act5 障害2:自分勝手な両親
初めて興味を抱いた相手=槻岡サンには強力なボディガードが付いていた。大学でも色々有名な宇佐美琉依。かなりの女好きだと聞いたが、彼女にだけは違う感情があるみたいで……つい弱気になってしまう。
何も興味が無かった人間が、何かに興味を抱くと別の何かが崩れてしまい、保っていたバランスを戻せなくなってしまう。戻しようがない……何故なら俺は人間であっても、中身は人形のようなものなのだから。
自宅にいると、以前はただテキストを読んでばかりいたのに、今は集中力が欠けてそれも叶わなくなってしまっていた。
そんな俺を、母は見逃していなかった……
ある日、いつもより早めに家に帰った俺は玄関に父の靴がある事に気が付いた。家庭よりも仕事一番に考えている父にしては珍しい事だと、思わずそのまま眺めていた。
「まぁまぁ、お帰りなさいませ尚弥さん。旦那様がお待ちでございますよ」
手伝いのシホさんはそう言うと、俺から荷物を受け取って父が待つ居間へと案内した。居間へ入ると、両親が並んで座って俺を待っていた。
「帰ったか。そこに座りなさい」
こうして話をするという事は、内容はいつもと同じだろう……そう思っていた。
「最近、帰りが遅いそうだな。以前なら、同じ様な時間に帰って来ては部屋にこもって勉学に励んでいたのに」
何が言いたいかはよく分からないが、父の様子はいつもと違っていた。
「はい、講義が終わると図書館に寄っているので」
「ほう、聖南学院の図書館は明け方まで開いているのか?」
その時、やっと父の言いたい事が理解できた。
両親は実の息子に対して、何の関心もない。あるのは自分の事だけで、息子は自分達を更によく見せるためだけの道具に過ぎない。
その道具が理由はどうあれ朝帰りをしたのだ。家の中なら何をしてもいいが、外だと誰が見ているか分からない。人の目を何よりも気にする両親にとっては、それは見過ごせない重大なことなのだ。そうか、だからわざわざ早く帰宅したのだな……。
「浅井家の息子が朝帰りなど、恥ずかしくて誰にも言えないわ」
母はそう言うと、俺から目を背けた。浅井家、浅井家って、そんなに人に自慢できるような家じゃないじゃないか。ただの見栄張り夫婦とその付録一家……既に誰もがそう思っている事に気が付いていないただの馬鹿じゃないか。
「お前は私達が言った通りに生きていればいいのだ。私が決めた通りにしたら、間違いは無いのだから」
偉そうに自分の意見を押し付けてくる父の隣で、母もまたその通りだと頷いていた。
「俺にもやりたい事だってあります。決して他人に迷惑を掛けたりはしていません」
「お前には必要の無い事だ」
そうやってまた俺の意見を一瞬で否定する。俺には自分の意見を主張する権利すら与えられない。それは俺にとっては生きている事自体を否定されたようなものだ。人間というよりも、意思を持たせてもらえない操り人形だった。
「お前はこの家のたった一人の息子なのだから」
「そんな時だけ、俺は息子扱いされるんだな……」
「何?」
幼い頃から、俺は透明人間のように両親から無視されていた。俺を利用したい時だけ、やっと視界に入っていた。幼い頃は寂しいと思っていた気持ちは、年を重ねる毎に薄れていき現在ではもう諦めさえ覚えるようになってきた。しかし、僅かながら両親に期待もしていた。それすらも否定され、もう限界にきていた。
「もうたくさんだ! 俺はあんたたちの人形なんかじゃない!」
これまで我慢していたものを吐き出すと、目の前にあった湯飲みを父の真横に投げつけた。
「尚弥!」
父の声を無視して、そのまま二階へと駆け上がって行った。部屋に入ると、勢いに任せて周りにあるものを次から次へと投げ散らかした。そんな事をしても気が済むわけではないのは分かっている。
何かに興味を抱き始めた途端、それを阻む人物も現れる。人形として育った人間は、これからも人形でいなければならないのか?
散々当り散らした末、ベッドに横たわる。こんなにも自由が欲しいと思ったのは本当に初めてだった。それは、頭の中で焼きついて離れない彼女の笑顔が大きく影響していた。
……俺は、人形じゃない
これも恋の始まり? 夏海編ではあまり取り上げられなかった尚弥ですが、彼には結構厳しい運命を背負っていたというお話をここで書きたいと思っていました。ですが、厳しすぎて逆に暗いお話になってしまっているような……。