1-10 バカップル
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勃発した騒動は柚葉の提案で一時休戦をした。
柚葉と夕夏が夕食を作り三人で仲良く食べたあと再開された。
攻防は一進一退だったが「じゃあ、柚葉の相続分もパパかママが管理して! 柚葉も大金受け取らなくちゃいけない重責が毎日ツラいんだから!」という新たな参戦者まで加わり深夜まで繰り広げられた。夜は愛する奥方と大事な姫君の美貌を考慮してまた一時休戦にした。
翌日は祝日だったが、いち早く開戦の幕を開けたのはやはり奥方だった。姫君の戦場を最優先に攻略を始め、奥方と殿がいずれなにかしらの有効な戦法を姫君の為に考えるということで決着した。
殿と奥方の戦場は苛烈を極めたが、双方が認めた必要な高額のモノの購入以外は全て次世代、要はまだ作ってもいない自分達の子供に押し付けるという和平条約が結ばれ第一次家庭内戦争が終戦した。
そして今、疲れ切ってグッタリしている家族三人の姿がソファにあった。
「ゆかー。お腹空いたから出前取ろうよ?」
「あなた、ウチの家計にはそんな余裕はありませんよ。現在ウチの大黒柱は収入がなくて、残金はわずかですからね」
「ごめんなさい。お願いですからご飯作って下さい」
「冗談よ、あなた。柚葉は何がいい?」
「んー……柚葉は久しぶりにピザがいいかな?」
「あなたは?」
「俺もピザでいい」
「そうね、じゃあピザにしましょうか。柚葉、ピザ屋さんのチラシ取ってもらえるかしら?」
柚葉は立上りカウンターの上にあったチラシを取るとソファテーブルの上に置いた。
「パパ、ママ。柚葉思うんだけど……ウチって平和よね?」
「え? 今盛大に喧嘩してたよね?」
「そうね。昨日からずっと夫婦喧嘩してたわ」
分かっていない似たもの夫婦の顔を見た柚葉は、特大のため息を吐いた。
「はぁぁ……あれが夫婦喧嘩だったら平和な家庭なんて世の中存在しないよ? 昨日からのパパの言い分が『愛するママがいればパパはお金なんて必要ないからママが全部好きにしていい』で、ママの言い分は『大事なパパの給料でちゃんと遣り繰りするから、生活に必要ないパパのお金はパパが好きにすればいい』だったよね」
そして柚葉は学校の友達から聞いた【普通】の夫婦喧嘩というものを話し始めたが、それは俺と夕夏を驚愕させるには十分な内容だった。
「そんな事したら夕夏に嫌われちゃうよ! もし夕夏に捨てられたら俺はどうすればいいの!?」
「そうよ、柚葉! ママがそんな事してパパが大事にしてくれなくなったどうするの!? ママ泣きますからね!」
「パパ、ママ……バカップルって知ってる?」
三人で仲良くピザを食べ終わると夕夏と柚葉は部屋に籠もり、なにやらコソコソ話したり夕夏の嬉しそうな奇声が聞こえたりどこかへ電話をしたりしていた。
「あなた。あたし達ちょっと出かけて来ますね」
「どこ行くの?」
「あなたの実家ですわ。やはりあなたの妻になる以上は、きちんとご挨拶しないといけませんから」
俺抜きで親父に会わせるのはマズイ。
親父が痛い人物だとバレるかも。
「俺も一緒に行くよ。こういうのは二人揃ってするものだろ?」
「パパは邪魔だから連れて来るなっておじいちゃんが言ってたよ」
我ながら完璧な言い分かと思ったが、親父に先手を打たれていたか…
「じゃ、じゃあ仕方ないな。気を付けて行っておいで」
不安だが二人だけで行かせることになった。
二人は夕飯時には帰ってきた
「夕夏、柚葉おかえり……って、なにそれ!?」
二人は両手いっぱいに荷物を持っていた。
夕食にも誘われたが俺を一人にすると、またカップラーメンとか食べそうだからと遠慮して帰ろうとしたら、親父が屋敷のシェフの料理や外国の珍しいお菓子、そしてなぜか用意されていた柚葉と夕夏の洋服や靴などを持ちきれないほど持たせて、ウチの前まで車で送ってくれたそうだ。ちなみに俺のモノは料理以外はなかった。
親父……義理の娘と異母妹をどんだけ可愛いと思ってるんだよ! 夕夏に【お義父様】とか呼ばれて舞い上がったに決まってる。娘が欲しかったとも言ってたもんな。兄貴達の嫁は良家の出だから親父を夫の父とか総帥としてしか見てくれないだろうし。
これも親孝行だと思って諦めるしかない。夕夏達は他にも何か良い事があったらしく持ち帰った料理を食べながら始終嬉しそうにしていた。
「ねえ、あなた。お義父様って本当に優しいのね。あたしは実の両親の記憶もないですし、親って存在は初めてだったから嬉しくていろいろ普通に話してしまったけれど、やっぱり大企業の総帥と呼ばれている方に対して失礼だったかしら……」
「柚葉も本当の妹でもあるんだから【おにいちゃん】って呼んでもいいって言われたけど、パパの娘だからやっぱり【おじいちゃん】って言ったらちょっと残念そうだったし」
「……親父は息子ばかり3人だから娘が出来て嬉しいみたいだし普通に話してあげて。兄貴達の嫁はそんな風には話してくれないからね。柚葉も親父に何かしてもらってお礼を言う時だけでいいから【おにいちゃん】と呼んであげてくれる? 親父は一人っ子だったからさぁ……」
親父、俺みたいな孝行息子に感謝しろよ。
翌日から夕夏は親父や友人達と連絡を取り合い披露宴の予定を調整していた。数日後の夕食時に大体のスケジュールが組めた事を俺に報告した。
「あなた、3週間後でいいかしら?」
「それなら仕事が始まる前だし、余裕もあるから大丈夫だよ」
それを聞いた柚葉が不思議そうに聞いてきた。
「披露宴と仕事の話しかしてないけど、他にするべき話題がある気がするんだけど……何か忘れてない? しかも2つ」
「話題? 夕夏、披露宴と仕事以外に何か忘れてる事ある?」
「披露宴を出来るだけ前倒しましたからちょっとせわしいですけど、必要な打合せの予定も組んでありますし、仕事が始まるまでゆっくり出来るはずですけど……他に何か入れないといけない様なこと……あります?」
俺と夕夏のお互いが疑問形発言なのを聞いた柚葉は、ニヤニヤしながら教授料としての代価を求めてきた。
「パパがデコチューしてくれたら教えてあげてもいいけど?」
当然ながら夕夏が即座に却下した。
「ダメよ! あなた、それは浮気です!!」
ですよねー。でも凄く気になるので譲歩を求めた。
「柚葉、何か別の事じゃダメか?」
「柚葉は、ほっぺにチューでもいいよ。ママ、我慢して聞いた方がいいよ? バカップルじゃ絶対気付かなそうだもん」
柚葉のニヤニヤは加速していき、夕夏は柚葉に敵意を燃やしていたが、やはり気になるのか悔しそうな顔で結局折れた。
「あなた! さっさと済ませて! そして浮気の罪はあとでちゃんと償って貰いますからね!」
「夕夏……理不尽って言葉知ってる?」
「知っています。妻の特権という意味です!」
夕夏の尻に敷かれて生きる決意をしている俺に逆らう術などなかった。
復活した魔王の注視の中、悪魔の儀式を済ませたが「2秒も!? 長過ぎます!!」と罪が重くなったと言わんばかりの警告を受けた。
「えへへー、パパのデコチューげっとー」
茹で上がりそうな顔の夕夏に嬉しそうな顔で柚葉はおでこを見せつけていた。
もうこれ以上火に油を注ぐのはやめてー!
柚葉のパパ、死んじゃうかも!
「じゃあ、教えてあげる。ちょっと重要な方は……二人は新婚旅行は行かないの?」
「え? 新婚旅行? え?」
「えーと……あなたどこ行きます?」
そんな二人を見た柚葉はやっぱりといった表情になったが、すぐまたニヤニヤし始めた。
「あとでそれは二人で考えて。柚葉は最重要の話を早く言いたいから」
それなのに、笑いを堪えながら俺と夕夏を交互に見続けていた。
「柚葉! 早く言いなさいよ! ママ死んじゃいそうなんだから!」
「しょうがないなぁ。ホントは柚葉、このままでもいいんだけど……ママとパパは結婚しないの?」
「するわよ、当たり前でしょう!」
「どうやって?」
「え? どうやってって? あなた?」
「え? 結婚でしょ??」
そして二人は同時に閃いた。
「「!!」」
思わず、声にならない叫びを二人揃って上げてしまった。
「夕夏! 入籍ってどうやるの!?」
「え? 知らないですけど多分役所とかに行くんじゃないですか??」
そんな二人をみて柚葉は笑っていた。
笑ってもいいけど、女の子なんだから床に転がってゲラゲラ笑うのはお願いだからやめて…
新婚旅行は考えてみたら柚葉を置いて二人で出かけることなんて出来ないから、いずれ柚葉と三人で行けばいいんじゃないかと言うと柚葉が猛烈に反対した。
「パパ。もし新婚旅行に行かなかったら後で後悔するよ?ママは何も言わないけど、ママはパパと二人で行きたいと絶対思ってる。だけどパパが『三人で』と言ったら我慢しちゃう。ママは6年越しの悲願を達成させて今幸せの絶頂だから二人で行ってあげて。それに今後は旅行に行くなら柚葉は絶対に一緒に行くからね。逆に置いて行ったら柚葉怒るよ! それに柚葉一人お留守番なんてパパがいないだけでいつもと大差ないから心配いらないって」
夕夏は確かに二人で行きたいけど娘を一人残すのは心配という顔を隠せないでいた。大事な娘がそこまで言ってくれたのなら夕夏の為にも気を遣う娘の為にも行くべきだろう。だけど、やはり心配なので一つ提案した。
「ありがとう、柚葉。ママを幸せにしたいのに第一歩目でつまづく訳にいかないよね。今後は柚葉が『もうパパと出かけるのはイヤ』と言うまでは、いつも家族一緒で出かけると約束するから今回は甘えさせてもらうね。でもやっぱり心配だから……身を引き裂かれる想いだけど……親父に預かってもらうよ」
「え? おじいちゃんのとこに!? いいよ、パパ。柚葉、大丈夫だから」
「これは譲れない。柚葉一人残すなんて心配で夕夏も俺も新婚旅行を楽しめなくなる」
「でも、おじいちゃんが迷惑じゃない?」
「それは絶対にない!」
迷惑どころか仕事をしないで毎日柚葉の世話をしそうだ。
夕夏も迷惑でなければお願いしたいという感じだった。
「そうしてもらえればママも安心出来るけど、あなた本当にいいの?」
「俺から親父に連絡しとくから柚葉は屋敷にいる間は、我侭三昧でやりたい放題していいからね」
夕夏と柚葉は苦笑していたが、さすがの柚葉は忘れずに、俺がつい口から出してしまった心の葛藤について追求してきた。
「それで、パパはなんでそれが『身を裂かれる想い』なの?」
出来れば一生俺の中で隠しておきたかったが、負けを認める訳にはいかないからこの際はっきり宣言してしまおう!
「柚葉…聞いてくれ。俺と柚葉のあいだには二つの重大なファクターが存在する。それは娘と叔母という関係だ。これは何者にも負けない『柚葉を一番大事に出来る権利』のはずだった。しかし、親父は孫と妹という強力な武器を持って現れた。孫と娘が対等な『柚葉を一番大事に出来る権利』だとすると叔母と妹では間違いなく妹の方が上だ! だが心配するな、柚葉。俺は親父には負けない。俺は絶対に『柚葉を一番大事に出来る権利』を守るからな!」
「パパ! 『柚葉を一番大事に出来る権利』はずっとパパのモノだよ!」
「任せろ柚葉。必ず守ってみせるからな」
二人は見つめ合いまるで磁石の様にお互いが引き寄せられ抱きしめ合った……
え? なになに、夕夏さん? こんな感動的シーンなのに、なんでそんなに呆れた顔で俺を見てるの?
「ところであなた。感動のシーンに浸ってるところを申し訳ないんですけど、先ほどのに加え今ので浮気度数は+4になりましたから注意して下さいね」
「……それ度数が上がるとどうなるのかな?? り、り、離婚されちゃうとか??」
「柚葉をお義父様に預けてあなたをずっとウチに監禁します。その間は24時間あたしがあなたのお世話をします。食事を食べさせるのも着替えるのも歯を磨くのもトイレもお風呂も全てあたしがします。1秒もあなたから離れませんよ」
微妙なのと遠慮したいのが混じってたけど、それって俺にとって嬉しいだけのような気が…
「あ、で、でも仕事行けなくなっちゃうよ?」
「構いませんわ。柚葉には苦労かけてしまいますけど、あたしはあなたさえいれば幸せですからお金などなくても問題ありませんよ?」
「ど、どうしたら浮気度数下げられるの?」
「ずっと1秒もあなたから離れず食事を食べさせるのも着替えるのも歯を磨くのもトイレもお風呂も全てあなたのお世話をあたしにさせてくれたら下がります」
同じじゃないかー!
「き、気を付けます!!!」
柚葉がじっと俺を見ている。
そうだよな……俺と夕夏だけならそれでもいいけど、柚葉に苦労はさせられない!
柚葉、そんな事にならないから心配しなくても大丈夫だよ。
「ママ、ずるい! 柚葉もやりたい!」
翌日、役所に電話をすると、必要書類の他に保証人が必要だと分かった。保証人については夕夏と相談したが、やはり親父に頼むしかないという結論しか出なかった。
また頼み事をするのは気が引けたが、電話をかけてお願いすることにした。
「あ、親父。悪いんだけど頼みがあるんだ」
「まあ、一応聞いてやってもいいぞ」
何も言わず聞こうとした親父は、なぜか笑いを堪えているようだった。
「結婚の保証人を……」
「いいぞ。夕夏さんの保証人欄にもウチの執事がサインをした婚姻届が屋敷にあるから取りに来い。夕夏さんの本籍は屋敷の住所だから他の書類は問題ないだろう。」
「ど、ど、どういうこと!?」
「今朝、俺の可愛い妹から、『パパとママが新婚旅行へ行ってるあいだ、【おにいちゃん】よろしくお願いします』って夢のような電話があってな。ついでに大笑いしながらバカップルの話もしてたからな」
「あ、それで……」
しかし行動が早いな、この親父は。さすが巨大企業の頂点ってところか。
「でもいいのか? 執事に頼んで。そりゃあ助かるけど…」
「先代がお世話になった夕夏様の為になら喜んでと言ってたぞ」
ホント、みんな優しいなぁ。
「坊ちゃんの世話まで押し付けてしまって、こんなことぐらいしか恩返しが出来ないって泣きながらサインしてたがな」
前言撤回だ!!
「じゃあ、柚葉を宜しくな。心配はしてないけど、その時はちゃんと面倒頼むね」
「任せておけ! しっかりちゃんと面倒みるからな」
なんか不安だけどまあ、いつも大事にしてくれてるから問題はないか。
その話を夕夏に伝えると申し訳なさそうにしていたので、一緒に屋敷へ行って執事にもお礼を言うことにした。
親父は不在だったので、執事から書類を受け取り夕夏が心からのお礼を言うと、執事が涙ながらに語りだした。
「先代様がお世話になっておきながら、さらにこの様な重責を負わせてしまうこととなってしまい申し訳ございません。坊ちゃんの教育が行き届かないばかりにご苦労お掛けして……このぐらいしか出来ないことをお許し下さい。もしわたくしで出来ることがあるようでしたら、これからはいつでも何なりとご遠慮なくお申し付け下さい」
俺は屈辱に堪えながら保証人になってくれたお礼を言った。
帰りに役所で必要書類を揃えたが、やはり柚葉と一緒に婚姻届を提出したかったので後日また来ることにした。
柚葉が部活の休みの日に待ち合わせをして役所に向かった。受付のカウンターが見えるとこまで来ると、柚葉が婚姻届と書類を一人で出しに行ってしまった。
「パパ、ママ。こっち来ないで待ってて」
係の人に全ての書類を渡し、俺達の方へ指を差しながら話をしていた。
しばらくして柚葉が嬉しそうな顔をしながら走って戻ってきた。
「ちゃんと正式に受理されました。パパ、ママ結婚おめでとう。柚葉が一番最初に言いたかったんだ。あとの説明はパパとママが自分で聞いてきてね」
「柚葉……なんて可愛い娘なんだ! 一生大事にするからな」
思わず柚葉を抱きしめていた。
ハッ……やってしまった。俺は急いで柚葉から離れた。
「あなた、これはノーカウントにしてあげますから大丈夫ですよ」
よ、よかったー……
「じゃあ、ご褒美にまた柚葉にデコチューして」
「あなた、それはカウントしますからね」
次回、柚葉が真実を……