最終回なんじゃね?
人の日常はそう簡単に変わるわけではない。どんなことが起こっても、次の日には、会社に行くし、台風が来ようとも、学校には行かなくちゃいけないのだ。何が言いたいのか言うと、俺の日常は、台風以上の存在によって変えられてしまったが、根本的なことは変わらなかったという事だ。六歳も近いというのに、俺は何の成長も見られないな。
魔法の新手法を試しつつ、毎日を過ごしていた。アレンに送った手紙は、まだ帰ってこない。まぁ旅している相手に、手紙を届けるというのは、至難の技なのだろう。
というわけで、俺の日常は何とも言えない。まぁなんかこうやって同じようなことを言っていると、俺がくだらない日常を送っているように聞こえるが、それなりに楽しい日々を過ごしている。
エリナをからかったり、アオと、ずっと罵り合ったり、アオとちょっとイタズラしたり、アオと一緒に村を三つ四つ滅ぼしたり。いや、最後は冗談だよ? ちゃんと冗談だからね。どちらかというと、悪役サイドの二人だけど、流石にそんな非道なことはしないからね。
まぁ、俺もそんなに何度も同じことは報告したくないな、よし、ここはいっちょ俺らしい行動をしてみようか。
「おるぺとらっちょ!」
「りみちょっとっぺ!」
村の中心、奇声を発しながら、軟体生物みたいな動きの踊りを繰り返す変な生物が二人。
「ぺーぺー!」
「パーパー!」
たまには、俺らしいことをしとかないとな。普通を演じるというのは、思った以上につらいな。よく子供はあんなに普通で居られるよな。普通って難しいね。
「さて、今日はどうしたもんかな」
家の中だけでは退屈なので、村まで遊びに来ていた、変人二人。
「あら?私とのデートは不安なの?」
「え? これデートなの?」
「二人の思いさえあれば、場所なんて関係ないのよ」
「一人の思いしかない場合はどうなるんですかー?」
「あら、愚問ね。私はあなたを二人分愛してるわよ」
「ふむ、じゃあ俺はマイナス一だから、結局一ですな」
「じゃあ、もっと愛さなくちゃダメみたいね」
「愛は重すぎると届かないんだぜ」
「大丈夫よ、あなたの上から落とすから」
「やめてよ!」
なんだ? これは、エリナさんの叫び声だ。
「どうやら、愛しのエリナさんがピンチのようです」
「あら、私は恋のピンチね」
「大丈夫、アオとエリナは、競いようがないから」
俺は、エリナさん一筋ってわけでもないけど、化け物を好きになる趣味はないので。
「あら、圧勝するのも申し訳ないわね」
「申し訳ないって思うなら、少し手を抜いてほしいもんだな」
「私は、勝負に手を抜かないタイプなの。私がラスボスだったら、速攻でゲームオーバーね」
俺と同じような思考だから、すごくむかつくんだよな。まぁ、今はこんなのよりも、エリナの方が大事だな。
「おい、お前、領主のとこに住んでる子供だよな」
「むかつくんだよ、偉そうで」
「そうだそうだ!」
「やめてよ、私は、アルトを探してるだけなんだから」
「ちょっと、痛い目に合わせようぜ」
ふむ、見事にいじめられてるな。どうしようか、どうやったら角が立たずに、解決できるのだろう?
「どうしようか?」
「吹っ飛ばせば?」
「ふむ、ありだな」
多分魔法を使えば、跡形もなく、吹き飛ばせるだろう。しかし、それは流石に、角が立ちすぎるだろう、もうカ○ケシぐらい角が立ちそうだ。
「まぁ、ここは普通の子供らしく解決しよう」
「普通って何?」
「なんだろう?」
難しいな、どうやろうか?
「まぁ、暴力振るわれる前に、止めないとね」
「そうね」
「おい、行って来いよ」
俺は、自分の手を汚すのが、嫌なタイプなのだ。いや、まぁただめんどくさそうってだけだけど。
「あら、あなたが行きなさいよ」
「おまえぇ!」
クソッ、この屑野郎! 自分の保身と、エリナの体、どっちが大切だっていうんだ?
「何を言ってるの? あなたの命と、エリナが怪我するの、どっちがいいのよ?」
なんか俺死ぬの? 俺この戦いが終わったら、故郷に帰るの? なんなの?
「まぁ、いっか。とりあえず、エリナの命は、何者にも代えられないし」
なぜか、エリナの命も危ないことになってるけど、まぁいいか、雰囲気って大事だしね。
「行ってらっしゃい、私は、ここで見てるだけしかできないのね」
「悔しいそうだな、だが、ここは僕に任せてもらおうか!」
もう、やけだ。というか、ふざけていたら、エリナが怪我しました、なんてのはリストに、申し訳ないしな。
「あー、ちょっと、やめていただける?」
スマートさが命の俺としては、いじめっ子にも紳士な対応で当たるのだ。
「なんだよ? 女が口を出すんじゃねーよ」
そういや、俺の容姿は、女っぽいんだっけ、鏡がないから、あんまり実感が沸かないんだよな。
「あー、一応僕男なんですけどね。まぁ、いいや。エリナを離してもらえます? いじめかっこ悪いですよ」
「うるせーよ! 二人まとめて、痛い目に会わせてやる」
いじめっ子A、B、Cが現れた、どうする? って感じだ。ふーむ、俺としては、逃げの一手なのだが、どうやらイベント戦らしく、逃げられそうにないな。
「生意気なんだよ!」
いじめっ子Aの攻撃、俺はひらりと身をかわした!
ふむ、剣術の修行も役に立っているという事か。しかし、剣を持ってない状態を剣術というのだろうか? 俺は今、剣術の修行のおかげで、よけられたが、これは剣術なのだろうか? まぁどうでもいいか。
「このー、お前らやっちまえ!」
「「いやー」」
止まって見えるな、服の、繊維まで見えるぜ! いや、言い過ぎた。それは流石に見えないや。だが、こんな何の変哲もない攻撃、当たれと言うのが無理だ。
「ははははは、当たらんわッ!」
あれ? 俺、悪い役じゃないよね? エリナを助けに来た、良い役だよね? なんだろう? この滲み出る悪いオーラがいけないのだろうか?
「このッ!」
「無駄だね」
俺は、打ち出しされた拳を、軽くいなし、ちょんと、おでこを小突いてやる。
「うわぁ!」
そのまま、しりもちをついてしまう、いじめっ子A。あれ? Bだっけ? まぁどうでもいいや。
「だから、今日はもう引きなよ。これ以上は無駄だしね」
「お、覚えてろよ!」
みっともない感じで、逃げ出すいじめっ子A、いやー明らかに、小物って感じだな。
「ま、待ってよー」
「置いてかないで―」
それに続き、逃げ出すBとC。完全に金魚のふんみたいだな。
「ふ、これで一件落着」
「アルトぉ、ありがとー」
「いえいえ、どういたまして」
「そんなに、大したことはないわよ」
なんでいきなり出てきて偉そうなんですか、アオさん?
「あ、そうだ。アルト! 大変だよ!」
なんか、凄い必死な顔だ。何かあったのだろうか?
「生まれそうなんだよ!」
「え? 僕とエリナの子供?」
まさか、コウノトリさんが運んできてでもしてくれたのだろうか? しかし、子供というのは、生まれるまでの過程も大事なことで、コウノトリなんかが、入り込む余地などないのだ。愛って素晴らしいね。
「え? ち、違うよ! リオナ様が!」
なーんだ、リオナか、じゃあそこまで大変でもないな。
「驚かないの?」
「いや、まぁ、もうすぐかなぁとは思ってたけど」
十月十日とか言うし、そろそろだと思ってたけどね。
「ほら、早く帰ろう!」
「これは急いだ方がいいかもね」
「そうだね、じゃあ急いで帰りますか」
俺たちは急いで、屋敷に帰ることにしたのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
屋敷は、慌ただしい雰囲気に包まれていた。そりゃあそうか、出産というのは、一大イベントだもんな。家族が増えるねやったね……おいやめろ。
「ただ今戻りました」
「おう、帰ったか! 今、準備に入った。お前もリオナを励ましてやれ!」
落ち着きがないアルバ、なんか全体的にわちゃわちゃしてるな。
「はい、わかりました」
一階、広間には村の助産婦さんが来ていた。中心には、苦しそうな表情を浮かべるリオナの姿があった。
どうやら、リストとケントは空気を読んだらしく、二階でエリナとアオの相手をしてるらしい。アオのことだ、絶対に子供はどうやったら生まれるのとか、聞きそうだ。まぁ俺なら絶対そうする。
「ううあ! あ、ああああああ」
屋敷に響くように、叫び続けるリオナ。出産は大変だな、まぁ男には分からない類の痛さなのだが。
「ほら、リオナ、頑張って!」
周りから励まし続ける俺たち御一行、俺はまぁ空気が読める男の子なので、ちゃんと応援をしておく。
「母様、頑張ってください」
うん、われながら上出来だ。というか、一応これは本心だ、俺だって人並みの感情ぐらいはある。
「はい、いきんでー」
「うううううううううああああ」
現代では、医療の進歩により、出産は安全なものだが、この世界はどうなのだろう? いや、魔法なんてものがあるんだから、まぁ多分大丈夫だろう。
「ああああああ」
「ほら、大丈夫だぞ、リオナ頑張れ!」
なんかいつもはめんどくさい父親だが、なんか今だけは、かっこよく見えるな。まぁ誰でも必死な姿は、かっこいいものだ。
「ああああああああああ」
ふむ、なんか同じようなことの繰り返しだ。でもまぁ、こんなのが何時間も続くとなると、そりゃあ大変だよな。俺の時はどうだったのだろう? まぁ二人目が、こんなに大変そうなのだから、俺の時もそこそこ大変だったのだろう
「うあ……」
それっきり、さっきまで叫んでいたリオナが、静かになる。
「あんたたち! もっと、声かけておやり!」
落ち着いていた助産婦の表情があわただしいものになる。
「リオナ! リオナ!」
「母様! 母様!」
流石に俺もパニックだ。どうしたらいいんだ? これは、きっと大丈夫だ、そりゃあ、文化も進んでない世の中だが、魔法がある。きっと大丈夫だ。
「柔らかなる愛よ、すべてに等しき癒しを与えたまえ、ヒール」
助産婦さんが、治癒魔法を行う。治癒魔法は、高等魔法に分類されるものだ。結構取得難易度は高いが、流石に助産婦をやるのであれば必須か。でもまぁ、治癒魔法が使えるのであれば、大事に至ることはないだろう。
「あああああああああああ」
また、目覚めたと思うと、痛みで悲痛な叫びをあげるリオナ。その声は、聴くに堪えないようなものだった。
「クッ」
あまりの惨状に、目を背けるアルバ。まぁ、誰だってこんな姿を見たくはないよな。でも……。
「父さま、目を背けちゃいけません。母様は頑張っているのですから」
「あ、ああ」
これぐらいは助言してあげてもいいだろう。俺は内びいきだしな。あんまり、両親の前で、素を出すことはしたくなかったのだが。誰だって、子供は子供らしくいてほしいと思うものさ。それが両親なら、なおさらだ。
「ううああああああ」
「ほら、頑張りんしゃい!」
助産婦の老婆が、必死に語りかけ続ける。リオナは、気絶と、目覚めを繰り返しながら、出産を頑張り続ける。
「ほら、もうちょっと! もうちょっとだから頑張りなさい!」
「リオナ! 頑張れ! ほら、もう少しだ」
「母様! 頑張ってください!」
さすがの俺も、今回のようなシリアス回では、ふざけた真似はしないよ。まぁ前半部分は、本作品とは一切関係ないということで。
「うああああああああああ」
ひときわ、大きな叫び声をあげ、また気絶したリオナ。これは大丈夫なのか?
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「「あ、ああ、ああああああああ」」
歓喜の声を上げる俺とアルバ、助産婦の婆さんの腕の中には、小さな、とても小さな赤ちゃんが抱きかかえられていた。
その姿は、人間というより、猿に近い気がする。しかし、そんな不細工ともいえる存在が、とても愛おしく、とても大事に思えた。良かった、俺も人らしい感情を持っていたようだ。そうか、これが愛おしいという感情なのかもしれない、三十年以上生きてきたが、初めての感情だ。
「こ、これは! あんたら、気を抜くんじゃないよ!」
そんな歓喜の雰囲気の中にいる俺たちに、老婆が厳しい声を投げかける。
「え?」
「は?」
唖然とする俺とアルバ。え? 何? これで終わりじゃないの? 何? 魔王倒した後の裏ボスみたいなのが居るっていうのか? 出産、侮れないぜ。
「これは、この子は双子だよ!」
双子? それは、よくミステリーなんかで、入れ替えトリックに使うあれだろうか? それともどっちがマ○で、どっちがカ○とかやるやつだろうか? あー頭が混乱している。冷静になれ、どっちも双子だ。それに後者は見分けたところで、二人にそんなに大差はない。
「ああ、もう! もっと頑張りな! 根性見せなさい!」
「そうだ、リオナ! 頑張れ! ほら! 頑張ってくれ!」
目覚めるたびに、苦痛声を上げるリオナ。これは、こんなの、こんなにしなくちゃいけないものなのか? こんなに大変な目をしてでも、産まなくちゃいけないのか? 俺には分からない。どうしてだ? どうして、アルバはこんなに痛そうな、リオナを頑張れと励まし続けるのだ? 分からない、俺には分からない。
「ほら、アルトも、お母さんをしっかり応援してやれ」
「は、はい! 頑張れ!」
ダメだ、今は考えるな。これまでだってそうしてきたじゃないか。流されろ、自分を作るな。大事な場面だ、今は大事な時だ。大事な時は自分で判断するな。それで俺は間違え続けてきたじゃないか。高校の時も、俺が死んだあの日も。そうだ、流されろ、俺は俺じゃないんだから。
「ああああああああ」
「こいつは、難儀だよ。ほら、頑張りな! もっといきんで!」
「ああああああああああ」
気絶、目覚めを繰り返す。多分出産を始めてから、半日ぐらいたったんじゃないか? これでは、いずれ死んでしまう。ついさっき生まれた子供だけではだめなのか? これ以上は無理だ。絶対に無理だ。
「……理です」
「え? なんか言ったか?」
「無理です! これでは死んでしまいます。死んだから何もならないじゃないか!」
死んだら何もない! 俺は、俺は何の因果か知らないが、二度目の生をもらったが、そんな奇跡は何度も起こらない。死っていうのは、何者にも代えがたい苦痛だ。それを、それを俺以外の人間には味あわせたくない。俺の外側が、どうなろうと知ったこっちゃない。しかし、俺の内側が、壊されるのは、黙ってみてられない。
「そうだな。でも、俺は止めないよ」
「どうしてです!? こんなの」
「むごいと思うか? そうだな、俺は、ここで見てるだけ、実際に苦しいのはリオナだけだ。でもな、そのリオナが頑張っているんだ。俺が止めるわけにはいかないだろう。だから俺には応援することしかできん。だから、俺は、俺のできることをする」
覚悟を決めた男は強いな。さっきまで目を背けようとしていた男には見えんな。まぁ、俺も覚悟を決めよう。もうどうにでもなれだ。
「あ、あああ、あああ!」
「ほら、もう少しだ! 頑張れ!」
「頑張って、母様!」
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
大きな大きな声をあげ、ぐだっとしてしまうリオナ。どうなったんだ? これは? どうなんだ!?
静寂が、部屋を支配する。早く、早く、分からないんだ。早く教えてくれ。
「……おぎゃあ、おぎゃああ」
静寂の中、一際大きな声が部屋中に響いた。
「元気な男の子ですよ。男と、女の双子ですよ」
「「や、やったあああああああ」」
う、生まれた。生まれたああああああああああああああああ。ヤバい、この感動をどう表現すればいいのか分からない。普通の人間ならどうしたのだろう? でも、今はいい。この気持ちだけを大切にしておこう。
「ねぇ、アルバ、私の子供たちは?」
ぐだっとして、いるが意識ははっきりしているようだ。これなら安心かもしれない。
「あ、ああ、リオナ! 双子だよ」
普段はあんなにおっとりというか、ボケているリオナだが、やればできるもんだ。母は強し、という事なのだろうか、でもまぁ、少しは母としての認識を改めないといけないな。
「男の子と、女の子だ。どうだーかわいいだろう」
二人の子供を抱きかかえ、リオナの顔まで持っていくアルバ。うん、いいなこの感じ。俺が前世では手に入れられなかったものだ。
「ええ、そうね。良かった……」
そういって、ぐだっとしてしまうリオナ。これはまた気絶か? いや、疲れて寝てしまっただけかもしれない。そりゃあこんなに大変なんだ、疲労も半端ないに決まってる。
「リオナ? リオナ!?」
どうしたんだよ、そんなにあわてなくても大丈夫だろう。だって、もう子供は生まれたんだから。
「ッ! 危険だとは思ってたけどね! 柔らかなる愛よ、すべてに等しき癒しを与えたまえ、ヒール」
治癒魔法をかけた婆さん。うん、これで安心だ、魔法があるってのはとても便利だね。
「リオナ! リオナ!」
「柔らかなる愛よ、すべてに等しき癒しを与えたまえ、ヒール」
なんで、そんなに魔法をかけ続けてるんだよ。治癒魔法は重ねがけしても、効果は重複しないんだぞ。だから、それはただの魔力の無駄だって。
「リオナ! おい、目を覚ましてくれ」
そうだよ、魔法なんてものがある世界だ。あり得ないんだ、だって、治癒魔法だぜ? 治癒のための魔法がある世界で、そんなのあり得ないんだ。
「リオナアアアアアアアアアアア」
そんなに叫ぶなって、きっとそのうち、目を覚ますから。大丈夫だよ。
「これは、残念だけどダメだね」
何がダメなんだ? おいおい、まだ母さんは気絶したまんまだぞ? 早く治癒魔法をかけ続けろよ。そうか、魔力が切れたんだな? じゃあ俺がかければいいだけか。良かった、ここでアレンとの修行が、役に立ちそうだ。
俺は、リオナの近くまで行き、集中し、詠唱を始める。
「柔らかなる愛よ、すべてに等しき癒しを与えたまえ、ヒール」
俺は必死に唱える。治癒魔法はイメージできないから、ある程度は詠唱しなければ発動しない。ダメだ、これじゃあダメだ。こんな治癒の中でも最下位の魔法じゃダメだ。全然目を覚ます気配がない。
「ハイヒール」
詠唱を短縮する。言霊で足りない分は、俺の脳で処理すればいいだけだ。今は、少しの時間でも惜しい。
「ハイヒール」
「やめろ」
「ハイヒール」
何度も何度もかけ続ける。
「やめてくれ」
これでもダメか、じゃあ、もっと上の呪文を使わなくては、きっとこれなら大丈夫だ。俺が使える中で、一番効果が高いものだし、きっとこれを使えば目を覚ますに決まってる。
「柔らかなる愛よ、おおいなる祝福によって、世界をも癒す力を与えよ。さすれば、我が力を持って、この意、この理に沿い、世界の改変を行う。我は癒しを行使するものなり、我は愛を与えるものなり……」
「やめろ!」
「どうして止めるんですか? 詠唱を途中でやめたら魔法は発動しませんよ? 今は一刻も早く、母様を目覚めさせなければ」
俺が必死に頑張っているというのに、邪魔をしないでほしい。子供は自主性を伸ばしてもらった方が、将来成功するんだぞ?
「もう、いいんだ」
「何がです? ああ、魔力なら余裕ですよ。こんなたかが上級治癒魔法、百回唱えても、魔力は余裕です。そこの婆と違って、僕は天才ですから」
自分言うのもなんか嫌だが、天才だ。ふつうの魔法使いなら、一回が限度だろうが、俺だったら一日中唱えていられる。
「無理なんだよ」
「何がだよ!?」
何が無駄だっていうんだよ? 何が、無理だっていうんだよ?
「もう、ダメなんだ。もう、死んでるんだ」
何を言ってるんだ? 全く言ってる意味が分からない。
「治癒魔法では、生き返らない」
生き返らない? 死んだのか? 死んだって言うのか? 母さんは死んだ?
「え? え?」
「幼いお前には、分からないだろうが、もうリオナは戻ってこないんだ」
はは、何を言っている? 一回死んだ俺には、そんなの分かっているさ。三十過ぎて、そんなことが分からない俺ではないさ。
「え? え?」
「大丈夫だから」
知ってるさ、俺を誰だと思ってるんだ? そんなの、死ぬなんて、全然余裕で分かってるさ。
いや、違う。俺は頭では分かっている。しかし……そんなのッ!
「分からないよ、そんなの分からない!」
分かるわけがない! 分かってたまるか! さっきまで、あんなに頑張っていたのに、昨日まで、あんなに元気だったのに。
「お前にはつらいことかもしれないが、これはしょうがないことなんだ」
しょうがないってなんだよ? しょうがないからなんだっていうんだよ?
「ほら、かわいいぞ。双子だなんて、リオナは頑張ったな」
今はもう、動きを止めたリオナに話しかけるアルバ。その姿は、悲しいなんてもんじゃなかった。
どうして、そんな風に、元気でいられるんだよ? 大事な人じゃなかったのか? どうして、大事なものを手放して平気でいられるんだよ? なんでそんなに割り切っていられるんだよ?
「ほら、目元なんかお前にそっくりじゃないか」
「……ない」
「なんだ?」
「諦めない、俺は大事なものをもう手放したりしない!」
持てる知識を総動員しろ! 俺の貧相な知識を結集させろ。どうすればいい? どうすればいいんだ? 治癒? いや、無理だ。どうやってイメージすればいいのか分からない。クソッこんなんだったら、人間の解剖図でも勉強しとくんだった。なんとかイメージできるものはなんだ? 治癒じゃなく、生き帰させられるのはなんだ?
「おい、いい加減に!」
「黙ってろ!」
集中しろ! 外界に惑わされるな。今は集中しろ! 思い出せ、何とかしろ! 魔法をどうすればいい? 何をイメージすればいい? 早くしなくちゃ、早くしなければダメだ。
治癒魔法はダメ、電機は? いや、魔物相手ならいいが、人間相手ではだめだ。少しでもミスったら、心臓自体を焼き切ってしまう。元素はダメか? じゃあ幻素ならどうだ? 俺が使える幻素は、アレンから少し聞いて試してみた音、光が少し、あとは闇か。でもこれらの幻素は、俺は少ししか扱えない。音なら何とかなるか? 空気を振動させる魔法が、音魔法だ。だったら、直接心臓を振動させれば、いや無理だ。どうやって、直接振動させるんだ? 詳しくイメージは出来ない。賭けに出るか? いや、無理だ。人体を知らない俺には、心臓が何処にあるのかすら分からない。
じゃあどうする? 蘇生の魔法だ、そりゃあ禁忌にになるぐらいのものだ、簡単なはずがない。
禁忌? 蘇生がダメなら、他の禁忌で何とかならないか? 禁忌は時間操作、蘇生、人間改造、召喚、創生だ。この中で使えそうなのは、時間操作、人間改造、創生ぐらいか。創世は当然無理だ。じゃあ、人間改造は? これも無理だ。というか、改造は無理だろう。じゃあ最後は時間操作か。というか、これぐらいしかできないだろうな。
「しょうがない。覚悟を決めるか」
意識を時間操作にだけ向ける。ただ、そのことだけを考える姿勢を作る。
「おい、何をする気だ?」
「ちょっと集中します」
時間操作はどうすればできる? イメージをどうやってすればいい? 何をイメージするんだ? 時間を超えるイメージなんて持てるわけがない。もう、曖昧なイメージにしよう、処理は俺の脳が頑張ってくれると期待して。俺がイメージするべきは、元気な姿の母さん。妊娠する前がいいか、一年ほど前になるが、大丈夫だろう。いや、もうちょっと前にした方がいいか、さすがに妊娠していた時期にするのはまずい。
集中しろ、集中だ。
『百パー死ぬ。多分お前の脳みそが解けて、鼻から出てくる』
そういえば、そんなことを言われた気がするな。だが、まぁしょうがないな。救うには、それしかない。脳みそぐらい、もう一回、こんにちわしてるんだ、もう一回ぐらいご挨拶しておいてもいいだろう。まぁ、今回は鼻からという失礼な感じになってしまうが。
俺の記憶力を総動員する。良かった、俺の記憶力が半端なくて、まぁ思い出さなくてもいいようなことは、すぐに忘れてしまうのだが。そこらへんは便利な機能と言えよう。
二年前、元気な母さんを呼び起こす。詳細に思い出せ、時間の概念とかはどうでもいい。できることだけをしろ。他のことに気を足られるのも惜しい。俺は一つだけを頑張ればいいのだ。
「おい、アルト! 何をやってるんだ!? お前、その鼻血」
「大丈夫ですよ。また、家族みんなで暮らせます」
ヤバい、頭が割れる。こんなにつらいのは、最初に魔法を発動させて以来だ。頭を切り開かれて、中身をぐるぐるかき回されているようだ。魔女の婆さんが俺の頭で、なんか怪しいスープでも作ってるんじゃないか?
「がばばばばば」
苦痛により、変な声が出る。痛みとか、そんなもんじゃない。痛いのは痛いが、頭の中を巣食う不快感や、なんかよく分からない感情が俺の、体を支配する。痛みなら我慢できるが、これは我慢の方法が分からない。
「おい! アルト!?」
あ、これはヤバい。鼻血と一緒に脳みそ出てるな。確実に、これは脳みそヤバい。ハンマーなんて比じゃない。形容しようがないこの痛み。
アレンは言った。俺は死ぬだけだと。しかし、発動しないなんてことは言わなかった。だからできる。できる俺を想像しろ!
「あがああああああああああああああああああああああ」
俺は明確なイメージと共に、一気に魔力を開放する。全身の毛穴が開く感じがする。俺の中から、大事な、大事な何かがなくなっていくような気がする。俺の中身すべてを使って、この魔法を発動させる。
俺のなかで何かが壊れる音がする。もともと壊れていたものが、さらに壊れる。
「こ、これは、魔法? リオナが光りだした。これはどんな魔法なんだ!?」
俺の中身をすべて使って、俺は時間操作を発動させる。だから、今ここにあるのは、俺ではない。俺の形をした、中身のないただの形だ。
「リオナ? リオナ!?」
「どうしたの? それにここは、あれ? どうして? これはどういう事なの?」
「あ、あ、ああああああああああ」
なんだろう? 叫んでる。そうか、成功したのか。良かった、本当によかった。あ、でもダメだ、もう無理だ。多分、もう俺の頭の中には何も残ってないだろう。全部鼻から出てしまったようだ。だが、まぁいいか、別に、どうでもいいか。
こうして、俺アルト・リングスは、二度目の生に幕を下ろすのだった。




