地球最後の時に……
20XX年某日
今日もホワイトハウスの執務室にて大統領は、いつもどおりに書類やら何やらを片付けていた。
そこへ一人の文官が、血相を変えて飛び込んできた。
「だ、大統領、た、大変です!!」
「どうした、何かあったのか?」
「こ、これを見てください」
と、文官は持ってきた書類を手渡した。
大統領はそれを受け取り内容に目を通していく。
ぺらり、ぺらりと書類のページをめくるにつれ大統領の表情は、次第に青ざめていった。
「これは、本当のことなのか?」
「は、はいたった今、NASAの観測班から送られてきたものです」
そう聞くや否や執務机の上におかれた電話をとりNASAの方へと繋げた。
「おい、これはどういうことだ!?」
『これは、大統領、どういうことだ。とはいったい何のことでしょうか?』
「今しがた送られてきたレポートには、明日にも隕石が落ちて地球は滅亡すると書かれている。エイプリールフールに出すジョークにしては笑えないし、なにより時期が早すぎるぞ!」
『……残念ながら本当のことです。
私だって信じたくないですよ、こんなこと。
遠いところから亜高速で隕石が飛んできて、スポーツカーが人を撥ねるかのように地球にぶつかる。
地上から迎撃しようにも射程距離に入ったときにはもう手遅れ。
絶望を通り過ぎて笑いが出てくる』
受話器の向こうからからからと乾いた笑い声が聞こえた。
「そうか……」
大統領は、そう言うと
「こんなふざけたことがあってたまるか!!!!」
受話器を床にたたきつけた。
「大統領!?」
文官が慌てて歩み寄る。
大統領は床に崩れ落ち悔しげに言葉を漏らした。
「畜生……神は我らを見捨てたか……」
「大統領……」
「……これから、私は最後の仕事に向かう、全メディアに連絡と放送室の準備をしてくれ」
「……わかりました」
執務室を退出していく大統領を見て、隕石が落ちてくるのは本当のことで、もう最後の審判をおとなしく待つしかないんだと感じ取った。
数時間後、緊急放送としてそれまで放送していた番組を一時中断して大統領の言葉が放送された。
『非常に残念なことですが、明日の未明、地球は終わりを告げます』
涙混じりに告げられたその言葉は、普段なら何言ってんだと一蹴していたところを真実のこととして受け止めるしかなかった。
何かやることがあるはずだろうという言葉も、大統領の言葉の後に続いた説明で、ことごとく一蹴されてしまう。
あっという間に世界中に広がる混沌
大都市では、もっとも顕著だった。
交差点はもちろん大渋滞、信号のルールを無視して好き勝手に走った結果、混雑の度合いはさらに加速していく。
怒り暴れだす男、人の波に揉まれ泣き出す少女
あちこちから怒号や泣き声が響き渡る。
秩序はもはやない、暴れだす民たちもそれを取り締まるほうも存在しなくなった。
老若男女、人種も、国の境界も、信じる宗教も関係ない
ある意味、この瞬間に限って世界は一つになった。
あるところでは、暴徒と化した人たちが、商店街を走り回り中の商品や金を奪い焼き払っていく。
「な、何をしてんだ!!」
「はっ、どうせ世界は終わるんだ。何をしようが勝手だろうが!!」
ははははは、と盗賊のように高笑いをして走り去っていく暴徒たち。
後には、メラメラと燃える何かだけが残っていた。
地球が終わるまで残り数時間
空には太陽のように光る丸いものがあった。それは時間がたつにつれ大きくなって、あぁもう地球は終わってしまうんだな。ということを無理やりにでも実感させられた。
信心深いものたちは寺や教会にこもり救いの祈りを捧げた。
有名なサッカー選手たちは、一つのスタジアムに集まり夢のドリームマッチを始め観客を沸かせ嘆きや悲しみを紛らわせた。
隕石が見えない夜の町にいる花火師たちは最後に満点の星空を見ようと、盛大な花火大会を開いた。
明日を見るのをやめたものたちは、今あるものを破壊して周り、今という時間を自分が満足するように作りかえていった。
隕石落下まで、残り一時間
ある住宅地、その中の一軒、最後のひと時は一緒に暮らそうと家族四人、リビングで肩を寄り添って座っていた。
『隕石到達まで残りわずかです。』
テレビでいまだ放送しているのも、いつもどおりのことをしようとして終えようとするものたちのおかげだ。
『それでは、皆さんまた来世で会いましょう』
そうアナウンサーの言葉で締めくくられ最後の放送は終わった。
もう世界中の人たちは生き残ろうとするのをあきらめていた。
無理もない、あんなものをどうにかしようとするほうが馬鹿げている。
両親は、泣くことは、もう飽きたようかのようにただ、思い出話を話しているだけだった。
そんな様子に少年は、我慢ができず家を飛び出した。
「お兄ちゃんっ!?」
少年の妹は、つられるようにその後を追いかけた。
自転車で駆け回り、向かった先は、町の中で一番高い丘の上。
空はもう隕石のせいで、青空がほとんど見えない。
そんな空の下、少年は持ってきた道具で準備を始めた。
お気に入りの野球選手のサイン入りのユニフォームを着て、ヘルメットをかぶる。
そして少年は意気揚々とバッターボックスへ入る。
自陣はたった二人だけの大試合
対する相手は超強力ピッチャー
気が狂いそうな快晴
諦めムード漂うスタジアム
大気が震えるほど響き渡る敵陣サポーターの声
圧倒的不利の最終回
少年は、バットを振り上げ、一つ咆哮を上げて叫んだ。
「かかって来い、ホームラン打ってやる」