act17 実感したメンバーの恐ろしさ
何か分からない感情を隠しながら紘佳さんと彼女の自宅に向かっている時や、羽山先生から指導してもらっている間も俺の視線は自然と彼女へと向けられていた。もちろん勉強に集中できている訳も無い。
「それじゃあ、失礼します」
「あ、あの!」
紘佳さんに見送られて玄関を出ようとした時、とっさに掛けられた紘佳さんの声に振り返る。
「あの、次の日曜はお時間ありますか?」
「日曜? その日は羽山先生が用事あるから、こちらには伺えないから特に用事はないよ」
そう答えた俺に対して紘佳さんはさっきよりも顔を赤くさせながら、少し沈黙を置いて話し始めた。
「それじゃあ、あの……よければ一緒にお出かけしませんか?」
俺の顔を直視しないで顔を赤らめながら誘う紘佳さんを見ていると、何故だか俺のほうも顔を赤くしてしまう。変な意味は無いのだけれど、さっきからどうも調子が狂ってしまう。
「あ、うん。いいよ、日曜だね」
笑顔を見せる紘佳さんに、詳しい事はまた後日にとそう言い足すと俺はそのまま玄関を出た。これ以上紘佳さんの前にいると、自分の顔が赤くなっているのを見られてしまうから……
「あっぶねぇ……」
そう呟きそのまま自宅へと帰っていった。
「なっおやく〜ん!」
翌日、俺を待っていたのはにやけた顔を見せた東條だった。何を聞かれるかはだいたい予想できていたので、とりあえずはそのまま東條の横を通り過ぎようとしたがもちろんそれは東條の手によって阻まれた。
「あたしから逃げようとしても無駄よ!」
そう言うと東條は俺の腕をがっちり掴むと、そのまま喫茶店へと引きずっていった。これはしばらく解放してもらえないわな……。
「昨日の彼女の事はめちゃくちゃ気になるけれど、あえて聞かないことにするわ。だから、ハイッ」
思っていたよりもあっさりした東條の反応に驚く俺に差し出されたのは、二枚のチケットだった。その内の一枚を取って内容を確認すると、それは東條の舞台のチケットだった。
「ほら、あたしももうすぐしたら本格的にデザイナーの仕事に入るから……ね」
そう答える東條は少し寂しそうな表情を見せていた。デザイナーになる事が彼の夢には違いないが、それでもこの日舞も彼が幼い頃からやってきたもので人生の一部には変わりないのだ。
「うん、是非行かせてもらうよ……って日曜!?」
改めて日程を見ると、そこには昨日紘佳さんと約束した日曜に行われるものだった。偶然か知らないが、それでも何だか背筋がゾッとしてきたのは気のせいだろうか? あえて東條の顔は見ないで、改めて行くと返事した。特にどこへ行くとはまだ紘佳さんとも決めていなかったし、まぁいいだろう……。
そして日曜、俺は待ち合わせの場所である駅前に向かうとそこには既に紘佳さんが待っていた。
「すいません! 待ちました?」
「いえっ。私もさっき来たばかりですし」
いつも通りの会話だけれど、何となく違和感を感じたのは俺だけかな? そう思いながら紘佳さんを連れて会場へと歩き始めた。
「鷹司紫柳さんの舞台は何度か観た事があるのですが、とても綺麗な舞を披露されて私とても好きなんです。なかなかチケット取れないから、今日は本当に嬉しい!」
その大好きな彼がカマ口調のおねぇ系という事を知ったら、彼女はどうなるのかな? しかも、もうすぐしたら彼は舞台から降りて本格的にデザイナーの勉強に入るからなぁ……。何となく複雑な気持ちを隠しながら、俺は彼女に笑顔で返した。それにしても、やはり東條は凄い奴なんだと改めて感心した。
「げっ……」
会場に入った時、俺は此処へ紘佳さんと来た事をかなり後悔してしまった……。よくよく考えてみたら簡単に分かる事なのに、いや普段の俺ならすぐに分かったのにここ最近は調子がおかしかったから少しも疑う事も無かった。この状況を……
「尚弥〜!!」
「ホントだ! 尚弥だ〜!」
そこには、一ノ瀬を始めとするメンバーが並んで俺と紘佳さんの席を囲うように座って待っていた。その状況に思わずクラっと立ちくらみを起こしかけた俺を、紘佳さんは何とか背中を支えてくれた。彼女も状況を把握していないのだから、俺がしっかりしなければ……
「あれ? 紘佳ちゃん?」
「えっ? あ、梓ちゃん!?」
思わぬ倉田の一言でヒョコッと顔を覗かせた紘佳さんは驚きの表情を見せながら倉田の名を叫んだ。久しぶり〜っと手を組む二人を呆然と見る俺達に気がついた倉田は、落ち着きを取り戻した後説明してくれた。
「あのね、紘佳ちゃんは私の従姉妹なの!」
それを聞いた途端、今度は本当に倒れそうになった。なんだかんだ言って、どこかでこのメンバーとは繋がっているんだと改めて痛感したこの瞬間……まさか、倉田と親戚とは思いもしなかった。
「あ、あの羽山紘佳と申します。皆さんより一つ年下で、香学館大学の文学部に在籍しています」
さすが、梓の従姉妹だけあって上品な感じとメンバーが口々に囁いていた。確かに、今思うとこの二人は似たような感じもあるな。こんな紘佳さんを宇佐美が見たら……考えただけでも恐ろしくなる。って、何で俺が恐ろしくなるんだ? 別に宇佐美が紘佳さんにどうしようと関係ないのに……。また変な感情が沸々とわき上がっていた。
メンバーと紘佳さんが仲良く話す中、俺一人が訳のわからない感情と闘っていた。
この作品を読んで下さり、本当にありがとうございます! もうすぐしたらこの第4弾も終わりを迎えます。かつては人形のように生きていた尚弥がこれからどうなるか楽しみにして下さると嬉しいです!