act6 夢と家族の関係は……
昨日あれだけ言い争っても、翌日になるとまるで何も無かったかの様にやはり俺は透明人間と化していた。この日は大学も休みで、父もまた休みなのか自宅にいた。
同じ家にいるのが嫌で、食事を済ませるとそのまま外出して散歩を始める。外の耳障りな騒音も、冷たい空気が漂う家の中よりは何倍もマシだった。
そんなに嫌いなら出て行けばいい……何度もそう思っては実行した。しかし所詮は人形、すぐに居所をつかまれては父の部下によって連れ戻されてしまう、その繰り返しだった。
何度も何度も抵抗を試みた結果、自由を手に入れる時は両親または俺自身が死ぬ時しかないのだと思うようになっていた。
自宅からだいぶ歩き、気が付くとそこは休日には大勢の人で賑わうショッピングストリートに出ていた。
友人、または親と買い物を楽しむ人、オープンカフェでお茶を飲みながら会話をする人など、次々と俺の視界に入ってくる。こんなにも賑やかな筈なのに、なぜか俺だけが取り残されたように時間が止まっている感じがした。
「あら? 尚弥じゃない!」
自分の名を呼ぶ声のする方を振り返ると、そこには先日彼女に紹介してもらったばかりの東條伊織がたくさんの荷物を抱えて立っていた。
「と、東條? 何だこの荷物は……」
「これ? 布や糸をあの店で選んでいたら、こんなにも購入しちゃったの」
そう言うと、東條は自分が来た方にある手芸問屋を指していた。それから、東條の提案で傍にあるオープンカフェで休憩する事になった。あれから数える程度しか話していない彼(彼でいいのか?)との異様な組み合わせに、俺はどうしたらいいのかと悩んでしまった。
「ぬ、布や糸って服でも作るのか?」
何を話したらいいか分からない俺は、とりあえず目に入ったものの話をすることにした。紅茶を飲んでいた東條は驚いた顔をすると、
「あら? 言わなかったかしら。あたしね、デザイナーを目指しているのよ」
そう言って、袋から鮮やかな色の布を取り出して自分の体に当てて俺に見せた。それからも次から次へと、布を取り出しては自分に当てたり俺にも当てたりしていた。
「ご両親の許可は頂いているのか?」
東條家は日舞の家元で有名だったから、東條はその跡取りのはずだと思っていたのだが……。東條は出していた布をしまいながら口を開いた。
「そうね、一応家が家ですからね。そういうのも必要かもしれないわね。でもね尚弥、本来なら自分のやりたい事に親は関係ないのよ」
自分の生き方は自分で決める……そう力強く答える彼を、本当に羨ましく思った時だった……
「あら? あっら〜! いやっだ〜!」
突然異様な悲鳴をあげる彼の方を、通り過ぎる人々が何事かと見ていた。思わず一緒にいた俺もその場から逃げたいと恥ずかしくなったり。
「ごめんなさいねぇ、あたしこれからお稽古に出ないといけないのよ〜」
自分のやりたい事を主張するかわりに、これまで自分がしてきた事もちゃんとこなす……いつか夢が叶った時までの東條のけじめのつけ方。
そう言うと、東條は伝票を持って席を立った。
「あぁ、俺払うよ」
「あら、いいのよ。あたしが引き止めたのだから」
笑顔で答えると、そのままレジへ向かって行った。
「それじゃあ、また明日ね。今度は是非、自宅にもいらっしゃいな」
そう言うと、東條はタクシーに乗り込んで去って行った。
タクシーがその場を去っても、俺はその場に立ち尽くしたままだった。短時間ではあったが、己の生き方について力強く話す東條を見て、ますます自分が人形でしかないという事を思い知らされた。
「自分のやりたい事に親は関係ない……か」
さすが彼女の親友だけある。きっと他の四人も自分に自信を持った生き方をしているのだな。言葉の一つ一つが本当に重く、頭に響いている。自分にも彼らのような生き方ができるのか? そう思いながらふと道路の向こう側を見たその時、思わず再びその場に立ち尽くしてしまった。
俺の視線の先には、彼女が宇佐美に抱き締められた瞬間だった……。優しく抱く宇佐美の背に、ゆっくりと腕を回す彼女。
俺がその場にいた事……彼女は知らない
大変更新が遅れて申し訳ございません。いつも読んで頂き、本当にありがとうございます。また、メッセージも送って頂き本当にありがとうございます! これからも頑張って執筆していきたいと思いますので、よろしくお願い致します。