新編スタート、過去は忘れよう
「おい、これの報酬をくれ」
私は、冒険者ギルドのカウンターへと獲物を出す。
「あいつ、龍の素材を出してやがるぞ」
私の出した獲物にギルドの冒険者たちは沸き立つ。まぁそれもそうだ。私の出した素材は龍、モンスターの中でも最上位に位置する存在だ。いくら、その中でも弱いサンドドラゴンとは言え、素材を手に入れられるのはほんのひと握り、私が優秀な冒険者である証明でもある。
「冒険者、ユナイト様、サンドドラゴンの尻尾、3万リングです」
おおーという歓声が、周りから漏れる。流石龍種の素材だ。これだけで一ヶ月は遊んで暮らせる。
麻袋を受け取り、ギルドを後にしようとする。
「ん?」
ギルドを出る直前、私のとは違う歓声があがるのが聞こえる。それはさっきの私の歓声より大きなものだった。
「おい、なんでこれが2リングなんだよ!? 龍だぞ? 龍!!」
龍だと? 私の他に龍と戦えるものが居るというのか? こんな辺境の国でそんな人間がいるとは思えない。実際私も、競合相手がいないということで、こんな南の新興国に来たんだから。
龍とはどういうことだ? 私はそちらに足を運ぶことにする。
「ですからこれは……」
「どう考えても龍だろ!? トカゲみたいな風貌、恐ろしい牙、猛々しい羽、どれを見ても龍だろ!!」
確かにそのどれもが、龍種の特徴である。龍種のどれもが凶悪で、強大な力を持っている。一般的な龍種は一国の戦力に相当すると言う。
「だからこれは……トカゲです!」
だからその龍種がカウンターに乗るほど小さい訳がないのだ。
ギルドのカウンターにはちょこんと、何かが載っていた。
「トカゲじゃねぇ! ゲンタだ!」
確かに、風貌は一緒だ。トカゲのような容姿に、羽が生えている。しかし、その羽は明らかに作りもので、トカゲの背中に適当にくっついているだけだった。明らかに偽物である。こいつには冒険者の誇りもないのか? ついでにトカゲがなぜか誇らしげな顔でカウンターに乗っているのもムカつく。
こんなわけのわからない事をするのはどんなやつだ? 私は人の群れを押しのけ、問題の人物を発見する。
「流石ギルド、お役所仕事ってことですか? 冒険者とは臨機応変な対応が求められるんですよ? ギルドももっと柔軟な対応を」
「それとこれとは話が違いますー!!」
カウンターのお姉さんが泣きそうになっている。その正面には、一人の子供。歳は一五に届くか届かないか、風貌はかなり美しい。多分女の子だろうか? しかし声は少年のような? 長い髪は白に似た金髪で、顔は昔見た教会の絵に居た女神のように美しかった。
しかし、そんな彼女から出てくる言葉は汚い言葉ばかりだった。
「うんだと、このクソビッチのウンコ野郎! 詐欺だ! 龍は高いんじゃないのかよ!」
「これはドラゴンじゃありませんーー、うええええん」
終いにはお姉さんは本気で泣き出してしまった。
「けっ、これだから女は」
捨て台詞もこれである。これは最低のクズ野郎の予感がする。こんな奴がここでは許されるのか?
「やめとけ兄ちゃん、あいつに関わろうとするなよ」
「どうしてだ?」
私は屈強そうな後ろの男に止められる。多分この男も相当強いはずだ。こんな男が居るのに、ここはあんな奴が平然と生きていけるのか?
「あんた新参者だろう? この街を生きていく上であいつらには関わるな」
「なんで?」
「なんででもだ」
そう私を引き止める奴の手は微かに震えていた。
「あんな小さな子供が恐ろしいのか?」
「確かに子供だがな……見てる分には無害で、面白い連中だ。放っておけ」
あんな小さな女の子が恐ろしい? どういうことだ?
「それにあいつは男だぞ」
「あ……? えっ? 男!?」
世の中不思議な事だらけだ。
「おい! 俺のリュークスに何してんだよ!?」
この騒がしいギルドに、また新しい騒音が入ってくる。
「うるせぇ! ゲンタは今から龍となり、大金を生み出すんだよ!」
「何言ってんだよ!? これはただのトカゲだぞ?」
「バカ野郎! 俺が龍と言ったら、それは龍なんだよ!」
「何を意味のわかんねぇ事言ってんだ!? さっさと帰るぞ!」
「いやだー、お金持ちになるんだー!!」
「これ以上ワガママ言わないの!!」
傍から見れば、ただの子供同士の喧嘩だ。それの何が恐ろしいのだろうか。
「おい! 誰か! ここに強い奴は居ないか!?」
またもや騒がしい奴が入ってくる。ここに居ると、どうやら落ち着く暇がないらしい。
「何があったんだ?」
「龍だ! 海龍が出たんだ!!」
流石、辺境の国。整備や、討伐も終わってないせいで、龍やら幻獣やらがバンバン出てくる。まぁそのおかげで私のような冒険者もここを目指してやってくる訳だが。
「どこだ?」
私は真っ先に飛びつく。海龍といえば、幼体でもかなりの値段が付く。それに一匹でも倒せば、噂になる。ここで倒せれば、私の未来も安泰だ。どうせこんな街の近くに出るモンスターなんて、国の討伐を免れた雑魚だけだろう。
「港だ! 早く来てくれ!」
私は急いで港へと向かう。
「ねぇねぇ、おじさん。おじさんは強いの?」
なぜか港へ向かう私の後ろについてくるさっきの少女、もとい少年。
「ああ、自信はあるよ」
「へぇ、だってさカイエ、この人強いんだって」
無邪気そうに笑う少年は、すごく可愛いいのだが、なぜか私は身震いを覚えた。
「巫山戯てないでさっさと向かうぞ」
「はーい、一緒に頑張りましょうね」
一緒に頑張る? そっちの二人こそ巫山戯ているのではないか? こんな子供が戦って、戦いになるモンスターじゃない。
「おい、ついてくるな。これは遊びじゃないんだ」
いい加減怒らずにはいられない。流石の私もここまで馬鹿にされて黙っているほど温厚な人間ではない。この子供たちは冒険者というものを舐めている。遊びではないのだ。命を掛け、金や名声を手にする。それが冒険者だ。それなのになんだこの子供たちは? ドラゴンといい、トカゲに細工して報酬を得ようとするし、街のピンチを遊び半分で見学するつもりか? どこまで我々冒険者をコケにすれば気が済むんだ。
「知ってるよ。遊びじゃないことぐらいね」
「だったらお前たちガキが出来る仕事じゃないってことも分かっているよな?」
「あれ? 怒ってる?」
「だから言ったろ。お前は人を怒らせる天才なんだから、あんまり人と喋るなと」
「しょうがないじゃない、人と喋るのは面白いんだから。独り言では世界は広がらないよ?」
「お前は相手の世界を壊すから質が悪いんだ。無害なら何も言わないさ」
こんなに起こっているのにまだ巫山戯るか。これで謝る可愛げのある子供なら、痛い目を見ないで済んだものを。
「お前たちッ!」
「あ、おじさん、後ろ注意」
「え?」
その瞬間、私は水の砲撃をくらい吹っ飛ぶ。全身に鋭い痛みが走り、呼吸が止まる。
「ガハッ」
口から生暖かいものが垂れる。
何事だ? 何が起きた?
「だから言ったのに。もう、あいつの攻撃範囲内だよ」
少年が向く方向には、とてつもない化物が居た。
それは海龍だ。しかし、でかすぎる。城程の大きさの龍が、海から顔を出していた。顔だけで城並の大きさだ。全体では山ぐらいの大きさになるかもしれない。
「逃げろッ、少年! ここは危険だ!」
まだ港まで距離があるというのに、あの攻撃力。これは洒落にならない。国、いや単体では敵わない。何カ国かで協力して討つレベルのモンスターだ。
「クソっ、避難すら済んでないのか!」
辺りにはまだたくさんの住人が居た。
「終わりか」
あれほどのモンスター、この街の防備だけでは対処しきれない。これは国の終わりを意味する。
「諦めるのは早いんじゃないかな? 諦め、それは人間の長所でもあるけど、短所でもあるよね。諦めとは未来の拒否、現在の放棄、過去の否定だよ。それはあまりおすすめ出来ないな」
「何を言ってんだ? お前すぐ諦めるじゃねーか」
こんな時でも巫山戯た態度を崩さない二人。なんだ? この二人の余裕は何なんだ?
「馬鹿だなぁ、人にはおすすめ出来ないだけであって、自分は全然使うさ」
「相変わらずブレブレだなぁ」
「伸びしろがあるといってよ」
「お前に成長はないよ」
「うへへ」
笑いながら、海龍の方へ向かっていく二人の少年、なんだこれは? それに周りの住人も未だ避難を始めない。
その不思議な様子に惹きつけられ、私も港の方向へ足を向ける。全身が軋むような痛みをあげるが、今はこの好奇心のおかげで体が動く。
「遅いわ、遅すぎて、襲っちゃいそうだったわ」
「やめてくれない? というかアオの襲うは怖すぎるんですが」
「性的な意味でかしら」
「生的な意味? 命を奪うってこと?」
「うるさい」
「エリナさん、あんまり荒まないでくださいや」
「お前ら! 街のピンチなんだから頑張れよ!」
「ははは」
「おい、爺さんもなんか言えよ!!」
「ははは」
「お前そればっかかよ!!」
私は夢を見ているのか? この異常な状態がここでは通常なのか? 十人にも満たない人間が、あの海龍と対峙する? そんなおかしな話があってたまるか。彼らは文字通りの一騎当千だと言うのだろうか。
「ああもういい! 俺がやるからお前ら遊んでろ!」
「遊んでるとは失礼ね、こっちは遊びにも真面目だというのに」
「だからあんたは厄介なんだよ!」
そのまま一人の少年が、龍の方向へと歩き出す。それはさっきのギルドで後から入ってきた少年だった。
「よせ! 一人で戦うなど何を考えているんだ!?」
「あれ? まだ居たの? まぁいいや、見てなよ。カイエもそこそこ強いから」
そこそこ? あれがそこそこ?
あの龍を、この世界最強の一角を一人で圧倒している彼がそこそこ?
「てめぇが論外なんだよ!!」
そんな事を言っている少年は余裕を持って龍と相対している。
「っていうかお前ら! 俺が仕事してるのにティータイムしてるんじゃない!!」
少年が言うように、もうひとりの女の子のような少年は机などを出してお茶をしている。
「下っ端のお前が頑張るそれ社会の掟」
「さっすがアオさん言うことが違うぜ!」
「笑ってんじゃねーよ! あ、ごめんこの攻撃は防げないや」
龍が大きく息を吸い込んでいる。これはブレスの予備動作だ。これで滅んだ国が何個もある。それほどの威力、それほどの驚異。海龍はその口から大きな水のブレスを吐く。それは大きな津波よりも強く、どんな台風よりも恐怖だと言われている。
「使えねぇ! カイエ本当に使えねぇ」
「しょうがねーだろ! 俺は対人専門なんだよ!」
そういう無駄なやり取りをしている間にも海龍は大きくその口を膨らませていた。
もう終わりだ。こんなところで私は死ぬのか? いやだ死にたくない!
なんとか魔法を展開しようとするが、自分が出来る魔法であの攻撃を防ぐ術はない。終わりだ。本当に終わりなのだ。
「はぁしょうがないね」
海龍の口から大きなブレスが吐かれる。その攻撃は海の水を巻き込み、大きな壁となり街に迫ってきていた。自分の何倍もの高さの壁が迫ってくる。昔読んだ物語を思い出す。終末の物語だ。魔王によって滅ぼされる世界、七つの龍による息吹が創世の始まりを告げる。そんな訳のわからない話があった。しかし納得だ。この息吹は、世界を壊すには十分すぎる力だ。
終わりだ。安らかに死ぬことにしよう。迫り来る壁から目をそらすように私は目を瞑った。
やけに寒い、これが死というものなのかも知れない。ひどく寒い、まるで氷の世界にひとり投げ出されてしまったような気分だ。確かに死を連想すると冷たく、寂しいものを想像する。これが死、これが終わりか。まるで永久凍土の中に氷漬けになっているようだ。
私はゆっくりと目を開ける。ここまで来たらもうヤケだ。死後の世界とやらを拝んで野郎ではないか。
ゆっくりと私は暗闇から抜け出した。
「なんだこれは?」
私の視界には暗闇でも地獄でもない場所が写っていた。
大きな波が凍り、そのまま海流までも凍った世界。白く、透明な世界が私の前には広がっていた。太陽の光が写り、海全体がキラキラと輝いていた。
そこで私はやっと思い出す。この街にいる人外の存在を。
「お前はもしや!」
四大軍団のひとり、狂人、人外、悪魔、魔術師たちの悪夢などの二つ名を持つ人間。
「《悪夢》のアルト・リングスか!?」
そう私が言うと、彼はニコッと笑いこう言った。
「うん、僕が狂人、アルトさ」




