風呂は危険だと分かりましたわ」
「夕夏……それ、俺でも間違ってると分かるよ。単純に長く入り過ぎただけだから」
今日は部活はないらしく柚葉が早めに帰って来た。
柚葉さんの今日の一言。
「パパ、ママ。新婚なのは分かるけどちゃんと後始末してね」
脱ぎ散らかした服に指を差し、下着のままソファでダウンしている俺達を見ながら呆れていた。
優しい柚葉は疲れきっているママの代わりに早めの夕食を作ってくれた。
「柚葉、ありがとう。ちょっと早いけどもう食べようか? お昼食べ忘れちゃったからお腹すいたよ」
「パパ、普通は忘れないよ! どれだけ何に集中してたの!」
返す言葉のないツッコミを受けながら夕食を取り始め、家のを建てる件を話し柚葉の意見も聞いた。
「柚葉もママの好きにしていいと思うよ。でも、パパ。車は買わないの?」
「俺は免許ないし、いらないかな? 歩くのに慣れたから必要もないし」
「今はいいけど、子供が出来たら必要になると思うよ。子供を連れて買い物とか大変だし。それにママ、免許持ってるよ」
「え? 夕夏持ってたの?」
「ありますけど、車はさすがに贅沢かなと思いましたので」
「あるなら使おうよ。柚葉、俺は全然分からないから夕夏と相談して好きなの選んでね」
「パパ、分かった。それに咲良ちゃんの事もあるけど、おうち建てるなら、柚葉は早くした方がいいと思うよ!」
なんですか、柚葉さん。そのニヤッとした顔は?
「これが毎日続くなら、すぐ必要になりそうだからね」
柚葉が指を差した方向は、俺たちの洗濯物が置かれた場所だった。
次回、金持ちはいいなぁ…