1-12 家族のありがたみ
6/27 加筆、修正しました。
親父と会話しながら時間を潰していたが、そろそろ人が集まる頃になり、車で着替えさせてもらって先に店に入った。店の中は準備は全て整え終わっていて、あとは招待客を待つだけだった。
「オーナー、何から何までありがとうございます。無事入籍も済ませましたし、これが俺の人生最大のイベントになると思いますので宜しくお願いします」
「無事入籍されましたか。ご結婚おめでとうございます。万事抜かりはありませんので、どうぞごゆっくりと楽しんで下さい」
店は椅子は全てどこかに移動させてあり、テーブルは数を減らして間隔を広げてあった。料理はまだ出てなかったが、飲み物は既に並んでいてあのワインもちゃんとあった。
「どうぞ、緊張をほぐす為にも飲んで頂いてて結構ですよ。奥様と娘さんは既に奥にいますのでご安心ください」
夕夏達は着替えさせてもらうために裏から入っていた為に会えなかったが、逆にどんなドレスで出てきてくれるのかという楽しみが増した。
緊張をほぐすため、ワインを遠慮なく先に頂いていると、夕夏の友人と思われる女性と5歳ぐらいの男の子が入って来た。俺が声を掛けようとすると男の子はその女性の後ろに隠れてしまった。
「きみが夕夏の最愛の旦那様のゆうくんかい?」
「はい、お越し頂いて有難うございます。夕夏のご友人の方ですね?」
「そうそう。まあ夕夏のお姉さんみたいなもんだ。ごめんね。この子あたしに似ないで別れた旦那に似てるから人見知りしちゃって」
髪が短くボーイッシュな感じだが夕夏に匹敵するぐらいの美人だった。話からするとたぶんこの人が夕夏の一番呼びたかった人なのだろう。お姉さんというぐらいだから夕夏より年上の筈だがとてもじゃないが30代には見えない。
その後にも子供を連れた女性や夕夏より少し若く見える女性たちが順々に到着している。
そして、最後に俺の家族が現れた。
「よう、ばかゆう。久しぶりだな」
「長にい、久しぶり。そろそろ、その呼び名を撤回したいよ」
「親父から聞いたぞ! 確かに昔よりまともになったらしいな。全て夕夏さんと柚葉ちゃんの身を削る努力のお陰だってな。ちゃんと感謝して、言う事を聞いているのか?」
「バッチリ尻に敷かれてるから心配ないよ」
上の兄貴はゲラゲラと楽しそうに笑ってくれた。
「ゆうくん、おめでとう。まさか愚弟が結婚する日が来るとは思いませんでしたよ」
「中にい、その呼び名も早めに撤回出来るように努力するよ」
「就職したんですってね? その話を聞いたとき、私は大事なコレクション落として割ってしまいましたよ。だから、ゆうくんの給料で弁償して下さい」
「財布は嫁が握ってて、俺は一文無しだから賠償は嫁に言って」
「それなら、家計は安泰ですね」
「否定はしないよ」
下の兄貴も笑顔を向けてくれた。
招待客が揃い料理が並べられ始めたので、一応は親父に断りを入れた。
「親父、悪いけど今日は立食形式の無礼講なんだ」
「ん? だから、なんだ? 主催者側がどういうパーティーにしたいか決めるのだから、招待客がそれに倣うのは当たり前だと思うが?」
「そうだぞ、ばかゆう。だがまあ、いっちょ前に気を遣える様になったとこだけは褒めてやるぞ」
「そうですよ、ゆうくん。愚弟がそんなことに気を回さなくても大丈夫ですから」
俺と血が繋がってるとは思えないほどヒドい人達だ!
血縁者は叔母だけが優しい……
万を辞して、二人の主役が登場した。
きれい……あれが俺のお嫁さん?
俺のモノにしていいの?
やっぱりドッキリなんじゃないの?
俺は主役の一人じゃなかった。
夕夏と柚葉が物語の姫と聖女なら、俺は間違いなく路傍の小石だった。
「夕夏……すごいきれいだ……ドレスも凄い似合ってて……俺、感動しちゃって……」
「あなたも素敵よ。これから一生宜しくお願いします」
「俺の方こそ……こんな素敵なお嫁さんもらえて……なんて言ったらいいのか……」
言葉は出なくとも体は正直だった。
気がついたときは既に結婚指輪を交わし、抱きしめてキスしたあとだった。
「パパ、柚葉は?」
「柚葉!? その衣装……」
「そう! ママとお揃いだよ」
夕夏の衣装は純白で作られていて、素人の俺でも分かるほど体のラインに完全に合わせてあり、一目でオーダーメイドと分かる素敵なウェディングドレスだ。柚葉のドレスも夕夏と全く同じデザインだが、色は可愛らしい薄いピンクだった。
「柚葉もすっごく可愛くて素敵だよ」
「ママより反応がカルイ!」
それは仕方がない。柚葉はママに似て美人だけど、色気がまだちょっと足りないからね。
「じゃあ、パパ。柚葉には……今日はほっぺにチューをお願いします」
はっ、殺気……は無い? いや、あるけどいつもより少ない? どういうことだ? まさか愛が冷めちゃったの?
「あなた。そんな捨てられた子犬みたいな目をしないでも大丈夫です。柚葉に対してあたしが払わねばならない正当報酬なのですから」
夕夏様、怒っていなくてもその美しいお姿で、その迫力は怖すぎです。
「ど、どういう意味??」
「柚葉が3年間頑張ってくれたお陰で結婚出来るのですから」
なるほどー。でも払うのは俺なんですね?
目を閉じて嬉しそうな柚葉のほっぺに顔を近づけた時、俺は親父の顔を見てしまった。
俺……生きてここ出られないかも。
「では、お義父様に挨拶に行きましょう」
「いや、親父はあとでいいって言ってたよ。久しぶりの友人なんだから待たせるのは悪いだろうって」
「本当にお優しい方ですね。出来るだけ早く伺うので甘えさせて頂きますね」
夕夏は柚葉を連れて友人たちの方へ向かうと、凄い奇声と歓声で迎えられていた。その様子を少し見守ると俺は自分の戦場へ赴くことにした。
先程から視線によるビーム攻撃を受けていて俺の周囲警戒レーダーの反応は敵影が既に3機にまで増えている事を捉えていた。
「お父様、お兄様方、お加減はいかがですか?」
「お前……そんなことでこの父を誤魔化せると思うなよ? 夕夏さんばかりか俺の妹まで汚しやがって」
「ばかゆう……夕夏さんと柚葉ちゃんが奇特にもお前を好いているというから我慢して祝福してやろうと思ったが、あの幸せそうな二人を見たらお前には勿体無さ過ぎてやはり我慢できん」
「ゆうくん。人には分相応という言葉があります。あなたとあの美しい姿の二人が釣り合っているとは誰が思いますか? 愚弟には天罰が下ってしまえばいいのです」
いやいやいやあなた達、たしか俺の家族だよね? もしかして今日の招待客は夕夏と柚葉の家族と友人だけなんじゃないの?
俺が親父達にモミクチャにされているのを、兄貴達の嫁や子供達は、逆に安堵した様子で見ていた。やはり兄貴達も俺を心配していて、それを家族は知っていたのだろう。そう思うとこの手荒い歓迎も家族の大切さを感じさせてくれて嬉しかった。
夕夏はまたすぐ戻ると伝えて友人達の元を切り上げたらしく、気を遣って早々にこちらへ来ると、モミクチャにされている俺の姿を目にして微笑んだ。
「お義父様、お義兄様方。お屋敷から退出させて頂いて以来多大なるご迷惑をおかけしているにも拘らずお詫びを申し上げるどころか、ひとかどならぬお世話になっておりながらお礼すらきちんと申し上げることもせず申し訳ありませでした。その上、こんな年上の子持ちに大切なご家族との結婚を許して頂いて歓迎まで……感謝の言葉もありません」
目を少し潤ませながらそう挨拶する夕夏に、親父達は俺を踏みつけながら少し慌てた様子でそれぞれに応えた。
「いや、夕夏さん。お礼とお詫びはこちらが言いたいこと。身内が迷惑かけたうえ、うちのバカ息子にまっとうな道を教えて頂いて結婚まで…屋敷で身内が貴女たちに迷惑をかけているのが分かっていながら助けてやれず申し訳なかった。先代と関係のあった貴女に俺が手を差し伸べたらどんな噂になるかを考えたら、何も出来ずに放置してしまっていた。まあ、不幸中の幸いにもうちのバカ息子がそんな事情も考えず行動してくれたお陰で安堵しましたが」
「そうです。俺も嫁と子供がいる手前、噂が立つのを恐れてしまいまして……。嫁は理解があるのでまだいいですが子供の事を考えたら何もしてやれず申し訳なかった。ホントバカな弟のお陰で助かりましたよ」
「私も当時まだ新婚でしたので……まさかそのような時期に他の女性と関わることなど出来なかったのです。うちの愚弟には感謝しましたが、それにしてもあまりにも幸せ過ぎなので、今ちょうど懲らしめているところでした」
「皆様のご温情と夫となってくれたこの人に、少しでもご恩をお返しできる様に立派に妻としての勤めを果たさせて頂きたいと思っておりますので、どうか宜しくお願い致します」
親父達は、こちこそこのバカを…などと返して足蹴にしている俺を見た。
「お前、俺の大事な娘と妹を守れなかったら勘当だからな」
「バカのくせにまともな事をして、彼女たちはお前に感謝しているみたいだが、お前の方が感謝しなければならない事が多いんだからそれを忘れるなよ」
「愚弟には勿体無い家族を手に入れたのですから、お二人に愛想尽かされないようにしっかり家庭を営むんですよ」
有難いお言葉しっかり心に刻むから、そういうのはせめて足を降ろしてから言ってくれないかな。
「あなた、この素敵なドレスはお義父様からのプレゼントなのよ」
「どうだ! お前の意には沿わん高価で派手なモノだが絶対に感謝すると言っただろう?」
「確かに……これは心から感謝するしかないな。親父、こんな素敵なお祝いをくれてありがとう」
「若手の有名デザイナーを呼んで作らせたんだが、二人が思った以上に喜んでくれてな。調子に乗って二人お揃いでお願いしてしまった」
「ご好意で仕事場も見せて頂いたのですが、柚葉は元々こういうのが好きで部活にも入っているぐらいですからすっかりその気になって今はデザイナーになりたいって言ってますよ」
その柚葉が夕夏の友人たちのとこらから戻ってきた。
「柚葉。ちゃんとお礼言ったか?」
「うん、ちゃんと言ったよ『おにいちゃん、ありがとう』って」
親父のとろけそうな笑顔に、二人の兄は吹き出して大笑いをしていた。
夕夏の友人には親父が誰なのか知っている人もいるようで、遠慮をして話しかけて来ようとはしなかったが夕夏の取り成しで徐々にこちらの輪にも加わり始めた。
夕夏は兄貴達の嫁とも仲良くなれた様子で、柚葉も上の兄貴の長女で同い年の咲良と楽しそうに話をしていた。
宴もたけなわだったが、皆に勧められたので親父にあとを任せ、俺と夕夏は全員に見送られながらリムジンに乗り込んだ。
良妻賢母で倹約家の夕夏だったが親父の勧めだったらしく、予約した部屋は有名ホテルの最上階スイートで中に入るとあまりの豪華さに大はしゃぎしていた。。
二人でベッドに座ると、俺は人生初の試みである【自分で女性の服を脱がす】を挑戦するためにウェディングドレスに手を掛けた。
俺と夕夏は既にそういう関係でいまさらだが、二人とも恥かしさのあまりに顔を真っ赤にしたが、そのまま抱き合いながら横になった。
夕夏はシャワーを浴びようとしていたが、俺の中の獣が【夕夏の美しさを完璧に引き出している化粧を落とすなんて男のすることじゃない】としきりに訴えるのでそのまま抱きしめて離してあげなかった。
初夜の晩は感慨深いもので儀式が終わると夕夏は俺に抱きつきながら、まだ俺の知らない自分のことを話し始めた。
「あの人はあたしのいた孤児院に寄付をしてくれていたの……」
始めて見たのはじいさんが寄付をしている孤児院を訪問したときで、既にかなりの年配だったが優しそうな姿をしていて、同じお金持ちでも自分を捨てた親とは違うんだろうなと比べてしまったのが始まりだったそうだ。
じいさんが孤児院に訪れるのは年に1、2度程だったが、親が会いに来てくれる様な気がして楽しみになっていた。
その後、高校には行かず院長の紹介で働き始めた場所はウチの傘下の工場で、たまたま視察に来たじいさんと再会した。走り寄って今までお世話になったお礼を言うと、子供の頃から自分に懐いていた夕夏をじいさんは覚えていて、立派になったと喜んでくれた。
夕夏は何ほどのことが出来る訳ではないのは分かっていたが、何かお礼をしたかったので、思い切って食事に招待したいと言ったが、孫を見るような目でやんわり断られ、逆に食事へ招待されてしまった。
天性の押しの強さを持つ夕夏は年の離れた親子のように扱ってくれるじいさんに好意以上の感情を抱き、付き合ってもらえる様になるまでに至った。
じいさんは孫のような年の夕夏に手を出してしまった罪悪感を感じてはいたようだったが、ばあさんを亡くしてから久しく、疲れているじいさんに夕夏は心の拠り所だった。
食事をして話をする以外何もねだることをしない夕夏が妊娠したとき、大企業会長の私生児を外で育てるのはどんな悪影響を子供に与えるか分からないと懸念したじいさんが、あまりいい顔をしなかった夕夏を説得して屋敷の別宅に住ませた。
じいさんは妊娠中の夕夏にあれこれ世話をしてくれて、柚葉が生まれたときは本当に喜んでくれたそうだ。
俺はこの話の半分は知っているはずだった。
じいさんが方々に寄付をしていたことも、じいさんが自慢気に息子しかいない親父に柚葉を見せていたのも覚えている。親父は確かにじいさんが毎日嬉しそうで元気になって良かったと言っていたが、家族に興味が無かった俺がただそれを忘れていただけだ。
「あなた、ごめんなさい。あなたが気にするのではないかと思うと、今まで恐くて言えなかったの」
「俺はじいさんに感謝してる。ダメニートの俺がこんな素敵な女性と知り合い可愛い娘も一緒に暮らせるなんて普通は絶対に有り得ないからね」
「あたしはあの人があなたに会わせてくれたと思っています。だから、連れて行って欲しいところがあるの」
「じいさんの墓? いいよ。ついでにおふくろの墓参りもして夕夏と柚葉の紹介をしとこう。親父が余計なこと言ってそうだから、行きづらくてまだ行ってなかったからさ」
夕夏はちょっと不思議そうな顔をしたが、嬉しそうに頷いた。
次回、バカップル再び…