act20 三年後、秋
もし、あの時メンバーと出会っていなかったら俺はどうなっていたのだろうか。きっと、両親の言うままに人形として一生を終えていたに違いない。出会いは最悪、けれど今はそれも最高の思い出の一つになっている。泥酔女に表の秀才、オカマに騒音男、男好きに無類の女好き……そんなメンバーと出会ってから数年が経ち……
「うぉ! 尚弥キマってんじゃん!」
「そりゃそうよ! あたしがデザインしたんだから」
控え室に入ってきた渉と伊織は口々にそう言うが、当の俺は何も返事が出来ず笑って流していた。
「あっ! 浅井クンかっこいいじゃん!」
遅れて入って来た槻岡サンは入るなり俺の姿を上から下までまじまじと見ていた。そこまで見られると、照れてくるのですが。
「ちょっと〜! 主役なんだからしっかりしなさいよね!」
そう言って俺の背中を思いきり叩く伊織。そう言われてもおかしくないくらい俺は緊張していた。受験よりも何よりも緊張する今日は、俺にとってはもっと大切な日だった。
「それにしても、まさか尚弥が一番最初に結婚するなんてねぇ」
「あの真面目な尚弥がねぇ……」
伊織達が微妙な表情を見せながら呟く。そう、今日は俺の結婚式という大切な日。相手はもちろん……
「ねぇ! 絋佳ちゃん準備出来たよ〜! すっごく綺麗なの!」
絋佳の控え室から倉田が駆け込んで来て、槻岡サンはそんな倉田と一緒に出て行きここには野郎三人(うち一人はオネェ野郎)だけになった。
「まさか尚弥がねぇ……」
「結婚するのが一番、それに……」
「パパになるのも一番なんて!!」
伊織が絶叫するのも無理は無い。そう、俺と絋佳の間には既に子供が出来ていて来年の春には生まれる予定になっている。これを聞いた両親は驚いていたが、もっと大変だったのはメンバーの反応だった。
素直に喜んでくれた倉田の他はもう大変で、渉と伊織に至っては
“きゃ〜! エッチ〜!”
“真面目な顔してやる事はヤるんだから!”
と叫び倒されたくらいだ。もともと結婚するつもりで俺達は同棲していたし、先に子供が出来たけど決して“出来ちゃった結婚”では無い。それなのにこいつらは、うるさいうるさい。
「でも、まぁ幸せになれよ! 絋佳チャンと生まれて来る子供と」
「そうそう! しっかり支えてやりなよ。そしてしっかりアタシ達のお手本になって頂戴!」
二人に祝福の言葉を掛けられると、さらに思いきりキツく背中を叩かれた。
「いってぇ……」
「親友からのエールじゃ! ありがたく受け取れ!」
そう言う渉と伊織に、俺は痛みを堪えながら手を挙げて応えた。
「琉依も約束通り三年で帰って来てたらねぇ。ホントに仕方の無い子なんだから」
そう、実は誰よりもここへ来て祝って欲しかった宇佐美は約束の三年を過ぎても日本には帰って来なかった。あれから何度かメールのやりとりをしていて、やりたい事が見つかったのでそれに向けて勉強しているらしい。頑張っているらしいから、妨げになってはいけないと結婚の事はまだ知らせていない。まぁ、これも槻岡サン達には秘密にしている事だけど。
コンッコンッ!
「浅井様、そろそろ……」
「はい。さぁ、行こうか」
係りの人間にそう促されると、伊織と渉を連れて控え室を後にした。
教会で行われる式で、新郎側に並ぶ槻岡サンや渉、萩原の隣りには宇佐美がいるはずだった空席がある。バージンロードを進んで来る絋佳を待つ間、俺は絋佳とその空席を交互に見ていた。
“襲うなら中途半端な襲い方じゃなくて、ちゃんと立派に襲え〜!!”
“そうね、一応家が家ですからね。そういうのも必要かもしれないわね。でもね尚弥、本来なら自分のやりたい事に親は関係ないのよ”
“凄いね! 弁護士の勉強は大変そうだから頑張ってね”
“誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。そして、俺の馬鹿な暴走を止めて欲しかったのかも”
今までメンバーが口に出していた言葉が脳裏に蘇ってきた。槻岡サンの酔いに任せたとんでもない発言やら伊織の俺を変えてくれたきっかけの言葉。俺を応援してくれる倉田達の言葉、そして何よりも一番響いた宇佐美の孤独を感じたあの言葉……。
宇佐美、お前との出会いは最悪だったけれど槻岡サンと同様、俺は色々な経験が出来て今では無くてはならない存在になっているよ。だって、君達がいなければ今の俺は無いからね。きっと一生“影の浅井”と呼ばれて、両親の言われるまま生きる人形になっていたから。
そんな俺が今こうしている所をお前には見せたかったな。そうしたら、俺はずっと見たかったお前の驚きを隠せない表情が見れたかもしれないから。なんて言ったら、宇佐美はまた余裕の笑みを見せてまた小馬鹿にしてくるんだろうけど。
“さすがは尚弥ダネ”
笑いながらそう言ってくるのが簡単に想像出来るよ。
でも、まぁ一度だけお前を驚かせる事が出来たからいいか。
それは宇佐美の送別会の時の事で、宇佐美が一人一人に挨拶をして俺の順番になった時に俺がお前に耳打ちした言葉……
『あの夜、俺と槻岡サンは何も無かったよ』
そう、俺は槻岡サンとは何も無かった。何かが吹っ切れてそのままベッドに入ったけど、それでも俺はやっぱり何も出来なかった。それに、槻岡サンはすぐに眠ってしまったしね。ただ、お互い何も着ていなかったから彼女が大きな勘違いしてしまったのも無理は無いけれど。そんな大事な事を今でも彼女に言わないでいるのは、散々俺を連れまわして絡み倒してきた彼女への仕返しのつもり。宇佐美に言ったのは、少しでも枷を外してやりたかったから。
あの言葉を言った時の宇佐美の顔は驚きの表情というよりも、本当に心から安心したようないい笑顔だった。まぁ、それを見れただけでもいいか。この世話のかかる二人に振り回された自分への褒美は。
バージンロードを進んで俺の元に来た絋佳に
「綺麗ですよ」
そう小声で囁くと、相変わらず顔を真っ赤にさせて笑顔を見せた。
えっ? 弁護士の夢はどうなったかって? それはもちろん勝ち取ったよ。これも必死になって勉強したおかげ。今では新米弁護士として走り回っている毎日。でもまぁ、全て紘佳と生まれてくる子供と幸せに生きていくという夢を叶えるためだから、それも楽しみの一つになりつつあるけれど。
「それでは、誓いのキスを……」
さあ、これからが俺たちの“家族”の始まり。
最終回です! ここまで読んで頂き本当にありがとうございました! “影の浅井”編は如何だったでしょうか? 夏海編の最終回の時点では、尚弥が結婚して子供までいるという設定は無かったのですが、紘佳を登場させたので結婚させることにしました(何て、強引な)
そして、夏海とはあの夜は何も無かったという尚弥の秘密もここで明かしました。琉依には言いましたが、夏海はこの先も知る事はありません。
さて、次回は順番が逆になりましたがシリーズ第3弾“蓮子編”を始めたいと思っています。設定はメンバーが高校3年生の時から始まるので、また逆戻りになりますが蓮子の隠された想いを書き綴っていきますので、どうぞよろしくお願い致します! ちなみに伊織は当分出ません。尚弥に至っては……未定です!
それでは、シリーズ第4弾を読んで下さり本当にありがとうございました!